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1、虹の行方

――エイノン帝国の一室。

小さな会議室にジュリアスが着いた時、全ての椅子に人影があり、ジュリアスを待ち構えているようだった。

「報告を聞こう」ノヴァ宰相は眼鏡を指で押さえそう尋ねる。

「聖女召喚の噂は、完全に黒です」ジュリアスは顔にかかる髪の毛をかき上げた。

「そうか。予想通りだな。状況は?」

「関わっているのは、かなりの高官ですね」ジュリアスは冷静に答えた。

聖女協会の一介の本部長が主犯とは思えない。恐らく、もっと上の人間が深く関わっているのだろうとジュリアスは予測した。

「聖女召喚はエストの戦い以降は禁止事項として調印を結んでいる。それに背くようなら、こちらもそれなりの手段をとる必要がある」

ノヴァは明瞭な言葉で示す。反対するものは誰一人いない。

ジュリアスも反対ではなかった。ノヴァの言うことは正しいと思っている。

「では、リチャード手はず通りに」リチャードとは皇帝直属の騎士団副団長殿である。

「御意」リチャードは一礼した。

「しかし……」ジュリアスが漏らす。

「君がためらうなんて珍しいな、何かあるか?」

ノヴァは不思議なものを見つめる様に言った。

ジュリアスは完璧主義者有名だ。

完膚なきまでに徹底し、報告を上げてくる男だ。

「いえ、もしよろしければ、このまま、私も任務遂行させていただきたいのですが」

ノヴァだけではなく、リチャードも物珍し光景に目を見開いた。自分が目立つことを嫌がるため、普段は自ら業務に関わろうとしない彼が、ここまで言うのは初めてかもしれない。そこまで彼を掻き立てるものは何なのか。それを考えるとおのずと、口角が上がる。

「それはいいが、表立ってこの件に関わると決めたなら、クロムウェルではなく、ジュリアス・クレメント。自身の名を名乗るように」

「御意」

そう、クロムウェルは仮の名。

ジュリアスは立ち上がり、手袋を外し、左手を床にかざす。左手の甲には魔法陣が刻まれており、魔力を込めると光の魔法陣が彼の床下に浮かびあがる。

光に包まれ姿を消した。

魔術師の家系ごとに、使える系統が異なる。クレメント家は空間を操る。そして彼が最も得意とするのは転移の魔術。この魔術の利点は、起動力の高さだ。彼は、一回一回、魔法陣を描く手間を省くため、自身の手の甲に魔法陣を刻み込んだ。

「聖女か」

聖女は魔術における禁術の一つだ。

生贄と引き換えに、亜空間から別の人間を強制的に召喚することが出来る。召喚される人間に拒否権は無い。亜空間を通ってきた人間は時空の歪んだ空間で人としての構造を再構築されるため、常人離れした能力を授かる。その力をイワーツェ国は『聖女』と呼んで崇め奉った。ある意味、呪術的だとも感じる。

何よりも気にくわないのは、自分たちで、何かを成そうとは思わない。全て他人(聖女)任せなところ。

結局、自分たちで何かを成そうとせず、聖女に全てを押し付けようとする。

帝国の領地になった際、聖女召喚を禁じた。

そもそも、生贄を利用したという時点でアウトだ。

また、難しい術式と術者の血液で魔法陣を描く必要があるため、表沙汰にされてはいないが、犠牲になる魔術師も過去にいたと聞いたことがある。

恐らくそんな事まで知っているものは今のイワーツェ国にはいないかもしれない。

聖女召喚も毎回上手く行く訳ではない。失敗することがほとんどだ。

そうなると生贄として亡くなった無念だけが残る。

生贄と呼ばれる少女は、大昔は平民から選ばれていたようだが、今では貴族の子女が選ばれる。その方が召喚できる確率が高いと言う統計結果が出され、貴族から出されることがしきたりになった。そんな制度を百年前まで真面目に行っていた国だ。

