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5、

再度、馬車に乗り込み、街道に出ると本来進むべきルートへ戻った。もう、立ち往生していた老人と馬車は見当たらない。レイチェルは馬車に勢いをまして、街道を進んで行く。

その時点で、何がそこまで彼女を駆り立てるのかジュリアスもリチャードも知る由もなかった。そもそも、聖女召喚を企んでいた、魔術師は殺された。魔術の儀式を行えるものはもういないのだ。だから、このタイミングでなぜカミラを連れ出していったのか、その理由がわからなかった。それを知りたく馬車に揺られていた。

「ジュリアスの転移が使えると、楽なのに」

うらめしそうな声でリチャードは嘆いた。

「悪いが、全く行ったことのない場所には流石に転移できない」と、両手をあげる。

街道をしばらく進むと、やはり同じような木々の林の中に入り、赤い屋根の屋敷が見えた。

「確かに、瓜二つだな」

レイチェルは冷静に見えてかなり焦っているのだろう。冷静に見ると、先ほどの屋敷があった場所とは微妙に異なるのだが、かなり似ているので、間違っても不思議はなかった。

今度も真正面ではなく、屋敷から少しはなれば場所に馬車を停め、徒歩で草木をかき分け屋敷の方へ進んでいく。

ただ、先ほどとは明らかに様子が違った。屋敷には人の気配と、馬車が停まっている。先ほど、レイチェルは人を呼べるような屋敷ではないと言っていたが、明らかに来客がいる雰囲気だった。同じように、大きな窓をしつらえたティールームがあり、中を覗き人がいないのを確かめると、慎重に窓をあける。窓の前には紫陽花が茂る。

窓から入ったティールームは赤を基調としたシャンデリアのある部屋だ。置かれている調度品、家具の配置に至るまで、先ほどの屋敷と全く同じだ。レッド侯爵という人物は、そうとう神経質な男だと思われた。

レイチェルはドアを開ける際、廊下に出る際などは、細心の注意を払って行動していた。想定されるような人の気配は感じられない。侯爵家の馬車がたまたま、表に停まっていた、だけなのだろうか。

二階の一室に到着する。レイチェルがドアをノックする。

しばらく待っても返事がないので、勢いよくドアを開けた。中の部屋の光景を見て既視感を覚える。乱れたベッド、椅子、チェスト、本棚、暖炉、開け放たれた窓、風に靡くカーテン。部屋の中に人影は見当たらない。リチャードとレイチェルはキョロキョロと辺りを見回している。

ジュリアスはベッドのシーツに手を当てる。

「まだ温かい」確かに人がここにいた。「けど、どこに行った?」ジュリアスは今まで自分が見て来たことを、もう一度思い返した。

そして魔術師が好みそうな場所と言えば……。

「この屋敷に地下室はあるか?」

「地下室ですか? 貯蔵庫でしたら……」

レイチェルは申し訳なさそうにそう言った。

「さすがに地下室なんてないだろう」リチャードは呆れた口調で言った。

それでも、ジュリアスの勘は地下室の存在を示唆していた。聖女召喚と言った禍々しい魔術を展開するには、そういった場所が一番、最適なのだ。

部屋の中を歩き回る。チェスト、ベッド、水差し、戸棚…まで見ると、異様な細さの戸棚が気になった。本棚にはいくつか本が並べられているが、ほとんど内容があってないようなタイトルばかりだ。はっとして、ジュリアスが戸棚を左右に動かしてみる。

ガラガラと重い金属音と共に扉は左へ動いた。

中を覗き込むと、薄暗さの中に下へと続く階段。燭台には明かりが灯っている。明かに、人の気配があるという証だった。中は地下室というよりも、洞窟という言葉がぴったりと合う。ジュリアスはこめかみがキリっと痛む感じがした。

