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「テレーゼ・エリザベート・フォンブルク。僕はきみの秘密を知っている。暴かれたくなかったらおとなしく――」
「あら。レオナルド・ウィレム・メーガルト、わたくしもあなたの秘密を知っていてよ。この結婚を無効にされて困るのはあなたの方ではなくて?」
薄手の寝間着一枚の男女が、寝台の上で火花を散らす。
初夜を邪魔立てする者は互い以外にいなかった。
大判の枕に妻を押し倒した夫は、色素の薄い美貌の貴公子。灰銀色の髪と淡い灰青の瞳が、枕元の照明を受けてきらめいている。しっかりした眉と通った鼻筋が凛々しく、男性的な骨格と筋肉は弾けるような若さと力強さを感じさせる。歳相応の若々しさと王族の風格を併せ持ち、本日の結婚式で彼に魅了された貴婦人は数知れない。
彼はメーガルド王国の王子レオナルド・ウィレム・メーガルドを名乗っているが、正体は王子の双子の弟で王弟の養子に出されたベルナルド・ウィレムである。
本物のレオナルド王子は身体機能に不全があり、結婚を成し遂げるために双子のベルナルドと入れ替わって王弟の領地で暮らしている。この秘密は王族全員はもちろんのこと、本物のレオナルドをよく知る貴族たちも共有している。
ウィレムの知らないことだが、妻は個人的に潜り込ませた密偵からこの話を聞き、承知の上で結婚した。
その妻はゆったりと腕を組み、自分を押し倒した夫を冷めた目で見上げた。
腕組みした左手の結婚指輪さえなければ、水の精霊を思わせる涼やかな乙女といった風情の美女である。
銀色に近い金髪は艷やかに輝いて腰まで流れ、澄んだ紺色の大きな瞳は宝石のよう。すらりと背が高く、結婚式で誓いの接吻をする際に夫が少し顔を傾けるだけで済んだ。
大国フォンブルク王国の王女テレーゼ・エリザベート・フォンブルクとしてメーガルドの王子と結婚式を挙げた彼女は、本名をエリザベート・マンサナ・デ・オロという。
数世紀前のフォンブルク王の妹が祖となったオロ家は、いわゆる不死の血筋である。王妹その人は故人だが、王妹の孫世代以降、血を引く一族は全員存命だ。エリザベートは孫世代の一人である。
架空の王女を名乗るにあたり、エリザベートは偉大な王妹からテレーゼの名を拝借した。
フォンブルク王の娘たちがメーガルドとの結婚を嫌がり、国中に散らばる王族の末裔から代役の適任として選ばれたのが彼女だった。
こちらは外国で不死の血筋を遺さないよう、体質改善を済ませての輿入れである。ベルナルド・ウィレムが兄と入れ替わる必要は全くなかったのだ。
傍系王族を身代わりに立てるのはよくある話で、今回の架空の王女テレーゼ・エリザベートもつつがなく捏造された。
「秘密を暴かれたくなかったら……何かしら?」
「う」
押し倒してから一向に動こうとしない夫に痺れを切らし、エリザベートはぐっと上体を起こして彼に迫った。
二十歳だか三十路だか忘れたが、数百歳の彼女にとってはほんの誤差、どちらも子ども同然である。
当代フォンブルク王に「ぞっとするほど青い」と評された瞳でじっと見つめてやれば、若い夫は気圧されたように身を引いて隣の枕に戻っていった。
「おやすみなさいませ、殿下」
「お、おやすみ」
こちらに背中を向けてもぞもぞしている夫を、腕組みの上から見下ろした。
夫はかわいそうな人だと思う。兄と入れ替わって王子を務め、顔も知らない相手と結婚させられて。おまけに結婚相手の中身は王族といえど架空の王女に成り済ました数百歳の老人である。
エリザベートは新婚生活に対して全くやる気がなかった。
そのうち世継ぎを産めない女だとか罵られるだろうが、宮殿から放り出されても生きていける――というか死ねないし、姿かたちが変わらないのだから化け物呼ばわりは免れない。
今回、フォンブルク王から命じられたことはただひとつ。レオナルド・ウィレム亡き後も永遠の王太后としてメーガルトに君臨し続け、この国を事実上のフォンブルク領とすること。
エリザベートが偽レオナルドと結婚したことは、まだフォンブルク側は知らない。
「ふあ……」
エリザベートは大あくびをした。まずは明日起きられるかどうかだ。
見た目は夫と同年代の二十歳そこそこの若さで止まっているが、睡眠時間は歳相応だ。起こされなければ三日間くらいは平気で寝ていられる。
一番長く眠っていたであろうときは、戦争に駆り出され、敵陣に向かう途中の洞窟で一晩だけ寝るつもりが、起きたらとっくに終戦していた。
こんな調子なので、実年齢はとっくにわからない。生年月日も覚えていないため、はとこだった王の生年を目安にしている。
隣の夫はさっそくいびきをかき始めた。慣れない身代わり生活に加えて、今日は式典やらがてんこ盛りで相当疲れているのだろう。
目を覚ましたときにメーガルトが滅んでいませんように、と短く祈り、エリザベートは夫に背中を向けて寝具の中で丸くなった。