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薬師キュア2

 キュアは元どおりの生活に戻った。キュアが討伐に行っていたこと、そもそも魔獣討伐があったこと自体、職場の誰も知らない。キュアは両親の研究旅行についていっていたことになっていた。


 命の危険の迫った日々を思い返すものはもう、左手の薬指の指輪以外何もない。


 勇者シンジは結局斥候だったユカと共に過ごしているらしい。シンジは旅の終盤、もう戦いたくないと、とても苦しそうにしていた。セスは、きっと平和な争いのない世界からやってきたのだろうと憐れんだ。シンジには本当に申し訳なく思う。

 そんなシンジに、ユカが、もう剣は振るわないでいい、私が一生面倒を見ると言ったのだそうだ。カッコいい。ユカともっと話していればよかった、とキュアは後悔した。

(きっとステキなお姉さんだったのに……)


 だがもう討伐メンバーが集うことはない。秘密の保全のためだ。ハンター王子の側近と、身分が分かっていて連絡のつきそうなレオでさえ、どこかに旅に出て音信不通だ。


 キュアも、レオのように旅に出てリフレッシュしたいと思った。しかし討伐が終わってみれば体力が半分以下に落ちていて無理だった。調剤とは体力も神経もすり減らす、案外力仕事なのだ。キュアはなんとか気力で最後まで乗り切っただけだった。





「先生、だからもうシンジと会う機会なんて一生ないだろうし、この指輪、セスに返した方がいいよね。とっても高価みたいだし」

 関係者内で唯一連絡のつく、窓口でありアドバイザーであるカレン先生に久しぶりにお茶に誘われた。巷で人気のカフェでケーキを食べながら、キュアは一気に自分の考えをまくし立てた。


 お茶を飲みながらカレン先生は渋い顔をする。


「この指輪があると、ダメなの。セスのこと、未練がましく思い出しちゃって」


 戦闘中はあらゆる攻撃魔法を使って、キュアを守ってくれたセス。野営の時は危ないからとキュアを腕の中で眠らせたセス。


 戦時が終わって数ヶ月経っても、キュアのセスへの想いは消えなかった。吊り橋効果であることを願っていたのに。


 しかし、セスは国の有望な魔術士で筆頭魔術士父を持つ伯爵家の人間。行き遅れのしがない薬師とは身分が違いすぎる。


「もう何も接点ないの」

 パーティー解散以来、何の連絡もない。連絡先も知らない。


「ふふ、そもそも討伐なんてなかったんだもの。つまり、私とセスは出会ってもいないの!」

 キュアは勢いよく指輪を引き抜いて、カレン先生の手のひらに押し付けた。

「先生がセスに返して!」


 指が一気に寂しくなり、キュアの目から涙がとめどなく流れる。

 カレン先生が慌てて駆け寄り、キュアを搔き抱いた。


 討伐があったこと、セスと自分の日々、自分のセスへの恋心が夢ではなかったことを知るカレン先生の胸で、キュアは思う存分に泣いた。




◇◇◇





 キュアは職場と自室が同じ建物のため、外に出ることなく、研究三昧の毎日だ。食料品は宅配を頼むので不自由はない。そもそも討伐の無理がたたり、貧血ぎみでふらつくので当面一人で外出するのは避けたほうがいい。

 他の職員は休みの日は研究所に来ないが、キュアは階下が職場。休みは全く関係ない。調べて、実験して、検証して、レポートを書く。合間に食べて合間に寝る。


 玄関のベルが鳴ったがキュアは出ない。職員は皆鍵を持っているし、職員のいない休日の来客などに出る必要はない。ここは無人のはずなのだから。


 ヒューっと音がした。風魔法の発動音?と気づいたとき、


 バリバリバリー!


