17:「伝説の始まり」
17:「伝説の始まり……」
「……無理ッ! そんなの絶対に無理ですよ!」
わたしが説明を終えると同時に、魔法少女のトモコが、泣きそうな声で叫んだ。
「そんなの……そんな危ないこと、出来るわけないじゃないですか!?」
涙目になって訴えてくるトモコ。
「いくらなんでも、リスクが大きすぎないか?」
「だね、そこまでして、今すぐにコアを撃破しなくたって……」
慎重派のチームリーダー、マコトと、チームのムードメーカーである弓使い、ミサキも、わたしの作戦に乗り気じゃない様子だ。
「いいんじゃねえか? やってみようぜ!」
作戦却下のムードが濃厚に漂う中、ユウジだけがノリノリで声を上げる。
「オレの出番がほぼ無いのが、少しだけムカつくけど、それは、後のお楽しみに取っといてやるよ。やろうぜ! オレたちは、レジェンドメイカーズ、伝説を創るものだろ?」
チームでは斬り込み隊長を自認している、赤髪の軽装戦士、ユウジは、熱い口調でチームメンバーに語りかけた。
「みんなも知ってるだろ? ルシールはスゲえんだ! オレたちが絶対に無理だって思うようなことも、できちまうんだよ!」
羨望と期待の込められた、熱い眼差しでわたしを見ながら、ユウジはなおも熱弁を振るう。
「……俺も、いいと思うよ」
無口な重装戦士、ゴウタも、控えめな口調ではあったが賛成してくれた。
「作戦発案者のルシールが、一番危ない役を引き受けるって言うんだから、自信があるんだよね?」
ゴウタは、わたしを真っ直ぐに見つめて問いかけてくる。
「みんなが協力してくれたら、成功させる自信はあるよ」
そう言ったわたしは、この作戦の鍵を握る魔法使い、トモコに語りかける。
「トモコ、この作戦は、誰よりも強いトモコの魔力があればこそ、なんだよ。大丈夫、みんなの力を合わせれば、きっと成功するから」
「私の力? だって、まともにコントロールできないんですよ。もしものことがあったら……」
強すぎる魔力をコントロールできないことにコンプレックスを抱いている魔法少女は、泣きそうな顔をする。と、いうか、完全に泣かせてしまった……。
「大丈夫! わたしを信じて! ほら、赤、だから!」
数万人の召喚者の中でも、数十人しか居ないと言われる赤い首輪を指し示しながら、自信に満ちた笑みを浮かべて見せる。
「本当に……本当に、やっちゃっていいんですね!?」
ようやく覚悟を決めたらしいトモコは、涙の浮いた目元を拭い、表情を引き締める。
「よし……この作戦は、途中で中止はできない。始まったら、成功するまで止まれないぞ! みんな、いいんだな!?」
チームリーダーのマコトが、最終確認してくる。
「はいっ! 私、やりますッ!」
「アタシも精一杯やるよ!」
トモコとミサキが声を上げ、ゴウタも重々しく頷いた。
「オレは仕事少ないけど、サポートは、きっちりこなしてやるよ」
ユウジも作戦に同意する。
「じゃあ、コア撃破作戦、開始するよ!」
わたしの号令で、みんなはそれぞれの配置についた。
(2)
トンネルの開口部にしゃがみ込んだわたしの背に、トモコが手のひらをあてがい、魔力収束を開始している。
「ルシールさん、準備、いいですか?」
覚悟を決めたトモコの表情は、キリッ! と引き締まっていて、いつもの気弱そうな様子は影を潜めていた。
「うん。いいよ」
わたしは、自分の身体の周りを風の結界で覆いながら応える。
視線の先、数百メートルの距離に、撃破目標である迷宮樹のセンターコアがある。
上下を何十本もの細い根で支えられた、巨大な卵型の物体で、黄色い燐光を放っていた。
全てを砕き、呑み込みながら成長し続ける迷宮樹の核であるその物体を破壊するために、召喚者たちは十年以上の闘いの歳月を費やしてきたのだ。
それを今日、今、もうすぐ終わらせる。
「じゃあ、行く! サポート準備はよろしく!」
背後を振り返り、それぞれの役目を果たすために待機しているチームメンバーたちに声を掛けた。
「武運を!」
「ガツンと行ってやれ!」
マコトとユウジに励ましの声を掛けられたわたしは、正面を見据え、姿勢を整えた。
「行きます……ッ!!」
トモコが、集束していた魔力を解放する。
発動させた魔法は、「ペブルショット」。
本来は、小石を風の結界で包んで高速射出する、初歩的な攻撃魔法の一種だ。
それを、今回は、トモコの有り余る魔力を応用し、わたしの身体を射出するために使う。
ドンッ!!
