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レジェンドメイカーズ  作者: 蒼井村正
1/18

赤の召喚者

記憶を無くし、異世界で目覚めた「わたし」は、混沌に満ちた世界の探索者として召喚されたことを知らされる。

 ファンタジー世界を舞台にした、冒険譚です。


「レジェンドメイカーズ」


1:「赤の召喚者」


  ……それが、自ら望んだことなのか、誰かに強要されたことなのか、喜ぶべきことなのか、それとも、何かの罰か試練なのか、何も判らず、何も思い出せぬまま、わたしは新たな肉体を得て、混沌のさなかにある、その世界で目覚めていた。

 最初に、視界に飛び込んできたのは、まばゆく真っ白な光。

 そして、私を見下ろして立つ、三つの人影。

 逆光になっているせいで、顔立ちは判らないが、頭部からスッポリ被るようなフード付きの衣類をまとっているようだ。

「この管区では初めての、赤の召喚者だな……」

 影の一つが、しゃがれた男の声を発した。

「赤?」

 思わず問い返したわたしの声は、それが自分の喉から出たものだとは思えない、甘い響きを帯びた女性のものであった。

「左様……。赤の召還者よ、お前の名は?」

 自分の声にまで違和感をおぼえているわたしに、影は追い打ちを掛けるかのように問いかけてくる。

「……ルシール。……ルシール・ケイオス」

 反射的にこたえた私は、更に困惑してしまう。

(ルシール・ケイオス……それがわたしの名前?)