 木製の玄関のドアが木っ端微塵になった。室内をつむじ風が襲い、フラスコやビーカーがパリンパリンと割れ、書物がバラバラに解けて散乱した。


「きゃああああああ!」

「キュア!」


 なぜかセスが必死な形相で駆けてきて、キュアの両肩を掴んだ。

「キュア!大丈夫か!具合悪いの?」


「ひあっ!へ?セス?……あの、セス?何?急に?」


「ああ、よかった!生きてた……」


 セスはキュアをギュッと抱きしめて、無傷なソファーに連れて行きそのまま膝に抱きあげて座り、キュアの全身の状態を確認した。キュアもセスの様子を探る。少し疲労はあるものの元気そうだ。


( 無精髭、剃ったんだ。ますますかっこいい。はあ……)


「君の目撃情報は1カ月前のカレン先生だけ、全く外に出てこない。数日ベルを鳴らしたが反応ない。中で絶対に倒れているのだと思った」


 キュアは両親以外に自分の安否を気にする人がいるとは思わなかった。とりあえず素直に謝る。

「心配かけたんですね、すいません。今、携行薬の小型化に集中してて……研究に夢中になってただけなんです」

「キュアがすぐ夢中になるのは知ってる。でもこれはダメだ!たった一人で、こんなに痩せて……」


 セスが壊れ物のようにキュアの頰を片手で包む。キュアは突然すぎて真っ赤になる以外何もできない。


「あの、セス様、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「セス様?何それ?」

 セスの機嫌が一気に下がった。


「だって、もう討伐終わりましたし……あ、討伐は禁句だった。とにかくこれまで馴れ馴れしい態度取って申し訳ありませんで、イタッ!」


 脇腹をつねられ思わず声を上げる。

「討伐なかったことにするな!あの厳しい状況下で、俺たちは打ち解けて、誰よりも親しくなったと思ってるんだけど。違う?」


「そうかもとも思ったけど……何の連絡もないし……」


「っち、忙しかったんだ!レオのバカが彼女逃して、魔術で探せと居処の目星つくまで、地図を目の前に軟禁された。その後はシンジがユカに申し訳ないから働きたいとか言い出して、ギルドの受付紹介したら、態度が軽いってクレームが私のところに来て!あいつの性格を矯正するのに手間取った!」


「はあ」

 キュア以外の討伐メンバーは、国からの命令に背いて案外会っていたようだ。

(私は……何も知らされてないけど)


「何故指輪を外した?私が離れている間の虫除けだったのに。いや、俺が油断したんだな。君はきっと大人しく待っててくれるって」

「虫ですか?この施設には滅菌魔法施しているから入ってこれませんよ?」


「違う!指輪外した途端、あちこちの王族から見合いの打診が来てるってカレン先生から連絡が来て慌てて戻ってきた。シンジなんかに構ってられるか!」

「へ?見合い?」


「当然だろう?キュアの薬のお陰であの旅は討伐メンバー誰一人欠けることなく帰還できたんだ。ヒーラーの癒しだって、君の薬があって、ヒーラーの体力が万全だったからこそ。国単位でキュアを欲しがるのは道理にかなってる」


 キュアは思いの外、自分の評価が高かったことに驚いた。薬師の地位は何故か低い。これをきっかけに薬師の処遇が良くなればいいなとボンヤリ思った。


「王族に嫁げば、きっとありとあらゆる贅沢ができるだろう。でも、キュアの幸せはそこにない。キュアは薬が大好きで、自由に研究を続けたいだろう?もし俺を選んでくれたなら、一生好きに研究できるよ。キュアが夢中になってるときは決して邪魔しない!健康を損ないそうな時だけは強制的にベッドに連れて帰るけど」


「セス様も私の薬が必要ってこと?」

(他国に行くくらいなら自国を選べってこと?セスが私の面倒を見るの?)


「違う!君の薬は素晴らしいが、キュアの薬が必要なのではなくて、キュアが必要なんだ!これだけ言ってもわからない?じゃあ、キュア、君の好きな花は何?」


( 私に、好きな花を、聞くの?)


「セス様、何言って……だって、私とセス様じゃ、身分も、何もかも……」


 セスがパチンと指を鳴らした。


 無機質な研究室が一瞬で色とりどりの花に包まれた。薔薇やユリなどの定番の大ぶりの花だけでなく、中にはこの国にないアジサイも、この季節に咲くはずのない曼珠沙華も今が盛りと競いあっている。

「ここ数日、必死にこの地上にある花を全て集めた。君は、これで断れない……はず」


 キュアはセスの膝から立ち上がり、咲き誇る花々を呆然と見つめる。薬品の匂いがなくなり芳しい香りに包まれる。圧倒されて何も話せないでいると、セスは眉を下げ、見たこともないほどしょんぼりした顔になった。


「もしかして……好きな花、ない?」


 大好きなセスを悲しませ、キュアは焦った。急いで足元から群青の小さな花を探す。あった!


