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聖女がいなくなったその後で、  作者: 沙波
敬虔な信者
10/19

2、

目覚めたカミラは、目の前にいたはずのクロムウェルの姿が見当たらなく、はっとして辺りを見回す。陽は落ち、馬車は停まっていた。窓が開いており、風が小さな草の香りを運んできた。空にはかすかな白い光を放つ、鎌のような月が浮かんでいた。

外の景色をよく見ると、一軒の屋敷の前だ。どこの町だろうか。

屋敷から一人の人物が出てきて、馬車の扉を開ける。

「部屋が取れたから、今日はここで休もう。さあ、出て」

カミラに声をかけるのはクロムウェルだ。

「ここは?」

「サーケラ」

まだ、カミラの脳は完全に覚醒とまではいかなく、クロムウェルの言葉にこくこくと頷き、後に続いた。

サーケラから王城までは、半日かかる。このまま進んでも到着するのは、深夜。無理に行くより休憩をはさんだ方がいいと、気をつかってくれたのだろうとカミラは思った。

「昼から何も食べていないけど?」

「そうね、軽く何か食べたいわ」

振り返るクロムウェルにそう言われると、カミラは胃の中が空っぽなことに気が付く。

「食事、用意してもらっているから先に行こう」

すたすたと行ってしまうので、駆け足で後に続いた。辺りを見回すと吹き抜けの高い天井に、品の良い調度品が並ぶ。宿と言うよりどこかの貴族の屋敷と言っても遜色ないほどだった。

「すみません、ご迷惑おかけしまして」

席につき、カミラは申し訳なさそうに言った。

だんだんと、意識が覚醒すると、全てをまかせてしまったことを、何だか恥ずかしく思ってしまった。

ちょうどその時、食事が次々とテーブルに運ばれた。

クロムウェルはカミラの謝罪など、気にも留めないような感じで、食事に手をつけた。


「カミラ嬢はどこまで聖女を信仰されているのですか?」

相変わらず、クロムウェルの表情は読めない。食事の時も、髪の毛も手袋もそのままだ。髪の毛が食事に付着する訳ではないので、問題はないのだが。ただ、彼とこうやって向き合って話しをするのは、考えると初めてなので、少しだけ肩に力が入る。それに、聖女の話題は実は苦手だ。

「そうですね、調査委員ですが私自身はそこまで聖女に深い思い入れはあまりないのです。お恥ずかしながら、短剣も持っておりませんの」

「短剣?」

「あ、《護剣》です」

クロムウェルが更にわからないと言う表情をしたのでカミラは少々疑問に思いつつ、「最近ではあまりご存知の方もいないのかもしれませんね。護剣とはお守りみたいなものでしょうか。聖堂で一定期間、お祀りしてもらったもので、聖女の加護があると言われているものです。昔は、戦も多かったので、特に聖女様がいる時、剣士は自身の剣に接吻をいただくなどして、直々に加護を貰った様ですね。そこから派生したと言われております。現代では戦などありませんから、飾りのついた短剣やペーパーナイフなどを祀って護剣とする方が多いようです。もちろん、近衛兵や騎士などの方でしたら、自身の剣に加護を受けているかもしれませんが、そういった知り合いは皆無なのでどうなのでしょう」と、笑った。

