第006話:森の狩りは案外大変です
【前回のあらすじ】
アルティメット・キッチンによって時間が停止した異空間で、俺は身体を鍛えはじめた。チートの加護によって、みるみる肉体が出来上がる。狩人ギルドで「弓技」を学んだ俺は、さらに自主練習を行い、そして森へと繰り出すのであった……
三日ぶりに王都に戻ってきた中級狩人パーティーのメンバーたちは、最近行きつけとなっている屋台「ホットドッグ屋」の前を通りがかった。この屋台は朝しか開店しないが、開店前から行列ができるほどの人気店だ。「早い、美味い、安い」の三拍子が揃った店は少ない。明日、明後日は休みの予定だが、メンバー全員がこの屋台で朝食を取るだろう。
「あぁっ!」
パーティーの斥候役である猫獣人が、閉店している屋台を指差した。そこには張り紙が出ており、こう書かれていた。
〈事情により、明日と明後日の二日間は休店致します〉
「マジかよっ!」
荷車担当も叫ぶ。この何週間か、この屋台で朝食を取るのが日課になっていた。美味い朝食の有無は、仕事にも大きく影響する。この屋台には、日雇い労働者のみならず狩人、冒険者、果ては騎士団にまで愛好者がいる。明日はきっと、全員が肩を落とすだろう。
「仕方ねえか。朝だけとは言っても、ずっと休み無く出てたからな。明日は別のところで食おうぜ」
「うぅ~ ここのホットドッグが楽しみだったのにぃぃ~!」
斥候役は猫獣人らしく、毛を逆立ててフーフー唸った後、ガックリと力が抜け、トボトボと歩いた。
「それでは、狩人ギルドの説明をしますね。当ギルドのみならず、大抵のギルドではランキング制を採用しています。当ギルドでは、見習い狩人⇒初級狩人⇒中級狩人⇒上級狩人⇒最上級狩人となっています。上級のランクになると、冒険者ギルドへの推薦も受けることができます」
狩人ギルドのカウンターで、受付嬢が説明してくれる。俺の目標は上級狩人だ。それで冒険者ギルドに推薦を受ける。どうせ異世界を楽しむのであれば、ダンジョンなども行ってみたい。命懸けで魔王討伐なんてする気はないが、金回りが良くなれば、それだけ贅沢な食事ができる。この世界の食材にも興味があるし、金稼ぎは重要だ。
「ランキング上昇は、ポイント制となっています。一角ウサギとスティングチキンは一ポイント、突撃猪は三ポイント、ビッグカウは五ポイントとなっています。合計ニ〇〇ポイントで中級へと上がります。中級から上級へは五〇〇ポイント、上級から最上級へは一千ポイントが必要です」
「獲物によってポイントが変わるんですね? やはり難度が違うからでしょうか?」
「難度もありますが、得られる肉の量が違うからです。一角ウサギやスティングチキンは、大きさはそれ程でもありません。女性でも持てる程度です。ですがビッグカウは、その名の通り非常に大きく、一頭を運ぶのに数人掛かりで荷車を押すことになります。そのため初級狩人の方は、まずは一角ウサギなどでポイントを稼ぎながらパーティーを結成し、数人がかりでビッグカウを狙う、という方が多いですね」
「その場で解体して肉だけ運べば良いのではありませんか?」
「勿論、そういう方もいます。ですが肉は痛みやすく、また単独で解体するのが困難な場合も多いのです。そこで、狩人の方々は共同で荷車を用意し、森や平原に停めて獲物を狩って血抜きだけして、荷車が一杯になったら皆で押して帰り、ギルドの裏手にある解体所に運ぶ、という流れが一般的ですね」
「魔道具にある〈収容袋〉などを使うことはないのですか?」
「魔道具は高価で、とくに〈収容袋〉はダンジョンや遺跡で極稀に手に入る希少な道具です。冒険者、それも上級である真純金級や神鋼鉄級でなければ手に入りません。狩人の方で収容袋を持っている人は、いないと思います」
「なるほど…… いや、理解しました。有難うございます」
