15:「センターコアへの道」
15:「センターコアへの道」
「おお! 本当にあった! ……あ、ルシールを疑ってたわけじゃねえからな!」
今日、二個目となる成長制御コアを見つけたユウジが、声を潜めつつ、わたしに言い訳してくる。
「別にいいよ。わたしだって、確信があったわけじゃないから」
そう言いながらも、わたしは内心、直感通りにコアが見つけられたことに安心していた。
「警備のゴブリン数は、さっきのよりは少なそうだね。大型種のガラゴブリンが一体、小型が十体といったところかな?」
先行偵察していたミサキが戻ってきて報告する。
「ただ、凄く狭いから、剣で闘うより、トモコの魔法で一掃した方がいいかも」
「なら、それで行ってみようか、トモコ、出来るよね?」
チームリーダーのマコトに問われた魔道師少女は、自信なさげな表情を浮かべる。
「えっと、あの……出来るかどうか、ちょっと確認してみていいですか?」
「いいよ、足音立てない様にして付いてきて……」
ミサキの後について、忍び足で確認に行ったトモコは、すぐに戻ってきた。
「たぶん、大丈夫だと思います。この前と同じ感じで、フレイムテンペストで……」
魔力コントロールが上手くいかないのがコンプレックスになっている魔道師少女は、精一杯の勇気を振り絞り、表情を引き締める。
「よし、魔力収束までの間、みんなでトモコを守ってくれ。後詰めは、ルシール、ユウジ、ゴウタで頼むよ」
「「「了解!」」」
三人が同時に頷く。
トモコが得意としているのは、風術系と火術系の融合魔法。
威力は高いが、魔力収束には時間と精神集中が必要で、その間、術者は完全に無防備になってしまう。
「じゃあ、集束、開始します!」
胸の前で、両手を開いたトモコは、魔力収束を開始する。
右手には、火術系エレメンタルが赤っぽい光を放ちながら揺らぎ、左手では、風のエレメンタルが渦巻いていた。
火術系魔法は、最も威力の高い攻撃系魔法で、発動には、「フロギストン」という仮想物質の生成が必要になる。
これのイメージングが難しいので、火術系の修得難易度は、他系統の魔法よりも高いのだ。
「わたしも集束開始するよ……」
トモコの背後、数メートルの所に位置したわたしは、風のエレメンタル集束を開始した。
わたしの役目は、魔法発動の反動で吹き飛んでくるトモコの身体を、安全に受け止めること。
そのために、空気の塊で、衝撃を吸収、緩和する緩衝魔法、エアロダンパーの発動準備を整える。
これまでは、受け止め役がいなかったため、トモコは思うように魔法発動が出来なかったのだ。
「……いっ、いきますッ!」
宣言したトモコは、トンネルの曲がり角の陰から踏み出すと、ゴブリンの群れに向かって攻撃魔法を発動した。
「フレイムテンペストッ!!」
轟ッ! と重々しい音を立てて、業火の魔法が放たれると同時に、トモコの小柄な身体が反動で後方に吹き飛ばされてくる。
「エアロダンパー!!」
わたしは、すかさず、緩衝魔法を発動。
空気の塊で衝撃を大幅に緩和されたトモコの身体を、しっかりと抱き留めた。
前方では、マコトが全力で防御魔法を展開し、強力すぎるフレイムテンペストの爆風を防ぐ。
荒れ狂う炎と爆風は、ゴブリンたちを残らず吹き飛ばし、一掃した。
「あ、ありがとうございます。ルシールさん……」
わたしの腕の中で、トモコはいつもの、ちょっと自信なさげな微笑みを浮かべて礼を言う。
「いいのいいの。いつ見ても凄いね、トモコの魔法……」
「コア撃破は任せろ! でりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~ッ!!」
二刀を手に突進したユウジが、まだ煙を上げてくすぶっている制御コアに連撃を叩き込んで破壊した。
今回は、武器の刃こぼれ、していなければいいのだが……。
「よし! 撤収!」
マコトの号令で、元来たルートをたどって撤収を開始する。
「まさか、一回の探索で、二個のコアを撃破するなんてな。オレたち、マジで伝説作り始めてないか?」
上々の戦果を上げて、ユウジはご機嫌だ。
「そうだね。コアの二個連続撃破は、新記録ではないけど、そう頻繁にできることでもないね、誇っていいと思うよ」
穏やかな口調で応じるマコトであったが、その頬はいつもより血色が良く、彼も少なからず興奮している様子がうかがえた。
「……コア二個撃破を祝して、乾杯~♪」
機動砦から、転送門経由で街に帰還したわたしたちは、いつもの居酒屋で祝宴を開いていた。
「やぁ、盛り上がってるね! 私も混ぜてよ!」
声をかけてきたのは、実績トップの巨大チーム、『爪王』のリーダー、ケイさんだった。
