10:「超越者」
引き続き、説明回です。
10:「超越者」
わたしの指先が触れると同時に、透明な石版に変化が起きた。
キィンッ!! 甲高い音とともに、石版に光の筋が走り、複雑な輝線の連なりを描き出してゆく。
描画色は、わたしの首輪と同じ、鮮やかな赤。
「わぁ! ルシールのスキルツリー、すごぉぉぉい!」
ミサキが、驚きに目を見開いて声を上げ、それを聞きつけて石版に目をやった人々からも、どよめきが上がる。
「え? これって、凄いの?」
何がどう凄いのか判らないわたしの前で、『スキルツリー』の表示は完了していた。
描き出されたツリーは、樹で言うなら幹にあたる二本の太いメインスキル群と、そこから伸びた枝のスキル群で構成されていた。
「これは……なんと素晴らしい! 斬撃スキルだけで、こんなに多彩に、深く修得しているというのですか!?」
わたしの隣にいた、スキルコンサルタントの金髪美青年、エルレイ氏も、興奮を抑え切れぬ声を上げる。
「メインスキルツリーと平行した、攻撃特化型魔法系ツリーから伸びた、この枝と、そこから派生するスキル群の描き出す、この複雑にして精妙な構造は……!」
巨大な石版に浮き出たスキルツリーの光を、指先で愛撫するかのようになぞりながら、金髪ロングの美青年、エルレイは、陶酔の声を漏らしている。
歓喜の笑みを唇に浮かべ、瞳を熱く潤ませたその表情は、まさに、「酔いしれている」という表現がふさわしい。
「……あぁ! 赤の召喚者、これほどまでに、アバターボディの可能性と、未来への希望を感じさせてくれるとは!?」
エルレイ氏の、歯の浮くような賛辞の声が響き続けているが、当事者であるわたしには、何が凄いのか、まだ、全然判っていない。
わたしたちの周囲には人だかりができていて、何やら空気がざわついている。
「うん。確かに凄いな……召喚されたばかりなのに、こんなにスキルが充実しているなんて……。赤の召喚者が、伝説的な存在として語られるのも、うなずけるね」
周囲が興奮している中で、ただ一人落ち着いているように見えるマコトも、スキルツリーの輝線を見ながら頷いている。
「これは……まさに超越者と呼ぶにふさわしい! ルシール・ケイオス……アナタは……キミは……どこまで素晴らしいんだ!?」
エルレイの口調が、更に熱を帯びて変化した。
色白で、整った顔も興奮で赤みを増し、瞳に熱いきらめきを宿して、わたしに向かって、両手を拡げて歩み寄ってくる。
正直言って、ちょっと怖い。
「見せてくれ! さらなる可能性を! 希望を! 夢を私に見せて……魅せてくれ!」
「う……エルレイさん、少し落ち着いて……」
このまま放置していたら、スキルツリーじゃなく、わたしの身体まで弄られてしまいそうな気配が感じられたので、わたしは後ずさりしながら、迫って来る金髪ロン毛美青年に制止の声をかける。
「ハッ!? 私としたことが、つい取り乱してしまった! すまないい、お茶でも飲んで、ちょっと落ち着こうか?」
職員に、丸テーブルと椅子、そして、お茶のセットを持ってこさせたエルレイ氏は、わたしたちに席を勧める。
「まず、スキルツリーについて説明していただきたいんですが? わたし、召喚されて数日で即座に実戦投入したので、スキル修得とか、やったこと無いんですよ」
ようやく落ち着いた金髪美青年に、わたしは切り出す。
「ふむ。そうでしたか。まあ、即戦力として送り出した管理官の思惑も何となく理解できますね……」
エルレイ氏は、何やら悟った様子で頷く。
「召喚直後で、これだけのスキルを修得していたら、迷宮樹のゴブリンごときでは、あなたに傷一つ付けられないでしょうからね」
「そう、なんですか?」
実感が湧かないわたしは首をかしげる。
「ええ。召喚者としてのスペックが圧倒的ですから……」
優雅な手つきでティーカップを傾けながら、スキルカウンセラーの美青年は言った。
「それでは、ルシールさんの知識を再確認する意味で、まずは、アバターボディの何たるかについてから、説明しましょう」
カウンセラーの本領発揮で、エルレイ氏は語り始めた。
「アバターボディは、普通の人間よりもはるかに強靱な身体能力を秘めた、仮の肉体だというのは、ご存じですよね?」
わたしはうなずく。
「そして、ジュメルが保有している、霊体定着技術。これは、高い技能や魔力を持った強き魂を、アバターボディを依り代として召喚することが可能です」
「そのようですね。正直、わたしには、強き魂の持ち主だという自覚は無いのですけど」
大きく息を吸い込み、まだ、かすかな違和感のある仮の肉体を感じながら、わたしもティーカップを口元に運ぶ。
「ですよね? 私もです」
金髪イケメンは、ドキリとするような爽やかな笑みを浮かべ、私を見つめる。
「召喚者は、自分の名前以外の記憶が全て失われています。それが、人為的なものなのか、召喚の過程でやむを得ないものなのかは、定かではありませんが……」
エルレイ氏の意味ありげな言い回しを聞いたわたしの脳裏に、管理官の無表情な顔が浮かぶ。
人為的に記憶を消しているのだとすれば、召喚者を野心無き強大な戦力として使役したい、ジュメル都市国家連合の思惑なのだろう。
