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第001話:トンカツ食べてたら異世界転移

 男の独り暮らしは気楽である。サラリーマンなら安定した月収はあるし、大手企業に勤めていれば、残業や休日出勤も少ない。俺、加藤祐也はそんなお気楽なサラリーマンの一人だ。二十七歳の独身、彼女なし。某地方の電力会社に勤務している。年収は五百万を超え、住宅手当も出るため暮らしは楽だ。そうした独身男たちは、デートや夜遊び、あるいは自分の趣味などに金を使う。


「さて、今週はトンカツだ!」


 俺の場合は、趣味に金を使う派だ。毎週末になると、贅沢な食材を揃えて料理する。それをビデオカメラで撮影して編集、動画サイトに載せる。副業になるため、広告はリンクさせない。イイネ!の数もチャンネル登録数も気にしない。俺がやりたいからやっているだけの、気楽な遊びだ。


「まずはラードを作らないとな」


 国産黒豚の背脂と水を鍋に入れ、中火にかける。脂には肉も付着しているため、アクが出てくる。それを丁寧に掬い、肉も取り除く。水気が蒸発したら弱火にし、じっくり背脂からラードを取り出していく。最後に布で濾してラードが完成する。これをトンカツの揚げ油にする。


「次は肉とタレだ」


 国産黒豚の肩ロースプロックを三センチほどに切る。かなり分厚目だ。脂身の部分に切れ込みを入れ、肉叩きで叩き伸ばしたあとに、元の大きさに成形し、両面に塩胡椒を軽く振る。

 次にタレを作る。ソースも良いが、今日は味噌カツの気分だ。赤味噌、白味噌、清酒、みりん、氷砂糖、水を鍋に入れ、弱火で伸ばすように混ぜていく。トロみが出れば完成だ。


「さて、では……」


 ラードを加えた溶き卵に豚肉を潜らせ、薄力粉、パン粉の順でつけていく。トンカツは衣も重要だ。荒めで軽いパン粉が良い。それを一七〇度に熱したラードで揚げていく。入れた時のショワァという音、上質なラードが発する油の匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を掻き立てる。

 両面、あわせて三分ほど揚げて、いったんバットに取り出す。予熱で中に火を通すためだ。その間に、キャベツの千切りや練りカラシなどを用意する。五分後、今度は一八〇度までラードの温度を高くして、再び揚げる。程よく茶色になったところを引き上げてバットに移し、数分待つ。肉汁などがこれで落ち着く。皿に千切りしたキャベツを山盛りにし、炊きたての飯も用意しておく。ここからが重要だ。カメラを用意しておく。


サクッ、サクッ、サクッ


 まな板の上でリズムよくトンカツに包丁を入れていく。切り口から分厚にカツが顔を見せ、ジュワッと透明な肉汁が滲み出る。手早く皿に盛り、タップリと味噌ダレをかける。一味唐辛子、練りカラシを用意して完成だ。


「いただきます」


 箸で一切れつまみ、口に運ぶ。シャクッというパン粉の音とプツンと肉が切れる音、そして濃厚な味噌ダレの味と共に、豚本来の旨味が口内に広がっていく。


「美味ぇぇっ!」


 次はカラシを多めにつけてみる。ツーンと鼻に抜けるカラシの辛さと味噌ダレの甘さが、絶妙に混ざり合い新たな境地へと辿り着く。


「これに飯が合うんだよなぁ」


 タップリと味噌ダレが乗った一切れを飯の上に置く。この場合は、カラシより一味のほうが合う。カツ、飯、カツの順で食べる。何杯でも飯が食えそうだ。次は千切りしたキャベツと一緒に食べる。よく冷えたシャキシャキのキャベツと熱々の味噌カツの相性も最高だ。


シュコンッ


 瓶ビールの栓を開ける。今日はドライビールだ。麦芽一〇〇%のビールが良いなんて書いていた本があったが、アレの著者はビールの飲み方を知らないのだろう。本場イコール良いものという先入観だ。


「脂っこい食べ物と一緒に飲むには、ドライのほうが美味いんだよなぁ」


 ビールの本場であるドイツでは、ビールの位置づけが日本とは違う。食事を引き立てるものではなく、ビールはビールとして一品料理なのだ。だから食べずにビールだけ飲んで終わりということも普通にある。日本のような「料理と酒」という愉しみ方をする場合は、料理に応じて酒も変えるべきなのだ。その辺のところを理解っていない「麦芽一〇〇%信者」が多い。