艶やかさと凛々しさを感じさせる美女で、黒い革製の戦闘用コートを見事に着こなしている。
三本の刃を持っているという愛剣の機構剣は、店の入り口で預けてきたのか、携行していないようだ。
「ケイさんっ!? どっ、どうぞこちらへッ! あっ、あの、何かお飲みになります?」
彼女に憧れているらしいミサキが、いつもとは全然違うしおらしい口調と態度で椅子をすすめる。
「ん? もう飲んでる。ありがとね。じゃあ、遠慮無く……」
大振りなジョッキを持ち上げて微笑んだ女戦士は、ミサキが引いた椅子に腰を下ろした。
「聞いたよ、コア二連続撃破だって? やったじゃん!」
「ハハハッ、相変わらず、情報が速いですね」
マコトが苦笑する。
「ルシールだったよね? アンタが加入してから、このチーム、一気に開花したって感じだね」
ケイさんが、目力たっぷりな視線でわたしを見ながら声をかけてきた。
「ありがとうございます。新参者のわたしを、受け入れてくれて、楽しくやっていますよ」
「またまた謙遜しちゃって! 赤なんだから、もっと偉そうにしてていいのに。マコトからチームリーダー奪っちゃっても、私が許すよ!」
マコトとは旧知の仲らしいケイさんは、まんざら、冗談でも無さそうな口調だ、とんでもない事を口走る。
「いやぁ、そんな大それた事考えてないですよ。それに、赤といっても、まだ、何も判らない新参なので……」
そう。わたしは、即戦力で探索に駆り出されたので、まだ、スキル関係やこの世界の細かな事情など、知らないことが多いのだ。
「謙虚だねぇ。まあ、そういう所も、マコトのチームには合ってるのかもね。こいつ、慎重すぎるぐらい慎重な奴だから……」
わたしから、マコトに視線を移した女戦士は、ニヤリ、と訳知り顔で微笑む。
この人とマコトの過去の話とか、聞いてみたくなってしまう。
「まさか、ルシールを爪王のチームメンバーとして引き抜こうだなんて、企んでないですよね?」
マコトが、やんわりと牽制する。
「ん~、それもいいかなぁ。どう? うちの分隊、一つ任せるけど、来る?」
トップチームを率いる女傑は、何とも色っぽい表情と声で、わたしに声を掛けてきた。
ほろ酔いの様子ではあるが、この人の目、本気だ……。
ケイさんに憧れているミサキが、こんな誘われかたしたら、コロッと移籍してしまいそうだな。
「大変光栄な申し出ですけれど、わたし、このチームが気に入っていますので……」
「そうかぁ~。気が変わったら、いつでも相談に乗るからね♪」
あっさりと引き下がったケイさんの隣で、ミサキが、自分も声を掛けて欲しそうな表情を浮かべていた。
それからは、当たり障りの無い雑談混じりに、情報交換が続いた。
さすがに、大所帯のトップチームだけあって、ケイさんの情報量は豊富だ。
「壁?」
そんな会話の中で、ケイさんが口にしたのが、行き止まりになっているトンネルの話だった。
「そう。壁って言うか、根っこが絡み合ってトンネル塞いでて、そこから先に行けないようになっているんだけどね。マコトたちのチームは、まだ、見てないか?」
祝宴に、ちゃっかり居着いてしまったケイさんが、ジョッキを傾けながら言った。
「いえ、見てないですね。それってもしかして、いよいよ、センターコアに迫ってきたってことでしょうか?」
「可能性、あるね」
マコトの問いに、女戦士は、重々しく頷く。
「ウチのチーム以外にも、壁を見つけたチームもいくつかあって、中には強引に突破しようとした連中もいるみたいなんだけど、根っこが頑丈すぎて歯が立たなかったらしいよ」
「でしょうね……」
ケイさんの言葉に、マコトも頷く。
迷宮樹の根は、強固な生体障壁に包まれていて、武器で攻撃しても、小さな傷しか付けられないのだ。
根の再生能力も高く、付けた傷も、数時間で塞がってしまうため、根の外壁、内壁を破壊しての侵入、脱出はほぼ不可能だと考えられている。
「ゴブリンとの遭遇率も増えてるし、コア撃破の報告も、過去に無いほど頻繁に上がってる。これは、いよいよ正念場かも知れないね」
彼女の言葉に、みんなも頷く。
わたしたちだけでなく、迷宮樹の探索を続ける召喚者たちは全員、長く続いた闘いの決着が近いことを、何となく察しているのだ。
「まあ、お互いに、最大の戦果にして、今のところの最終目標、センターコア撃破めざして頑張ろうじゃないの! お邪魔したね。今度はウチの宴会に顔出してよ♪」
最後に、わたしの方に、チラリ、と誘うような眼差しを向けた美女は、酔いが回っている様子も無い、しっかりした足取りで立ち去った。
「やっぱりカッコいいなぁ、ケイさん……」
革コートの裾を翻し、颯爽と歩み去って行く女戦士を、ミサキはウットリとした表情で見送っていた。