第8話 野良犬
その悲惨な光景を見て、俺は立ちくらみがした。
そして後ろから健二の声がする。
「海人!海人!」
しかし、振り返ると景色がおかしかった。
健二が犬の姿で「ワンワン」と吼えているように見え、めまいがして目の前の景色がゆがむ。
森は変わらないが森を抜けた先の景色が、まるで空間が溶けるように変わっていく。
そこはビルが崩れ、瓦礫の山、廃墟ばかりの場所に変わろうとしていた。
(頭が痛い、何だこの頭痛は…この景色は……)
ギークと言うテロリスト集団に最初に襲われた場所は東京だった、そしてここは逃げてきた千葉の景色だ。
目の前の村が、今まさに千葉の景色にじわじわと変わっていく。
まるで世界は塗り替えられていき、それと同時に俺の記憶もはっきりとしてきた。
(なんだこれ、景色が完全に変わった、俺は本当に頭がおかしくなって幻覚でも見てたのか?)
視界の先はやがて完全に瓦礫の山と廃墟の景色に変わっていた。
(ここも、妖怪どもに滅ぼされていたのか、しかも俺はそれを見てみぬフリをして…)
自衛隊員の姿と妖怪の姿は変わらなかったが、健二は犬になっていた。
(やはり今まで見ていた怖い夢は、現実だったのか…)
海人はすべてを思い出し、怖くて体が震えだした。
(そういえば、ここについてから、野良犬になつかれた気もする。それを俺は勝手に頭の中で友達だった健二に脳内変換していたと言うことか)
保護された後、千葉の仮説住宅に住んだ後…
俺は現実を受け入れられず、一週間ゲームばかりして、拾った野良犬を部屋に住まわせた。
挙句、異世界の勇者になりたいと言って、妄想に逃げて現実を受け入れなかった。
(じゃあ青い顔は?噛まれた傷口はどうして治った?)
手を見ると俺の剣は本物で、リュックもある、違ったのは勇者っぽい服装が、ただの私服に戻っていたことだ。
傷薬もあと5つほど、入っていた。この辺りは今でも原因不明で謎が残っている。
「わんっ!わんっ!!ガルルルルル!!」
健二だった野良犬が妖怪のほうを向いて歯を剥き出しにして吼えている。
犬の種類はおそらく、雑種の柴と言ったところだろう。
「おい、やめろ、無理だ、逃げろ!犬!」
空に浮かぶ顔だけの妖怪は自衛隊員を食べ終わり、やがて犬の存在に気付いて、手を伸ばして来る。
しかしその犬は、伸びてくる手を物凄い速度でよけて、その腕を食いちぎった。
「オオオオオオォォォ…」
腕が1本食い千切られて、空を浮かぶ顔の妖怪は苦しそうにしている。
「なに!!?」
海人は驚いていた。
普通の犬とは到底呼べない身体能力、高速移動、人間の走る速度よりも速く、目で追いきれない。
(あの小さな体で、あの速度…そんな事があるわけが…)
野良犬は妖怪と互角に戦っている、無数に襲い掛かってくる手を避ける。
両サイドから伸びて挟み撃ちにしてくる腕をジャンプで避けて、真正面から襲い来る腕を食い千切った。
食い千切った腕は森に捨てられ、そのまま地面の中に溶けるように消えていった。
「タダノ…犬デハナイナ…」
妖怪が低い不気味な声で言うと野良犬にすべての手を向けた。
そしてそれらの手はいっせいに高速で伸びてくる。
「避けろ犬!捕まったらおしまいだぞ!」
海人も何か出来ないかと、剣を顔の妖怪に投げつけた。
それらは運良く、顔の妖怪に突き刺さり、苦しそうにしている。
「ウ…ウウウウウウ!!!」
腕の動きが止まった、やはりあの手は妖怪と繋がっている。
「ガルルルルル!!!」
そして野良犬は大きくジャンプをして、妖怪の顔に食らいついた。
「アア…アアアアアアアアッ!!!!」
いったいどれほどの顎の力なのだろうか、犬の牙は彼女の顔に食い込み、やがて頭から粉砕した。
妖怪の顔はグチャグチャな肉片となって弾け飛んで、それから動かなくなった。
「す…すげぇなお前、ぜってぇ普通の野良犬じゃねぇだろ、健二だった犬…」
「ハッハッハッハッ」
野良犬が口を開けて舌を出していた、こうして見ると本当にただの犬なのだが…
―――数日前―――
テロリスト集団の研究員達は、死体を集めていた。
「学校には、かなりの死体の山があります、実験に使えそうですな」
「未だ完璧な生命は生み出せておらず、失敗して妖怪もどきが生まれる程度…」
「早く最強の戦闘兵器、魔族を生み出さねば!ギーク様に見限られてしまうぞ!」
「そうだ、その為には強い魂を持った人間が必要だ!」
白衣の研究員みたいな男達が、死体を集め飛行船の中に詰め込んでいる。
その中には、クラスメイトの健二も混ざっていた。
飛行船の中で実験が行われる…
何やら外では飛行船と戦闘機が戦ってるような音もする。
彼らは死体を一箇所に集め、プレス機のようなものでそれらを押し潰した。
そして、野良犬だった雑種の柴犬が運ばれてくる。
「この辺りをうろついていた、だいぶ生命力は高そうだ」
「実験材料としては上出来だろう、合体させて犬の獣人を作るぞ」
「犬の魔族が出来上がるか、あるいは失敗して魔物もどきが出来上がるか…」
「良くて強い「妖怪」が出来上がる程度だろう」
「それでは今までと変わらないではないか…」
白衣の研究員達が口論になっていた。
しかし実験は行われ、海人のクラスメイト約40人分が融合された犬の妖怪が出来上がった。
「貴様はこれより、送り犬と名乗れ、この地の人間共を襲い、好きなだけ食らうと良い」
そして「送り犬」と名付けられた見た目は変わっていない雑種の柴犬は森に放たれた。




