最初の戦闘
迷宮樹内部に突入したルシールは、ゴブリンを排除しつつ奥を目指す。
4:「最初の戦闘」
機動砦の内部は、中央部が吹き抜けになった円筒形をしていて、外周部に、休息や睡眠のための個室、食堂、治療魔法の使い手であるヒーラーが常駐している医療施設、武器や装備の整備ラボ、衛兵たちの詰め所が設けられている。
そして、吹き抜けとなった中央部には、転送門があった。
これは、召喚者を一気に都市国家へ転送する装置で、これを活用することで、迅速な戦力の入れ替え展開、補充が可能であった。
「砦を拠点にして、ある程度の長期的な滞在も可能ですし、こまめにロクサゴンリークに帰還して、戦果の報告や補給、休息をすることもできます」
技術士官らしい女性が、説明してくれる。
「リーク、というのは、都市国家のことかな?」
「はい。そう理解していただいていいと思いますよ。リークといううのは、大融合前の呼称で地域行政単位の意味らしいです」
ハキハキと受け答えする技術士官の首に巻かれた首輪も、緑だった。
わたしとしては、わたし以外の「赤」が、どんな活動をしているのか興味があるのだが、全国で数十人程度では、出会う機会は極めて低そうだ。
「案内と説明、ありがとう。じゃあ、そろそろ探索、出てみようかな?」
「もしかして、ソロで行かれるんですか?」
ちょっと心配そうに、技術士官の娘は聞いてくる。
「うん。管理官には、赤の召喚者の実戦データを取りたいから、しばらくはソロで探索してくれって言われてるから。……じゃあ、行ってきます」
「いって……らっしゃいませ。あなたの剣に幸運が宿りますように……」
探索者にかける常套句らしい言葉を背中で聞きながら、わたしは最初の探索に出撃した。
迷宮樹の根の先端に開いた開口部は、三重の鉄格子でできた、頑丈な門扉で塞がれていた。
迷宮樹は、並みの工具では穴あけや切断ができないので、門扉は、開口部にピッチリと密着する形ではめ込んであるようだ。
格子越しに、わずかに黄色みを帯びた白光に照らし出された、迷宮樹のトンネルが見えている。
直径、およそ三メートル。場所によっては、その数倍の直径になるというトンネルは、不規則に曲がりくねりながら、奥へと続いている。
内壁の色は、所々、色むらのある、くすんだ薄茶色で、同心円状の木目が所々に見て取れる。
天井部分のごく狭いエリアが、白い光を放って、内部を照らし出していた。
その光が、緑の肌をもったゴブリンたちに光合成を促し、無補給での活動を可能たらしめているらしい。
門の前に立ったわたしの周囲では、ギシギシ、バキバキという軋み音がひっきりなしに響いている。
今、こうしている間も、迷宮樹は成長し続けているのだ。
その速度は、一日におよそ数メートル。
決して速くないが、放置しておけば、際限なく成長し、周囲を呑み込んでゆく。
わたしが近づくと、最初の鉄格子が、ギギギギッ、と、耳障りな音を立てて開いた。
第一の格子から、第二の格子までの距離は、十メートルといったところか……。
第一の格子が閉じる音を背中で聞きながら、第二の格子の前に立つと、それも、軋みながら開く。
召喚者の首輪に連動して開く仕組みのようだが、こういう仕掛け、どこかで見たような記憶があるな……。
そして、第三の扉。
黒光りする鉄格子の向こうは、既に敵のテリトリーだ。
第二の扉が、背後で、ガチャンッ! と音を立てて閉じた。
第三の扉は、前方の安全確認をした探索者が、任意で開くことが出来るようになっている。
格子の向こうに、敵の姿が無いのを確認し、扉を開くと、通路に足を踏み出した。
「さて……行きますか……」
百歩と歩かぬうちに、奥の方からピタピタと裸足の足音が幾つも迫ってくる。
「……」
わたしは無言で刀の柄に手を添え、状態を軽く前屈させて待つ。
曲がり角を抜けて、ゴブリンたちが姿を現した。
資料映像で見せられたのと同じ姿形をした、緑の人型生物。
手には、鐔も飾りも付いていない、細身の剣が握られている。
金属では無い。高質化した植物の葉ような素材の武器で、極めて軽量だが、斬れ味は金属製の武器並みに鋭い。
「フンッ!!」
軽く息を吐くと同時に、わたしは地を蹴って突進した。
ザザザザ斬ッ!!
