ゴーレムマスター
赤の召喚者、ルシールは、戦闘訓練を受けることとなる。
彼女の相手するのは、ゴーレムマスターが生み出した、ウォーターゴーレムたちであった。
2:「ゴーレムマスター」
管理官とともにわたしがやって来たのは、かなりの広さがある、円形闘技場のような場所だった。
周囲を階段状の観客席に囲まれた闘技場の中央には、緑色に濁った水をたたえた、小さな丸い池があり、その水際に、三人の人影が見える。
女性が二人に男性が一人、いずれも若く、わたしと同じぐらいの年齢のようだ。
彼女たちも、わたしと同じ召喚者……アバターボディという奴なのだろうか?
女性のうちの一人は、褐色の肌、赤みを帯びた髪を、ラフに伸ばしているのが特徴的で、もう一人は、小柄で丸顔、黒髪をおさげにしている。
男性は、メガネを掛けた、何だか気弱そうな顔立ちで、立ち姿も隙だらけ、どう見ても戦闘クラスには見えない。
「戦闘技能の試しを願いたい。我らは壇上から見させてもらう」
管理官は、褐色肌の女性に、感情の欠片も感じられない声で言うと、わたしを残して去って行った。
三人の、好奇心剥き出しの視線が、わたしに突き刺さる。
「……わたしはルシール、ルシール・ケイオス。よろしく」
「アタシはリデア。この訓練施設の責任者やってるんだよ。よろしく!」
わたしの挨拶に、褐色肌の女性、リデアは快活な口調で返してくれた。
「へえ、アンタが噂の、赤の召喚者だね? あー、ホントだ、首輪が赤いね。ふむふむ、綺麗な色だなぁ、始めて見たよ~♪」
歩み寄ってきたリデアは、至近距離からわたしのいでたちを観察しながら、人なつっこい笑みを浮かべる。
やはり、彼女も、いわゆる召喚者らしく、その首に嵌められている輪の色は、緑だった。
ちょっと離れたところにいる二人も、緑の首輪を装着している。
「それじゃあ、早速だけど始めちゃおうか。アタシが十体制御するから、アンタたちは五体ずつお願い。できるよね?」
背後に居た二人に、赤髪の女性は声を掛ける。
「はいっ! お任せください師匠ッ!」
「できますけど、ホントにいいんですか? 合計二十体を、その人一人で相手するんですよ?」
おさげの女性は、元気良く言ってうなずくが、メガネの男性の方は、心配げな様子で私を見つめてくる。
ふむ、気弱そうな見た目だが、顔立ちはなかなか整ってるな……などと、メガネ君を見て、余計な感想を抱いてしまう。
「この子の首輪、見てみなよ。赤だよ! 赤!」
私を指さし、声を張り上げる褐色美女の顔は、実に楽しげだ。
「緑十人分以上とか噂されてる赤の実力、見てみたいと思わない? 思うよね!? アタシは思う! 超見たいッ!」
リデアは、押しの強い口調で、部下たちにまくし立てる。
「見たいッ! 見たいですッ!」
おさげの子が、師匠に同調した声を上げた。
「ま、まあ、見たいのはボクも同じですが……」
メガネ君は、まだ不安げだ。
「大丈夫! 危険なようならすぐに中断するから。ほら、アンタ達も準備して!」
快活な褐色肌美女は、弟子たちに声を掛けると、腰に巻いていたポーチから、何かを取り出し、背後の池に向かって投げた。
お下げ髪とメガネ君も、同様に何かを水面に向かって放り投げる。
ポチャポチャポチャンッ!
