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聖女がいなくなったその後で、  作者: 沙波
敬虔な信者
12/19

4、

御者に、ソレンヌからもらったメモを見せ、馬車を走らせた。

着いたのは外れにある一軒屋だった。ずいぶん遅くなってしまったが、明かりが付いている。

クロムウェルがノックすると、若い男が顔を出した。

目は小さく、男にしては小柄で線が細い。浅黒く異国風の顔つきをしている。

男はカミラとクロムウェルを見た。

「エーリクさんですか?」

「はあ」

「アメリー・トルエバという女性を知っていますか?」

「こんな時間に一体何なんですか? 病身の者がいますので引きとって下さい」

エーリクはどこか田舎臭さが残る、強い口調で、ピシャリと言い、扉を閉めようとしたが、クロムウェルがそれよりも早く、扉を掴んだ。

「ご存知ありませんか?」

「そんな人知りません。帰っていただけますか? 一体あなた方は誰です?」

「失礼、廃聖堂調査委員を勤めております、クロムウェルと申します。王城へ帰る途中、ここへ立ち寄ったのですが、生憎、殺人事件に巻き込まれまして。騎士団の到着が明日になるとの事だったので、出来る限りの情報の引継ぎを、と思いましてね。こちらへは、婚約者のソレンヌ・パルマ嬢から聞いて来たのですが」

ソレンヌというフレーズが耳に残ったのか。国の偉い官僚だと勝手に思ったのか、エーリクの態度は多少軟化を見せた。

「わかりました。それで、俺に何の用ですか。先ほども言いましたが、家の中に病身の母がいるので、手短にお願いしたいのですが」

「ええ、もちろんです。確認ですが、貴方はソレンヌ嬢の婚約者である、エーリクさんで間違いありませんね?」

「はい。彼女とは、この町で知り合い、先月婚約を決めました」

「ソレンヌ嬢は貴族ではないと言え、商家の令嬢だ。普通に生活をして、会う事のほとんどない存在と聞いているが、どうやって彼女と?」

「ああ、私が勤めているカフェはかなり評判がよく、お忍びでよくソレンヌも来ていた。店の者にも基本的には伏せられた情報だが、数名は知っている必要があるという事で、俺は教えられた。そこから、彼女と仲良くなった」

貴族でもお忍びで出かけたりする、という話はカミラも聞いたことがあったので、エーリクが特別作り話をしている様には見えなかった。

クロムウェルはポケットから、一枚の紙を取り出し、査察状の様にエーリクの前にかざした。

「あまり、こちらも時間がないのでね。出来れば、エーリクさん。貴方の口からアメリーさんを殺したことをお話いただくことをお勧め願いたい」

抑揚のない声で言った。

書面を見たエーリクの時間が止まった。

「だ、だって遺書が」と、動揺し思わずこぼしたのをクロムウェルは見逃さなかった。

「なぜ、遺書があったことを知っているのです?」

エーリクはわなわなと唇を震わせ。項垂れた。

「アメリーさんが殺される前に、聖女協会の本部を訪れていたようです。なぜだがわかりますか? この結婚の記録を探すように依頼されていたようです。貴方は知ってるはずだ。だって、手元にあるでしょう? アメリーさんからこの書類を奪い取り持っている。エーリクさん。貴方とアメリーさん婚姻関係にありますね? 今回のソレンヌさんとの結婚にあたって、アメリーさんと離婚したかった。しかし、敬虔な彼女はそれを断った。そのために殺害したのですね」

エーリクは力なく頷いた。

「殺すつもりはなかった。母がまだ元気で旅役者として各地を回って居た時に彼女と出会ったのだろう。一瞬で恋に落ちた。しかし、アメリーの両親が反対した。若かった二人は駆け落ちして、聖堂から聖女協会に申し立て、結婚した。しばらくアメリーは旅役者の一団に混じって一緒に生活していた。しかし、結局追いかけて来た両親にアメリーは連れ戻される。俺はその時点で二人の婚姻関係は破綻したと思っていた。だって、そうだろう? それから会う事も話すことも無かったのに」

