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レジェンドメイカーズ  作者: 蒼井村正
3/18

3:「迷宮樹」

訓練を終え、探索目標へと向かうルシール。

その道中、彼女は、これから向かう目標についての説明を受けるのだった。

3:「迷宮樹」


 わたしの乗った魔動車は、のどかな田園地帯を走行していた。

 魔動車とは、文字通り、魔法の力で動く車だ。

 民間の交通機関は、馬車や荷車、ポラカという大形の鳥に引っ張らせる台車に依存しているようだが、召喚者の送迎や重量物運搬には、魔動車が使われるらしい。

「……良い風景でしょう?」

 魔動車を運転している男性が、声を掛けてきた。

 彼は、管理官の下で働いている召喚者で、首輪の色は緑。

「そうですね……」

 わたしは、道路に沿って拡がる穀物畑や、少し離れた丘陵で草を食んでいる家畜の群れを見ながら、相づちを打つ。

 畑で作業していた数人の男女が、魔動車の接近に気付いて顔を上げ、胸に左手を当てて深々と一礼する。

「えっと、あの仕草には、どう応じれば?」

 どうやら、敬愛、感謝の念をあらわす仕草らしいと判断したわたしは、男に尋ねる。

「手を振って応えて上げてください。この光景を創り出したのは、召喚者なんですよ。だから、彼らのは凄く感謝されているんです」

 男性は、自慢げに告げた。

「迷宮樹に侵食され、荒れ放題になっていたこの土地を、召喚者たちが闘って奪還し、十年がかりで、ここまで復興させたんです」

「このあたり、全部?」

「ええ、全部です!」

 生い茂った穀物の間から顔を出し、笑顔で手を振る子供たちに手を振り返してやっているわたしに、男性は力強い口調で答えた。

 都市国家連合ジュメル、その中の一国であるロクサゴンにとって、最重要課題が、成長する迷宮、迷宮樹への対処だ。

 迷宮樹とは、その内部に迷宮のようなトンネル構造を備えた、超巨大植物で、見た目は、樹というよりは、複雑に絡み合い、地を這って拡がる巨大な根の集合体だ。

 迷宮樹は日々成長し、周辺地域を呑み込みながら、際限なく拡がってゆく。

 その表面は、極めて強固な防御結界に包まれていて、物理的な阻止は不可能に近いという。

 それだけでも厄介なのに、迷宮樹は、知的生物の活動を察知すると、根の先端に開口部を形成し、内部に巣くっているモノを解き放つのだ。

 それが、ゴブリンと呼ばれる、緑の肌をした人型敵性生物。

 この世界では、ゴブリンと呼称される生物は数種類確認されているようだが、迷宮樹のゴブリンは、かなり特殊なタイプらしい。

 緑色の肌は、特殊な葉緑体を含んでおり、迷宮樹内部を照らしている光によって、活動に必要な養分を光合成で生成。飲食無しでの自立行動を可能としていた。

 また、迷宮樹のゴブリンは、両生類的な特徴を多く備えている。

 まず、皮膚表面はヌラヌラした粘膜組織で覆われていて、口の中に歯は無く、頭部には耳たぶも存在しない。

 常に見開かれている黒く無感情な目には瞼は存在せず、代わりに、しゅん膜と呼ばれる半透明な保護皮膜がある。

 そして、最大の特徴は、知的生物に対する激しい攻撃本能だ。

 意思疎通は不可能、恐怖心も抱かないようで、どんな劣勢であっても退くことなく攻撃を仕掛けてくる。

 筋力はさほどではないが、瞬発力は高く、軽量な武器を装備しての、速く鋭い攻撃を得意とする。

「迷宮樹と遭遇した当初、ジュメルは劣勢を強いられました。押し寄せる根を止める手立ては無く、ゴブリンの群れに対処するには兵力不足で、避難民を誘導するのが精一杯だったようです」