緑色に濁った水面に波紋を拡げて投げ込まれたのは、丸い石のようなものだった。
「あれはね、ゴーレムの核になる魔法石。アタシと、そこに居る二人は、ゴーレムマスターと、その弟子たち」
ゴーレムマスター、リデアは、自慢げに言って微笑む。
「ゴーレムというと、魔力で駆動される、人型のあれ?」
「そう! 今回作るのは、水を媒介とした、ウォーターゴーレム。パワーや活動持続時間は短いけど、動作はスムーズだし、反復利用が出来て、訓練用にはもってこいなんだよね」
解説するリデアの背後では、二人の弟子が、台車に乗せた大量の武器を用意している。
槍や剣、それに斧などが、筒状の入れ物に乱雑に数十本まとめて突っ込まれていた。
「いくつか確認。ゴーレムってことは、遠慮無く斬っちゃっていい?」
腰に帯びた刀にそっと手を触れながら、わたしは確認する。
「もちろん! 一定以上のダメージ与えると、魔力結束が切れて水に戻るからね、思いっきりやってやっていいよ!」
「それと、もう一つ。勢い余って武器破壊しちゃう可能性もあるけど、それも問題なし?」
「アンタ、初演習なんだよね? なら、派手にやっちゃっていいと思うよ?」
「フフッ、いいね。何だか、わたしもやる気が出てきたよ」
ここ数日、無表情な中年男とマンツーマンで、「学習」ばかりやらされてきたわたしは、訓練とは言え、身体を動かせることに昂揚感を抱いていた。
「よおおしっ! お互いにやる気が高まったところで、始めようじゃないの! 管理官たちも、珍しく観戦するようだしね♪」
円形広場の縁、一段高くなった観覧席に陣取った、三人の無表情男たちにチラリと視線を投げかけ、褐色肌の女性は、ニッ! と人なつっこい笑みを浮かべる。
「わざわざ見に来なくても、召喚者たちの行動は、首輪を通して観察できるはずなのに、現地に来てるってことは、やっぱり、アンタが赤だからかな?」
「えっ!?」
反射的に首輪に触れてしまいながら、わたしはちょっと動揺してしまう。
この身体に慣れるため、という建前で、一人の時に、自己陶酔気味な気分で色々とやってみたのだが、まさか、そのときの、あれやこれや、結構恥ずかしいあんなことまで、あの無表情な管理官たちに観察されていたのだろうか?
色々と思いだしてしまい、頭皮がチリチリと羞恥に泡立ち、顔や身体が嫌な熱気を帯びて、ジットリと嫌な汗が噴き出てきてしまう。
「……まあ、心配いらないと思うよ。管理官たちは、アタシたちとはちょっと違うっぽいから」
わたしの動揺している理由を、女性ならではの勘で察したのか、リデアは、スッ、と身を寄せてきて、耳元で囁きかけてくる。
「どこが違うかっていうと、中に入ってる、魂みたいなものが希薄な感じなんだよね。これは、ゴーレムマスターであるアタシの勘なんだけど……」
「そう……なの?」
「うん。個人の欲望とか、感情とか、そういうのが実装されてない感じだから、性欲とか、いやらしい好奇心も無いと思うよ。……ってわけで、管理官待たせるのも悪いから、訓練しようか!」
意味有りげに微笑んだゴーレムマスターは、水辺まで歩いて行くと、水面に手をかざし、何かを詠唱し始めた。
「……ゴーレムマスターたるリデアが魔石に命ず。そに宿りし力よ、かりそめの命を得て、我が下僕となりて顕現せよ!」
弟子二人も、真面目な表情で、動揺の呪文を詠唱している。
数秒の間を置いて、水面が、ポコッ、と盛り上がり、ゆっくりと、何かが浮上してきた。
それは、緑色に濁った水で出来た、人型の物体であった。
「今回は、アンタ達探索者が闘う、ゴブリンの姿にしてあるよ」
ウォーターゴーレムが形成されてゆくのを見守りながら、リデアが解説する。
「……ゴブリン……敵性生物……」
それは、小柄な人型の生物であるが、意思の疎通は不可能。他の知的生命に、憎悪にも似た敵意を剥き出しにして襲いかかってくる、優先駆除対象生物だ。
目鼻や口は形成されていないものの、小柄で頭でっかちな体型や、緑色の肌が見事に再現されたウォーターゴーレムが二十体、ピチャピチャと湿った足音を立てて池から這い上がってくると、武器を満載した台車から剣や槍を取って整列する。
「最後に、一つ確認、いい?」
武装したゴーレムたちを見ながら、わたしはリデアに声をかけた。
「何かな? ゴーレムの数減らして欲しくなった?」
やる気満々のゴーレムマスターは、ちょっと挑発的な視線をわたしに投げかけてくる。
「いや、ゴーレムの核になっている魔石、壊しちゃったらダメなのかな? って思ったので」