「詳しくはありませんが、聖女信仰の方は特に、信心深い方は聖女様のご意向を非常に大切にしています。聖女様は男女の格差は無く、人として皆、それは健常者も障害を持つものも男も女も平等に生活を営めるように尽力したと。また、結婚を非常に神聖なものと、とらえていたようです。そのため離婚や浮気を良しとしなかった」

「アメリーは両親に婚姻関係を結んだことを打ち明けたらしい。トルエバ家は娘も両親も敬虔な聖女信者だった。離婚すると言う選択肢はなかった。聖女の教えに背き、もし作物の実りがなかった場合どうする? 生きるか死ぬかの問題にも関わってくる。つまり、アメリーと俺が会わなくなっても、静かに婚姻関係は継続してされて居た、という事だった。今更そんなことを言われてどうしたらいい? 昨日、急に彼女から手紙が届いて、会いたい。話があると久しぶりに呼び出された。ソレンヌとの婚約のこともある。変に噂をたてられたくない俺は、聖女協会のローブを着てそれらしい恰好で彼女の泊っている宿の部屋に入った。途端にその話を聞かされた。そんな事を今更話されても、もう彼女に対しての気持ちなんてもうなかった。何年も会ってもいない相手だ。殺すつもりはなかったんだ。話がこじれて、彼女が『わかってくれないなら一緒に死にましょう』と訳の分からないことを言って、短剣を取り出した。短剣の切っ先をこちらに向けて走ってくるので、それを避けて、振り払おうとしてもみ合いになって、何かのはずみで彼女に……」

「貴方が、ソレンヌさんのフリをして戻ってきたのは、婚約証明書を取り戻すためですね?」

「そこまでもわかっているんですね。はい、その通りです。彼女に、アメリーに短剣が突き刺さった時は、もうどうしたらいいのかわからなくなって。ただ、彼女が自殺したように見せかければいいんじゃないかと、思った。だから、届いた手紙に、聖女様への文言が書いてあったのを思い出して、その部分だけちぎって床に残した。急いで宿を出た後で気が付いた。彼女のドレスの中に俺の名前が入った婚約証明書があることを。それを回収しなければならないと思った。この町に騎士団が来るのに時間がかかるのは知っていた。だから、あんた方、部屋に二人が居て聞いて驚いたよ」



クロムウェルは少ししてから御者に何かを伝え、馬車に乗り込んだ。

あの後、エーリクは明日の朝、騎士団が到着した際は自ら名乗り出て、説明することも約束した。今日は母のそばについて居たいと言うのでクロムウェルはそれを了承した。

「宿屋に現れたのはエーリクさんだったということなのでしょうか?」

クロムウェルが淡々とエーリクと話をつけてしまうので、口をはさむ機会がなかったカミラは、なんとなく自身の中で話がつながっていない部分があり、気になっていた。

「そう。あれはエーリクの変装だ」

「変装?」

「ソレンヌ嬢の話から、彼の母は旅役者だと聞き、彼も幼い頃から舞台に出ていると聞く。母について回って化粧の仕方ドレスの着方などを目で見て学んで来たのだろう。だから、彼にとって女装して声色を変化することは慣れたことだった。カツラやドレスは衣装として母が使っていたものだろう。自身だとバレない様に、わざと体のラインが出にくい衣装を用意して」クロムウェルの説明に二の句が継げない。

