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孤児シンシア 2

 この世界には怪我や病気を一瞬で治癒してしまう、摩訶不思議な光属性の魔法がある。

 その光魔法を操ることができるのは一つの時代にただ一人、今代聖女だけ。


(そっちだったか……)


 シンシアは小さな自分の部屋に戻るやいなや、床に突っ伏した。

 ふわふわパステルの見た目から、てっきり悪役令嬢系ヒロインへの転生と思っていた。


 ところがどっこい魔王討伐系のヒロインだったのだ。


(そりゃ……学院で事件起こらないわけだよ)


 前世の記憶とすり合わせると、聖女とは国の代表として有形無形の魔王級ボスキャラと戦う運命だ。最近魔獣が凶暴化しているのともしや関係があるのだろうか?


 18歳で学院を卒業し、23のこの歳まで鉛筆と帳簿とソロバンしか持ったことのない私にどう戦えと?


 それに……ついさっき聖女パワーを覚醒してしまったわけだがあまりにも遅咲き過ぎる。結婚適齢期20歳のこの世界で、トウのたったお局様と、魔法討伐の長旅付き合ってくれる若者なんているわけない。


「詰んだ……」


(逃げるしかないよね……)


 聖女として生きるなど絶対無理だ。若気の至りでいけいけどんどんの世代ではない。無鉄砲に危険になど飛び込めるものか!


 でも、バレるのは時間の問題。聖女信仰は根強い。教会は何らかの見つける手立てを持っているに違いない。それに、


「レオ……」


 レオはやがて意識がはっきりしたら気づく。自分の手がもがれる寸前であったこと、人の力では治せないレベルの怪我であったこと。

(レオが、助かったのは、間違いなくよかったんだけどね)


 ふふふと小さく笑う。

 必死で手に入れて、己の力で切り開いた、職場を捨てることを思い、シンシアの涙は止まらなかった。


 その夜のうちに、シンシアは出奔した。



 ◇◇◇




 2年後……

 シンシアは母国からかなり離れた国の港町で自給自足の生活をして暮らしていた。小さな廃屋を借りて、いただいた板や布でリフォームし、魚を釣って食べる。


 近所の子供達に基礎学問と帳簿の付け方を教え、授業料として、野菜やパンをもらう。


 聖女への加護なのか、贅沢を希望しない限り、特に危険もなく過ごしている。しかし、あれ以降光魔法は発動しない。困った時限定の火事場の馬鹿力的なものなのだろうか?残念ながら相談する相手などいない。


 シンシアは変装だったメガネもはずし、髪もふわふわなまま下ろして子供たちとお揃いの貝殻のカチューシャをして子供の面倒を見る。服装もシャツにパンツに白衣から、薄手のサマードレス。温かい海沿いの気候ゆえだ。この方が地味な騎士団文官で聖女であった過去と繋がらなくていい。



 夜、子供達の宿題の丸付けをしていると、控えめなノックがした。

 ご近所さんだろうと確認もせずにドアを開けると…………レオがいた。顔や腕に傷が増え、ますます凶悪なクマになっていた。


 無意識にレオの手を見る。大きなバッグを握っている。よかった。使えてる。

 ところがそのバッグがどさりと地面に落ちた。

(あれ?やっぱり使えてない?)


 シンシアは、いつの間にか、大クマの腕の中にいた。


「シンシア……生きてた……」

「え、あの……」


 シンシアはアゴを掴まれ視線を合わせられる。

「君は学生時代から誰よりも美しかったが……クソっ、ますます!ダメだ!」


 大クマはその大きな口で食べるようなキスをした。


 シンシアは前世今世初めての体験に何が何だわからない。そもそも聞いていたキスと違う!


「な、何で!」


「君が愛らしいのがいけない!初めは王子達を狙うハイエナの一人と思っていた。だけど、君は王子達の向こうの花を見たいだけだったんだとすぐにわかった」


「え……いや……」


「やがて君は王子達と違う時間を見つけ、花を楽しむようになった。俺は君が少しでもゆっくりできるように、あの中庭に立ち入らせないようにした。」


(まさか……こいつのせいで、私、ボッチだった?考えすぎ?)