 自分で答えたにもかかわらず、それがわたしの名前である確証が持てない。

 言葉は理解できるのに、記憶がスッポリと抜け落ちていた。

「目覚めたばかりで、まだ、意識と身体が馴染んでおらぬようだが、それも、じきに慣れる。赤の召還者、ルシール・ケイオスよ、立ちたまえ」

 言われるがままに身を起こし、立ち上がる。

 まだ、違和感はあるものの、身体は自分でも驚くほどしなやかに、軽やかに動いて、誰の手も借りることなく、床へと降り立った。

 そこで、ようやく周囲の状況と、男たちの顔を確認することができた。

 私が居たのは、縦横、高さ、全部統一されたサイズと思われる、立方体型のだだっ広い空間で、天井全体が白い光を放って、室内をくまなく照らしている。

 わたしに声をかけてきた男たちは、フード付きの白いローブ姿、三人とも、ほとんど変わらぬ細面で肉付きの薄い顔立ちの初老男性で、全くの無表情だ。

 背後を振り返ってみると、私が寝かされていたのは、部屋の真ん中に置かれた、円筒を縦半分に切ったような形状の装置で、白い光沢のある石の様な素材で作られている。

 違和感に包まれつつ、身体の状態を確認してみた。

 わたしが着ているのは、白い布地で出来た、足首近くまでの着丈がある貫頭衣のようなもので、それ以外には何も身につけていないようだ。

 いや、一つだけ、首元に何か硬質な物が巻かれている感触がある。

 さりげなく触れてみると、首輪のような物が装着されているようだ。

「……それは、召喚者の証である首輪だ。自分で見てみるといい」

 男が、少し離れた壁にはめ込まれた大型の鏡を指し示す。

 言われるがままに鏡に歩み寄ったわたしは、そこに映し出された『自分』の姿を見て、驚きと……そして、ある種の自己陶酔にも似た感動を覚えてしまう。

「……これが、わたし!?」

 鏡の中で、目を見開いて立ち尽くしているのは、一人のうら若き美女であった。

 肌は色白で、頬は薄紅色に軽く上気している。黒く艶やかな髪の長さは、ギリギリで肩に掛かる程度。

 瞳の色は、青みがかった黒で、眉はキリッと凛々しく、鼻筋は真っ直ぐに通っている。

 体格は、やや細身ではあるが、胸と腰回りは比較的豊かで、メリハリの利いた体つきをしているのが、貫頭衣型の衣装越しにも自覚できた。

 そして、男が言ったとおり、喉元を飾る首輪の色は、赤。

 外周は、金色の金属で縁取りされており、そこに、半透明な深紅のインレイが施されている。

「赤の召喚者よ、キミとともに召喚された固有装備が、そこにある……」

 鏡に映った自分の姿に見とれているわたしに、男が声を掛け、傍らのテーブルを指し示す。

 そこには、台座に置かれた一振りの刀があった。

 柄には、黒い柄紐が巻かれており、鞘も黒、下げ緒の色は、わたしの首輪と色を合わせたかのような、鮮やかな赤だ。

 柄頭と、黒鞘の小尻部分には、艶を押さえた金色の金具があしらわれ、鐔はやや厚手で、燻したような灰色の表面仕上げが施してある。

「……手に取ってみても?」

「無論だ。それは元来、キミの所有物である」

 自分の持ち物だという実感がまったく湧かないまま、台座に置かれた刀を手に取ったわたしは、程良い重さの感じられる刀の鞘を払い、刀身をあらためた。

 鞘から抜き出された刀身は、金属と言うよりは、石のような質感を感じさせる淡い灰色をしていて、ほとんど光を反射しない素材でできている。

 脳裏に、一瞬、『セラミック?』という単語が脳裏に浮かぶが、それが何を意味しているのかは、思いついたわたしにも判らない。

 切っ先まで視線を走らせ、刀身の状態を確認してみたが、刃こぼれはもちろんのこと、傷一つ見られない極上のコンディションのようだ。

「ふぅ……」

 小さな満足の吐息をついたわたしは、刀を鞘に納め、無意識のうちに一礼すると、台座に戻し、一歩下がった。

「肉体に精神が馴染むまで、しばし休息するがいい。こちらに部屋が用意してある……」

 白いローブ姿の男は、相変わらずの無表情で告げた。


 目覚めから数日、わたしは、管理官と名乗る三人の男たちから、この世界の成り立ちや現状、そして、召喚された理由などについて色々と説明を受けた。

 それによると、この世界は、文化や棲息している生物、環境や、物理法則までもが異なる、無数の異世界が融合する、「大融合」という破局的事象によって、ほんの数十年前に形成されたものだという。

 私が召喚された国の名は、『ジュメル』 大融合がもたらした混乱からいち早く立ち直った、五つの都市国家の連合だ。

 その内訳は、盟主国であるジュメル、サーレント、シャザズ、デアズ、そして、わたしが召喚されたロクサゴン。

 五つの国家の領有地域は、更に複数の管区、開拓区に別れていて、わたしは、ロクサゴンの第三管区内、第六開拓区所属ということになるようだ。

 そして、一番肝心な、召喚理由。

 それは、まだ混沌のさなかにあるこの世界を探索し、情報、及び資源を調査、ジュメル連合に危機を及ぼすような存在、事象があれば、実力をもって、それらを排除する戦力として……だ、そうだ。

 さらに説明を求めたところによると、都市国家連合の人口は少なく、戦闘技能に長けた者は、その中でも、ほんの一握り。

 そこで、彼らが考え出したのが、召喚者による調査、危機対応だ。

 召喚者とは、元々ジュメルが持っていた、強靱な疑似生体成技術、『アバターボディ』に、高い戦闘技能の記憶、知識を持った、『さまよえる魂』を定着させたものらしい。

 つまり、この身体は作り物で、わたしは一度死んだ者、ということなのだろうか?

 あまりにも実感が無さ過ぎて、疑念が湧いてくるが、過去の記憶が無いので、今はとりあえず、信じておくとしよう。

 わたしが付けている首輪についても、詳しい説明があった。

 召喚者たちは、三つの等級に分類されているらしい。

 全体の八割を占めているのが、緑の首輪の召喚者。

 これは、能力的に突出してはいないが、一番伸びしろが大きく、鍛錬によって、あらゆるクラス、技能の修得が可能で、探索の主戦力を担っている。

 次に、青。

 これは、特定クラスのスキル習得速度が突出している、緑の上位互換で、探索におけるチームリーダーを務めることが多いらしい。

 そして、わたしの、赤。

 これは、召喚直後から、特定クラスの技能に特化しており、基礎パラメータも極めて高いが、クラス変更などの融通は簡単には利かないということだった。

 わたしの場合、剣と魔法、どちらも使いこなせる、『魔法剣士』。

 本来なら両立が難しいクラス構成らしいのだが、わたしの場合、過剰なまでに高いパラメーターで、強引に両立させてしまっているらしい。

 赤の召喚者は、召喚者数千人に一人輩出されるかどうかという、超希少存在で、都市国家連合内を合わせても、数十人程度しかいないという。

「……と、いうことは、数万人の召喚者が、都市国家連合のために働いているということですか?」

 おおざっぱに計算してみたわたしは、男に質問してみた。

 記憶も無く、肉体も借り物の状態で召喚されて、見ず知らずの国のためにそこまで尽くす理由とは? と、疑問に思ってしまう。

「そうだ。アバターボディの生成にも、精神定着にも限界があるのでな。現状、これで手一杯と言ったところだ」

 感情の起伏を感じさせぬ口調で言った管理官は、無表情なまま、わたしを真っ直ぐに見つめる。

「世界は危機に満ちているのだ。我らは正義とは思わぬ。博愛者の集まりでもない。だが、救いを求める者は救い、豊かさを与えたい。力持つものの責務は果たしたい、そう考えている」

 無感情なくせに、妙に熱いことを管理官は言う。

「キミもそう思うはずだ。果たしきれなかったものを、安寧の守護者たる自負と矜持を、今一度得られる機会を与えられたと!」

「……それ、アナタ自身の言葉では無いですよね? だが、それがジュメルという国の国是であるなら、わたしはそれに乗ってみてもいい」

 精一杯前向きな、わたしの返答にも、管理官の表情は変わらなかった。

「……ところで、そろそろ、座学も飽きたのではないかな?」

さっきまでとはガラリと話題を変えて、管理官は無感情な口調で問いかけてくる。

「正直に言うと、そうですね。ただ、講義を受けるだけなのも飽きてきました」

 素直に応えて苦笑してみせるが、男の無表情は変わらなかった。

 冗談にもリアクションせず、ずーっとこの調子なので、はっきり言って、眠くなり始めていた。

「よかろう。もう、肉体と精神も馴染んだことだろう。赤の召喚者の力、見せてもらうとしよう。武器と装備を身につけて、ついて来たまえ」

 おもむろに言った管理官は、わたしを誘う。

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