2
目を覚ましたベルナルド・ウィレムは、なぜかテレーゼ・エリザベートの腕に抱かれていた。
起き出す時間にはまだ早く、侍従や召使いは来ていなかった。本当に運がいいと思う。
不能の兄の代わりに結婚したのに、至近距離にテレーゼ・エリザベートの美貌が迫ってきただけで耐えきれなかった。
そもそも自分は兄と偽った弟だ。いつ結婚の無効を申し立てられてもおかしくない。ぐるぐると考えているうちに気絶するように眠ったと思っていたが、これはどういうことなのだろう。
ネグリジェ越しに伝わる体温と、優しく瑞々しい花の香りに包まれて、思い出すのは昨日のこと。
ステンドグラスから差し込む七色の光に照らされたテレーゼ・エリザベート。花婿の瞳に合わせたブルーグレーのドレス。銀糸で編まれたレースのベール越しに彼を見つめる彼女は、この世のものとは思えぬ美しさだった。
花嫁の瞳に合わせた金と濃紺の衣装をまとった彼は緊張しっぱなしで、婚姻の儀は彼女にリードされてばかりだった。
その後は舞踏会、晩餐会と続き、ようやく解放されたと思えば彼女と同じベッドで休めと言われる。
無理だろう、と思った。
ベルナルド・ウィレムは寝相が悪いし、従者から昨夜いびきを注意されたばかりだった。ベッドを共にするには最悪な相手だと自分でもわかる。
いびきはかかなかっただろうか。テレーゼ・エリザベートをベッドから蹴り落としたりしなかっただろうか。
「ん……」
小さく身じろぎした彼女が声を出し、彼は飛び上がった。どうやらまだ寝ているようで、彼はほっとする。
なんとか彼女を起こさないようにそっと腕から抜け出し、ようやく大きく安堵のため息をつく。心臓に悪い。
上半身を枕に預けて膝を抱き、ベルナルド・ウィレムに課された使命を頭の中で復唱する。
大国フォンブルクの持つ大陸最強の武器の情報を花嫁から聞き出すこと。
テレーゼ・エリザベートが武器の秘密を知っていると踏んで、昨日は「知っているぞ」とはったりをかけてみたが、逆に何かこちらの弱みを握られているらしいことを匂わされて動揺してしまった。
おまけに彼女のほうから顔を近づけてきて、顔が良いしいい匂いはするし、とても尋問どころではなかった。
とっさに自分の枕に逃げてしまい、情けなさにもぞもぞと悶絶し、結婚の無効を申し立てられたらと不安になって寝落ち。何が王子だ、完全に小物ムーブだ。
同い年と聞いていたのに、テレーゼ・エリザベートの気品ある堂々とした立ち居振る舞いは王女というよりまるで王そのものだった。それでいて優美かつ丁寧な物腰で、給仕係から騎士まで、たった一日で会った人間全員を魅了していた。結婚式を執り行う大僧正すらも彼女に見惚れていた。
王弟公の令息として社交界にデビューし、身分の高い貴婦人や令嬢との出会いはたくさんあった。心を動かされた女性もいたが、レオナルドの代用品である彼が先に身を固めることは許されなかった。
兄に瓜二つの双子の弟として生まれた自分を呪う人生だったが、テレーゼ・エリザベートとの結婚ですべて解消された気がした。今は、こんなに素晴らしい女性と結婚できない兄に同情の気持ちすら抱いている。
テレーゼ・エリザベートと親交を深めて、フォンブルクの武器の秘密を打ち明けてもらえる仲になろう。
妻の香りが移った寝間着を名残惜しく纏ったまま、ベルナルド・ウィレムはベッドから降りた。
起こされるまで寝ているのがレオナルド王子だが、今日くらいはベルナルドらしい早起きをしてもいいような気がした。