薬師キュア1
数年後、魔獣がはびこり人類滅亡の危機が来る、と神殿の巫女が予見した。
そのため各国は秘密裏に会合を重ね、伝説の勇者なるものを異世界から召喚した。勇者は魔獣殲滅の旅に出る。そのサポート役として数名の各方面の第一人者が旅の共をすることになった。しかしこのことはトップシークレット。無用な混乱を避けるため、各国中枢にいるものしか知らされなかった。
キュアは代々宮廷薬師を務める男爵家の娘だった。祖母の薬の英才教育を一身に受け、真面目な性格もあり、知識も調合も若手ではナンバー1の腕前であった。しかし同世代に王子はじめきらびやかな顔触れが居合わせ、キュアの薬学は彼らのド派手な魔力と比べればあまりに地味で、学生時代はその腕を知る者などいないまま卒業した。
薬学特化の家柄のため、家事も何もできないキュアは嫁ぐこともなく、先祖が作った研究機関でひっそりと働いていたが、有事にあたって、本人への意思確認などないままに、討伐メンバーに名を連ねられていた。
討伐メンバーは男性は勇者を筆頭に、騎士、魔術師。女性はヒーラー、斥候、巫女、そしてキュア。巫女はこの世界のどこかにいてまだ目覚めていない、聖女の代役だった。
初めて城で顔合わせをした時、キュアは何故か勇者に一目惚れしてしまった。勇者は確かにありえないほど強く、この世界に二人といない、黒目黒髪の取り合わせの美男子ではあったが、食事の仕方も下品だったし、脱いだ服を片ずけもしない。なのにありえないことに好きになってしまったのだ。
そしてそれは何故かパーティーメンバーの女性陣全てに当てはまり、斥候だけでなく、神に身を捧げた僧侶であるヒーラーも、純潔が必須条件である巫女までも、勇者に狂った。昼間は魔獣退治に明け暮れ、夜は勇者に皆で迫る。
「シンジ、この中で1番私があなたを愛しています!」
「いいえ、シンジ!私は、私は信仰を棄ててでもあなたと共に生きたいと思ってる!」
「はあ?いいとこのお嬢ちゃん達はなーに言ってんの?この鍛え上げたしなやかなからだを持つ、私のことを選ぶに決まってるじゃなーい!ね、シンジくん!」
「わ、私は……」
「マジで異世界チートハーレムルートじゃん!オレ、ヤバくね!?ヒャッハー!」
押しの弱いキュアはあっという間に勇者のテントから弾き出された。
「なぜか、好きで、たまらないのに……」
近場の魔獣を追いやったタイミングで、パーティーは久々に休息をとることになった。キュアはシンジのそばを離れがたかったが、他の女性メンバーが怖かったこともあり、なんとか足を動かして街に戻り、パーティーの相談役であるカレン先生に悩みを打ち明けた。
「先生、私、シンジのクチャクチャ音を立ててご飯を食べるところも、女の子全員をベタベタ触るところも、私が必死に作った薬を大事にしないところも、絶対許せないはずなのに、好きで好きでたまらないんです。パーティーの女性陣の仲も、もう最悪で……どうしてこうなっちゃったの⁉︎まだまだ討伐は続くのに……」
「ふーん……」
カレン先生は、とりあえず、パーティーメンバーである魔術師のセスに相談するようにアドバイスしてくれた。自分の状態と感じる違和感を詳細に伝えるようにと。そして相談役の権力を使って自分と同じく久々に休息中のセスをすぐさま無理矢理呼びつけた。
テーブルに向かい合ってムスッと座ったセスは、ミカエル学院の華やかな集団の一人だった。そして、その割に真面目で、図書館でよく一緒になり、会釈しあう仲だった先輩だった。
そういったことに、たった今気がついたキュアは愕然とした。もうやがて一年も共に戦ってきたというのに今頃?