「なるほど。カミラ嬢は持っていないということでしたが、見たことはあるのですね?」

「友人が信心深いので持っているのです。ほとんど切れ味のないキラキラとした短剣ですけど」

友人とはマーガレットのことだ。彼女は、家柄もあるのだろうけれど、短剣を持っており、以前見せてもらったことがあった。

「聖女にそこまで思い入れがないとすると……ではなぜ、この調査官に? 失礼な話、貴女ほどの女性でしたらこのような仕事をなさらずとも」

結婚の事を意図されているのだとカミラは気が付いた。それについては首を振る。

「いえ、私にはその様なお話は中々まいりません。今回、この仕事を希望したのは単純に廃聖堂に興味があった。それだけでございます」

「興味があった?」

「はい」答えた声が震えていなかったかどうか不安になった。

「興味というのはどんな? 答えにくければいいですが」

「いえ、そんなことは。ただ、私の興味というのは独特かもしれません。何というか朽ち果て、使われなくなってしまった聖堂。誰も足を踏み入れることがもうない、新緑の中に立つ、聖堂だったモノ。おかしいかもしれませんが、そういったモノに私は美を感じるのです」クロムは話の続きを促す。「かつて、イワーツェ国、千年の歴史の中で、その時代、その時代を生きた、祖先の方々は色々な想いや願いを持ってあの聖堂を訪れたのです。人々の希望で溢れていた、明るい時代もあったと思います。もちろん今でも祈りをささげている方々、現役で動いている聖堂も多くあります。しかしながら、信仰者が減っているのも確かです。百年前のエストの戦いを境に。ひっそりと、役目を終えて、誰かに何かをされるでも言われるでもなく、聖堂から“聖堂だったモノ”に変容していく、その様は何とも言えないのですが、私は誇らしく美しいと思うのです。……ごめんなさい。訳の分からないことを」

クロムウェルは少し目を反らし、「私も美しいと思います」と、つぶやいた。

カミラはふと、頬に熱を帯びるのを感じた。

それを誤魔化す様に、「クロムウェル様はなぜ、調査員に?」聞き返す。

クロムウェルは苦い顔をした。

「成り行きと言いますか」

「成り行きですか?」その問いの答えは待っていても返ってこなかった。


食事を終えて部屋に戻ると、宿屋の主であるエヴァンが青ざめた顔を浮かべ、女将と顔を見合わせていた。

「何かあったんですか?」その表情を見て、カミラは声をかけずにはいられなかった。

エヴァンは声にならない声でぼそぼそと言いながら、階段の上を指さす。

クロムウェルが何かを察して駆け上がったのに続き、カミラも急いだ。

階段を上がった先には、客室が並ぶ。

上がってすぐの一部屋の扉が半開きになっており、クロムウェルが立ち入ったのでカミラも覗いて見ると、部屋入ってすぐの廊下の床にうつ伏せにもがいた様な恰好の女性が倒れていた。女性の倒れた右手の付近には短剣が握られて、横に向けられた顔は生気がなく、腹部の辺りは血みどろに溜まっている。

カミラが声にならない叫びを心の中で発し、動けないでいるのに対して、クロムウェルは無寝転んでいる女性に近づき、脈をみて首を振る。その後も冷静に死体の状況を確認し、「間違いなく死んでいる」と断定した。

倒れている女性はカミラと年の頃は同じだろう。くすんだ茶色の髪が放射線状に散らばり、黒いワンピースが乱れている。

「急いで、騎士団を」

振り返りカミラに伝えた。カミラが、オロオロとしながらも扉からでようとすると、足下にかさりと何かを踏んだ感触。メモ紙だ。拾い上げ目を通す。『聖女様の元に』と、女文字で書かれていた。とりあえず、メモ紙をあった場所に戻し部屋を出た。

事件があった場合、騎士団に届けるのが決まりである。カミラは階段を駆け下り、エヴァン夫婦の元へ行った。

よっぽど動揺していたのだろう。

気付けのブランデーが入ったグラスを持ち、目が座っている。

「もちろん。連絡する。しかし、騎士団の屯所はこの町にはない。一番近くとも隣の、隣の町になる。どんなに急がれても、到着は明日の朝だ。どうすれば」

おろおろとしてはいるものの、先ほどより幾分落ちつた様子を伺える。

「まず、連絡を」

カミラはなだめる様に言った。

店主が連絡をしているのを確認すると、もう一度、二階に上がり、クロムウェルに「騎士団が来られるのは、多分明日の朝になりそうです」と、告げた。

クロムウェルは先ほど、カミラが、見つけたメモを手にしていた。

「自殺なのでしょうか」

カミラは言ったものの、女性の形相を見る限り、自殺には見えなかった。

「自殺に見せかけられているようにも見える」とメモ用紙を渡しカミラを見た。

「見せかけられている?」

「メモには『聖女様の元に』と、彼女の名前だろう“アメリー・トルエバ”と、ただそれだけ。遺書にしては簡単すぎないだろうか。この筆跡はどこか急いで書かれたようにも見える。本当に自殺を決意し、これを書いたのだとして、こんな荒々しく書くだろうか。それに妙齢の女性なら、これ以外にも何か書くことが他にあるだろう」

