11:「龍火の洗礼」
スキルを修得したルシールは、サブウエポンを求めて、武器鍛造所を訪れる。
11:「龍火の洗礼」
「……とりあえず、今のところ、ルシールさんが修得できるスキルはこれだけのようですね」
石版に浮き出たスキルツリーの輝線を、相変わらず愛撫でもするかのようになぞりながら、スキルコンサルタントの金髪美青年、エルレイ氏は言った。
あの指の動きを見ていると、自分の身体が撫で回されているような気分になって、背筋の辺りがムズムズしてしまう。
「魔法剣が二つと、基礎の攻撃魔法が数種類、それに、サブウエポンの同時使用スキル?」
新たに修得したスキルを確認してみる。
「ええ。あなたがメインで使っている、その刀とは別の武器を、攻撃のコンビネーションに組み込めるスキルですね」
わたしのスキルツリーを初めて目にした時の、熱狂的な物腰は落ち着き、エルレイ氏は、初対面時の紳士的な口調に戻っている。
「そういえば、ルシールって、サブの武器持ってないよね?」
わたしのスキルツリーが表示されている石版の隣に、自分のスキルツリーを表示させて何やら悩んでいたミサキが声を掛けてきた。
「うん。召喚されたときに、この刀は固有武器として、一緒に召喚されたらしいから、これしか使ってなかったね」
「へぇ、赤の人って、固有武器とか、最初から装備してるんだ。やっぱり凄いんだなぁ……さて、アタシもスキル修得しなきゃ!」
素直に感心した口調で言ったミサキは、ふたたび、自分のスキルツリーと向き合う。
彼女のスキルツリーは、首輪の色と同じ緑で表示されていて、その数は五本。
どうやら、緑は、伸びしろがある分、いろいろなクラススキルを同時進行で伸ばせるようだ。
「あとは、この、ツリーの根元当たりから真っ直ぐに伸びている、枝スキル、これは謎ですね。よほど、修得難易度が高いのか、あるいは特別な発動条件があるのか……」
「枝の出所からすると、探知、感覚系スキルっぽいですね?」
首をかしげるエルレイ氏に、マコトが控えめな口調で意見をのべた。
「ええ。そうですね。もしかすると、ヒドゥンスキルと呼ばれる、固有の特殊スキルかも知れません。興味が湧きますね」
エルレイ氏、紳士的で美男子なのだが、スキル関連の話になると、何か妙に熱量が増す。
まあ、それだからこそ、スキルカウンセラーやっているのだろうけれど。
それから少しの間、わたしは、マコトとエルレイ氏のスキル談義を拝聴していた。
その隣で、ミサキは別のカウンセラーと一緒に、修得すべきスキルについて悩んでいる。
「えっと……ミサキたちはまだ、まだ、しばらくここに居る? わたし、ちょっとサブの武器を見てこようと思うんだけど?」
ちょっと手持ち無沙汰になってきたので、中座を申し出る。
サブウエポンスキルを早く試してみたい……。のためには、サブウエポンを手に入れねばならないのだ。
「あ、お引き留めしてすみませんでした。またのご来訪をお待ちしております」
エルレイ氏の丁寧な区長に送り出され、数歩歩いて振り向くと、石版に表示されていたわたしのスキルツリーは消えていた。ツリー保持者が一定距離以上離れると、消える仕組みらしい。
市場をちょっと散策したわたしは、武器鍛造所がある市街の外れに足を向けた。
武器鍛造所のエリアは、二重になった城壁の間を流れる、幅広な運河を隔てて存在している。
対岸では、大きな水車が幾つも回転していて、運河の水をくみ上げていた。
武器の鍛造には大量の水も必要なようなので、そのための用水路でもあるようだ。
運河に架かる橋のたもとに立つと、絶え間なく響く槌音が、川面を吹き抜ける風に乗って聞こえてくる。
「おっ! ルシールじゃねえか!?」
声を掛けられて振り向くと、全身赤のコーディネイトでキメた、赤い髪の男が立っていた。
ユウジ……わたしが所属することになった探索者チーム、『レジェンドメイカーズ』のメンバーで、クラスは軽装戦士だ。
物静かなマコトや、紳士的なエルレイ氏と比べると、野性的で、ちょっと悪っぽい見た目のユウジだが、召喚者の例に漏れず男前ではある。
「お、やっと起きたんだ? さっき、長屋の方にも行ったんだけど、そのときは、まだ寝てるって言ってたね?」
「おう! まだ少し酒が残ってるけど、な……。で、なんでこんなところに居るんだ?」
「うん、ちょっと、サブウエポンを探しに行こうと思ってね」
対岸の鍛造所に視線を投げつつ、答えた。
「丁度良かった、オレも武器探しさ。一緒に行こうぜ!」
「うん。いいよ」
運河に架かった橋を、二人で渡ってゆく。
「制御コアぶっ壊した時に、オレの武器、ちょっとだけ刃こぼれしちまったみたいなんだ」
わたしの隣を歩きながら、ユウジは話しかけてきた。
「ああ、結構派手に連撃仕掛けていたからね……」
「研ぎ直してもらおうかと思ったんだが、この際だから、アップグレードしてもいいかな、ってな?」
「ふむ。新しい武器も、やっぱり、二刀にするの?」
ユウジの背中で揺れる、二本の剣を見ながら質問する。
「もちろんだぜ!」
「二刀流って、難しくない?」
「それがいいんじゃねえか! なんといっても、カッコイイだろ!?」
「そこが選択基準なんだ?」
「かっこよさは大事だぜ! それにしても、赤かぁ……いいなぁ」