「ククククッ! 壊せるなら、壊しちゃっていいよ!」
楽しげな含み笑いを漏らして言い放った女性の背後で、二人の弟子たちが、ギクッ! と顔を強ばらせた。
その様子からすると、ゴーレムのコアである魔石は、かなりの貴重品なのか、作るのに手間がかかるのか、あるいはその両方か? ともかく、壊されると困るようなものではあるらしい。
「でも、コアはゴーレムの中を不規則に動き回ってるし、水は濁ってるから見えないよ。それに、かなり硬い防御結界に包まれてるから、そう簡単には壊せないと思うよ」
自信満々に言い放ったゴーレムマスターは、もう一度、わたしの首輪に視線を投げる。
「……あ、それとも、赤の人なら壊せちゃうのかな? それも興味あるな。赤の召喚者なら、コアを砕けるかどうか……」
わたしの視線と、ゴーレムマスターの視線が空中に見えない火花を散らして絡み合った。
「わたしも興味がある。試してみるね……」
わたしは、鞘に収まった刀の柄に右手の指を絡めつつ、右足を一歩踏み出し、身体を前屈させた体勢で、動きを止めた。
「武器、抜かなくていいの?」
「はい、このままで……。いつでも、どうぞ」
全身に気力と躍動感が漲るのを感じながら、訓練開始を促す。
「じゃあ、遠慮無く行くよッ!」
少し距離を取ったリデアが合図すると、整列していたウォーターゴーレムたちが、ピシャピシャと足音を立てて迫ってきた。
三人のゴーレム使いたちがコントロールしているのだろうが、見事なコンビネーションで半円形の包囲陣を形成しつつ、前衛の四体が突撃してくる。
「思ったより動きが滑らかで速いね……では、こちらも遠慮無く!」
屈曲させていた上体を更に倒しつつ、一歩踏み込みながら抜刀し、横薙ぎの一閃!
狙うは、ウォーターゴーレムの胸の辺りで不規則な軌道を描いて上下動している魔法石。
リデアは「見えない」と言っていたが、わたしの目には、淡い黄色の光に包まれた魔石がはっきりと見えていた。
バアアンッ!!
およそ、斬撃の音とは思えぬ爆発音を立てて、ウォーターゴーレムが爆裂する。
破壊された魔法石に込められていた魔力が一気に放出され、周囲に居た三体のゴーレムを巻き込んで、当たりを覆い尽くすほどの水煙に変わる。
「あぁぁぁ~ッ!! ホントに壊したあぁぁぁぁ~!!」
突風のように吹き寄せてくる水煙でびしょ濡れになりながら、メガネ君が悲痛な声を上げる。
「凄いなぁ、本当に斬っちゃうか……あ、後はお手柔らかにね!」
おさげの女弟子ともども、早々と避難して水煙の直撃を避けたリデアが声を掛けてくるのに無言で頷いたわたしは、残り十六体の真っ只中に斬り込んだ。
「フンッ! ハッ! やっ!! ……ハハハハッ!!」
自分の身体が、軽やかに、素早く動く快感に、変な笑い声を上げてしまいながら、ウォーターゴーレムを次々に倒してゆく。
魔石を破壊せずに倒した場合、魔力結束を乱された、かりそめの水人形は、バシャッ! と水しぶきを上げて崩壊する。
あっという間に、わたしの周囲は水浸しになり、踏み出す足が巻き上げた飛沫が、動きの軌跡を魅せつけるかのように舞い散った。
「……むっ! もう、最後の一体……これも試してみるか?」
刀を鞘に納めたわたしは、大きく後方に跳び下がり、右手を突き出す。
(魔法の発動は、イメージ力と、体内の魔法回路を経由したエーテルコントロール……)
管理官の講義内容を脳内で本復しながら、魔力を集束する。
突き出された腕に風が渦巻きながら絡みつき、指先へと集束されて……発動する魔法は。
「烈風乱刃、ゲイルスラッシュ!!」
キュイイイインッ!!
超高密度に圧縮された疾風の刃が放たれ、最後の一体となったウォーターゴーレムを、武器もろとも切り刻む。
「ふぅ~、終了、かな?」
十数秒で、二十体のウォーターゴーレムを全滅させたわたしは、水しぶきで濡れた前髪を軽く掻き上げつつ、呼吸を整えた。
「……凄い……凄すぎるよ! これが赤! 凄いッ!」
興奮した声を上げたリデアが、わたしに抱きついてきた。
「あんッ!?」
意外と豊かな、褐色美女のバストが、わたしの胸に、ムニュンッ! と押し付けられる何とも言えない感触に、ちょっと恥ずかしい声を上げてしまう。
「……想定以上の戦闘能力を持っているようだな。これならば、即戦力として、探索に出しても問題あるまい」
歩み寄ってきた管理官の言葉に、わたしは無言で頷く。
探索者としての、わたしの新たな人生が、始まろうとしていた。