迷宮樹編エピローグ
「レジェンドメイカーズ 第一部、エピローグ」
「……あ、また崩れた!」
弓使いのミサキが声を上げ、指さす先で、迷宮樹の大規模崩落が起きている。
崩れ落ちているのは、広大なエリアを埋め尽くした迷宮樹のほぼ中央部、センターコアがあった辺りだ。
遠すぎてよく判らないが、百メートル四方ほどの面積が一気に崩れ落ち、もうもうと土煙が上がっているようだ。
ガラガラ、ゴロゴロという、遠雷のような崩落音は、十数秒後に聞こえてきた。
「あれ、オレたちがやったんだよな?」
「まあ、その結果、だろうね?」
全身を赤のコスチュームでキメた軽装戦士、ユウジのつぶやきに、ミサキが素っ気ない様子で応える。
「凄いこと、しちゃいましたね。十年がかりで闘ってきた迷宮樹のコアを、私たちが壊しちゃったなんて、夢見てるようです」
コア撃破の立役者である魔法少女、トモコは、まだ半信半疑な様子だ。
「夢じゃ無いよ。僕たちのチームで成し遂げた武勲だ!」
晴れやかな笑顔を浮かべて言ったマコトに、チーム全員が微笑み、頷く。
わたしたちが居る場所は、迷宮樹を包囲するように配置された、可動型の砦、通称、機動砦の屋上にある物見台だ。
コアを撃破して帰還したわたしたちを含め、この管区に所属している全ての召喚者チームに、迷宮樹内部からの緊急退去と、機動砦での臨戦待機が命じられたのが数時間前。
以来、わたしたちは、祝杯もお預けで、機動砦で簡単な食事と休息を済ませ、迷宮樹の中央部が崩落してゆく様を見守っているという次第だ。
いきなり待機命令を出された他のチームの間では、どこかのチームがセンターコアを破壊したらしい、という噂が飛び交っている状態で、まだ、わたしたちのチーム名は発表されていない。
「迷宮樹って、何の為に創られたんだろうね? 何か、もっと建設的な目的が、あったのかな?」
無口な重装戦士、ゴウタが。ポツリと疑問を漏らす。
「そうだね。本来は、何か平和的、建設的目的があって創られたものが、暴走した結果が迷宮樹の災厄だったと、僕も考えてる」
マコトも、ゴウタの疑問に同意しつつ持論を陳べた。
「無茶な成長するトンネル状の根っこと、殺意の塊みたいな緑の小鬼共に、侵略以外の、どんな目的があるって言うんだよ!?」
マコトの穏やかな推測に、好戦的なユウジが食い付いてくる。
「それは判らないけど、まあ、今言えるのは、もう、あの根の侵攻に怯える必要が無くなった、ってことだね」
「あー、それだよそれ! その、伝説級の大武勲を成し遂げたオレたちが、賞賛も受けず、なんでこんな砦の天辺で、ボケーッとしてなきゃいけないのか、ってことなんだよ!」
「そう急がないの!」
憤るユウジを制したミサキは、言葉を続ける。
「管理官たちだって、こんなにあっさりとコアが撃破されると想定してなかったんじゃないのかな? で、とりあえず、何が起きるか判らないから、臨戦待機命令を出した、と……」
「まあ、そんなところだろうね。追って発表があるだろうから、僕たちはそのときのために心構えをしっかりしておこう」
チームリーダーのマコトは、沸騰しそうになった議論をやんわりと冷却する。
こういうところが、チームを率いる器として大切な部分なのだろう。
「……暴走した迷宮樹は、ジュメルにとっては、『都合のいい脅威』だったと思うよ」
まだ続いている大規模崩落を見ながら、わたしも話に加わる。
「それは、根の侵攻によって発生した難民たちに救済を与えつつ取り込み、さらに、領土拡張もできるから?」
「うん……。その通り」
マコトが、わたしの言わんとしていることを完璧に把握していることを嬉しく思いつつ、わたしは頷く。
「でもさ、これからは、そう簡単にはいかなくなるってことだよね?」
「オレたちが、その、都合のいい脅威をぶっ潰しちまったからな!」
ミサキの言葉を、ユウジがアグレッシブに引き継ぐ。
「そう。これから接触するであろう国家や文明は、ジュメルに友好的とは限らない」
「もし、ケンカ売ってくるなら、オレは買うぜ」
マコトの言葉に、横槍を入れるユウジ。
「だからぁ! 最前線に出るアタシたちがそういう接し方しちゃうとまずいんだって! ファーストコンタクトの情況によって、戦争になることだってあるんだよ!」
ミサキはよく判っているようだ。
結局、その日は丸一日、待機状態で終了し、明くる日、チームは、管理官による召集命令を受け、市街へと戻ってきた。
「……迷宮樹の中枢撃破、見事な武勲であった。我らの悲願の一つを成就できたこと、嬉しく思う……」
相変わらずの無表情のまま、中年男性は、本当に喜んでいるのか疑わしくなるような、無感情な声でねぎらいの言葉をかけてくる。
「賛辞、痛み入ります……」
跪いたチームメンバーの一歩前に出たリーダーのマコトは、静かな口調で答辞を述べる。
「早速だが、貴殿等の情況対応力を存分に活かすことの出来る新任務を命ずることにした」
管理官の言葉に、わたしたちは跪き、頭を垂れたまま、期待、不安、好奇心、様々な感情が入り交じった表情を浮かべた。
「チーム、レジェンドメイカーズを、特別辺境探索班に任ずる」
新たな冒険への扉が、今、開こうとしていた。
「レジェンドメイカーズ」迷宮樹編 完。