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聖女がいなくなったその後で、  作者: 沙波
アジュールダイヤ
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1、アジュールダイヤ

新緑の盛り、晴れた日の朝。

ゆったりと湖の上を進む船上に一人の少女が揺られていた。

ミルクティーの髪の毛は綺麗にまとめられ、来月で十八歳を迎える彼女は、大人のしなやかさと少女のあどけなさが同居し、グリーンの瞳は知的な輝きと好奇心そして、少しの憂いを帯びる。

とある報告書を提出するため、カミラ・ウィンスラーは王城に向かっていた。イワーツェ国の王城は湖にひっそりと佇む。明るいオレンジのレンガは湖に映り込みキラキラとして見え、船上からみると一枚の絵画の様に美しい。しかし、カミラはこの城があまり好きではなかった。それは城の別名が《湖の要塞》という通り名がつけられている通り、二重の防御壁に囲まれた、軍事城としてもともと、作られていたことと、昔はその堅牢故に、牢獄として利用されてきた時期もあり、今でもその名残があった。城から発せられる明るい雰囲気の中に潜む、薄暗さがどうしても肌に合わないと感じていた。

昔は、領地の拡大、利権争いのため、よく他国との戦争が行われたと、歴史書にはある。

イワーツェ国はかつて広大な領地と、利権を有した大国であった。それは国が他国に比べて優れているということよりも、魔術師が異世界から召喚した聖女と言う存在の影響が大きい。聖女とは、主にニホンという異世界から召喚された少女のことを指し、特殊な魔法陣と精霊から魔術を行使する魔術師とは異なり、聖女が祈りを捧げることにより、聖女が思い描いた願いが叶うという神がかった存在だった。今から丁度、百年程前、占領していた領地から反乱が起こり戦争となった。エストの戦いと呼ばれている。領地としていたバラバラの国が連合を組んで反旗を翻した。イワーツェ国は苦戦を強いられ、聖女を召喚しようとした。が、ギリギリのところで敗戦。聖女を召喚出来ていたなら、と悔やむ国民は少なくない。表立って言うものはいないけれど。その前に、聖女召喚できる魔術の一族、フェラン家が根絶やしにされてしまった。今では、逆にイワーツェ国が連合軍である(現在では)エイノン帝国の領地となっている。

船が城に横付けされると、近衛兵が駆け寄ってくる。

「おはようございます。カミラ・ウィンスラー伯爵令嬢でいらっしゃいますね、本日はどのような?」近衛兵は大抵、貴族の子息から構成されるため、粗野な言葉遣いや横柄な態度をとる者は少ない。

「廃聖堂調査委員のペイル室長に」

「お疲れ様です。どうぞ」と、若い近衛兵の男性は手を差し伸べる。その手を取り、船を降りると門の扉が開く。

門をくぐると、中庭に出る。青い空と日差しと、窓の辺りに置かれた赤い花でまとめられたプランターの寄せ植えの色の眩しさに思わず、目を細める。

「ウィンスラー殿お待ちしおりました」うやうやしく礼をした、ペイル室長の従者兼執事のハイマンだ。背が高く黒い執事服に身を包んでいる。口元の古傷がのぞきそれを隠すように髭がもじゃもじゃとしている。ペイル室長に対して絶対的な忠誠を誓っているらしく、彼の表情筋が機能しているのをカミラは見たことがない。ハイマンに連れられ、城の一室に入る。白とミントグリーンの色で構成されたその部屋には、赤ら顔にふくよかな肉体を黒の正装で包みこみ白いバラをさしたペイル室長と、眼鏡をかけ、褐色の顎鬚を蓄えたイワーツェ国宰相である、クレインと、もう一人、若い男性がいた。カミラはここ二年ほど廃聖堂調査員として、関わっているが、三人目の若い男性は初めて見る顔だった。黒の長いコートに、色素の薄いぼさぼさとし髪の毛が頭にのっかり、顔の半分を覆い隠している。カミラは礼の姿勢を取り、部屋に入る。カミラは、持ってきた封筒をペイル室長に手渡す。「この前の調査の報告書です」「ああ、ありがとう」ペイル室長は封筒の中身に目を通し、満足するとコホン、と咳払いした。「君をここに呼んだのは、少し込み入った話があってね、まずかけてくれ」カミラは猫足のマホガニー材で出来たソファーに浅く腰掛けた。カミラは【廃聖堂調査員会】という組織に属し、名の通り廃聖堂の調査を行う調査員であった。廃聖堂調査委員とは、聖女協会の一部であり、国機関の一部である。