強き魂の技能は欲しいが、さまざまなしがらみを生む、過去の記憶は不要というわけだ。
もっとも、わたしは、唯一おぼえていた自分の名前……ルシール・ケイオスという名にさえも、違和感を抱いているのだ。
今は、みんながルシールと呼ぶので、慣れてきてはいるが……。
「話を戻しましょう。強き魂を宿したアバターボディの最大の利点は、技術の習得に要する訓練時間を大幅に短縮できることです。それが、この、スキルツリーシステムです」
エルレイ氏は、まだ、わたしのスキルツリーが表示されたままの石版を指し示す。
「私たち召喚者は、スキルツリーを介することで、常人なら数年、あるいは数十年かけねば修得できない高等な技術を、瞬時に修得できるのです」
「もちろん、適性や、基礎となる技術、身体操作についての理解はある程度必要なのですが、ね?」
時折、ティーカップを口元に運びつつ、美青年の解説は続く。
「そこで、首輪の色が、スキル修得の適性と、その成長率、いわゆる伸びしろを計る目安となります」
わたしの喉元に巻かれた赤の首輪、マコトの青の首輪、ミサキの緑の首輪に視線を向け、スキルカウンセラーは告げる。
「召喚者の大半を占めている緑は、ほぼ全てのクラスに適性を持ちますが、それ故に選択肢が多く、スキルの取捨には悩みますね」
「うん。悩む……。凄ーく悩む」
ミサキは力強く頷いている。
「私やマコト君のような青は、特定クラスのスキルの適性が突出しているので、基本的には、そのクラスを重点的に伸ばすことになりますね」
「そうですね。緑の人たちよりも、育成方針は定めやすいですね」
ヒーラーとコマンダーのスキル持ちのチームリーダーは、エルレイ氏に同意する。
「……そして、赤……。私も、赤の召喚者のスキルツリーを見るのは初めてなんですが、これほどまでに専門化されているとは、想定外でした」
あらためて、石版に視線を移したエルレイ氏の目が、再び熱い光を帯びる。
「確かに、他のクラススキル修得の伸びしろはまったくと言っていいほどありませんが、修得している技能のレベルは圧倒的です!」
「うーん、伸びしろ無しってのは、つらいなぁ……」
わたしは苦笑してしまう。
「いやいや、そんなに落ち込むことは無いですよ。ルシールさんは、現時点でも最強クラスの魔法剣士ですから」
金髪美青年に笑顔で言われると、まんざらでも無い気分になる。
「やぁ、マコト、久し振り!」
黒い革製のジャケットを羽織った、優雅に波打つロングヘアの美女が、よく通る声を掛けながら歩み寄ってきた。
ただ歩んでいるだけなのに、周囲に優雅で凛々しいオーラを振り撒いている。
「あ、ケイさん、ご無沙汰してます」
マコトは、立ち上がって一礼した。
「へえ、赤の召喚者を、チームに加入させたって噂、本当だったんだ。やったね! 大戦果じゃん!」
更に近づいて来た美女は、わたしに視線を移し、赤い唇に妖艶さと凛々しさを絶妙のバランスで混ぜ合わせた笑みを浮かべる。
「はじめまして、ルシール・ケイオスと申します。縁あって、レジェンドメイカーズの一員になりました」
この美女が誰なのか判らぬまま、わたしは自己紹介して頭を下げる。
「あっ、あのっ! 『爪王』のリーダーの、ケイさんですよね? アタシ、マコトのチームでお世話になってる、ミサキと言います。お目にかかれて光栄です!」
いつもの調子とは打って変わったお淑やかな声で、自己紹介するミサキ。
「ミサキ、よろしくッ! あんたも、マコトの人たらしスキルにやられた口かな? フフフッ♪」
「そんなスキル修得してませんよ……」
色っぽい笑みを浮かべるトップランクチームのリーダーに、マコトは即座に突っ込みを入れる。
どうやら、けっこう親密な仲のようだ。
「新規加入の子のスキル修得についてきてみたら、いい物見せてもらったよ。眼福……眼福……」
まだ表示されたままの、わたしのスキルツリーを見ながら、最強チームを率いる女戦士は微笑む。
「ルシールさんの存在、早めに知ってたら、爪王にスカウトしたんだけどな……まあいいや、移籍したくなったら、いつでも言ってね? じゃあ、私は行くね」
優雅なオーラをまとったチームリーダーは去って行った。
「ケイさんと仲がいいなんて、マコトって、どういう関係?」
即座に詮索してくるミサキ。
「ん? まあ、ね……。また機会があれば話すよ。で、エルレイさん、ルシールは、追加でスキル修得できそうですか?」
マコトは、エルレイ氏に話を振ってはぐらかす。
「そうですね……ここと、ここの枝、魔法剣のスキルを修得できると思いますよ。是非、試してみて下さい!」
彼自身、凄く興味があるらしく、テーブルに身を乗り出して促してくるエルレイ氏。
「はい……。じゃあ、やってみます。どうすればいいのかな?」
「スキルツリーの、ここに触れてみてください……」
美青年に示された箇所に、指先をあてがうと、表示が変化した。
「ほぉ……ゲイルスラッシュを剣にまとわせるエンチャント技ですね……はい。もういいですよ。修得完了です」
「えっ!? これで?」
あまりにもあっけない修得完了であったが、わたしの中には、明らかに新たな魔法回路が形成されている感覚があった。