4、
カミラはそこまで話し、紅茶を一口飲んだ。
マーガレットは貴族として生まれ、恥ない様、一通りの歴史を含めた一般教養は学んできたはずなのに、全く知らない世界があるのだと思うと、マーガレットは不謹慎にもワクワクしてしまった。しかし、今のカミラにその気持ちをそのまま伝えるのは、良くない気がしたけど、今のカミラに、なんと言葉をかけていいのかわからなかった。
色々考えて、でも、変に取り繕って物を言ってもいい結果にならない。マーガレットが思ったままに言葉にしてみようと思った。
「カミラの話を聞いていると、いつも私が見ている世界はなんてちっぽけなんだろうと思うわ。知られざる歴史を抱えた辺境の地シーラ村。いつか見て行ってみたいわ」マーガレットはそう言って精一杯微笑む。意外そうな表情を見せたカミラは、少しはにかんだように頬を染めた。
「マーガレットにそう言ってもらえると気分が明るくなるわ」と、言って。
「それより、クロムウェル様はちょっとミステリアスだけど、頭の回転が早くて、カミラが困っている時に手を差し伸べてくれる素敵な方ね」マーガレットはニヤニヤとカミラに詰め寄る。
「そんなんじゃないわ」とムキになって否定するカミラが珍しくて、マーガレットは余計に笑ってしまう。
「よろしければ、マーガレットに今度紹介いたしますわ」と、プリプリした表情を見せるカミラにマーガレットは吹き出してしまう。
「ごめんなさい。でもいつかそう遠くない時に、どなたか決められた殿方と婚姻を結ぶことになるのでしょうか」マーガレットは不意に心の声を漏らした。
カミラは首をかしげる。「何かお見合いの話でも?」
「いえ、本格的にはまだ。だけど、もういつそんな話をお父様からされてもおかしくない時期だと自分でもわかっているの」それは、自分に対しての言い聞かせだった。
「誰か、想っている殿方が?」カミラは何の気なしに言った言葉なのだろう。
「うぅ~ん」と、図星をつかれマーガレットは百面相になった。
「それはどんな方?」今度はカミラが綺麗な笑みを浮かべマーガレットを追い詰める。
マーガレットは観念したようにポツリポツリと話した。「昔、王城の図書室である方にお会いしたのです。その方と今でも手紙のやり取りをしているのですが、カミラもご存知の通り、我が家は色々と付き合う方に対してうるさい方で。きっと無理な話なのは、わかっているの。だけど……」
「マーガレットがそこまで想う方ならとても素敵な方なのね。でもお手紙のやり取りをされているなら、家の方もご存知なの?」
「いいえ。手紙のやり取りがちょっと変わっているの」
カミラは首を傾げた。
「王城にある図書室の決められた本に、手紙を挟んでおくのです。一週間経ってから、その本を手に取るとお返事が入っているの」
マーガレットは、はにかんだ笑みを見せた。
「本ですか、誰か別の人に取られると言うことはないのですか?」
カミラからそう言われるまで、その可能性には全く気がつかなかったと言うような驚いた表情を見せつつ、「いえ今までそんなことはなかったわ」と言った。
「ではお相手の方が、しっかりと管理をされていらっしゃると言うことなのですね」
「ええ、おそらく。いつも、手紙で本のタイトルとどの棚に本があるか指定されているの。私はその通りに」
「なるほど、その方はどのような方なのですか?」
「ええっと、詳しくは私もわからないのだけど、騎士を……」そこまで言いかけたところで、ドアのノック音があり、マーガレットはびくりと体を硬らせた。
扉が開くと、レッド侯爵が顔を見せた。背が高く、武官と言われても遜色もないほどがっしりとした体格にボルドーのジュストコートを合わせた、黒髪に銀色が混じる壮年の男性だ。
カミラの姿を認めると、「失礼、楽しそうな話し声が聞こえたので。いきなり扉を開け、不作法でした」
侯爵がそう言うので、カミラは立ち上がり、「いえ、お邪魔しておりました」と一礼した。
「貴方の噂はかねがね。立派に役目を務められていると。確か、また明日調査に赴くと聞いた、どうか気をつけて」
「ありがとうございます」
「ゆっくりして行ってくれ」と、言いレッド侯爵はパタリとドアを閉めた。
カミラがソファーに戻ったところで、「明日からまた行かれるの?」と、マーガレットが尋ねた。
「ええ、サーケラという町はご存知?」
「ええ、確か、聖女協会の本部がある場所ね」
「そう。そこからちょっと行ったところに、ヴィンガンという村があって。そこで調査を行う予定なのよ」
「クロムウェル様も」
「そうよ」カミラは少し気まずそうに目を反らした。
「気をつけてくださいね」
マーガレットはにっこりとほほ笑んだ。