わたしの首輪に、チラチラと視線を送りつつ、ユウジは本当に羨ましげな声を上げる。
「え?」
「オレ、全身赤で揃えてるのに、首輪だけが緑だもんなぁ。そこだけ色が違うのが、もう、気になって気になって仕方ないぜ!」
「あ、そういうこと?」
「ああ。オレ、どうせ軽装戦士しかやらねえんだから、クラススキル特化の赤になりたかったあぁぁぁ~!」
首輪以外は赤でキメた軽装戦士は、橋の上で身悶えしながら悔しがる。
ユウジって、カッコイイかどうかが価値基準の人らしい。
端を渡りきると、周囲は槌音に包まれた。
空気には、炭の燃えた匂いと、焼けた金属の香りが混じり、他の地域とはまったく異なる雰囲気を醸し出している。
「どこか、おすすめの店はある?」
「そうだなぁ。品揃えと、カスタマイズの腕前なら、ナガトさんのところがいいんじゃねえかな? オレもそこに行くつもりなんだけど?」
「じゃあ、そこで……」
ユウジとともにやって来たのは、ひときわ大きな工房を構えた武器鍛造所だった。
やはり、ジュメル様式の円筒形の建物で、真ん中には広い中庭があり、井戸が設えられている。
「ナガトさん、いるか~?」
ユウジは慣れた様子で、工房に入ってゆく。
「うぉ! いつ来てもここは暑いなぁ……」
「おう、赤髪の小僧か? また武器折っちまったのか?」
工房の奥から、筋骨たくましい中年男性が、汗を拭きつつ現れた。
髪を極端に短く刈り込んだ坊主頭に無精ヒゲ面だが、それを差し引いてもなかなかの男前だ。
首輪の色は緑……職人さんも、召喚者なのか? と、ちょっと驚いてしまう。
「今回は刃こぼれだけだよ! でも、ちょっと報酬が入ったんで、武器を新調使用と思ってな」
「毎度あり、じっくり選んでいきな!」
「そんじゃ、オレは完成品売り場の方を見てくるよ」
鍛冶場の暑さが苦手なのか、ユウジは足早に去って行く。
「あんたは?」
「あ、わたしもサブウエポンを探しに……」
ぶっきらぼうな中年男の問いに、わたしは微笑みながら答える。
「あの小僧といっしょに、行かないのかい?」
「邪魔でなければ、ちょっと見学させてもらえませんか? こういうの、興味があるので……」
響く槌音と、切削される功罪が上げる火花、そして、立ちのぼる水蒸気や油煙に、好奇心を煽られていた。
「いいぜ。好きなだけ見ていきな。その代わりといっちゃ何だが、あんたのその武器、ちょっと見せてもらえないだろうか?」
「ええ、かまいませんよ」
わたしは、剣帯から鞘ごと抜き出した刀を、鍛冶職人、ナガト氏に手渡した。
「拝見するぜ……」
両手で刀を受け取り、押し頂くように一礼した中年男は、慣れた手つきで鞘を払い、刀身に目をこらす。
「……!? これは……龍火の洗礼を受けた武器か!」
目を大きく見開いた鍛冶職人は、低く押し殺すような声を漏らした。
「龍火?」
「ああ。高位ドラゴンのブレスを受けて、焼け残った武器ってことだ。こいつは、とんでもないレアものだぞ!」
刀の切っ先までじっくりと見つつ、ナガト氏は唸るような声を上げた。
「えっ! そうなんですか? それ、わたしの固有武器らしくて、一緒に召喚されたようなんです」
「ふうむ……赤ともなると、こういう超レア武器と一緒に召喚されるのか……しかし、龍火鋼の武器とはなぁ」
「そんなに珍しいんですか?」
「ああ。ドラゴンのブレスを受けると、ほとんどの武器は、跡形もなく灼け崩れてしまうんだが、中には奇跡的に原形を留めて残るものもある。そういう武器は、金属分子レベルで変質して、異様なまでの強度を持つようになるんだ」
刀身を凝視したまま、武器職人は説明してくれる。
「研ぎ直しや穴あけ、彫刻なんかの加工も出来なくなる代わりに、折れず、曲がらず、斬れ味も落ちない。武器としては理想的なモンになるな」
説明しながら、刀身を返して峰の方に視線を這わせ、更二項一度手首を返して、反対側もじっくりと見定める。
「しかしこいつは見事なモノだな。焼きムラが全くない……。いやぁ、いい物見せてもらったぜ。俺たちの技術では、とうてい再現できないものだけど、な……」
刀を鞘に納め、一礼してからわたしに返しながら、ナガト氏は少し寂しげに言った。
「お、そうだ、ちょっと待ってろ! いい物を持ってきてやる」
工房の奥に引っ込んだ中年男性は、しばらくして、一振りの大型ナイフを持って戻ってきた。
「抜いてみな」
手渡されたナイフを鞘から抜きだしてみると、それは、緩やかな『ヘ』の字型に湾曲した刃を持った、重厚な大型ナイフだった。
「こいつも、龍火の洗礼を受けた武器さ」
ナガト氏は、説明してくれる。
「鞘や拵えは、ブレスで焼けちまったみたいなんで、俺が後から作ったものだけどな」
「そうなんですか?」
わたしは、大型ナイフを軽く振って、バランスを確かめてみる。
うん……悪くない感じだ。
「龍火鋼再現の手がかりになるかと思って手に入れたんだが、無理な品物だってわかって、ふさわしい使い手が来たら、譲ろうと考えてたんだ」
ヒゲ面の武器職人は、わたしを真っ直ぐに見つめながら言った。
「ふさわしい持ち手かどうか、あまり自信は無いけれど、そういうことなら、これ、いただきます。おいくらでしょう?」
「金はいいよ」
「いえ、そういうわけにも……」
「じゃあ、鞘と拵えの分だけいただいておくかな?」
男が提示した金額は、驚くほど安かった。