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なりすまし花嫁と入れ替わり花婿  作者: 浅倉遼晴
第一章
4/9

4

テレーゼ・エリザベートの朝食にはさっそく毒が盛られていた。

毒抜き処理をしていない魚、生焼けの肉、有毒の葉や茎ごと盛り付けられたフルーツ。

ベルナルド・ウィレムに給仕されている皿はまともだが、毒を盛られている彼女の隣で一人だけ安全な朝食をとることなど申し訳なくてできない。


というか大国の王女に毒を盛った料理人の尻拭いをするのは王族や大使である。本当にやめてほしい。

気丈にもテレーゼ・エリザベートはおいしそうな表情で完食していたが、危ないから無理をしないでほしかった。またこの国に嫁いだ女性が死んで「メーガルト王家の呪い」の伝説を強化してしまう。


メーガルトは「メーガルトの大侵略」と呼ばれる侵略と戦争で財をなしたが、平和になってしまうと国庫は寂しくなるばかりだった。新たな収入源としていつかの時代の王が思いついたのが、妃の持参金だった。

当時のメーガルト軍は強かったため、花嫁を差し出すよう要請すれば、国内貴族はもちろん近隣の小国も震え上がって麗しい娘を寄越したものだった。


一時的に収入が増えたものの、気が大きくなった王族はすぐにこれを使い果たした。

そして、これに味をしめた王族は、攻め込まないことと莫大な持参金を条件に妃を娶っては暗殺を繰り返した。そのうちに「メーガルト王家の呪い」などと大仰な名前がつけられ、持参金目当ての妃暗殺はいつしか伝説になってしまった。


一時は国王夫妻が仲睦まじく善政を敷く時代が続いた。ベルナルド・ウィレムの曽祖父王の時代までだったという。

祖父の代に呪いの伝説が再来し、王位継承に条件が加わった。――王の息子のうち、結婚して子どもがいる王子を王太子とすること。


条件を満たして王太子となり、現国王となった父は好色だった。

若い王妃を迎えて妊娠させ、未熟な体での妊娠・出産に耐えられずに王妃が亡くなると新しい王妃を迎え、深刻な身体への負担で死なせることを繰り返していた。


持参金に加えて自身の欲望を満たせる上、うまく行けば子どもが増える。

一部の取り巻きの男性貴族からは大絶賛されていたが、欲をかいた父王はとんでもないことを言い出した。

――次の王妃は、大侵略時代から今まで手を出せなかった大国フォンブルクの王女を迎えたい。


廷臣が全員で止めたが、父王の放った「確実に持参金が入るし、王女からフォンブルクの武器の情報を聞き出せるかもしれないし、そうでなくとも王女との結婚を理由に友好国となればいい」という言葉は魅力的だったようで、同い年のレオナルド・ウィレムとの結婚話に発展した。そして王子の不能が発覚し、ベルナルドが呼び戻されて入れ替わった。


王家に嫁いだ人間には毒を盛るマニュアルがあるのかもしれないが、今回の相手は王太子昇格を賭けた王子の妻だし、あのフォンブルクの王女だし、武器の情報も世継ぎも何もかもが済んでいない輿入れ二日目の妃である。勇み足が過ぎる。


おまけに誰の入れ知恵か、テレーゼ・エリザベートは臣下から王族に対する礼式で朝の挨拶をしてきた。

大国フォンブルク王家に対し、格下にあたるのはメーガルド家の方である。度肝を抜かれた。


フォンブルク王女がメーガルドの王子――しかも昨夜のやり取りからおそらく替え玉ということがバレている――に臣下の礼をさせた、などという話を、フォンブルクの人間が国に持ち帰ったら非常に困る。王子の入れ替わりの情報を掴んだフォンブルクなら、ダイニングでの出来事など筒抜け同然だろう。

というわけで彼はは立ち上がってテレーゼ・エリザベートを椅子までエスコートし、王族へ対する貴族の礼をした。これでおあいこだ。


つつがなく朝食を終えた夫妻を待っていたのは、昨日の首尾をあからさまに伺ってくる貴族たちとのお茶会だった。


「妃殿下におかれましては何やら眠たげなご様子」

「殿下のお顔の色も。あまりお休みにならなかったようですぞ」

「どうやら滞りなくお済みのようで。おめでたいことでございますな」


聞こえよがしのヒソヒソ声と下品な視線。

テレーゼ・エリザベートがフォンブルクに帰っちゃうでしょうが! と叫びたい気持ちを堪え、ウィレムは隣に座ったエリザベートの表情を盗み見た。特に不快そうな顔もしておらず、無表情である。もしかしたら怒ると無表情になるタイプなのかもしれない。


「大丈夫ですか?」

「なにがですか?」


それとなく尋ねてみたところ、彼女はけろりとして言った。

下衆な話し声は絶対に聞こえているはずなのにこの余裕ある風格である。本物の王女は違う。


大ぶりのカフェオレボウルを口に運ぶ彼女の向こうに、ニヤニヤと下品な笑顔の貴族が並んでいる。若い夫妻の初夜をあれこれ妄想しているにしては邪悪な表情で、嫌な予感がしたウ彼は、中身を飲む寸前のテレーゼ・エリザベートを止めた。


「テレーゼ」

「なんでしょう?」


手振りでボウルを置くよう示すと、彼女はおとなしく器を卓上に戻した。

ここは夫として一仕事せねばなるまい。朝食の席で何も言えなかった反省も込めて。

毅然とした態度を心がけ、ベルナルド・ウィレムは声を張った。


「バンケット伯爵、妻の飲み物の毒味を頼む」

「なっ……」

「問題があるようならフェスタン侯爵に代わりを務めてもらおうかな」

「わ、私めですか!?」


伯爵は絶句し、侯爵は声が裏返っていた。二人の様子を見れば、彼らが共謀したことは明白だ。二人は王子の入れ替わりを知っている貴族で、入れ替わり後もレオナルド王子派だ。ベルナルドの面前で妃に毒を盛り、ベルナルドの王太子昇格を阻止する魂胆なのだろう。

テレーゼ・エリザベートは、なんとも涼やかな笑顔で「どうぞ」とボウルを二人の方に押しやった。


空いたスペースに、今度は召使がすかさずカップとソーサーを給仕した。隣の席にも届くのは強烈な苦い匂い。苦味の強さで有名なミル茶だ。

今度は誰の仕業だ、と彼がテーブルを見回している間に、テレーゼ・エリザベートは召使にお礼を言ってカップを手に取っていた。

今度は制止が間に合わず、皆が固唾を飲んで見守るなか、彼女はごくごくとミル茶を飲み干した。


「まあ! わたくし、このお茶が大好きなんですの。嬉しいですわ」


そして、心から嬉しそうな顔と声で明るく言い放った。

何名か呆然とした顔を見つけ、彼は夫人たちの名前と顔を心に留める。


「ボウルを返していただいても? せっかくのカフェオレが冷めてしまいますわ」


さらにテレーゼ・エリザベートはそう言って毒入りのカフェオレボウルを引き寄せ、おいしそうに飲み始めた。

完全に化け物を見る目になった面々を尻目に、「飲み物や食べ物がおいしくて、メーガルドはほんとうに良い国ですね」などと、意味深な感想を述べていた。


フォンブルクの武器。どんな毒も効かない、美しい、魅力的な武器。

その武器は、メーガルトに嫁いで、何をするつもりなのだろうか。


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