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第003話:神スキル「アルティメット・キッチン」

【前回のあらすじ】

神スキルを得た俺は、異世界の大国エストリア王国の王都グロレア近郊に降り立った。先立つモノが無い以上、働くしか無い。ギルド制度を知った俺は、自分のスキルが活かせそうな商売「屋台」に興味を持った。

「屋台の賃料は、一週間で銀貨一枚です。また、何を売るのかも事前に登録していただきます。一週間の売上を競い合い、二週連続で下位一割に入ると半年間は屋台を開けなくなります。王都では屋台業は人気ですので、こうして競争していただいています」


 商工ギルドで屋台の説明を受ける。良くできた仕組みに、俺は唸った。こうして競争を促せば、屋台の店主は懸命に稼ごうとするし、計数感覚も優れてくる。食文化の向上という意味では、国にとってもメリットがある。


「自分で屋台を用意することも出来るんですか?」


「出来ますよ? 貸し出す屋台は、魔導コンロが備え付けられただけの簡単なものですから、人気の屋台は自分で屋台を造っていることが多いですね」


「フム」


 屋台を見せてもらったあと、取り敢えず登録は見送った。職業を決めるのはまだ早い。スキルも確認していないし、まずは異世界になれることを優先したかった。





「へぇ、悪くないな」


 商工ギルドで教えてもらった宿場は、一泊一二〇ルドラ、銀貨一枚と銅貨二〇枚であったが、小さいながらも個室で悪くない部屋であった。後で知ったが、個室になると一気に値段が上がるらしい。大抵は二段ベッドが並んだ相部屋(ドミトリー)で、それなら一泊で二〇ルドラ程度であった。


「さて、では検証しますか。神スキル〈アルティメット・キッチン〉!」


《好みの台所を設計するのじゃ!》


 スキルを唱えると、いきなり脳内にヘスティアの声が響き、視界が真っ白になった。目の前に、俺が知る「普通の台所」がある。そして空中には様々な「厨房機器」「キッチン用具」が浮かんでいた。


《この世界は一時的に形成された異空間じゃ。外の世界では時は一切、動いておらぬ。ここで汝は、好みの台所を好きに設計(カスタム)することができるのじゃ!》


「凄いな。俺にとっては夢のスキルだ」


 まずは屋台の設計からだ。ギルドで見た屋台はただの木輪リアカーであった。余り目立つのも拙いと思ったので、設計はそれに倣う。ただ木輪は流石に面倒なので、自転車のような車輪式にした。作りは全て木製にし、一枚の鉄板で料理をするようにする。鉄板の下は魔導コンロを並べ、場所によって温度に変化をつけるようにした。屋台の下部には異世界から食材を取り寄せ、保存する「ストッカー」にする。金貨一枚を取り出すと、陽炎のように消えた。空中に十万円という文字が表示され、その隣に肉、魚、野菜などのマークが浮かぶ。試しに肉を選択すると、さらに細かく分類される。同じ肉でも、部位や産地など様々な条件で分かれており、それぞれに値段がついている。実に有り難い機能だ。


「バンズ、粗挽きのロングソーセージ、キャベツ、カレー粉、豚ラードのチューブ、トマトケチャップにマスタード」


 出来るだけ安く済ませるため、業務用を取り寄せる。パンを切るための包丁や千切り用のスライサー、ソーセージを焼くためのヘラやトング、ダスター、手渡しをするための包み紙を用意する。どうやら金が掛かるのは純粋に食材を取り寄せるときだけで、こうした什器備品類は無料で取り寄せられるようであった。


「妾は台所の神じゃからの。料理道具くらいはタダなのじゃ!」


「うわぁっ!」


 気がついたらのじゃロリ女神ヘスティアが目の前にいた。興味深げに屋台や食材を眺めている。


「さすがに現界に出るわけにはいかぬが、この異空間ならば問題ない。美味そうじゃの? これは知っておるぞ。汝、ホットドッグを作る気であろう?」


「まぁそうだな。カリーブルスト風ホットドッグといったところか。ところで、このスキルは凄いな。本当に神のスキルだ」


「そうじゃろう、そうじゃろう? 台所の神とバカにする者たちに、妾の偉大さを思い知らせてやるが良い」


「いや、さすがにこんなスキルを人前では簡単に使えないだろう?」


「フム、確かにそうじゃの。さて、準備は良さそうじゃの? 早速、食べさせるのじゃ!」


「ハイハイ」


 まずはキャベツの千切りである。スライサーで手早く千切りにし、ボウルに入れてカレー粉を振る。魔導コンロを点け、鉄板を温める。ホットドッグ用のバンズを二本取り出し、切れ込みを入れて鉄板で温める。ある程度、バンズが焼けたら温度が低いところに移動させ、保温状態にする。