クロムウェルの話すことは筋が通っていた。

先ほどカミラはさっと見ただけで気が付かなかったが、よく見ると紙はちぎったあとがある。

「手紙の一部を破った様にも見えますね。遺書としてこれを残したのだとしたら、なぜ床に投げ捨てられていたのでしょうか」

そう言ったものの、もしかしたら、アメリー・トルエバという女性は死の直前、どこか投げやりな気持ちになっていたのかもしれない。

死を決めた者の、死ぬ時の気持ちを完全に理解するのは難しい。

クロムウェルは冷静に、部屋の様子を確認していた。カミラがその様子を見ていると、バタバタと階段を駆け上がってくる幾つかの足音が聞こえた。

「アメリー」

涙が混じった低くかすれた声で、勢いよく部屋に入ってきた女は名を呼び、駆け寄ると、動かぬ体に覆いかぶさりわんわんと泣き出した。

カミラはその女性をみてギョッとした。様相がへんてこなのだ。

若いのだろうが、異常に厚く塗られた化粧。派手な、体を覆い尽くす長袖のドレス。

妙な違和感が漂う。

「あの、彼女の知り合いですか?」カミラが問うと、女はぐしゃぐしゃな顔を上げ

「友人のソレンヌです」と、言った。

「少しお話しても」

クロムウェルはソレンヌに手を差し出す。

「ありがとうございます。自分で立てます」ソレンヌは涙を拭って立ち上がる。

「彼女はアメリー・トルエバさん、で間違いないかしら?」カミラが慰めるように問いかける。

「はい。私とアメリーは幼いころからの友人で。彼女は隣町に住んでいるのですが、所用があってこの町に来るとのことだったで、会う約束をして、さっき、宿屋のご主人が、アメリーが倒れていると言って、部屋に来てみるとこんな事に……」ソレンヌは再度泣き崩れた。

「この時間に会う約束をしていたのか?」クロムウェルが冷静な声で聞いた。

「ええ、明日は朝早くに帰るようでした。この町に来たのも、用事があったとかで、昼はその用事を足すから会えないと言われましたので、この時間に」

「用事とはどんなことだったのでしょう?」カミラの問いにソレンヌは首を振った。

「わかりません。個人的な用事だとしか聞いていないので」

「そうですか。騎士団は明日の朝、到着予定です。私からもお話しますが、二度手間で大変恐縮ですが、明日も同じように説明をお願いできますか?」

「もちろんです。彼女のために出来ることでしたら」項垂れた様子を見せる。ソレンヌの顔からは血の気がなかった。友人の突然の死に心と体が追い付いていないのだろうと察し、家で休むように伝えた。カミラは彼女の住まいなどを聞く。ソレンヌのフルネームをメモに書き留めると、はっとした。

「もしかして、パルマ商会?」

「ええ、父の会社です」

パルマ商会はイワーツェ国の食品関係の大手流通商会だった。貴族ではないものの、他国にもパイプがあり、それなりの規模を誇っている。その商会の令嬢となると、かなり裕福なはずだが、……カミラは彼女の服装を見て首をかしげるより他なかった。個人の趣味もあるだろう。それに、貴族も含め、お金持ちは変わった人も多い。