そういった全てを、つっかえつっかえ、キュアは必死にセスに伝えた。始めは面倒くさそうに聞いていたセスも途中から真剣に、身を乗り出して聞いてくれた。
「セス先輩だったのに……あのユージーン教授の難しい過去問教えてくださったのに……そのおかげで〈優〉で卒業できたのに……なんで気がつかなかったの?私一体どうしちゃったの?記憶が混濁しているの?」
「そうか……邪険にされてたんじゃなくて、認識すらされてなかったのか……。そうなると全く別の問題だな。キュア、君は今の恋心を大事にしたい?それとも気持ちの悪い違和感をなんとかしたい?」
ホントの恋ならば、何があっても揺らがないはずだとキュアは思い、
「この頭と心のモヤモヤを一刻も早く取り除きたい!」
「わかった。じゃあ二日待って。その間、シンジに会っては行けないよ。どんなに恋しくても。約束できる?」
キュアはパーティーに与えられた屋敷ではなく、研究機関の上の自分の小さな個室に戻った。不思議なことにシンジが視界に入らなければ、シンジに会いたいという焦燥は徐々に起こらなくなった。
久々に薬品の匂いの染みついた部屋でキュアはグッスリと眠った。翌日は自分のいなかった間の同僚の論文を読み、焦って、討伐後の研究方向を検討して、疲労はあるものの爽快な気分でセスのもとに向かった。
「……目の下にクマが出来てるよ。そんなにあいつが恋しかった?」
セスは金の瞳でキュアを忌々しそうに眺めた。
「は?あ、お見苦しいですね、すいません。ついついヤンマー先輩の免疫と風魔法の相乗効果に関する論文読んでたら朝になってました!」
「……それ、面白いのか?」
「はい!目からウロコでした!免疫成分を体内で入れただけでは効果に個人差があって、それを均一化するにはどーするか!まさかの風魔法!日に5時間当てると重篤な……あ、すいません。ついつい興奮して……」
「ふふふ、キュアは昔もよく、夢中になって興奮しては図書室の司書先生に怒られていたね」
キュアは真っ赤になって俯いた。すると頭を優しく撫でられて、驚いて顔をあげると、穏やかな表情を浮かべるセスがいた。
キュアは口下手で気の利いた話などできない。得意な話は薬学だが、専門的過ぎて、家族以外は付き合ってくれなかった。そんな中、セスだけは、時折困ってることはないかと尋ねてくれて、話を共有できているかどうかはわからないけれど、じっくり聞き役にまわり付き合ってくれた。困った子だなあと思っていたに違いない。
魔力の多さを示す、神秘的な黒髪の先輩。
図書室の片隅で、君の研究は人の役に立つと断言してくれた……セスは学生時代のキュアの恩人。
「セス先輩……セス先輩と自習した時間はあの学院で最も有意義な時間だったのに……私ってばどうして……」
セスはポケットから金属を取り出し、キュアの手のひらに載せた。
「指輪?」
「うん。私の魔力を込めた魔道具だ。じっくり見てみて?不審なところがなければはめてほしい」
キュアは指輪を摘むと研究者らしくあちこち眺め、台座にはまったグリーンの石に触れ、軽く魔力を流してみた。セスの魔力で満タンなのがわかった。小さいながらも、複雑な術が仕込まれているようだ。でも不快なものではない。
キュアが指輪をはめようとすると、セスがそれを取り上げ、左手の薬指にはめた。
「日頃使わない指のほうが仕事しやすいだろ?」
セスの話は途中からわからなくなった。はめた瞬間、目の前の情景がグニャリと歪んだ。指輪からセスの魔力が勢いよく流れ出し静脈を通って身体中を駆け巡り……浄化がかかった。
「ああ……」
おそらくたった数秒の出来事。キュアが圧倒されているうちに瞳にかかった半透明の膜が落ち、脳みそのモヤが晴れる。セスがキュアの手を握った。
「キュア、勇者のこと、どう思う?」
「……好きでも、嫌いでもない。話の通じない変な人」
セスがキュアの手を両手で包み込む。
「君はね、特殊魔法〈魅了〉にかかっていたんだ」
セスは相談役のカレン先生が揃ったところで自分の仮説を披露した。
勇者が女性メンバーに〈魅了〉をかけているせいで、キュアも皆も常軌を逸する行動をしていたこと。
しかし勇者は無意識で行なっており、悪意などないこと。
キュアなど術にかかった対象は、勇者へ向かう恋情が強すぎて、他の人間への認識が散漫になること
おそらくはたった一人、異世界で生きて行かなければならなくなった勇者の側に、誰か寄り添い慰めることができるように、神の与えた恩寵であろうということ。
セスの作った魔道具を嵌めれば勇者から受けるあらゆる魔法の影響は無くなること。
「ふーん……」
カレン先生は目を閉じて、天井を向き考えこんだ。難しい問題だ。