領地とした帝国も異端の目で見ていた。

次の“運命の乙女”なる生贄はカミラ・ウィンスラーに決まっているらしい。

転移先は、薄暗い地下牢。ため息をついてジュリアスは一人歩き出す。


イワーツェ国、王城。

過去には《湖の要塞》という通り名で、牢屋としての機能を果たしたと歴史にはあるが、そんなものは過去の遺産だと言われ、一般の者には知られて居ない。

現在でもまだ、王城の地下には牢屋がある。

知るのは高官などのわずかな者のみ。なぜなら、遥か昔はかなりの頻度で使用されて居たが、点々と監獄が別に作られる様になったため、使う必要が無くなったからだ。

しかし、現在、秘密裏に一人の男が監禁されている。

ジュリアスは、感覚的にそれを知った。

彼は魔術の気配を感知することが出来る。魔術師ならではと言うべきか。

どんな魔術かまではわからないが。

初めてこの王城に来た時、城の地下に妙な気配を感じた。城の者に聞いても皆一様に、地下などない。と答えるので不審に思い、探索してみると、隠された地下室への入り口を見つけ、奥には鎖に繋がれた男がいるのを見つけた。

その時、見た男は拷問のあとと見られる生傷が痛々しいほど体中にあった。痩せ細り殆ど生気も無い。年齢はそれなり。見た目から老人と思われた。

男はジュリアスの存在に気が付いているようだったが、顔を上げる体力も残されていないのだろう。苦しそうな息遣いだけが辺りの空気を震わせていた。一瞬そこに目をやり、顔色を変えず、ジュリアスはすぐに男をみて聞いた。

「魔術師か?」男は項垂れた顔をものすごい速さで上げると食い入るようにジュリアスを見つめた。無言は肯定。「私も魔術師だ」そう言葉をかけても男の固さは取れない。むしろ強くなる一方だ。

「私はエイノン帝国のものだ。この国で秘密裏に進められている聖女召喚について知りたい、知っていることを教えてくれないか? なんなら助けることも出来る。まず、君がなぜここに居るのかを聞きたい」男は視線を反らした。垢にまみれ異臭が漂う。生きているのが不思議な程だ。

ガチャリと上の扉が開く音がする、「考えておいてほしい。また来る」そう言ってジュリアスは姿を消した。


これが一ヶ月前。

皇帝の許しを得て、ジュリアス・クレメントとして動ける今、(クロムウェルは仮の姿だったため、身分がばれないことが前提となり、使える権限も限られていた)彼の全ての力を使うことが出来る。

なんなら、老人ごと帝国へ転移魔術をかけ、事情を聴きだすことも出来る。そのため、老人がいた牢屋に転移してきたのだ。

しかし、目の前の惨状を見て一歩遅かったことを知った。老人は衣類の僅かな布を編み合わせたものに全体重を預け、息絶えていた。

自殺したのか。

もしくは、第三者が無下に老人を殺したのか。

体液の異臭と血の匂いが立ち込める。

はっとした。血が流れている。牢の中には刃物などないはずだった。

しかし、なぜこんな早急に殺さなければならなかったのか。

ジュリアスの読みではこの老人が聖女召喚の鍵を握っているようだった。

どんな状況下でも彼を殺すことは得策ではない。逆に言うと、彼を殺せば、聖女が召喚出来なくなると読んでいた。

彼はイワーツェ国の最後の魔術師、フェラン家の生き残りだろう。そう推察するのは容易い。なぜならイワーツェ国で魔術師の家系はフェラン家のみ。まさか、他の国から魔術師を連れてくるのは考えにくに。なぜなら、どの国も魔術師と言うのは希少な家系であるため、他国には出さない。もしも、行方不明になった場合は国を挙げて捜索される。ジュリアスが知る限り、そんな魔術師は現在いない。となると、この目の前の老人はフェラン家の末裔であると言える。末裔という言い方をしたのは、フェラン家は公には途絶えた家系だと言われている。なぜ、彼が殺されなければいけなかったのか。ジュリアスは老人の足元にこの場には不似合いなレースの白いハンカチが落ちているのが気になった。拾ってみようと近づいた時に、大人数で近づいて来る足音と人の声が聞こえたため、見つからないように、転移魔術を展開させ、その場を後にした。


