9:「休日」
弱小冒険者チーム、「レジェンドメイカーズ」の一員となったルシールは、
彼らが共同生活している「召喚者長屋」を訪れる。
9:「休日」
歓迎会の翌日、レジェンドメイカーズの探索活動はお休みになった。
夜明け前まで酒宴が続いて盛り上がったので、理由は、まあ、察して欲しい。
わたしは、早朝の森の中を散策していた。
この辺りは、迷宮樹の侵食を受けていない地域で、豊かな自然が息づいている。
「あ、ルシールだ! おっはよ~♪」
頭上から元気な声が降ってきた。
「あ、ミサキ、おはよう……」
地上十数メートル程の高さの木の枝の上に立っている弓使いを見上げ、朝の挨拶をする。
「なんでそんなところに? とか思ってるでしょ?」
チームのムードメーカーであるポニーテールの美人さんは、わたしの表情から感情を読み取ったようだ。
「これも、スキル修得のための訓練。本音を言うと、アタシね、木登りが大好きだからやってるってのもあるけど、ねッ!」
木の枝に引っかけた鉤付きのロープを伝って、スルスルと降りてきたミサキは、地上二メートルほどの所でロープから手を放し、身軽に飛び降りた。
「迷宮樹の探索だと、クライミングスキルは使い所ぜんぜんないけど、この先、役に立つこともあるんじゃないか? って思ってね。こういうスキルは、習得速度が遅いから、コツコツやってるよ」
「ミサキは熱心だねぇ。わたしも見習わなきゃ」
はたして、わたしに何かスキルを修得する余地は残されているのか? という疑問が湧き上がってくる。
赤の召喚者は、桁外れな能力を付与されている代わりに、他のクラスのスキルを修得する余地が無い、というようなことを、あの、無表情、無感情な管理官は言っていたのだ。
「アタシのクラスは、弓主体で闘うアーチャーなんだけど、同時進行で、スカウトとシーフのスキルも修行してるんだよ」
勉強熱心なミサキは、自慢げに言った。
ちなみに、スカウトは偵察、索敵のスペシャリストで、シーフは隠密行動、トラップ回避や、アイテム鑑定などの技術系スキルを幾つも修得できる器用なクラスだ。
「あ、そうだ、アタシたちが住んでる家に案内するよ」
ミサキに誘われて、わたしは、彼女たちが共同生活しているという家にやって来た。
「……ふむ。ジュメル様式って、こういう円筒形の建物なのかな?」
彼女らの家は、白っぽい石のような素材で出来た、直径十数メートルの円筒形住宅だった。
窓の配置からすると、どうやら、三階建てになっているようだ。
幅の広い歩道に沿って、同じような建物が、整然と並んでいる。
「ここは、通称、『召喚者長屋』部屋は狭いけど、機能的で、市場や管理官事務所にも近いから、駆け出しや弱小チームのメンバーが集まって住んでるんだよ……たっだいまぁ~♪」
快活な声を上げ、ミユキは円筒形の建物に入ってゆく。
建物の中心は、吹き抜け式の円形の庭になっていて、そこに置かれたテーブルで、チームリーダーのマコトが何か書き物をしていた。
「おかえり。今日は早いんだね? おや、ルシールさんもいっしょだったのか? おはよう」
マコトが顔を上げ、爽やかな笑みを浮かべて挨拶する。
この青年、やっぱり男前だなぁ……。
「ルシールって、呼び捨てでいいよ。あ、……ありがとう」
マコトがさりげなく引いて勧めてくれた椅子に腰を下ろす。
男前なだけでなく、立ち振る舞いが紳士だ……。
「お茶入れるね~。お菓子の買い置き、あったかなぁ?」
ミサキは本当に気が利く。
「ゴウタとトモコは? ユウジは……まだ寝てるよね?」
キッチンらしい部屋の入り口から顔だけ覗かせたミサキは、マコトに尋ねる。
「ゴウタはトモコといっしょに、スキル修得に行ったよ。昼過ぎには帰ってくるだろう。ユウジは、昨日はいつも以上にご機嫌で飲んでたからな。寝かしておいてやろう」
「了解。なら、お茶は三人分でいいね……」
「もしかして、仕事中だった?」
「いや、ちょっと書類に目を通していただけだから、問題ないよ。見る?」
マコトは、ファイルのようなモノを手渡してきた。
