春夢
炎の中、男はまっすぐ建物の中へ入っていった。
建物の中は外の喧噪とは対照的に静かであった。
「信長・・・」
いないのか?
男はじっと襖の向こうを見つめる。
ばたんっ
音がしたと思うと襖がこちら側に倒れ込み、男は身構える。
部屋の中から現れたのは一人の男。
白い寝間着はいくつもの血の色で滲んでいる。何人かと殺り合ったのだろう。
髪を結わずにぼさぼさにしたその姿は中原を制し、天下に近い男の姿とは到底思えない。
織田信長。
尾張の豪族からあらゆる戦功と新しい政治改革を進め、天下に武を布く「天下布武」を唱え天下統一を試みるモノである。
信長はじっと男を見つめる。
その眼は今まで出会ったどの男よりも鋭い刃のように見え男を緊張させた。
「蜜柑頭はどうした?」
男は眼を丸くして驚く。しばらくして、ふふと笑った。
「私が明智光秀じゃないとよくわかりましたね」
男の名前は明智光春。明智光秀の双子の弟で、姿も声も光秀にうり二つだった。物心ついたころに天台宗の寺に押し込められ仏道修行に励んでいた者だ。双子というのは不吉の象徴、そのため、彼の存在を知っている者はごく少数であった。
「当然だ、全然似ていない」
信長は当たり前のことを聞くなという具合に応えた。
「光秀の兄弟とやらか・・・蜜柑頭はどこにいる?」
「京のはずれの方で」
「なるほど・・・つまらん」
「は?」
光春は首を傾げる。
「この騒動はあいつがやったのかと思い、どうしてくれようかといろいろ考えたがどうやらあいつのしでかしたことではないのだな・・・せっかくの楽しみがぱあだ」
この騒動とは、この本能寺で明智の軍が織田信長を攻めたことだ。
誰の目から見ても明智光秀が織田信長に謀反を企んでいると思っているのだろう。しかし、実際は光秀の弟光春のしでかしたこと。
光秀は気になって聞いてみた。
「何故、光秀がこの謀反に関係ないと思っているのです?」
「馬鹿か」
信長はやれやれと光春を小馬鹿にして笑った。
「あいつは信じられん位の真面目な男だ。謀反の実行を弟に任せて戦場から外れる人間じゃない」
まぁ、確かにそうかもだが・・・
「ですが、そういう男だと言いきれますか?兄は真面目で勤勉な人間ですがああ見えて裏ではあなたの寝首をかく事を考えているかもしれませんよ。」
「いや、あいつ馬鹿だからそれはないだろ・・・うんざりするくらい正攻法好きだから。まぁ、だからからかうとおもしろいんだがな。」
うん、ないない。と信長は手をぶんぶん振って否定した。
「信長殿は兄を信じているのですね。普段は随分ひどい扱いをしているのに」
「俺は何も信じてないぞ。あいつは俺に仕えた本来の目的も忘れるくらい馬鹿だからないないて言っているだけだ」
「・・・まさか、知っていたのですか?兄が織田に近づいた目的も、それで傍に置いていたと?」
「動機なんてなんでもいいだろ。使えたら使う。使えなかったら斬る。それだけだ」
「めちゃくちゃな人だ・・・」
光春は手を額にあて、唸る。
「こんな男に兄はよく今まで辛抱して奉公したな。兄の性格からしてありえないのに」
「兄弟のくせに理解できない兄弟というのはいっぱいいるんだな」
信長は光春を見てうんうんと納得した。
「まぁ、いいや。織田信長、あなたの首をもらいうけます」
「首をもらってどうする?俺のかわりに中原を制すか?天下を取るか?」
「いいえ、私にそんな器なんてない。おそらく兄にも無理でしょう。しかし、私が求めるのは戦乱の終わり。太平の世。それを行える者の天下取りを支えること。それに適した方を見つけました。あなたには天下は渡しません。あなたは戦乱をさらに乱しかねない」
「ははは・・・だろうな。俺が天下を取っても太平の世になんかならんさ。する気もないけど」
「本当にめちゃくちゃな人だ。こんな男のどこがいいんだか・・・まぁ、首をもらうんで覚悟してください」
「嫌だね」
信長はんべと赤い舌を出す。
「お前が光秀かもっと骨のある奴だったら考えてやったが、お前なんか刃を交える価値もない」
「な、に・・・? 私が兄よりも劣っていると?」
「自覚なしか・・そんなお前には天下なんてほど遠いな。見込まれた男もかわいそうに」
「確証のないことを言うなっ」
「お前は何もわかっちゃいない。今のお前は欠陥だらけだ。光秀の弟とは思えん位にな。欠陥だらけの男に太平の世はおろか天下も難しいだろう。何が必要か、それすらも見えん今のお前につきあう気分はない」
「黙れっ」
光春はばっと信長の方へ切りかかったが、かきんと刃で跳ね返された。
光春の目の前に美しい少年が立っていたのだ。この少年が光春の刃を跳ね返したのだ。他にも似た少年が二人現れる。
「お蘭、力、坊、後は頼んだぞ」
信長は部屋の奥へと消えていく。
「待てっ信長、逃げるのか。私では相手不十分だとでも」
「あれ、さっきからそう言っていたつもりだったがわかんなかった?」
信長は振り向かない。
「信長っ!」
光春の怒声に信長は後ろ手で手をひらひらさせ、そのまま消えてしまった。追いかけようにも目の前の少年三人に邪魔されてて無理だ。
「信長っ!!」
天正10年6月2日。
本能寺にて明智軍の襲撃を受け、織田信長は自害する。
世間では明智光秀が謀反を起こしたということになっているが事実を知る者はほんのわずかである。
この時から天下の流れが大きく変わっていく。
(終わり)
(後書き)
妄想(と脳内wiki)→光秀は実は本能寺の変で謀反を起こしてなくて、実際起こしたのは光秀の双子の弟の光春という人がやったということにしてます。
光春は双子のため不吉ということで、生まれてすぐ寺に預けられ、明智家の人間だけど存在しているのか曖昧な人といて扱われるかわいそうな子です。ちなみに光春がいる寺は比叡山・・・つまり、光春=光秀の弟=比叡山で修業(出家)=天海という設定。wikiでは光秀の従弟ということになっているけど、何か実在していたのか疑わしいとかで勝手に脚色させていただきました。
光秀は無実、という流れの設定を書いてみたいなと勝手にこうなってしまいました。そして存在が曖昧な子に罪を着せてしまいました。ごめんなさい
といいつつ光春の設定を進ませてみたいです。