7:「共闘」
救援に成功したルシールは、迷宮樹の成長コアを撃破するため、共闘を持ちかけられる。
7:「共闘」
戦闘が終了し、わたしたちの周囲には、少なく見積もっても五十を超えるゴブリンの死体が散らばっていた。
「助かったよ、ありがとう。僕は、このチームのリーダーで、マコトといいます」
フード付きローブを着た青年が、足元の血溜まりを用心深く避けつつ、わたしの方に歩み寄ってきた。
「わたしはルシール。今のところ、ソロでやってます」
救援成功に安堵しつつ、わたしも挨拶を返して一礼する。
「ああっ! この人、最近噂になってる赤の人ですよ!」
ローブの男性の後を付いてきていた、魔道師っぽい姿の少女が、わたしの首輪を見て、素っ頓狂な声を上げた。
ちょっと自信無さげな、小動物っぽい顔立ちの少女で、さっきの戦闘では、小石を風の結界で包んで飛ばす、「ペブルショット」という護身用魔法主体で支援攻撃を担当していた。
「おー、噂の赤の召喚者か。道理で強いはずだ。結構ピンチだったからな。こいつはすげぇラッキーだったぜ!」
手入れを終えた二本の剣を鞘に納めつつ、紅い髪の男も声を上げる。
赤を主体にした派手ないでたちと、目つきの悪さから、ちょっととっつきにくい印象を与える青年だが、根は良い奴らしい。
「うん、本当に助かったよ。ありがとう」
重装鎧姿の大柄な戦士も、ゆっくりと近づいてくると、兜を取って素顔を見せた。
戦闘中の激しい動きで兜がずれるのを防ぐため、頭をツルツルに剃り上げていたが、顔立ちはなかなか整った好青年だ。
「探索中に大きな声が聞こえたので、支援に駆けつけたんですけれど、お役に立てたようで良かった」
「あー、たぶんそれ、ゴウタ……この重装戦士のウォークライってスキルだよ。あ、アタシはミサキって言います。で、この子はトモコ。で、あの、赤くって目つきの悪いのがユウジ」
ポニーテール髪で、弓を装備した女性、ミサキが、快活な口調で残りのメンバーを紹介してくれた。
「メンバーはこれで全部? はぐれた人とか、いませんか?」
「大丈夫! 探索チーム、レジェンドメイカーズ、は、これでフルメンバーだよ」
「レジェンドメイカーズ?」
『伝説を造る者たち』とは、けっこう強気なチーム名だな……、と、少し驚いてしまう。
「あー、やっぱり、大それたチーム名だな、って思っちゃうよね?」
わたしの表情から考えを読んだのか、弓装備の女性、ミサキが的確に指摘してくる。
「いや、大それたとは思わなかったけど、強気だな、って……」
取りつくろっても仕方ないので、正直に告白する。
「結成間もない弱小チームだけど、夢は大きく持とうって思ってね。まあ、どんな伝説にも、始まりはあるから……」
照れ笑いを浮かべるマコトの周囲で、他のメンバーもそれぞれの表情で微笑んでいる。
和気あいあいな、凄くいいチームのようだ。
「コアまであと一歩の所に迫ったんだけど、でっかいゴブリン一匹倒したら、ちっちゃいのが一杯援軍で押し寄せてきて焦ったよ」
「うん。で、撤退開始したんだけど、挟み撃ちされそうになったから、少しでも有利な地形を選んで防御戦闘に切り替えたんだ」
ミサキの説明を、マコトが引き継ぐ。
「そんな情況で、即座に防御戦闘態勢を整えられるのは、素直に凄いと思うよ」
わたしは本気で感服していた。
このチーム、少人数だが、見事に統制が取れている精鋭ぞろいのようだ。
「……で、助けてもらっておいて、厚かましいお願いなんだが、僕たちはこれから、コア撃破に再挑戦しようと思う。もし、良ければ手伝ってもらえないだろうか?」
「いいよ!」
マコトの申し出を、わたしは即座に引き受けた。
「おおっ! さすがは赤の召喚者、話が早いぜ!」
「ありがとうございますッ!」
「ありがとう」
魔道師のトモコが大きくお辞儀し、重装戦士のゴウタも、鎧姿でちょっと窮屈そうに身を屈めて謝辞をあらわす。
「そうと決まれば、パパッと済ませちまおうぜ! 今なら、護衛も居ないはずだ!」
軽装戦士、ユウジが先導して、わたしと探索者チーム、レジェンドメイカーズは、成長制御コアを目指して探索を再開した。
多数のゴブリンを撃破していたので、コアの手前までは妨害もなく難なくたどり付けた、が……。
「……ウソだろ! デカいのが三匹も居るぞ!」
物陰から様子を覗った赤髪の軽装戦士、ユウジが、声を潜めて吐き捨てる。
武器を持った大型種、ガラゴブリンが三体、成長コアへと続く通路の三方を警護していた。
「小型ゴブリンも、見えてるだけで二十体以上か……あのコア、周囲に幾つも通路が繋がっていたから、追加の援軍が来るかもしれないな」
「コッチには赤の召喚者もいるんだから、突っ込んで蹴散らしちまうか?」
「あっ……あの……こういう情況だったら、私の魔法、使えるかも」
魔道師少女、トモコがおずおずと申し出ると、他のメンバーたちは、ギクッ! と顔を強ばらせた。
「おっ、おい、それは危険が大きすぎないか?」
「ルシールさん、魔法剣士なんですよね?」
不安げな声を出すユウジを無視して、トモコはわたしに問いかけてくる。
「うん。そうだけど?」
「エアロダンパー、使えますか?」
エアロダンパーとか、圧縮した空気の塊を形成して、衝撃を緩和する防御魔法の一種だ。