始めはジュリアスも同じ魔術師としての興味本位からだった。異世界から人間を召喚という魔術は世界探してもそうそう見当たらない。規格外な魔術師を有したイワーツェ国。

イワーツェ国の貴族や有力者の中でこのまま帝国の領地として一生を終えてもいいのだろうか。そんな声が昔からあった。

実際にそれを実行する者は現れなかった。

しかし、近年きな臭い噂が帝国まで流れて来た。

それは、もう一度、聖女召喚を行うために運命の乙女を選定したというもので、ここまで具体的な事柄を示唆する噂がささやかれたのは、今までになかった。

ジュリアスも廃聖堂調査委員という文言を見た際、聖女召喚の情報を集めるために秘密裏に行っている組織ではないかと思っていた。

ただ、そうだとしたらここまでそうはっきりと『廃聖堂調査』とご丁寧な名前を付けるだろうか。後ろ暗いことをしているのならごまかすのかセオリーと感じる。例えば、身寄りのない子供たちのために、という名目を作るとか……。

エイノン国としては、〈多少、私服を肥やす程なら目を瞑ろう。が、もし裏の裏をかいて何かをしているのなら見過ごせない〉という見解だ。

先ほどの様子を思い出す限り、処刑されたというより秘密裏に暗殺された。という表現が当てはまる。老人を殺害したのは、あの地下牢に老人を幽閉したことを知っているごく僅かな誰かと言うことになるだろう。

ジュリアスが次いで転移した先は、エイノン帝国からもう一人、イワーツェ国に送られている、人物の元だ。

彼は、今帝国を離れ、イワーツェ国の国境付近の街にいるはずだった。

飛竜を乗りこなす、彼の部隊なら、もうその距離にいてもおかしくない。

騎士団副団長リチャード・ダンテだ。

彼と落ち合うため、シーラ村に来た。ちょうどリチャードも到着したところだった。

リチャードがこの若さで副団長の地位まで登り詰め要因の一つが、彼の飛竜への耐性・適正の高さが大きな一因としてある。彼が主に率いる、帝国最強と呼ばれる飛竜一団は、飛竜を使役した戦闘力と、機動力が一番の魅力である。

帝国からまともに走れば山越えもあるため一週間はかかる道のりを、飛竜で行けばほぼ一日で飛べる。もし難点を挙げるとしたなら、飛竜を休息させるための、ある程度広大は敷地が求められることだ。そのため、中継地としてイワーツェ国の外れにあるシーラ村が選ばれた。

この村はジュリアスも面識がある。

リチャードの一団を村長であるバルトルが先導し、出迎えている最中であった。その中から、リチャードの元に真直ぐ歩んでいく。

村の中で見るとかなりお互いに目立つローブを着ているため、リチャードはすぐにジュリアスに気が付いた。

「おい、あの騒ぎを知っているか?」皮で出来た厚手の手袋を外しながら、リチャードは言った。

「なんの話だ?」冷静に答えるジュリアス。

「王城の牢屋で殺人があったらしい」

「ああ」と言いながら、ジュリアスは妙に情報が早いなと思い、そう言えば以前から彼の密偵をイワーツェ国の内部に内々に潜入させていたという事を思い出した。あまり表情を変えないジュリアスを不審な目で見ながらリチャードは続けた。

「その疑いがウィンスラー伯爵のカミラという令嬢にかかっているようだ」

ジュリアスは吃驚した。

「それは、何がどうして?」

「どうも、妙な話だ。地下牢の殺された男のそばにレースのハンカチが落ちていた。そのハンカチにはカミラ嬢のイニシャルと家名を表す紋章が入っていたそうだ」

ジュリアスは先程の様子を思い出した。確かに、男の近くにハンカチを見た覚えがある。

「……いや、まさか」

「ああ、その件については私も妙だと思う。そんな貴族令嬢が地下牢なんて場所に行くはずがないだろう。それに、調べて下さいと言わんばかりにハンカチ落とすなんて、普通に考えると考えただけ変だとしか思いようがない。しかし、事実のようだ。確かな情報筋から聞いた話だ。信用するに足る」

「うーん」とジュリアスは黙考し腕を組んだ。それは一寸のことですぐに、口を開く。

「今居るものの中に絵が上手いものはいるか?」とリチャードへ聞いた。

思ってもみないような質問にうろたえながらも、「貴族出身で、趣味で絵をやっているものがいた……はずだ」

「やってもらいたいことがある」と、ジュリアスは言った。


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