第002話:異世界で仕事を決めよう
【前回のあらすじ】
料理が趣味な俺「加藤祐也」は自作の味噌カツを食べていたら、いきなり異世界の女神「ヘスティア」に召喚されてしまった。のじゃロリの残念女神は「元の世界には戻れぬ」などとほざく。首を絞めてやると、のじゃロリは「異世界転移」という案を出したのであった……
「異世界転移は、神々によって認められた者のみが許される行為じゃ。およそ千年に一度、世界間の均衡を保つために行われる。無論、本人の許諾を得てな。その者は転移先では〈救世主〉〈預言者〉〈英雄〉 〈勇者〉などと呼ばれ、歴史に大きな影響を及ぼす。汝の世界にも、そうした者はおったはずじゃ」
「確かに、歴史上には預言者と呼ばれる人物が何人かいるな」
「ウム。その全てとは言わぬが、異世界転移者もいるはずじゃ。汝は、その転移者になると良い。人非ざる力を持ち、世界を導く勇者となるのじゃ!」
勝手に興奮したのか、ヘスティアが唾を飛ばして叫ぶ。だが俺はシレッと答えた。
「嫌だよ」
「なぬ?」
「なんで俺が勇者なんかにならなきゃいけないんだ? 世界を導く? 冗談じゃない。俺はノホホンと暮らしたいの! 安定した仕事に就いて、困らないだけの所得を得て、美味いもの食って、多少の刺激と大半の平穏の中で暮らしたいの!」
「超人的な身体能力を持ち、天地を動かすほどの巨大な魔力を操り、魔を討ち滅し人々を導き、世界を救いたいとは思わぬのか? 救世主として人々から喝采を受け、巨万の富を掴み、数多の美女を侍らせる権力者となり、歴史に名を刻みたいとは思わぬのか?」
「ぜーんぜん思わないね。大体、そうした権力者は後世で批判の対象になるのが殆どじゃないか。生きている間ですら、幸福な生涯を過ごした権力者は稀なんだぞ?」
耳穴を穿りながら、俺は呆れた思いで返事した。ぐぬぬ、とヘスティアが呻く。
「ま、拙いのじゃ。ただの人間を転移させたなんて、他の神に知られたら……」
「ん? なんか言ったか?」
ブツブツと深刻な表情で何かを呟いていたヘスティアは、急にパッと笑顔になった。
「よ、よし。いずれにしても、汝はこのまま消滅するつもりは無かろう? 妾が管轄する世界は、魔法などもあるし魔物も出る。文明水準こそ汝から見れば低いかもしれぬが、美味い食材と美しい自然に溢れたところぞ? どうじゃ、汝の望む力を授けるゆえ、そこでより大きな幸福を掴んでみぬか?」
「ほう。美味い食材か。それは少し魅力だな。魔法? そんなのはどうでもいいが、魔物がいるのか。ドラゴンとかエルフとかもいるのか? ファンタジーそのものだな」
「ウム。異世界ゆえ、言葉も通じぬであろう。まずは〈異世界言語理解〉が必要じゃな。それと魔力適正、身体能力も強化しておいたほうが良かろう。あと寿命じゃ。汝の転移は妾の責任でもあるからの。老いぬ肉体を授けよう。不死は無理じゃが、若いままで生きられるぞ?」
「フムフム。それはまぁ助かるな」
「それと妾の加護を授けよう。様々な技能を身に付けやすくなる。いわゆる〈才能〉というものじゃ。どうせなら異世界を楽しんでみてはどうじゃ? 料理ばかりでなく、鍛冶や農作業、魔物の解体やダンジョンの攻略、魔王討伐など……」
「いや冒険は面白そうだけど、魔王討伐なんてしないから。まぁ加護は貰っておくよ。あと出来ればで良いんだけど、こんなことは可能かな?」
「おぉ、良いぞ! 言うてみい。世界を揺るがす超常の力を持つのじゃ!」
「いや、そんなのいらないんだけど…… 料理道具や食材が欲しんだよね」
ヘスティアは、口を開けたまま固まってしまった。
視界が一瞬で変わる。気がついたら道のど真ん中に立っていた。一キロほど離れたところに高い城壁が見える。大きな街のようだ。
「おぉっ! 注文通りだな」
ヘスティアに注文したのは
1)元の世界の道具や食材を取り寄せ、料理ができるスキル
2)異世界で目立たないような、普通の服装
3)出来るだけ平和な国の、大都市近郊に転移
4)当面、生活できるだけのお金
5)アイテムボックスや鑑定など、異世界的なスキル
これに対しての返答は
1)ヘスティアは「台所の神」らしく、これは可能であった。神スキル「アルティメット・キッチン」を取得した。異世界の食材や道具も取り寄せ可能であった。ただし有料
2)いま着ている服。冒険者のような丈夫な布地でできたズボンとシャツ、革の外套
3)こればかりは神任せだが、了解はしてもらえた。これから確認する
4)腰に革袋が下げられている。ちょっと期待
5)これは不可能であった。異世界モノにありがちな、レベルやステータス画面などは存在しないそうである。アイテムボックス的なものは、アルティメット・キッチンにあるとのこと
「まぁ、おいおい検証していくか。とりあえず街に行こう」
こうして俺は、異世界転移を果たした。
「街に入りたければ、名前と職業を申告し、通行税として五ルドラを納めろ」