爆音を立てて、トンネルの開口部を飛び出したわたしは、二重の結界に包まれ、信じられないほどの高速で宙を跳んだ。
風の結界で包まれた状態では、重力も慣性も、わたしには作用していない。
ただひたすらに真っ直ぐ、超高速で飛翔するだけだ。
また、あの感覚……目元が熱を帯び、視界が大幅に拡張され、全ての動きが静止しているかの様に見える感覚が、無意識のうちに発動していた。
飛翔しながら、チラリ、と下に視線を投げると、万を超す数の緑の小鬼共が、出撃待ちの隊列を組んでいる。
召喚者たちは、無尽蔵に湧き出す敵性生物を相手に、狭いトンネル内で戦い続けていたのだ。
視線を前に戻すと、センターコアが迫ってきていた。
わたしの飛翔速度は、おそらく音速を軽く超えているだろうが、覚醒した感覚の中では、駆け足で接近している程度にしか感じられなかった。
数分の一秒程度の時間で、数百メートルの距離を飛翔したわたしは、センターコアに激突する寸前で抜刀! 斬撃!
「斬ッ!!!!! ザシュウウウウウウウ~ッ!!」
加速度を上乗せし、超音速で斬りつけた刃は、センターコアを深々と斬り裂きながら、卵型の曲面に沿って一周する。
手応え、あり!
斬撃の抵抗で速度が落ちると同時に、トモコの魔法による風の結界が消失、重力と慣性が再びわたしを捕らえて、反動が一気記襲いかかってくる。
人が鍛えたどんな金属よりも強靱だと言われる、龍火の洗礼を受けた刀身が、ギシッ! と軋み、刀を保持した腕の筋肉にも重く鈍い衝撃が走った。
「フンッ!」
すかざずわたしは自分でペブルショットの魔法を発動させ、みんなが待っている開口部に向かって高速跳躍!
わたしの魔力では、おそらく、半分足らずの距離しか飛翔できないだろうが、残りの半分は、チームメンバーたちがカバーしてくれるはずだ。
風の結界が消えた。
(今ッ! 来てッ!)