朝一番に狩人ギルドを出た俺は、そのまま北門を出て森へと向かう。森までは徒歩で四時間ほどらしいが、せっかくなのでランニングで向かった。ヘスティアの加護を得たこの肉体は、鍛えれば鍛えるほど強くなる。せっかく異世界に来たのなら、色々と楽しみたかった。
街を出てから一時間弱、およそ一〇キロ位の距離を走っただろうか。途中で荷車を押すパーティーを二度ほど追い越したりすれ違ったりしながら、俺は狩場である森に到着した。
「さて……」
森の中を探索する。といっても、ただ入って歩き回るだけだ。狩人ギルドで糸吊りタイプの方位磁針を買ったので、それを使って迷わないようにする。それから三時間近くが経過した。獲物は一向に現れない。
「勢いで狩人ギルドに登録したけど、こりゃ早まったかな? 獲物ってどうやって探すんだ?」
半ば後悔しながらも、さらに奥へと進む。すると水飲み場らしき池があった。街を出てから四時間以上が経過している。そろそろ空腹になってきた。
「ここで昼飯にするか」
平らな場所を探して〈収容袋〉から獣のなめし革を取り出して敷く。神スキルで用意しておいた卓上ガスコンロを二台置く。片方には角型のフライパンを置き、食パンを二枚焼く。もう片方のコンロでは、スープを作る。小型のスープ鍋に浄水を入れて点火する。沸騰したら顆粒状のコンソメスープの素、薄くスライスした玉葱、トマトの水煮を一個、微塵切りにしたセロリ、そして粗挽きソーセージとローリエを入れる。食パンが焼けたので、それは皿に移し、もう一品を用意する。ベーコンエッグだ。パンを焼いた角型フライパンでベーコンを四枚ほど焼く。脂が透明になったところで卵を割り入れる。ベーコンの脂のお陰で、卵が鍋にこびりつくことは無い。程よく半熟に焼けた頃には、スープも完成だ。
「さて、ではいただきま~す」
醤油を少し垂らした半熟目玉焼きの黄身を崩し、カリっと焼いたベーコンをそれに絡め、バターを塗った厚切りの食パンに載せて食べる。サクッという音と食パンのもつ香り、ベーコンの脂と黄身の甘み、そして醤油の塩気が一体になる。
「うんまっ!」
ポトフっぽい簡単なスープは、トマトの酸味とソーセージが絶妙に合う。そしてローリエの香りが良い仕事をしていた。この僅かな一手間で、スープの味は激変する。食事を続けていると、後ろから怒鳴り声がした。
「危ないっ!」
振り返ると、頭に角を生やした兎と呼ぶにはあまりにも大きな生き物が、矢を受けて吹き飛んだところであった。一〇メートルほど離れた場所に、弓を持った女性が目を怒らせて立っていた。金髪の物凄い美人である。胸も大きい。まるでグレープフルーツだ。
「アンタねぇっ! こんなところで何してるのよっ!」
金切り声を上げ、グレープフルーツをポヨンポヨンさせて詰め寄ってきた。よく見ると耳が少し尖っている。
(うぉぉっ! エルフッ! これ、エルフだよな?)
「あー…… いや、飯を食ってただけなんだが?」
「はぁ?」
金髪エルフは俺の後ろを見て、呆れたように溜息をついた。
「怒りを通り越して呆れちゃったわ。この森の獣は比較的大人しいほうだけれど、こんな場所で食事なんてしてたら、襲ってくれって言うようなものだわ。なに考えてんのよっ」
「いやぁ、実は今日が初めての狩りで、全然獲物がでなくて……」
「おーいっ! リフィナよ。こっちか? おっと、他の狩人がおったか」
身長一三〇センチくらいの背しかない、子供のような男が出てきた。口周りに髭を蓄え、体格にそぐわないほど、腕や足が太い。それでいて妙に一体感があるのは、腹回りがある樽のような体系からだろう。
(ドワーフッ! エルフ&ドワーフッ! まさにファンタジー! 〈指◯物◯〉だコレ)
「ドルガ、アンタからも説教してやって。コイツ、こんな場所で料理してたのよ? バカ過ぎて、むしろ感心しちゃったわ」
「あーん? ガッハッハッ! こりゃ驚いた。魔導コンロなんぞ置いてあるぞ。本当にこんなところで料理してたのか!」
リフィナという巨乳エルフは目を怒らせ、ドルガという中年ドワーフは大笑いした。やがて彼らの仲間らしい二人の男も姿を現した。