表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

第4話 花魁・朝霧ママの人生相談「クラブ「紫陽花」にて、夕霧と」

(ナレーション)夜のとばりが下りて、あちらこちらで家族が団欒だんらんしている頃、銀座八丁目の夜のちょうたちは忙しく飛び跳ねている。朝霧ママのクラブ「紫陽花あじさい」には、そんな夜の蝶を追いかけて、今夜もお金をばらまく男たちが集ってきていた。


岸田「朝霧ママ、今夜も楽しかったよ、ありがとう」

朝霧「岸田様、今夜もありがとうございんした。お帰りは、お気をつけておくんなまし」


(ナレーション)岸田を見送った後、店に戻った朝霧は、支配人の藤田に声をかけた。


朝霧「ちょっと早いけど、もう今晩はここでお開きにいたしんす。店のみんなに声をかけて、上がってもらっておくんなましな」

藤田「わかりました。お疲れ様でした」


(ナレーション)従業員たちが全て帰った事を確認した朝霧は、奥の個室で待たせていた夕霧に声をかける。


朝霧「長い間待たせて、すまなかったでありんすねえ。さあさ、夕霧もこちらに来て、一杯やらんかえ?」

夕霧「私のほうこそ、朝霧姉さんの店まで来てしまって、迷惑かけてすいませんでした」

朝霧「何が迷惑なもんかえ、わざわざ会いに来てくれたんだ、嬉しいでありんすよ。さあ、飲んで」

夕霧「ありがとうございます。いただきます」


(ナレーション)薄明りに照らされた二人の間を、静かな時間が過ぎていく。もともと二人とも、口数の多いほうではない。何も語らなくてもただ、そこに居てくれるだけでいい、そんな関係なのだ。


朝霧「どうでありんすか? お仕事の方は、順調でありんすか?」

夕霧「はい、おかげさまで、ドラマや映画などの話をいただいております」

朝霧「そうかえ、そうかえ、それは良かったでありんすねえ。ちょっと気にかけていたでありんすよ。元遊女って事が知られてしまって、お仕事にも影響がありはしないかとねえ」

夕霧「今のところ、何も問題はありませんよ。まあ、私もそこそこ、長い事、この仕事をしておりますから、みなさん胸の中では思っていても、口には出さないのでありんしょう」


(ナレーション)グラスを両手で持ち、背中を丸めて遠くを見つめる夕霧を、朝霧は黙って見つめていた。昔から、滅多に愚痴などこぼす事のなかった夕霧。どんなに辛い事があっても、全て胸の奥にしまい込んできた。そんな彼女の心が晴れる日は来るのだろうか。そんな思いが、朝霧の目頭を熱くさせる。


夕霧「朝霧姉さん」

朝霧「なんだい?」

夕霧「私が初めて客を取った日の事、覚えていますか?」

朝霧「……ああ、おんしが確か、十七になった夏じゃなかったでありんすか?」

夕霧「はい、あれは暑い日の事でありんした。初めての客は、それはそれは大きな男でありんした。私はもう、何の抵抗も出来ず、ただ男の思うがままにされたのでありんす。痛い、嫌だなんて、恐ろしくて言えんせん。ただただ、涙を見せないように、必死に耐えていたのでありんす……」


(ナレーション)遠くを見つめて語る夕霧を、哀しい表情で見つめる朝霧。彼女の頭によぎったのは、泣きながら自分の部屋に入ってきた夕霧の姿だった。


夕霧「客が帰った後、あちきは、朝霧姉さんの部屋を訪ねたのでありんす……。ぼろぼろになったあちきを、朝霧姉さんは、そっと引き入れてくれましたよね……。泣きじゃくるあちきを、そっと布団に寝かせ、汚れたあちきを綺麗に拭いてくれたのでありんす……。その後、あちきがゆっくりと眠れるように、着物を脱いで人肌で温めてくださいました……。朝霧姉さんは、汚れたあちきを清めるように、強く強く抱きしめてくれたのでありんす。あちきは……あちきは……あの日から……朝霧姉さんの事が……」


(ナレーション)潤んだ瞳を、朝霧に投げかける夕霧。その瞳は、愛しい人を見つめる時のものだった。朝霧は、夕霧の想いをずっと以前から感じとっていた。しかし、遊女同士の恋が許されるはずもない。そして何よりも、朝霧には、忘れたくても忘れられない男がいる。朝霧は、夕霧をそっと抱き寄せると、彼女の髪を優しく撫でながら語りかけた。


朝霧「夕霧、おんしの気持ち、ようくわかっているでありんすよ。うん……うん……。あちきもね、夕霧の事が愛おしくてたまらない。でも、それは、妹としてでありんす。あちきにとっておんしは、大事な大事な妹なのでありんすよ」

夕霧「……わかってます。朝霧姉さんには、忘れらない人がいるって事は……。あちきは、その人の代わりにはなれない……。わかっています……。わかっています……。うううっ……」

朝霧「夕霧……ごめんね……」


(ナレーション)自分の胸に顔を埋めて、むせび泣く夕霧を、何も言わずに黙ったまま、いつまでもいつまでも抱きしめる朝霧。彼女の瞳から零れ落ちた一滴ひとしずくの涙は、ゆっくりとゆっくりと、柔らかな頬を伝っていく。銀座八丁目の夜は、まだまだ続くのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