14:「流派スキル」
14:「流派スキル」
「……で、右に流れるように動きながら、こう、だろ……? いや、切り返しの方が、動くより先だったな……」
赤いコスチュームで全身を統一した、赤髪の軽装戦士、ユウジは、探索を続けつつ、一人ブツブツとつぶやいている。
どうやら、さっき見た、わたしの戦い方を脳内でリピートして確認しているようだ。
「ユウジ、周辺警戒、おろそかになってるよ!」
「ん? ちゃあんと、気は張ってるって! ……で、斜め下からすくい上げるようにこう動いて、その軌道を崩さないまま、こう……か?」
ミサキに注意されても、ユウジの脳内検証は止まらなかった。
「うーん、すげえわ、やっぱり赤、だからなのかな? さっきのルシールの戦い方、オレの理想としている、超カッコイイ動きがあちこちに見られて、すげー参考になった」
「そう? それなら良かった……」
ちょっと悪っぽい顔立ちの美男子であるユウジに、妙に熱い眼差しで見つめられ、わたしはドキドキしてしまう。
「ユウジも、意地張ってないで、流派スキルおぼえればいいのに。紅鶴流とか、双剣流武シュバリ派とか、二刀で華麗な動きする流派、色々あるよ」
「ミサキはそう言うけどなぁ、オレは、オレだけの流派で最強を目指したいんだよ!」
ミサキの提案を、あっさりと却下するユウジ。
「流派スキルって、ゴウタが修得した、円月流みたいなやつ?」
スキル関係については、全然学んでいないわたしは、ミサキに問いかける。
「そう。流派スキルというのは、要するに、戦闘スキルの詰め合わせみたいなもので、体さばきや攻撃技、防御技能のスキルを効率よく組み合わせたものなんだよ」
スキル研究が趣味だというミサキは、目を輝かせて答えてくれた。
「修得には、多くのスキルポイントが必要だから、そう簡単に、幾つも修得できるものじゃ無いけど、間違いなく強いんだよね」
「うん。俺も、やっと初伝スキル解放できたところだよ。これからも、円月流一筋で行くつもりなんだ」
ミサキの説明に、普段は寡黙なゴウタも珍しく乗ってきた。
カウンター特化の流派、円月流を修得できて、実戦でも通用するところを見せられたのが嬉しいのだろう。
「流派スキルは、初伝から始まって、中伝、奥伝、さらに、一定条件をクリアしないと修得できない秘伝まで、段階的におぼえていかなきゃいけないからね」
ミサキの説明は続く。
「それが何か嫌なんだよなぁ。オレは、自分がカッコイイと思う技のコンビネーションで闘いたいの!」
ユウジが頑固な口調で言い放つ。
「そういえば、ルシールは何流なんだ? あの流派なら、オレ、スキル修得してもいいかも」
「え? さぁ、なに流なんだろう?」
相変わらず、妙に熱のこもったユウジの視線をくすぐったく感じながら、首をかしげる。
そもそも、わたしの戦い方に流派などあるのだろうか?
相手の動きが凄く遅く見えているので、その隙を突いて斬り込んでいるだけなのだ。
身体も、思った通りに動いてくれるし、刀の切れ味も驚くほどいいので、敵を斬断しても、滑らかな動きが止まることは無い。
「この前、スキルツリー確認した時は、まだ流派スキル解放されていなかったよ」
マコトが助け船を出してくれた。
「流派解放してなくて、あの動きかよ!? やっぱすげえんだな、赤って……」
ユウジは凄く羨ましげな視線を、わたしの首筋に装着された赤の首輪に向けてくる。だから、くすぐったいって!
「……!?」
そろそろ、ユウジの視線に物理的なくすぐったさを感じ始めていたわたしの勘に、敵の気配が触れてきた。
「敵?」
わたしが立ち止まったのに気付いたミサキが声を掛けてくる。
「うん。敵の気配……動いていないってことは、もしかすると、成長コアかも」
迷宮樹の根の生長を制御しているといわれる、成長コア。
それを破壊すれば、一定面積内での、根の生長を止め、崩壊させることが出来る。
わたしたち、召喚者は、この地道な闘いを十年以上にわたって続けているらしい。
「よし、ルシールを戦闘に、警戒を密にしていこう」
マコトは、特にユウジに視線を集中させて念を押す。
「わかったよ。考えるのは中断、油断してて不覚を取るのはカッコ良くないからな!」
どこまでもカッコ良さにこだわる軽装戦士は、表情を引き締める。
更に進むと、分岐路に突き当たった。
「……右、だね……」
みんなの無言の視線を浴びながら、選択する。
そして、その選択は間違いなかったようだ。
数本のトンネルが合流して、少し広くなった場所に、成長制御コアがあった。
その形状は、天井と床から伸びた数本の細い根に支えられた、人間の身長ほどもある卵形の物体。
表面はツルリと滑らかで、黄色い燐光を放っている。
「警護は、ガラゴブリン三匹と、小型が十程度だ」
陰から様子を探っていたユウジが、わたしたちの方を振り向いて囁く。
「一気にやっちゃう?」
既に、弓に矢をつがえているミサキの目が、キラリ、と好戦的な光を放った。
「よし、ガラゴブリン二匹は、ミサキとトモコが先制攻撃、もう一体は……」
「オレにやらせてくれ!」
わたしの闘いを見て気が逸っているらしいユウジが、即座に申し出る。
「……無理と無茶はダメだよ」
「判ってるって! 無茶や無理は、カッコ良くないからな!」
マコトに念押しされたユウジは、やる気満々の様子で頷いた。
「じゃあ、わたしは、小型をまとめて引き受ける」
「それで行こう。ゴウタは後詰めを頼む」
「うん」
作戦決定と同時に、みんなが動き出した。
ミサキが放った矢と、トモコが発動させた投石魔法が、二体の大型ゴブリンの顔面に命中すると同時に、ユウジが突進、こちらに気付いて振り向いた三体目に斬りつけた。
「遅えぇッ!!」
地を滑るような低い体勢で踏み込みつつ、斜め下から薙ぎ上げるような斬撃。
さっき、つぶやきながら脳内リピートしていた、わたしの動きを二刀モードに自己流アレンジして真似ているのだ。
ザシュンッ! ズジャッ!!