聖女の歴史を紐解くと、イワーツェ国、五千年の歴史の中で過去に七名の聖女が召喚されている。直近は五百年ほど前のことだ。数字にすると、聖女が居ない時間の方が長い。その時代に何をしたかというと、国の人々は聖女の神格化し聖女を祀る場所を定めた、崇め奉った。それが、聖堂だ。

エストの戦いの後、帝国からイワーツェ国は聖女召喚を禁じられた。聖女を崇めることは禁じられては居ないため、今でも多くの聖堂がある。

宗教と政治が組み合わさった機関と言うとカッコよく聞こえるけれど、権限は全く無い。基本的には、聖堂の現状調査を行っている。聖女の恩恵がほとんど無い今は、熱心信仰するものも、昔から比べると少なくなった。そのため使われなくなった聖堂も最近では出て来ている。ただ、聖堂自体がなくなる事はないだろうとカミラは思う。それは、聖女信仰がイワーツェ国の人々の生活の中にまで深く浸透しているからである。

調査の資金は、国から交付されているため、国の機関の一部であるとの理解になる。協会と国は、切っても切れない部分がある。それは、人々の生活に深く根づいたものが挙げられ、例えば、結婚について。結婚する際は、協会に届け出をし、受理されれば二人の結婚が認められる。また、結婚によって生じる様々なことがあるため、受理した結婚届を国に提出する義務が協会には発生する。国と協会は様々な部分で密接しているのだ。

基本的にカミラが王城に来ることはあまりない。調査を行い、まとめた報告書は大抵、執事のハイマンが、ウィンスラー伯爵家まで取りに来て、回収される。それでも年に数回は来ることはあるのだが。今回は一体何の要件だろうと思案しながら、背筋を伸ばした。クレイン宰相が咳払いする。「西に領地を持つフィリップ伯爵は?」

「はい、存じております。夜会で数回お顔を拝見いたしました」フィリップ伯爵は北の僻地に巨大な岩塩抗を所有している。塩の産出量は豊富で輸出なども行っているらしい。近年はその広大な坑道内に、レストラン経営し始めたと、噂で聞いた。人々が考えもつかないような事業を展開するなど話題を集めている。

「領地にはまだ行ったことがございませんが」とカミラは付け加えた。

「結構。今回、その岩塩の坑道内にから、廃聖堂と思わしき小部屋と聖女の遺物が見つかったと伯爵本人から連絡があった」

「左様でございますか。どのようなものだったのでしょう?」

「アジュールダイヤの腕輪と聞いている」

アジュールダイヤモンドは神聖な宝石とされ、聖女様そのものを指すと言う人もいる。

一般的に女性はキラキラと輝く宝石やアクセサリーに対して興味は深い。カミラも例外ではなく、どんな腕輪なのだろうかと頭に思い描いてみる。

ペイル室長は神妙にクレイン宰相の話に耳を傾けていた。

「その調査に私を命じていただけるということでしょうか」

「そうだ。伯爵直々の申し出だからね。フィリップ伯爵の応対が出来るほどの身分がある者がいい。あと、彼も同行する」

「はい。えっと、この方は……?」

カミラが部屋に入った時から気になっていた男性だ。相変わらず、顔半分が見えないため表情が読めず、一見、ぼーっとしているようにしか見えない。

「クロムウェル殿だ」

宰相に名を紹介された男性はカミラの方に近寄り右手を伸ばす。「よろしく」握手を求めていたのだろう。顔と手を交互に見つめカミラは「こちらこそ」と答え、そっと手を重ねた。

「彼は……色々とあって……」宰相が言葉に詰まっていると、クロムウェルが制し自身で話始めた。

「上からの命令で今回同行する。別に調査の足を引っ張るつもりはない。むしろ力になれると思う。だから、君は何も気にせず、いつも通りに仕事を続けて欲しい。じゃあ、明日、君の屋敷まで朝迎えに行く。準備をしておくように」

「わかりました」

宰相より上? と疑問が過ぎったが、口には出さなかった。

手が離れ、クロムウェルは宰相の方に戻る。


カミラが退室する際、「宰相閣下からの直々の指令だ。わかるね」とペイル室長から念を押される。

カミラはペイル室長に深々と頭を下げ、扉を閉めた。

室長の言われる意味は十分わかる。が、彼は一体何者なのだろう。平民――いや、しかし、この場であれだけ平然とした態度をとる平民がいるだろうか。カミラはあの風貌と名前を持つ貴族を知らない。ウィンスラー伯爵家で育ち、この仕事柄、様々な地域を訪れることも多いため、それなりに精通している方だと自負していた。それでも、全てではない。もしかしたら、自分が知らなかっただけなのだろうと思った。

彼の身なりだけ見ると貴族には、正直なところ見えない。総意として、風変わりな男という印象をクロムウェルに抱いた。




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