公爵令嬢 カレン2
カレンの住処は小さな岬の上に建つ。東南西の三方は崖、そして陸続きの北は猛獣の棲む森。滅多なことでは近づけない孤立した場所だ。
カレンはこの国、この世界が大嫌いだ。だから使命の果たしたこれからは、一人でそっと生きていく。生活する上で足りないものは、たまにチートな移動魔法で街に買い出しに行けばいい。
たった一人しかいないここの空間は、限りなく前世の日本仕様だった。カレンはこの世界の女性ではありえないTシャツ短パン姿が定番。カレンが似たような素材をチョキチョキリメイクして作った。多少縫い目が曲がっていようが、誰の目に触れるわけでもないので気にしない。
それでも足りないものは、お取り寄せする。マギ神がこれまでの善行の分だけどこからでも……地球からでもお取り寄せを叶えてくれる。お取り寄せを頭に浮かべると、残高ポイントが脳内に示される。この世界にない緑茶、チョコレート、さつまいもの苗、手作りズボンに通すゴム紐……使っても使ってもポイントは減らない。そもそもこの小さな平屋もお取り寄せだ。前世、家族三人で住んでいた離島の古い宿舎を思い浮かべてマギ神に願った。
(前世に何百万という人を救ったらしいからね)
きっと、核兵器とかでない限り取り寄せ許される。しかし所詮元は高校生。大それたものを取り寄せる知識も度胸もない。マギ神もそれを見越してのことだろう。
カレンが天気のよい午後、グレープ味のアイスキャンディーを食べながら、縁側で日向ぼっこをしていると、一羽の鷹が飛んできた。真っ黒な羽の大鷹、クロちゃん。伝令だ。
カレンは左手を出し停まらせると、脚に巻きついた筒から手紙を取り出す。クロちゃんの頭を撫で、アイスを差し出したが好みに合わないのか首を振って飛び上がった。
手紙は今世の父、王兄であるギャロウェイ公爵から。公爵は長子でありながら、身体が弱く、臣下に下った。屋敷に戻るように書いてある。サラサラと戻りません、と理由も書かずに文章を結び、口笛を吹き上空で待ってくれていたクロちゃんを呼んだ。
このやり取りを10回ほど繰り返し、カレンは根をあげた。久々にドレスを着て、左足でタップし飛ぶ。
◇◇◇
公爵邸の埃かぶった自室に到着すると、ドアを開けて父親の執務室に向かう。すれ違う使用人は突然現れたカレンを見ても驚きもせず、頭を下げる。
「失礼いたします」
執務室の扉を開けると、そこには父親の姿はなく、今世の弟、キャメロンが書類仕事をしていた。
「あ、姉上!」
キャメロンが走り寄ってくる……といってももうキャメロンも30手前ののいい年だ。年も体格も抜かされた。
キャメロンは孫の割にさほどあの人に似ていない。カレンと同じ薄紫の瞳。死んだ自分達の母親似で助かったとカレンはホッとする。
キャメロンがいつまでも小さく、年を取らない姉を抱きしめる。家族は神の御使になったせいで年を取らないと当たらずとも遠からずの理解をしている。
「よかった、戻ってきてくれて」
「キャム、久しぶり。お父様から手紙が来てね」
「うん、父上のもとに行こう」
キャメロンについていった先は父の寝室。
「父上、入ります」
キングサイズのベッドに、今世の父は横たわっていた。
「父上は……魔獣で荒れた領地を視察に行った際、軽い肺炎になられて、咳が治らないんだ」
「カレン、帰ったか」
「お父様……視察などキャメロンに任せればよいではありませぬか」
咳と聞き、カレンは目を閉じ祈りを込めて、父の胸に右手をのせる。その手の上から痩せた父の手が重なる。
「ふう……まだまだ若いもんには負けん。それに、カレンも何らかの形で戦っていたのだろう?」
「そんなことありません……」
「……先日、我が枕元に、マギ神がお立ちになられた」
「え?」
「カレンにおいては神の手足となりてクタクタになるまで働いてくれたと。そしてカレンのおかげで平和の世になる道筋が出来たと」
「姉さん……」
「カレンの御使の役目は終わった。これからは普通の女性の幸せをつかませてやってほしいとおっしゃった」
(……いらんことを!)