「巫女様方にも、指輪、渡したほうがいいのかな?でもそしたらシンジは一人ぼっちになっちゃうのか……私たちの世界のために、家族から引き離されて、血まみれで働いてくれているのに……」
キュアは指輪を嵌めた今、別にシンジが嫌いではなかった。ただ、恋愛感情の好きではないだけ。この世界を救うために来てくれて、頑張ってくれている勇者。やはり感謝している。
「私の個人の意見とすれば、巫女やヒーラーたちに魔道具を渡す必要はないと思う。もし、心の底で嫌だと思っていたらなんらかの違和感を感じ、キュアのようにアクションを起こすはずだ。その時に先生が相談に乗って、場合によっては魔道具を渡せばいいんじゃないかな。……彼女達には、できれば本気で勇者のことを好きになってもらいたい。そうすれば全てが丸く収まる」
セスはクルッとキュアに向き直った。
「嫌な男だと、ズルイ男だと軽蔑する?」
キュアはすぐに首を振った。それしかないように思えた。セスがズルイならキュアもズルイのだ。
「私達には荷が重い問題すぎるよ。国のお偉いさんにキチンと考えてもらいたい」
カレン先生が目を閉じたまま、ウンウンと頷いた。
「よかった……」
セスがキュアの指輪を撫でながら、一息ついた。
◇◇◇
短い休息のあと、勇者一行は再び戦闘に戻った。
夜、勇者のテントでは激しい別のバトルが繰り広げられているようだったが、キュアは、そこから少し離れた焚き火をセスと騎士と共に囲み、暖を取っていた。二人に疲労回復と、MPMAXのポーションを飲んでもらう。
「サンキュー、相変わらずキュアの薬は良く効くよ。飲みやすいしね。ところで女の子なのに、外で寝るつもり?」
そう言ってくれる大柄な騎士はやはり学院の先輩で顔見知りだった。キュアは認識出来てなかった自分が情けなく、これまで守ってくれたお礼を、たどたどしく伝えた。
「俺たちが守るからキュアは安心して眠っていいからね?キュアの薬のお陰で元気になったから。キュア、レオの婚約者はね、ミカエル学院の中庭にいた空色の女神なんだよ」
「え!シンシア先輩!私、シンシア先輩にも勉強教えていただいたことあります!レオ様と婚約してるなんて知らなかった!」
「あいつは、奥ゆかしいから……ちゃ、ちゃんと好きな花はチューリップだと教えてくれたぞ!でも、卒業以来忙しくて、バタバタと討伐メンバーにも入って……まだ花束送れていないけど……」
レオの顔が真っ赤なのは焚き火の照り返しではなさそうだ。
「はあ?レオ、何やってんの?」
「うわー!レオさん中途半端なプロポーズなんて一番やっちゃダメなやつだー!シンシア先輩に捨てられても知ーらない!」
「す、捨てられる?バカな!っ!セス!自分がとっとと指輪はめさせたからって上から物言うんじゃねえよ!」
「指輪?」
「ああ。キュア、おいで、今日も指輪の充電しようね」
セスはキュアの手を両手で包み込んだ。
こんな荒涼とした荒地で、少し先には先程の死骸が転がっているというのに、セスの横は安全で居心地がよく、焚き火を見ながらの沈黙も心地よく、キュアは幸せだった。
この幸せは続かないことを戒めるのに必死にだった。
魔獣はドンドン凶暴化し、とうとうレオが腕を半分噛みちぎられた。キュアは強力な薬を飲ませて振りかけて痛みを麻痺させて、セスとともに、1番近い騎士団兵舎に駆け込んだ。そこには懐かしの空色の女神がいて、安心してレオを託すことができた。セスとキュアは戦地に舞い戻る。
「セスも!これ飲んで!」
キュアが全身全霊をかけて作った薄紫の霊薬……エリクサーを差し出す。
「おい……なんてもの作ったんだ……」
「足引きずってる!流血もひどい!魔法も威力落ちてる!私を一人前の薬師と思ってくれてるなら飲んで!じゃないと戦場に戻さない!レオのいない今、セスが完全じゃないと無理なんだよ!全滅しちゃうよ!!!」
「……クソっ」
セスは忌々しそうにキュアの手から水薬を奪い取るとゴクゴクと飲んだ。数秒で出血は止まり、怪我も完治し、体力も魔力も回復、新品同様になった。セスは恥ずかしそうに頰を赤らめ、唇を噛み締め、切なげにキュアを見つめた。
「キュア……ありがとう」
「どういたしまして……きゃああ!」
セスはキュアを横抱きして、現場に駆けて戻った。
数日後、奇跡か? 腕が元どおりになって戻ってきたレオは、魔人のような強さになっており、あっという間にその場所の魔獣を殲滅した。討伐メンバーはこの勢いのまま追い込みをかけ、半年で魔獣をこの世から殲滅した。
正直、腕の怪我以降のレオはシンジよりも強かった。鬼気迫るものがあった。
今回のテンプレ……薬師、勇者、俺tueee、ハーレム、魅了