「……私は桔梗が好きです。可愛いし、喉のお薬になるんです」

「それ、ここにある?」


 キュアはしゃがんで咲きかけの桔梗を指差した。


 セスは恐々とその花を一輪摘み、そっと膝立ちでキュアに差し出した。

「桔梗も、それ以外の花も、一生君に捧げるよ」


 キュアも膝立ちになり、両手で受け取った。

 セスは涙目になりながらも破顔し、キュアを抱き寄せた。


「ああ、キュア……よかった。愛してる。レオの二の舞になるかとハラハラした。一生大事にするからね。頑張り屋の君が愛おしいけれど、二度とエリクサーなんて作るなよ」


「え?」

「魔力のさほどない君が、エリクサーを作るには、生命力……寿命を使うほかない」


(ばれてる……)

 エリクサーを作れる薬師はこの時代、キュアと祖母と父親だけ。キュアの血筋以外ではそんな知識、廃れていると思っていた。


「魔力が尽きたとき、もしエリクサーを差し出されたら、それは命がけの愛だということを魔術士で知らないものなどいない。この世の至高の幸福だと。夢のようなおとぎ話。私の身に起こるなんて……」

 セスはキュアに額を重ね、キュアの瞳の奥を見通す。


「君のエリクサーを飲んで、君の無償の愛が四肢まで染み渡り心が震えたけれど、同時に君が消えてしまいそうで怖かった。やはりこんなに体力落ちて……早速だけど、しばらくは俺が君の体調を管理するから」


 セスは少し顔を傾けて、愛しい婚約者にキスをした。

 キュアが目を閉じてセスに身体を預けるとセスはパチンと指を鳴らす。

 研究室は元どおりに復元され、花々はセスの空間に戻った。そして残された桔梗を持ったままのキュアを花そのもののようにそっと抱いて立ち上がり、移動魔法で自宅に戻った。




 ◇◇◇




 偉大な魔術士であり、国の大臣でもあるセスの父親は、キュアの足元に跪きキュアを迎え入れた。同じく魔術士の母親はぐしゃぐしゃに泣きながら、キュアにすがりついた。

 やはり、あのタイミングでエリクサーを飲ませなければ、セスは今ここにいなかったらしい。


 セスの家族はあっという間にキュアを囲い込み、セスとキュアは結婚した。

 キュアの薬指には馴染みの緑の石の美しい指輪がはめられた。元々、セスの家に代々伝わる、今の世では作れる匠もいない魔道具だった。先祖が愛するものの護身用に、目一杯魔法を込められるものをと発注した、宝。そしてセスもいつのまにか似たような指輪を作り、自らの薬指にはめて、お揃いだとキュアに笑った。






「カレン先生、私ばっかり、こんな幸せになってイイのかな」

 キュアはセスが作った広大な薬効のある草花の畑でハーブを摘む手を休め、自分の指輪をクルクルと回しながらつぶやいた。少し太ったもののまだ本調子ではない。


 愛しいセスの容赦ない愛に溺れそうなキュアであったが、使命を終えても、元の世界の戻れない勇者を思い出すにつけ、浮かれた気分が冷めてしまう。


 キュアに招かれて畑の片隅にゴザをしき、脚を伸ばしてハーブティーをご馳走になるカレン先生は、自分の横にキュアを座らせ、両手でキュアの痩せた手を包み込み、トントンと叩き、互いの気持ちを分かち合った。


 不意に大きな温かいものにキュアは包まれた。仕事の終わった夫がキュアを後ろからそっと抱きしめて、

「ただいま、キュア」

 キュアの頰にキスをして、前にまわると隣に座った。自然にキュアの腰を抱き寄せる。キュアはポッと頰を染めた。



「昨日、シンジとユカをこっそり見てきた。ユカが戦支度して家を出るのを、シンジが小さな赤ちゃんを抱いて見送ってて、ユカがシンジと赤ちゃんにキスして笑って行ってきますって言ってた。シンジも赤ちゃんの手を取って、ユカが見えなくなるまでニコニコ笑って手を振らせて、ユカも何度も何度も振り返って……あれ以上の幸せな光景、ないと思うな。ね、カレン先生!」


「ふーん」

 カレン先生はカップを持ったまま、まばゆいばかりに笑った。




ブクマ200!お読みくださる皆様ありがとうございます!

次回、ようやく真打ち、カレン先生です。

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