「使えるよ。風術系は得意なんだ」
「じゃあ、お願いします。ポジション取りとか、発動タイミングとかは、マコトの指示に従ってくれればいいですから」
「……やれやれ、力押しの方が、まだ安全かも知れないぞ。でも、やってみる価値はあるか……」
チームリーダーのマコトは、小さな溜息をつくが、トモコの案を採用したようだ。
「ルシールさん、すまないが、この作戦の間だけ、僕の指揮下に入って欲しい」
真面目な表情で語りかけてくるマコトに、わたしは無言でうなずいた。
「マコトはね、コマンダーのスキル持ちなんだよ」
弓使いのミサキが、声を潜めて説明してくれた。
コマンダーとは、戦闘指揮用の意思伝達を瞬時に行える、高等スキルだ。
あらかじめ形成しておいた魔法回路を通じて、脳内のイメージを送ることで、ポジショニングや攻撃開始タイミングを複数のチームメンバーでシンクロさせることが可能だ。
「わたし、呪術耐性高いみたいだけど、指揮受信用の魔法回路、形成できるかな?」
「ゲアス(強制)系のスキルじゃないから、大丈夫だと思う、やってみよう……」
「うん……」
わたしは、目を閉じ、呼吸を整えて、受け入れ体勢を取った。
マコトの手が、額に触れてくると、ピリピリするような感触が伝わって来る。
「回路形成、成功……じゃあ、作戦開始だ!」
フォーメーションの最前列、敵にギリギリまで接近した曲がり角で、トモコは魔力収束を開始する。
コマンダースキル持ちの、マコトの意識が脳内に流れ込んできて、わたしはそれに従ってトモコのすぐ後ろに待機した。
弓使いのミサキは、わたしの横で矢をつがえて、トモコのバックアップ要員、重装戦士のゴウタと、軽装戦士のユウジは、数歩下がった位置に立ったマコトの左右にうずくまって防御姿勢を取っている。
「行けッ!」
「フレイムテンペスト……ッ!!」
魔力収束を終えたトモコは、物陰から滑り出すと、攻撃魔法を発動させる。
ゴオオオオオウゥゥゥッ!!
凄まじい勢いで、炎と爆炎が迸り、トンネル内を走り抜けた。
「ふわぁ……ッ!?」
「エアロダンパー!!」
自ら放った魔法の反動で、後方に勢い良く吹き飛ばされたトモコの身体を、わたしが発動させた空気の壁が受け止め、衝撃の大半を緩和する。
その隣に、ミサキも滑り込んできた。
「ゲイルシールドッ!!」
爆炎の噴き戻しは、絶妙のタイミングでマコトが発動させた風の防御結界が防いだが、その結界がビリビリと今にも破れてしまいそうに震える。
(なんて威力!? これ、普通じゃない!)
結界の内側で、トモコの小柄で華奢な身体を抱き寄せて守ってやりながら、わたしは驚愕していた。
確かに、フレイムテンペストは、広範囲を焼き払う、火術系の強力な攻撃魔法だが、トモコが放ったのは、資料で見せられたのとは比べものにならない規模と威力であった。
「ふぅ……。上手くいったみたいだね。僕の全力を防御魔法につぎ込んで、ギリギリ耐えられた感じだ」
爆炎が消えたのを確認し、結界を解いたマコトは、安堵の吐息を漏らす。
三匹のガラゴブリンも、一杯居た小型ゴブリンも、爆炎で吹き飛ばされ、一掃されていた。
「凄い威力だったね……」
「私、一気にドバーッ! って魔力放出しちゃうので、威力コントロールも細かくできないし、連発も無理なんですよね……ルシールさんがエアロダンパーで受け止めてくれなかったら、私、ただじゃ済まなかったです」
グッタリと疲れきった様子で、気弱そうな笑みを浮かべるトモコに、わたしは何だか凄く保護欲をそそられてしまう。
「まあ、結果オーライってことで……さあ、コアをぶっ壊そうぜ!」
立ち上がったユウジが、二刀を抜き放ち、うっすらと焼け焦げたトンネル内に踏み込んだ。
「援軍は来てないね……今のうちにやっちゃえ!」
鈍い黄色の光を放つ、巨大な卵形の成長コアの前で、ミサキがけしかける。
「おうっ! ……って、オレがやっちゃっていい?」
ユウジは、わたしとゴウタに許可を求めるように視線を向けてくる。
「いいよ」
「俺も、ユウジでいいと思う」
「じゃあ、いくぜぇ! どりゃぁぁぁぁぁ~ッ!!」
赤い髪の軽装戦士は、コアに向かって、双剣の連打を繰り出した。
最初の数撃はコアに弾かれたが、そのうちに表面にヒビが入り、やがて、バキインッ! と破砕音を立てて、黄色い蛍光色の粘液を噴き出しながら崩壊する。
「やったあぁ! このチームで、コア、初撃破だよ!」
ミサキが歓喜の声を上げた。
「……探索者チームに加入したい?」
わたしから、探索者チームへの加入希望を持ちかけられた管理官は、無表情なまま問い返してくる。
「はい。この数日で、わたしの個人としての戦闘データは、ある程度収集できたのではないでしょうか? こらからは、連携戦闘のデータも収集してはどうかな? と、思ったのですが……」
反対されても、引き下がるつもりのないわたしは、強気な口調で申し立てる。
「加入希望のチームは、レジェンドメイカーズ? これまで、たいした実績も上げていない小規模なチームのようだが、本当にいいのだな?」
「実績は、これから作れますよ。どんな伝説にも始まりはありますから」
チームリーダーのマコトの言葉をそのまま借りて、わたしは言った。