「カレン、これからは重い使命もない。私のただの愛しい娘だ。どうだろう。次の舞踏会に参加しては?美しいドレスを着て。魔獣討伐も終わり、国の主だった若者が参加するようだ」
「お父様、私の幸せは適当な男性と番うことではありません。私は御使になった時点で結婚することは捨てました。そもそも、今舞踏会にいる男性は私よりキャメロンよりも年下ばかりなのですよ。ヒヨッコ相手なんてゴメンですし、相手様もこんな年増虫唾が走るでしょう」
「姉さん!姉さんを年増なんて思う男いるわけがない!姉さんは憧れの存在なんだよ!知る人ぞ知る美しく清らかな神の御使!そもそも見た目なんて、魔力のあるものはいくらでも偽装できることわかってる」
「私の場合は偽装ではないところが気持ち悪いでしょ?それに神の御使なんて希少価値に惹かれて欲しがる男なんてゴメンだわ。お父様、くれぐれもお体お大事に。ではさようなら」
「ううっ!」
「お父様!」
「父上!!!」
◇◇◇
(仮病ってことくらいわかってるし)
カレンは結局父親の顔をたてて王宮で行われる舞踏会に参加した。
まずもって王宮が嫌だ。そしてダンスが嫌だ。ハイヒールが嫌だ。つまり何もかもが嫌だ。
「姉上、どうしました?」
「なんでもない。キャム、私をほっといて綺麗どころと踊ってきていいよ」
「ハメを外すとラナに怒られる」
キャメロンは婚約者の名を出して、口をへの字に曲げる。
「キャム!……カレン?」
「ハンター殿下」
カレンは心で舌打ちした。頭を下げ、優雅に礼をしたあと、和やかに握手する弟とハンターを一歩下がって見つめる。
ハンターがまた……かつてのあの男に似ているのだ。色も、世代も。故にカレンはハンターが苦手だ。幼いころは可愛がったものだけれど。
「カレン姉様、今日は元の姿なんですね。その節はケイトと私の仲をとりもってくださりありがとう。ケイト、おいで」
ハンター殿下はすぐ横に控えていたケイトをそっと引っ張った。
「ケイト、私の従兄弟、ギャロウェイ公爵家のキャメロン兄さんとカレン姉様だ」
「え、カレン、カレン……先生?」
「そう、カレンは大いなる神の祝福を受けていて、老いないんだ。でも若者を導くときに同世代の姿ではマズイだろう?だから大抵変装してる。家庭教師として君の家で澄まして座ってるの、可笑しかったのなんの」
「か、カレン先生が、殿下の従姉妹だなんて……でも確かに殿下とそっくりの金髪……柔らかな優しいラベンダー色の瞳は教えをこうていたころとお変わりでないわ」
ケイトが上品に口に手を当てて驚く。
「ケイト妃殿下、随分と遅くなりましたがご結婚おめでとうございます。これからは従姉妹ね。よろしく」
「先生、とっても綺麗……神の恩寵なんて、素晴らしいですわ」
(恩寵?呪いみたいなもんだけど)
カレンはにっこり笑って、スパークリングワインをグイッと飲んだ。しかし、神の恩寵のおかげで酔うことなどない。
(バカみたいに、酔っ払って、忘れてしまえればいいのに……)
◇◇◇
キャムが適齢期の娘達と踊っているのを確認して、カレンは広間を出た。
長く続く廊下には、王族の肖像画が所狭しと並んでいる。
カレンは立ち止まる。
(リチャード)
先王リチャードの壮年期、カレンの知らないリチャードの風景が四方八方に埋め尽くされていた。