「エーリクにとって、アメリー嬢とのことはもちろん、当時は本気だったのだろうが、そこまで音沙汰がなくなると、気持ちは薄れていく。そんな時、この町でソレンヌに出会う。彼女と結婚すれば、パルマ商会の娘だ。ある程度未来は保証される。彼の母親も今よりずっと丁寧にケアしてあげられるだろう。そして、結婚を決めたとき、アメリーが現れた。アメリーはソレンヌから直接、結婚の話を聞いて居たからね。アメリーはエーリクに自身の婚姻しているのだから、自分との結婚証明書を見せつけ、ソレンヌと結婚するのをやめる様に迫った。その時、アメリーとソレンヌが知り合いだと言ったのだと思う。エーリクは寝耳に水だったろう。今更、そんなことを言われても、あってない様な婚姻関係だ。彼女に少なからず抱いて居た一抹の愛情も憎しみに変わった。アメリーに彼の母親に何ができる? 看病すると言ったって、彼女は両親に反対されている身だ。二人の話合いは平行線を辿り、アメリーが自殺してやると言う様なことを言って、エーリクが短剣を取り上げようとした時、思わず彼女に刺さってしまったと、そんなところだろう。エーリクは気が動転するも、自身がここに居たことを悟られない様にするため、自殺に見せかけ、こっそりと抜け出した。しかし、冷静になって婚姻証明書をまだアメリーが持っていたことを思い出し、もう一度、あの部屋に戻る必要があった。それで変装し、あの部屋に戻って来た。私たちが居てギョッとしただろう。しかし、涙に暮れる演技を見せ、彼女に覆い被さり、彼女が忍ばせた証明書を回収した」

「……あの、遺書については?」

「あれは全くの偶然としか言いようが無いね。間違いなく、アメリーがエーリクに当てた手紙の一部だったのだろう。だけど、手紙にそんな事を書くのかなと、疑問にも思った。だけど、書いた本人はもう亡くなってしまったから聞くことも出来ない。もしかしたら、彼女は本当に死を覚悟して居たのかもしれない」

「なぜ、アメリーさんとその家族が熱心な信仰者だと分かったのです?」

「凶器の短剣。と彼女の家が農家だったと言う点。作物を育てる稼業だ。作物の実り具合はその年に左右されやすい。そう言った職業に就くものは聖女に豊作を願う祈りを捧げる。と、これで今回のことについては納得してくれただろうか?」

「ええ、あとあの時、宿屋で『アジュールダイヤのイヤリング』の事を聞いていたけど、あれは一体?」

「結婚の証だよ」

「結婚?」

イワーツェ国では夫婦は左手の薬指に指輪をつけるのが一般的だ。

「帝国の領地……とある国では、結婚した夫婦は一対のピアスをお互いの片耳に飾るという習慣がある。指輪だと互いの指のサイズに合わせ、作るのに時間がかかる。駆け落ちしたと言うんだ。そんな時間はなかっただろう。エーリクは様々な国を回っていたというから、どこかでそう言った国の風習を実際に見て知っていたのかしれないな。それを思いつき、たまたま、アメリーがつけていたイヤリングで代用した。そんな所じゃないか」

「じゃあ、もう片方はエーリク、あの人が。だから、あの時、イヤリングの事を聞かれるとあれ程、動揺していたのね。」

「恐らく。まあ、今でも持っているのかどうか、そこまではわからないけれど」

クロムウェルはそれ以上の話題はごめんだと言うように話を切り替えた。

「そして、君は、急いで家に戻った方がいい」あまりに、低い声だった。

「……?」

「君は、運命の乙女なのだろう? 聖女協会に知られてしまっている。一度、早く家に戻った方がいい。この馬車は君の家に向かう様に伝えている。わかったね」

カミラはこくりと頷いた。

クロムウェルが近づき、カミラの髪を撫でた。その手つきはまるで子供をあやすような。伸ばされた前髪の奥にサファイアの様な二つの眼光が優しげにカミラを見ているのを感じ、思わずドキリと体を硬らせた。

その仕草に笑われた様な気がした。気がしたのは笑ったのかどうかも聞くことが出来なかったから。その瞬間、彼は光に包まれ、姿を消した。カミラは、しばらくぼんやりして、やっと頭が働いて気がついた。彼は魔術師なのだと。



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