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テレーゼ・エリザベートは後ろから人の服を脱がすことができるらしい。大国の王女はさすが多才である。ベルナルド・ウィレムはすぐに彼女の提案に乗った。
腰掛けていたベッドから立ち上がり、彼女の言う通りに腕を垂らす。
「では、失礼いたします」
女性に肌を見られるのは初めてだし、時間が明るい午後で、しかも相手がテレーゼ・エリザベートとなれば、なるべく見られたくないというのが正直なところだ。自分の体の美醜を気にしてこなかったことを後悔するが、完全に手遅れである。
背後に回った彼女が声をかけてきて、――次の瞬間、彼を後ろから抱きしめるように腕が回され、手探りでボタンを外し始めた。
ヒェッと奇声を発しかけ、なんとかこらえる。想像していたより密着度がすごくて朝のことを思い出してしまい、自分でもわかるほど顔が火照ってきた。
「ボタンが終わりました。お脱がせしますので寝間着をかぶって着てください」
「はい」
そっとシャツの合わせに長い指がかけられ、するりと剥ぎ取られる。まるで男性をしょっちゅう脱がせていたかのような手際の良さだと思い、彼は自分の胸が焦げたように感じた。
「どうしました?」
上半身を裸に剥かれたまま棒立ちになっていた彼の背後から声がかかる。
「あ、いや。手際がいいなと思って」
「男性の衣装はあまり国の違いがありませんから。毎日見ていればなんとなく着方がわかりますわ。寝間着、着せましょうか?」
「うん……」
本当はかぶって着るだけなのでわかっているが、彼女の言葉に甘えた。
さすがにズボンをテレーゼ・エリザベートに脱がされるのは耐えられず、バスルームで格闘しながらも自分で脱いだ。
ごそごそとベッドに潜り込んだものの、室内は明るいし隣にはテレーゼ・エリザベートがいるしで全く眠気はやってこなかった。
「起きてらっしゃいますか?」
「ええ」
今日は彼女に背中を向けずに仰向けになり、天蓋を見つめたまま話しかけてみる。彼女もまだ起きているようだった。
「昨晩は無礼をはたらき大変申し訳ありませんでした」
「動物的でしたわね」
まずは、昨日押し倒したことを詫びた。謝罪に対するコメントはかなり辛辣で、返す言葉もない。沈黙ののち、衣擦れの音がして、彼女が体勢を変えた気配がした。
「わたくしもひとつお詫びすることがございますの」
「なんでしょう」
「お茶会ではちょっとやり過ぎてしまいましたわ。ごめんなさい」
思わず彼は隣を見た。
テレーゼ・エリザベートが、こちらに体を向けていた。
「もうお分かりだと思いますが、わたくしにはあの程度の嫌がらせは効きませんの。ちょっと変わった味がしただけでしたから。殿下があんなに心配なさるとは思わず……」
人間はあんなに顔色が変わるんですのね、と彼女は先を続けた。
その言葉がどんなに人間離れして聞こえるのか、彼女自身はわからないのかもしれない。
「フォンブルクの武器とは、きみのことなのか?」
気づけば彼はそう問うていた。彼女の深いブルーの目がまんまるになり、そこに映り込んだ彼がじっと見つめ返しているのが見える。
「――わたくしがフォンブルクに消されても、メーガルトの呪いのせいになるのかしら」
不用意に話せば、王女ですら殺されてしまうような秘密なのか。
ベルナルド・ウィレムは息を呑んだ。
「殿下、お手を」
「どうぞ」
汗ばんだ手をシーツにこすりつけてから彼女に差し出す。
昨日の式典とは違い、手袋なしの肌がふれあう。武骨な自分の手が、優美な女性の手に壊れ物のように扱われているのを見るのは、なんだか不思議な気分だった。
テレーゼ・エリザベートが人差し指を立て、アーモンド型の爪で彼の手のひらをそっとなぞり始めた。くすぐったさをこらえて動きを目で追っていると、彼女がこう綴ったのがわかった。
『あたらずとも とおからず』
手のひらに字を書いた指をそのまま唇に持っていき、彼女は「内緒」の仕草をした。
その唇に口づけたい衝動に駆られ、彼は彼女の手をとって引き寄せた。
「キスしてもいい?」
返事は、唇に押し当てられたやわらかな感触だった。