城門には槍を手にした兵士たちが立っていた。かなり大きな都市らしく、門の周りには馬車や荷車が数多く留められている。商人らしき人が書類を手に、役人と思われる人と何かを話していた。
「なるほど。街に入るだけで税が掛かるのか。えっと……」
革袋を開いてみると、銅貨三〇枚、銀貨一〇枚、金貨五枚が入っていた。銅貨五枚を取り出して手渡しすると、行列に並ばされる。やがて俺の順番になった。座っている役人がジロリと目を向けてくる。
「名前と職業は?」
「えっと…… 名前は〈加藤祐也〉、加藤が姓、祐也が名前です。職業は……料理人?」
「ユーヤ・カトーね。料理人とは珍しいな。どこかの貴族に雇われていたのか?」
「いえ。料理が得意なだけで、特に雇われているというわけでは……」
「フン、つまり職ではないのだな?」
鼻で笑った役人は、紙に「無職」と書いた。紐がついた黒い木札を渡される。
「無職の者は罪を犯しやすい。この木札を常時、首から下げろ。誰かに雇われるか、ギルドなどに登録すれば下げなくて良くなる」
要するに身分証明書である。「私は無職です」という証明書だ。さすがに恥ずかしい。
「えーと、誰でも入れるギルドってあるんでしょうか?」
「労働ギルドだな。ゴミ掃除やドブ攫い、引越の手伝いなど雑用を担当するギルドだ。大通りをまっすぐ行くと、中央に噴水がある広場がある。そこがギルド街だ。その中にある」
こうして俺は、街に入った。
この街は、エストリア王国の王都「グロレア」というらしい。エストリア王国というのが何処にあるのか、どんな国なのかは全くわからない。だが大国であることは、何となく理解できた。街並みは中世調だが大通りは石畳で、所々に屋台が出ている。街路樹も適度に植えられている。空気に余裕が感じられた。きっと物産が豊かなのだろう。
「へぇ、屋台か…… ああいう商売も面白そうだな」
興味は惹かれたが、とりあえずは教えられたギルドに急ぐことにした。
「ギルドとは、いわゆる相互扶助組織です。ギルドが仲介することで、誰か一人に仕事が回りすぎないようにしています。また、顧客とのトラブルなどを防ぐのもギルドの役割です」
昼過ぎだったためか、労働ギルドは閑散としていた。そこで思い切って、受付の中年女性に「ギルドとは何か」を尋ねた。他国の田舎から来て、こうしたギルド組織は初めてみたと伝えたところ、丁寧に説明してくれた。
「エストリア王国のギルドは以下の通りとなります」
差し出された羊皮紙には、全部で七つあるギルドについて、簡単な説明が書かれていた。
〈労働ギルド〉
健康的な人であれば誰でも登録可能。水道掃除や城壁修理といった公共業務から引っ越しでの荷運びの手伝いまで、簡単で幅広い肉体業務を取り扱う。基本は日払いで、大抵の仕事は銅貨五〇枚から銀貨一枚程度の報酬が得られる。
〈狩人ギルド〉
森や平原で魔物を狩る「狩人」が登録する。主な獲物は一角ウサギ、突撃猪、ビッグカウ、スティングチキンなど。通常数人で狩りを行い、荷車でギルドまで運ぶ。獲物次第だが、スティングチキン一羽で銅貨五〇枚ほど。
〈冒険者ギルド〉
ダンジョン内の探索、危険な魔物の「討伐」などを請け負う「冒険者」が登録する。命懸けの仕事となるため、狩人ギルドからの推薦を得た者、王立高等教育学院の冒険者養成課程を卒業した者、その他、ギルドにおいて冒険者稼業が可能と判断された者でなければ登録できない。
〈傭兵ギルド〉
各都市の治安維持や国境警備などを請け負う「傭兵」が登録する。弓や剣の技能が必要なため、狩人ギルドや冒険者ギルドから傭兵となる者が多い。遵法精神が求められるため、元罪人などは登録できない。冒険者ほどに危険はなく、安定した収入が得られる。
〈商工ギルド〉
街中の屋台や行商人、商会のみならず、鍛冶や機織り、料理屋や酒場など「商工業従事者」が登録する。各職業に応じて登録基準がことなるため、詳しくは商工ギルドにて説明をうけること。
〈錬金ギルド〉
通常の鍛冶ではなく、魔石を利用した魔導道具、魔剣などの魔装備や真純銀などの特殊金属を扱う「錬金術師」、体力回復薬や魔力回復薬、解毒薬などを作る「魔法薬技師」が登録する。極めて高度な専門知識が必要なため、登録には高難度の試験が課せられる。
〈医療ギルド〉
街中の医療施設で働く「医師」「調剤師」が登録する。「医師」は、ギルドに登録された他の医師からの推薦、および教会での実地試験を経て登録が認められる。「調剤師」は魔法を使わず、薬草を調合して薬を作る者を指すが、魔法薬技師であれば試験無く登録が可能。
どのギルドに登録するか迷っていると、受付嬢が「商工ギルド」を推薦してくれた。
「料理がお得意であるなら、商工ギルドで屋台を借りて、街頭屋台をやってみてはいかがでしょう? 人気になれば狩人にも負けないくらいに儲けられますし、ご自分の店を持つことも夢ではありませんよ?」
「ほほう…… それは興味深い」
俺はその場で、屋台をやることに決めた。