一刀目が、撫で切りで皮膚を裂き、その傷口に二刀目が狙い違わず食い込んで、深々と斬り裂いた。
「ギォオォォォ!」
致命傷を受けた大型ゴブリンは、耳障りな悲鳴を上げつつ、手にしていた武器を落とし、まるで棒が倒れるように横倒しになる。
それを横目で見ながら、わたしは小型ゴブリンを残らず斬り捨てていた。
また、あの感覚だ。
目が熱っぽい感じになって、敵の動きが凄く遅く見え、身体の動きはそれに反比例するかのように、どんどん速くなってゆく。
横のトンネルから、増援のゴブリンが十匹ほど湧き出してきていたので、それも片付けてゆく。
さらに、その横のトンネルからも、ゴブリンが来る気配。
マコトが言っていたとおり、ゴブリンの棲息密度が上がっていて、増援がすぐに湧き出してくる感じだ。
トンネルに駆け込み、増援は全て斬り伏せたが、それに要した時間は、せいぜい、十数秒といったところか?
戦闘中の時間が間延びしているような感覚と、通常モードの現実時間感覚のギャップには、まだ慣れない。
コアのある空間に戻っても、戦闘は続いていた。
「デカイの二匹、まだ生きてるッ!」
警戒の声を上げながら、ミサキは立て続けに矢を放ち、トモコも小石を高速で放って、そのうちの一体を仕留めた。
「残り一匹は任せろ!」
トモコの投石魔法で片眼を失いながらも、大型のバトルアクスを構え、マコトたちに向かっていたガラゴブリンの背後から、ユウジが飛びかかった。
「これで……終わりだッ!!」
ドズンッ!!
大きく跳躍し、落下の勢いを乗せた二刀が、大型ゴブリンの首の付け根に左右から突き立てられる。
「卑怯! とか言うなよ。油断したお前が悪いんだ……」
ゴボッ! と赤黒い血を大量に吐き出し、倒れてゆく巨体から、身軽に飛び離れたユウジは、二刀をクルクルと数秒間、無駄に回して血振りしてから鞘に納めた。
戦闘後のセリフや、動作の一つ一つに、彼なりの「カッコ良さ」を追究しているようだ。
「掃討、完了! 増援の気配は……今のところ無いっぽい?」
周囲に油断のない視線を配りながら、ミサキが確認する。
「あとは、コアの破壊だね。ゴウタ、やってみる?」
マコトに指名されたゴウタは、一瞬、意外そうな表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
「うん。やらせて!」
制御コアの傍らまで歩み寄った重装戦士、ゴウタは、自分の身長ほどもある大型剣を脇構えにして力をためてゆく。
「気合い入れすぎて、屁こくなよ~」
ユウジが茶化す。
「ユウジさん、ゴウタさんが集中しているんですから、そういうこと言っちゃダメです」
ユウジの下品な軽口をたしなめたトモコが、「ね?」と、同意を求めるような視線を、わたしに送ってきた。
「うん。ゴウタ、集中してね」
トモコに微笑みながら頷き返したわたしは、初めてのコア破壊を任され緊張気味の重装戦士に声を掛ける。
「わかった。……いくよ! とおりゃぁぁぁぁぁ~ッ!!」
脇構えから、身を捻りながら大きく踏み込んだ旋回斬撃が、制御コアに叩き込まれた。
バシュウンッ!!
重さも速度も充分な斬撃を受けた卵形コアは、見事に斬断され、内部に溜め込まれていた蛍光色の液体を周囲にぶちまける。
流派スキル、円月流には、回避スキルもあるようで、ゴウタは破壊されたコアから噴き出す液体を見事に回避して後方に下がっていた。
「コアの破壊を確認! 周囲を警戒しつつ、撤収するよ!」
「あ、待って!」
撤収を宣言したチームリーダーのマコトを、わたしは慌てて呼び止めた。
「このトンネルの先に、もう一個……多分、コアがある」
「えっ!? そんなに近くに?」
「うん……。絶対確実というわけではないけれど」
口ではそう言いながら、わたしはコアの存在を確信していた。