Prologue:1431年5月30日(未改稿)
「来たわ」
「魔女よっ」
一人の女性が悲鳴を上げた。
それは私のことか?
私は今、何をしている?
私の手首には細長い紐で縫い合わせた縄がぎちりと締まっている。
自由に身動きが取れない状態だ。
縄を解いたらきっと鬱血しているなどと、どこか他人事のように考えていた。
髪の毛はボサボサでツヤがなく、手入れをしていない。
目線を手元から上げると、私の前を歩くのは手首に縄を締めた甲冑をつけた大柄な男がいる。
じゃら。
じゃら。
私からの視界では見えないが足首には足枷が締まっており、鎖をつないでいるので背後を見る事もままならない。
その鎖が縺れ石畳にひきずりながらの甲高い音が鳴り響く。
後ろにもきっと男がいるだろう。
私を逃さないために。
「あれが例の少女か」
「ほう 思ったよりも若い」
私は街の中を練り歩いている。
いや、歩かされているというのが正しい。
「ふん 天罰が下ったのよ」
「悪魔に魂を売ったとか」
老若男女問わず人々から聞こえる罵声と怒声がそこかしこから聞こえてくる。
まるで見世物を見にきたさに、興味や好奇心で来た者もいるだろう。
根拠の無い噂や伝聞に扇動されていく人々に私はただ為す術がなかった。
ここで一声上げても気が狂ったようにしか見えないだろう。
私の目の前を歩く男が歩みを止めた。
それと同時に私もピタリと止まる。
私はゆるりと緩慢な動作でそれを見上げた。
何を言われなくても分かる。
『ああ あれが私が死ぬ場所か』
眼前にあるそれは薪が四方を囲むようにくべられている。
その上には木で作られたのだろう支柱がある。きっとあれに磔にされるのだろう。
私は今日、処刑される。
幾度の魔女とされた者を葬ってきた死刑の一つ。
火あぶりの刑によって。