一瞬で十数回、刀を振るい、前衛の数体を斬り倒す。
ウォーターゴーレムの時と違うのは、切断の感触と、噴き出す血飛沫だった。
粘液まみれで張り詰めた皮膚を裂き、グニャグニャした肉を断ち切り、骨を、カツンッ! と打ち割った刃は、振るったわたし自身が驚くほどの速さと滑らかさで、ゴブリンたちを切り捨ててゆく。
最初の遭遇戦で、わたしは十二体のゴブリンを倒していた。
「ふぅ……」
血振りした刀を鞘に納め、軽く息を整えたわたしは、どす黒い血の海に折り重なった緑の肉塊を一瞥すると、迷宮の奥へと歩を進める。
同じルートを戻って帰還してきた時は、わたし自身がつくりだした、この死屍累々をもう一度、目にすることになるのだ。
(さっきの戦闘、管理官たちも見ているのかな?)
首輪を通じてデータ収集しているらしい無表情男たちのことを考え、気持ちを切り替えながら、白い光に満たされた、木製のトンネルを探索してゆく。
迷宮は、左右の蛇行こそ多いものの、上下の起伏はそれほど大きくなく、足元も適度な摩擦があって歩きやすい。
所々、分岐や合流地点があったが、わたしは妙な勘に導かれるままに道を選び、ひたすら奥を目指した。
途中で数度、ゴブリンの群れと遭遇したが、苦戦することなく切り抜ける。
何度目かの遭遇戦で、『そいつ』は現れた。
行く手を阻むゴブリンたちの中に、ひときわ大きな個体がいる。
身長はわたしよりも頭一つ分大きく、身体の幅は倍以上。体重は、おそらく五倍ぐらいあるだろう。
体型も、頭でっかちでひ弱そうなゴブリンとはまったく異なり、ガッチリ体型で、腹や腰回りには、でっぷりと肉が付いている。
(あれが、ゴブリンの変種、ガラゴブリンってやつかな?)
管理官から受けた説明によると、ガラゴブリンは、何らかの要因で異常成長したゴブリンで、耐久力や筋力が大幅に増した強敵だ。
武器も、探索者から奪ったものを好んで私用しているため、戦闘においては十分な注意を払うべし、と忠告された。
そして、ガラゴブリンは、成長点の守護をしていることが多いという説明も受けている。
これは、初探索で大当たりかも知れない。
小柄な同類を押しのける様にして、ズイッ! と前に出てきたガラゴブリンの手には、重厚なバトルアックスが握られている。
間違いなく、探索者から奪った武器だろう。
「……油断はしない。来いッ!」
刀の柄に手をかけ、挑発の声を上げると、ガラゴブリンはあっさりと乗ってきた。
「キケエェェェェェ~ッ!!」
巨体に似合わぬ甲高い声を上げ、巨大化ゴブリンはバトルアックスを横殴りに振り抜いた。
狭いトンネル内では極めて有効な攻撃だ。
ブンッ! と重い風斬り音を立てて、バトルアックスの刃が、わたしの頭上すれすれを通過する。
そう、わたしは地を這うような姿勢で突進していた。
意外と豊かなバストが、床を擦ってしまいそうだ。
「たぁッ!!」
抜き打ち一閃、ガラゴブリンの両脚を斬り飛ばし、伸び上がりながらの二の太刀で、緑の肥満体を袈裟懸けに両断する。
そのままの流れで踏み込みつつ旋回、刃の軌道上に巻き込んだゴブリンたちを撫で斬りにしてゆく。
ザーッ! と床を滑りながら斬り抜けた背後で、緑の小鬼の群れが。身体の数を倍にしながら倒れ伏した。
「……」
敵の気配が耐えたことを確認しつつ納刀したわたしの目の前に、蔦に包まれた、巨大な卵形の物体が鎮座している。
大きさは、私の身体の半分ぐらいで、黄色っぽい燐光を放つ巨大卵が、上下を蔦状の器官に支えられ、宙に浮いている。
間違いない。資料映像で見せられた、迷宮樹の成長点制御コアだ。
「少し上手くいきすぎたみたいだけど、まあ、いいか!」
抜き打ちの一閃で、コアに斬りつけた。
カッ! と硬い音を立てて斬り裂かれたコアの内部から、黄色い蛍光を放つ粘液がドロドロと流れ出てくる。
ゴウウウンッ!!
重い音を立てて、迷宮樹の根が震えた。
天井の光が不規則に明滅し、急激に明るさが減衰してゆく。
「おっと! 一時間ほどで真っ暗になっちゃうんだっけ? 戦果確認、撤退!」
一人告げたわたしは、元来た道を引き返し始めた。