この感覚は――魔術が使われている感覚だ。

「急ごう。嫌な予感がする」ジュリアスがそう言って走り出すと、レイチェルとリチャードも続く。ごつごつとしたむき出しの岩肌はまるでこちらに迫り来るような迫力がある。

その岩の影に隠れるように、白い布、うずくまる人の影。

「マーガレット様!」

レイチェルが勢いよく飛び出した。近づくと白い布はフード付きのローブだということが分かった。マーガレットがすぐにレッド侯爵家の令嬢だと言うことは、レイチェルの対応ですぐにわかった。

「……れ、レイチェル。私……」レイチェルの顔を見ると、マーガレットはっとなり。

「行って、早く、今ならきっとまだ」と声を荒げた。

ジュリアスは倒れ込んでいる、マーガレットの元に跪く。

「どういうことか教えてくれ」

「カミラが、お、お父様に連れられて」

「侯爵様に?」ジュリアスは非常に驚いたが、レイチェルは事情を分かっているようで、沈み込んだ顔を見せた。すぐにジュリアスの方に顔を向け。

「行ってください。貴方なら、あれをまだ止められるかもしれません」

「わかった」リチャードの方を見ると、頷いていた。

ジュリアスとリチャードは立ち上がり、先へ急いだ。自身の息遣いだけが、脳内に響き渡る。

狭まっていた景色が開けた場所に出る。

行きついた先の光景に、ジュリアスは一瞬、凍り付いた。


初めて見た。噂には聞いていた。

術者の血液を使って書く魔法陣。床に滲む文字と、不快さと生臭さが交じり合ったような匂いが鼻をかすめたような気がした。魔法陣の中に一人の女性が眠っているのがわかり、それがカミラだと言う事もすぐにわかった。そして、カミラの前に血に染まったような深紅のローブを纏った一人の男性が立っている。その距離、ジュリアスから二十メートル程。

刹那の瞬間だった。

男はジュリアスの存在に気が付くと、目を見開いた。精霊を呼び出す最中だったのだ。あと一歩、それが遅れてしまえば、もう呼び出されていたかもしれない。ジュリアスは一歩踏み出し、転移魔術を発動した。距離は瞬時に縮まり、カミラの元まで飛んだ。魔法陣の中で横たわるカミラに近づく。案の定息があってほっとした。

抱きかかえ、再度転移魔術を発動しようとさせる。

「貴様、一体!?」目の前の男がみるみるうちに怒りをむき出しにさせた。

しかし、翻る藍色のローブを見て、冷えた表情を見せた。

「まさか……」それが言い終わるか否か、転移魔術が発動し、ジュリアスとカミラは姿を消した。後のことは、リチャードに任せると言わんばかりに。

次に着いた先は、ウィンスラー伯爵家だ。

リットンと伯爵はいきなり現れた、カミラとジュリアスの姿に目を白黒させるも、ジュリアスが抱き上げた彼女をソファーに預けると、状況を悟ったらしく伯爵は駆け寄り、リットンは「タオルなどをお持ちます」と言って、慌てて部屋を出て行った。

「すみません、少しだけ確認させてください」ジュリアスは、左袖の服を巻き上げる。アジュールダイヤの赤い紋章が腕に刻まれており、唇を噛んだ。

「あ、き、消えていく?」訳が分からぬ様子でジュリアスの後ろで見ていたウィンスラー伯爵も同じ様に見ていた。

紋章はだんだんと、色が薄まり、次第に見えなくなった。

「リチャードが上手くやってくれたな」

「??」ジュリアスの言葉に、ウィンスラー伯爵は全てが追い付かないという表情を見せた。カミラが薄っすらと瞳を開けた。

ジュリアスはカミラの表情を見て柔らかい笑みを浮かべた。

「帝国の……いえ、こちらの話です。全てが終わりましたら、必ずご説明に参ります。とりあえず、安静に」

そう言って、彼女を伯爵に預けるとジュリアスは姿を消した。

残されたウィンスラー伯爵はジュリアスの消えた後をぼんやりと眺めていたが、慌ててモノをかき集めてきたリットンのガタゴトと立てた音に我に戻った。


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