 わたしを最前線へと連れて行く仕事のついでに、説明係も命じられたらしい男は、魔動車の運転をしながら話を続ける。

「状況が好転してきたのは、三年が過ぎた頃です。召喚者の数が増えて戦力が拡充され、根の侵攻を阻止できるようになりました」

 そこまで言うと、男は、助手席にいるわたしに視線を向けてくる。

「ルシールさんは、迷宮樹の成長を部分的に止める方法、ご存じですよね?」

「根の生長をコントロールしている器官を発見して破壊すればいいんだよね?」

 管理官に受けた講義を思い出しながら、わたしは答えた。

「ええ。そうです。今も、多くの探索者たちが迷宮樹の奥で探索と戦闘を続けていますよ」

 ゴブリンたちが出てくる開口部から、迷宮樹の内部に侵入し、その奥のどこかにある成長点を発見、破壊することが、根の侵攻を止めるほぼ唯一の方法らしい。

 成長点を破壊された根は、動きを止め、数週間で崩壊してしまうという。

 そうした戦闘を、数限りなく続けた結果、迷宮樹の侵食エリアは大幅に縮小し、ジュメルの支配領域は拡大した。

 話をしているうちに、道路の両側の風景は、いつの間にか、荒涼とした荒れ地に変わっていた。

「このあたりは、まだ開拓が進んでいませんね。でも、すぐに、さっきの場所みたいな農地になりますよ」

 更に十数分、荒野を車は走り続けた。

「……あ、見えてきました」

 はるか前方に、それは拡がっていた。

 地を這うように放射状に拡がる、巨大な根の集合体、迷宮樹だ。

「開口部は、確認と同時に厳重な監視下に置かれます。監視拠点として設置されているのが、あの、機動砦ですよ」

 魔動車の前方に見えてきたのは、黒い円筒状の建造物だ。

 同じような構造物は、迷宮樹を包囲するかのように、一定の距離を置いていくつか並んでいる。

 砦のすぐ傍らで魔動車は停まり、わたしを降ろした。

「以外と大きいね……これが動くんだ?」

 直径、高さともに、六十メートルほどの、黒い塔を見上げながら、わたしは感想を漏らす。

 ちなみに、メートルというのは、ジュメルの度量衡単位である。

 その百分の一を、センチメートルと呼称し、それによると、わたしの身長は、百六十センチメートルだ。

 黒い円筒状の機動砦は、その基部に数十個の車輪を備えており、人が歩くほどの低速ではあるが、移動が可能なのだ。

 迷宮樹の侵攻に対応して、柔軟に移動し、対処する基地として使用するために造られたものらしい。

「ここが、探索者の出撃拠点となります。最低限の施設と、街ヘの転送門も装備していますよ」

 砦から出てきた衛兵が、こちらに歩いてくるのを待ちながら、男は言った。

「転送門?」

「はい、それを使えば、召喚者なら、一瞬で街ヘと戻れます」

「そんな便利な物があるんだ……。と、いうことは、わたしを魔動車でわざわざ連れてきたのは、途中の、あの風景を見せるため?」

「お察しの通りです。最初の探索に出る召喚者の方たちには、あの光景を見せる決まりになっていますから」

 わたしの指摘に、男は素直に頷く。

 なるほど。自分たちの行動が、どういう恩恵を人々にもたらすのか、それを実感させるためか……。

 管理官の講義を受けながら、わたしが抱いていた疑問、記憶も無く、思い入れも愛着も無い国に召喚されて、それを守るために戦えるのか? という疑念に対する、ささやかで、それでいて、結構説得力のある回答というわけだ。

「では、私はこれで失礼します……」

 引き継ぎを済ませた男は、魔動車を運転して帰って行った。

「歓迎します。赤の召喚者」

 衛兵隊長らしい、屈強な男性が笑顔で声を掛けてきた。

「こちらこそよろしく。ちょっと、砦の施設を見せていただいたあとで、早速、探索に出たいのですが?」

 砦と、その向こうに拡がる迷宮樹を交互に見ながら、わたしは申し出た。

 

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