「ふむ……チームランキング表?」
「ああ。管理官事務所が定期的に発行しているんだ。探索チームの実績ランキングだよ」
「レジェンドメイカーズは……。三十七位?」
高いのか低いのか、微妙な順位だ。
「これでも、僕たちの過去最高順位なんだよ」
銀髪の美青年は、微笑みながら言う。
「おまたせー。ウチのチーム、ランクアップしてた?」
お茶のセットが乗った小型のワゴンテーブルを押して、ミサキが戻ってきた。
「ああ。三十七位に入ったよ」
マコトの説明を聞いたミサキの顔に満面の笑みが浮かぶ。
「おおっ! 一気にベスト五十圏内に突入だね! やっぱり、制御コア破壊は、獲得スコアが大きいねぇ」
「……一位のチームは……ブレイブフェニックス?」
香りの良いお茶をいただきながら、リストの一番上に記されたチーム名を読み上げる。
「あー、やっぱりあそこかぁ。強いなぁ」
「トップランカーなんだ?」
「だねぇ。人数多いし、練度も高いし、毎日潜ってるから、討伐スコアはダントツだね」
お茶菓子をかじりながら、ミサキはちょっと悔しげな表情を浮かべる。
「トップランカーってことなら、他の管区にも分団がある、『爪王』と、この、『ブレイヴフェニックス』が、構成メンバーの数、質、実績において両巨頭だね」
マコトが説明してくれた。
「この管区内なら、全メンバーを青で固めている、少数精鋭の『蒼月』、着々とメンバー増やして実績を上げている『ミュルミドン』、全メンバーが女性の、『フェーレイズ』が、トップ3入り常連かな?」
「あ、ミュルミドンになら、スカウトされたことがある」
探索二日目、ゴブリンに襲われて瀕死だった探索者を助けられなかった苦い思い出を、喉の奥にお茶で流し込みながら、わたしは言った。
「えっ!? そうなのか?」
「それなのに、なんでウチみたいな弱小に入団してくれたの!?」
「フフフッ♪」
チームリーダーと副リーダー、二人の、驚きと感謝の入り混じった視線を受けながら、意味ありげに微笑んでみせる。
「……さて、アタシもスキル更新行ってこようかな?」
しばし談笑した後、ミサキは立ち上がった。
「スキル更新って、わたし、やった事ないかも……」
「エエッ!? じゃあ、召喚された時のデフォルトスキルで、探索してたって事? さすがは赤!」
「そう、なのかな?」
驚くミサキの顔を見ながら、わたしは首をかしげる。
「じゃあさ、一緒に行こうよ! マコトも来るよね? 赤の召喚者のスキルツリー、興味あるでしょ?」
「そうだな……ついていって、いいかな?」
「もちろん、いいよ」
わたしたちは、歩いて数分の所にある、管理官事務所へやってきた。
規模は、召喚者長屋の数倍以上のサイズだが、やはりここも、円筒形の建物だ。
内部は広々としていて、奥の壁際に、幅、高さともに三メートルぐらいの、巨大なガラス板状のものが何枚か立っている。
「エルレイさん、こんにちわー♪」
こちらに背を向けた、金髪頭の女性に、ミサキは元気な声を掛けた。
「ああ、ミサキさん、今日も元気ですね。こんにちわ」
てっきり女性だと思っていたのだが、振り向いたのは、金髪ロングの美青年だった。
「紹介するよ。この人は、ここの責任者で、スキルコンサルタントのエルレイさん」
「ルシール・ケイオスです。よろしく……」
ミサキの紹介を受けたわたしは、エルレイ氏に名乗って一礼する。
「あなたが噂の、赤の召喚者ですね。ご来訪をお待ちしてました」
エルレイ氏も、丁寧に挨拶を返してくれた。
低めで耳当たりのいい声と、爽やかな笑顔が眩しい。
召喚者の男って、タイプは違えど、美男子揃いな気がする。
「私は、召喚者の方々のクラスや適性に応じたスキル修得の助言をする仕事をしています。こちらの、『智のクリスタル』に、現在修得しているスキルと、そこから派生できるスキルなどがツリー状に表示されるんですよ」
エルレイ氏は、説明しながら、壁際に並んでいるガラス板の所に歩み寄った。
「ルシールさん、このクリスタルに触れてみてください」
金髪美青年に促され、わたしはそっと、手を伸ばした。