「お帰りになる前に私の方から一つ聞いてもよろしいでしょうか」クロムウェルが問いかける。

「もちろんです。どんなことですか?」

「彼女の左耳に小さなアジュールダイヤのイヤリングがあるのですが、もう片方、右耳にはしていません。部屋の中を探しても見当たらないのです。何かご存知ありませんか?」

クロムウェルの言葉に、カミラはアメリーを見る。確かに。左耳には小ぶりなアジュールダイヤのイヤリングが見られる。

「え、えと、さあ。どこかに落としたのじゃないかしら。私はこれで」

あきらかに動揺をみせ、ソレンヌは部屋を出て行った。

「完全に事件に巻き込まれてしまいましたね」

カミラはクロムウェルに、渇いた笑顔を見せた。

「早く戻りたいところだったんだが……仕方ない。どちらにしても騎士団が来るのは明日。騎士団に引き継げるよう、宿屋の亭主に一応話を聞きに行こう」

「はい、そう言えば、クロムウェル様はひどく慣れている印象を受けますけど、こういったことは初めてではないのですか?」

カミラの真直ぐな瞳にクロムウェルはたじろぐ。

「まあ」と、濁して答えた。

色々と事情があるのだろうとカミラも察し、それ以上のことはカミラから追究することはなかった。

部屋の中はそのままに、ドアだけ閉め階下に降りると、亭主のエヴァンは階段を下りる二人を見上げた。

ずいぶん顔色が戻っているように見える。

「いくつか聞いても良いだろうか?」クロムウェルの問いかけに「もちろんです」と、回答した。

妙に恐縮した様子のエヴァンを見て、廃聖堂調査員にそこまでの権限はあっただろうかと考えがよぎる。

「部屋で亡くなった、アメリーという女性について知っていることを教えて欲しい」

「もちろんです。彼女は、隣町のトルエバさんという家のお嬢さんです。トルエバ家は、それなりの農地を有し経営しております。豪農ですね。この町にパルマ商会がありまして、農作物の取引の関係でよくお見えなり、いらした時はいつも、トルエバ家の皆さまから当宿はご贔屓にしていただております。アメリー様は、パルマ商会のご令嬢とは年が近く仲が良いようで、ソレンヌ様のお話を聞いた事があります。同じ町に住んでいますが、パルマ商会は私達から見ると殿上人の様な存在ですので、よく知らないので、そう言ったお話を聞くのは新鮮でした」そう言って少し遠い目をした。ブランデーを一口飲んで話を続ける。

「いつもいらっしゃる時は事前に前触れのお手紙を頂戴するのですが、今回は、手紙はなく突然昼ごろにいらっしゃいまして、『部屋は空いているか』と尋ねられました。一目でアメリー・トルエバ嬢とわかりました。今お話したように、トルエバ家との付き合いもありますので、一部屋ご用意しました。荷物を置かれると、お出かけになりまして」

「どこへ行ったかわかるか?」すかさず、クロムウェルが尋ねた。

「ええ、なんでも【聖女協会】に行きたいと、聞きました」

「聖女協会?」

「ああ、ご存知ないかもしれませんが、この町には、聖女協会の本部があるのです。善意の寄付で運営している協会ですので、この町の人にはずいぶん優しいです。お恥ずかしい話、敬虔ではありませんが、私も聖女様を信仰しております。それで、アメリー様はそちらに行かれると言って、宿を出てから。二~三時間ほどして、一人の協会の方と戻ってこられました。お二人でお部屋に入って行かれまして、三十分程して、協会の方はお帰りになられました」

「それは何時ごろ?」

「確か夕方の四時ころです。お二人がお食事をされているお時間だと。アメリー様はいつも夕方の五時半ごろに夕食をお召し上がりになるので、用意をして呼びに行きましたところあの様な……」と、店主は手を合わせた、俯いた。

「アメリーと一緒に部屋に入った聖女協会の人と言うのはどんな人でした?」

「白いフード付きのローブを着ていました。サーケラの本部の人はみんな着ています。そんなに背は高くない。すっぽりと顔が隠れる程フードを被っていたから、顔はわかりませんでした。だけど、アメリー様より背が高かったので男だと思っておりましたが」エヴァンの声が尻すぼみになる。

「聖女協会にどの様な用事があるかは聞いていない?」

「そこまでは、言っていません。私も特に聞きませんでしたので」

「ありがとう。本部はどちらに?」

「地図を書きましょう」

エヴァンは気前よく応じた。

「あと、パルマ商会に八時ごろ約束を取り付けておいてくれ」とクロムウェルはそう言うとメモを受け取り、カミラと共に宿屋を出た。


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