正面に向けた視線の先に、こちらに向かって射られた矢が飛んできているのが見える。
弓使いのミサキが放った矢には、極細だが極めて頑丈な糸が結びつけられていた。
弓使いでありながら、他のクラススキルの修得にも熱心な、ミサキが修得した登攀補助スキルの一つ、「ストリングクリエイト」
エクトプラズムで編み上げられた、強靱な糸を生成するスキルだ。
矢に向かって手を伸ばし、しっかりと掴むと同時に、落下軌道を描いていた身体が、グンッ! と斜め上に跳ね上がる。
糸のもう一方の端を保持しているゴウタが、カウンター特化の剣術流派、「円月流」のスキルを応用して跳ね上げたのだ。
これによって、ゴブリンの群に向かって落下していたわたしは、天井近くまで跳ね上がり、落下までの猶予時間が延長される。
そして、強靱な糸でチームメンバーと繋がったわたしの身体は、開口部に向かって急速に引き寄せられてゆく。
糸を巻き取っているのは、高速回転するマコトの杖。
魔力で浮かせた杖を高速回転させる「ロッドスピン」というスキルで、本来の使い道は、物理攻撃に対する防御や、回転力を活かした打撃攻撃だが、今回は、糸の高速巻き取りに使っている。
仲間のスキルを収束させた糸によって、開口部へと引き寄せられつつ、わたしは大きな円弧を描いて落下してゆく。
目の前に、白く輝く壁が迫ってきた。
「エアロダンパー!」
壁にぶつかる瞬間、空気の塊を形成する魔法を発動し、衝撃を緩和。
そのままぶら下がった体勢で引き上げられたわたしの両腕を、ユウジとゴウタが掴んでトンネル内に引き戻してくれた。
「ルシール! 怪我は無いか?」
マコトが即座に確認してくる。
「無傷だよ。大丈夫!」
「やったんだよな? コア、ぶった切ったんだよな!? って、お前の目、金色に光ってるぞ、おいっ!」
わたしの顔を見たユウジが声を上げる。
「えっ!? 誰か、鏡持ってない? 鏡ッ!」
わたしの、ちょっと焦った呼びかけに、ミサキとトモコが、ポーチから小型の手鏡を取り出して手渡してくれた。
「……!?」
二つの手鏡を左右の手で持ち、両眼を映して確認してみる。
「本当だ……金色……」
それは、不思議な輝きだった。
瞳の周囲を、金色の光の輪が取り囲んで輝いているのだ。
あの、身体感覚増幅のときに、目元に感じた熱気は、この光がもたらしたものだったのか?
鏡に映った瞳に魅入られながら、数度、瞬きを繰り返していると、輝きは消えた。
「取り込み中のところ申し訳ないが、撤収を早めた方がいいだろう。何が起きるか判らないからね?」
はるか先で蛍光色の粘液を噴き出しながら崩壊してゆくセンターコアの様子を見ながら、チームリーダーのマコトが促してくる。
「そうだね。撤収しよう!」
(3)
トンネルの端にあった壁は、先ほどと同じ手順で開き、わたしたちのチームは、元の通路へと戻ることができた。
センターコアが破壊された影響なのか、根の生長は停止しているようで、迷宮樹内を重々しい沈黙が支配している。
「……まずいね、敵の気配が、どっち側の道からも接近してきてる」
ミサキが言うとおり、帰路へと続くトンネルの左右から、多数の気配が迫って来ていた。
「左はユウジとゴウタとトモコ、右はルシールに任せる、ミサキは両側の支援を頼む!」
即座に発せられたマコトの指揮で、迎撃フォーメーションを組む。
「おっしゃぁ! 斬り進むぜッ! オレが先陣でいいよな?」
「いいよ」
ゴウタと短い会話を交わしたユウジは、赤い髪をなびかせながら突っ込んでゆく。
「何匹でも来いよ! お前らも、オレたちの……レジェンドメイカーズの伝説の彩りに加えてやる!」
コア破壊作戦で、自分だけスキルを活かせなかった腹いせなのか、ユウジは凄まじい闘志を見せつけて、ゴブリンたちを血祭りに上げてゆく。
数分間の激闘の末、敵の迎撃部隊は壊滅していた。
「ふぅ~何匹斬ったかおぼえてねぇ」
汗を拭いながら、ユウジは大きく息を吐き出す。
赤を基調にした装備品で固めた身体には、ゴブリン達の返り血が転々とこびり付いており、頬や腕には、敵の刃がかすめた、小さな切り傷ができていて、血を滲ませている。
「ユウジ、満足した?」
ユウジの身体に治癒魔法を掛けつつ、コスチュームに付着した敵の血を、浄化魔法で清めてやりながら、マコトが優しい声を掛ける。
「いいや、まだ斬り足りねえが、早く帰りたいってのが、今の本音だな。みんなが驚く顔を見てぇよ」
その言葉に、全員が頷いた。