 次に熱い部分にラードを溶かし、粗挽きソーセージを二本焼く。破裂しないよう注意しながらパリッとした状態にし、アルミ製のバットに取り置く。

 ラードとソーセージの脂が程よく広がったところで、カレー粉をまぶしたキャベツの千切りを焼く。シャキ感を残しつつ全体に火が入ったら、バンズを手に取る。キャベツ、ソーセージを載せ、ケチャップとマスタードを上に掛ける。手渡し用の紙に差し込んで、対面にいるヘスティアに差し出す。


「ホイッ、ホットドッグだ」


「おぉぉ…… どれどれ」


 口を大きく開けて、ヘスティアは齧りついた。ソーセージがパキュッと音を立て、表面をサクッ焼かれたパン、スパイシーなキャベツと共に口内で広がる。ツンとしたマスタードと酸味と旨味に溢れたトマトケチャップにソーセージから溢れる肉汁が混ざり、噛めば噛むほどに食欲が掻き立てられる。


「美味いのじゃぁっ! これは何本でも食べれるのじゃぁっ!」


 クネクネと身悶えるのじゃロリに、二本目を差し出した。ヘスティアは嬉しそうに受け取り、一本目と変わらぬ勢いで食べる。


「ふぅ。やはり汝の料理は最高じゃ」


 食べ終えたヘスティアは口端にケチャップを点けたまま満足の溜息をついた。俺に指摘されて口を拭いながら「幾らで売るのか」と聞かれた。


「んー…… 銅貨五枚かな?」


「安い! 安すぎるのじゃっ! これだけの味であれば、銀貨一枚でも売れるであろうぞ!」


「いや、ホットドッグ一本で一万円は取りすぎだろ。ソーセージは二〇〇本で七千円だったし、バンズも二〇〇本で一万ニ千円だった。国産キャベツは三玉で六〇〇円、カレー粉やケチャップは業務用をキロ単位で買ってるから、ホットドッグ一本あたりの価格は一一〇円ちょっとだ。一本五〇〇円で売れば、原価率は三割を大きく切る。十分な利益が見込めるだろ」


「うぅむ。まぁ、美味いものを安く売れば、それだけ世界に貢献することになるし、言い訳にもなるが……」


「ん? 言い訳?」


「な、なんでもないのじゃ! 汝がそう思うのなら、思い通りにやると良いのじゃ! ではな、成功を祈っておるぞ!」


 そう言ってヘスティアは消えた。俺は目の前のカウンターを見て溜息をついた。キャベツやケチャップが溢れている。鉄板の掃除もしなければならない。


《言い忘れておったが、アルティメット・キッチンはスキルを解除してまた使えば、使用した道具や食器類は綺麗な状態に戻る。食材は戻らぬがの。では、頑張るがよい》


「後片付け不要って、神スキル過ぎだろ。片付けまでが料理なんだがな……」


 呆れながらも女神に感謝し、俺はスキルを解除した。





 日雇い労働者のジョシュアの日常は、労働ギルドから始まる。その日の仕事を請負い、仲間と一緒に仕事場に向かう。楽しみといえば、仕事場に向かう途中で取る屋台の朝食だ。東西南北それぞれの大通り沿いには屋台が並び、朝の労働者の胃袋を満たしている。金がない時は、拳大の硬い黒パンで我慢するが、大抵は銅貨三枚から五枚程度が予算だ。


「今日は倉庫作業か。どこで食べるか……」


 すると大通りの一角に行列ができていた。鼻を擽る、なんとも言えない良い香りが漂っている。


「美味ぇぇっ! コレなら銅貨五枚の価値はあるぜ!」


「俺は十枚でも買うぜ。こんな美味い飯、初めてだ!」


「お、新しい屋台か? どれ……」


 回転が早いようで、行列はどんどん捌けている。だが香りに釣られたのか次々と人が集まってきた。日雇い労働者だけでなく、兵士や主婦までいる。


「いらっしゃい、いらっしゃい! 腸詰め肉をパンで挟んだ旨みタップリ、元気モリモリの朝食〈ホットドッグ〉はどうだい? 片手で持って齧り付くだけのお手軽朝食だぁ! 銅貨五枚だよぉ~」


 男が作業しながら声を張っている。銅貨五枚を差し出すと、入れ違いに紙に包まれたパンが出てきた。脂でテカる腸詰め肉に、赤と黄のソースが掛かっている。その下にある黄緑色の葉野菜からは、これまで嗅いだことのない美味そうな香りが漂ってきた。匂いだけで涎が溢れてくる。


(ゴクリッ…… パリュッ)


「んぉぉぉぉっ!」


 思わず雄叫びをあげる。信じられないほどに美味い。これまでの人生で、間違いなく一番美味い料理であった。夢中になって齧り付く。気がついたらあっという間に無くなっていた。


「これで、五ルドラか。安いな。だが……」


 もう少し食べたい。あと一本、食べたいと思った。今日の仕事は銅貨六〇枚だ。倉庫はすぐそこだし、まだ時間はある。


「あと五〇本で終わりだよぉ!」


 その声が決め手であった。銅貨五枚を握り、ジョシュアは再び並んだ。





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