「カァァァッ!」


 ご飯のお替りはせずに、味噌カツをツマミにドライビールを飲む。当然、グラスも冷凍庫でキンキンに冷やしたものだ。一気に飲み干し、溜息をつく。まだ三切れ残っている。一味を振りかけて箸で摘んだ。ゆっくり、口に運んでいく。





「ん?」


 気がついたら俺は、一面真っ白な世界にいた。右手は箸を手にカツを口に運ぼうとしていた形で止まっている。だが手には箸もなく、先ほどまで食べていた味噌カツも目の前から消えている。


「……なんだ?」


「はわぁぁっ……美味いのじゃぁ。これが異世界の料理なのじゃなぁ~」


 背後から声が聞こえてきた。振り返ると、金髪の少女が頬に手を当て、口をモグモグさせながら幸せそうな表情を浮かべて床?に座っていた。俺が先ほどまで食べていた味噌カツの皿が置かれ、カツが残らず消えている。少女は次に瓶ビールを手に取り、グラスに注いだ。


「あ、未成年は……」


「むはぁっ! 異世界の麦酒は美味いのじゃぁ!」


 俺は無表情になった。なんだ、この状況は?という疑問と、少女が自分の食事を横取りしたという事実に頭が冴えてしまった。


「ねぇ、君……」


「ん? おぉっ、異世界の料理人じゃな? 馳走になったのじゃ! 本来ならば手を出してはならんのじゃが、どうにも美味そうで我慢できぬでのぉ……」


 のじゃロリ少女がカカカと笑う。俺はサラリーマンで料理人じゃねぇ。いや、それ以前に「異世界」? 語尾に「のじゃ」を付ける奴なんて初めて見たし、ラノベ読み過ぎのちょっと可哀想な子供か?


「む…… 汝はいま、無礼なことを考えておるの? (わらわ)は可哀想な子供ではないのじゃっ! 女神ヘスティアなのじゃっ!」


「へー、そうですか。もういいんで、夢なら覚めてくださいよ」


 俺は呆れて出口を探した。のじゃロリが近づいてくる。身長は低く、せいぜい胸くらいまでしかない。


「ここは神界の一種、まぁ異空間じゃ。妾は時折、異世界の様子を見ておるのじゃが、汝の食事風景があまりに美味そうであったからの。妾も食べたいと思って、料理を転移させようとしたのじゃ。本当は一切れだけと思っておったのじゃが、汝がパクパクと食べてしまうではないか! 仕方ないので少し範囲を広げて転移させたら、汝までついてきてしもうたわ」


 そう言って無邪気に笑う。キョロキョロと周囲を見回し、頬を抓る。痛い。少なくとも夢の中という感覚はない。


「夢ではないぞ? これは現実じゃ」


「そうか…… 神って、本当にいるんだな。では女神様、俺を元の世界に戻してくださいよ。味噌カツは、まあご馳走しますから」


「無理じゃ」


「は?」


 のじゃロリは重大なことを事もなげに語った。


「転移した段階で、元の世界の存在は消滅する。これは宇宙開闢から定まる世界律じゃ。汝はもはや、戻ることはできぬ」


「……」


 ゴツンと少女の頭を殴る。のじゃロリは頭を抑えて蹲った。胸元を掴んで締め上げる。


「ふざけんな、お前は! お前の食い意地のせいで俺は死んだのか? 舐めたこと言ってると首を絞めるぞ」


「フギギギッ……もう締めておるではないか! 苦ひぃっ」


「元に戻せ! 今すぐに!」


「無理と言っておろうにぃぃっ…… わ、悪かった! 妾が悪かったのじゃぁぁっ!」


 俺は手を話した。のじゃロリがゼーゼーと肩で息をする。俺は冷たい目で見下ろしながら詰めた。


「で、どうするんだ? 戻れないのなら、この何もない真っ白な空間で生きろというのか?」


「うぅぅっ…… 神である妾を手に掛けるなど、とんでもない奴なのじゃ。汝に一つ、道を示してやるのじゃ。妾が管轄する世界なら、転移することは可能じゃ。ホレ、汝も知っておろう? 異世界転移じゃ!」


 軽い頭痛を覚えた。



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