「君は卒業後よりによって騎士団に入った。あの下品な男どもの集まりの!婚約者の俺としては気が気でなくて、王子の側仕えの傍ら、無理矢理騎士団にも籍を置き、君が辛い目にあっていないか見守っていた。たまに、愚かな男が君の上につき、君に理不尽な命令を出しているのを聞いて、そのときはすぐに沿岸警備隊に移動してもらったよ」


(……婚約者?)


「本当は君に働いてほしくなかったが、白衣の君は崇高であまりに一生懸命だから……辞めてと言えなかった。でも私もそこそこに力を手に入れ、君と将来の話を具体的にしようと思ったとたん、魔獣が大量発生した」


(具体的な将来の話……)


「そして愚かな俺はケガをして、君に恐ろしい禁術を発動させてしまった」


「禁術?」


「聖女の禁術、自分の命をかけると女神に願い発動する蘇生術。生死の確率は……五分五分。例え生き残れても……聖女としての力は失われる」


 シンシアは愕然とした。

(死ぬとこだったと?私何やらかしてんの?ってか、カレン先生、これ、重要項目だった!何故教えてくれてない‼︎)


「生死の賭けに勝ち、瀕死の俺を生き返らせ、力を失ったあなたはひっそりと表舞台から消えてしまった。俺の、俺のその時の気持ちがわかるか?婚約者の君に危険な思いをさせ、その挙句身を引かせるなど!」


(わからん……わけわからん……)


「君の光の残滓が残るこの腕は魔物を寄せ付けぬようになり、我が国に押し寄せた魔獣は全てこの手で一瞬でチリにした」


(ひいい、こいつが魔王じゃん!)


「ようやく落ち着いてあらゆる手段で、君の情報を集めたら、ここに、美しくも儚い、温かい海の色の髪を持つ人魚姫がいると聞いて……ああ、ようやく手に入れた」


 クマの分厚い胸に抱き寄せられ、頭に頰を擦りつけられる!

(マ、マーキング!それより)


「私が、聖女だと、なぜ……」

「手を再生する身技など聖女だけだ。でも全ての辻褄があったと思った。学生時代から、君はいつもその使命を背負っているために、清貧で、一歩ひいて、一人、研鑽に励んでいたんだね。喧伝もせず、隠し通して ……何と奥ゆかしいことか!」


(いやいや、ぼっちは貧乏とレオのせいでしょ?それに隠すって知らなかっただけなんだけど???)


「あ、あなたの婚約者って?」


 凶暴なクマの頰が朱に染まった。


「君があの、俺のムードも何もない、ガキそのものの焦ったプロポーズに即座に返事してくれた時、俺は天にも登る気持ちだった。一生君を大事にすると決めた!ああ、それなのに!」


「ま、待って!プロポーズ?」

「うん、好きな花を尋ねたら君はすぐにチューリップと答えてくれた。ひねりのない定番のプロポーズで悪い。あれからチューリップの花の季節になかなか時間が取れずに苦しかった。次の春には抱えきれないほどのチューリップを捧げるから。それで一連の流れ終了だ。」


 レオは恥ずかしげに笑った。


 好きな花の名を聞く→その花を一生一緒に見たいという思いで教える→その花を毎年プレゼントする、がこの国の鉄板プロポーズ。お味噌汁作って欲しいと同義だった。


(定番の、プロポーズに、返事したことになってるの?聞いてないー!カレン先生のバカー‼︎)


「でももう、春まで待てない。このまま俺の家に連れ帰る」


 クマはヒョイとシンシアを片手で抱いた。


「愛している。一生大事にするから」


 奇想天外な事態に頭がついていかない。しかしクマに抵抗するだけ無駄だ。でも安易な返事はできない。

 シンシアはクマと出くわしたときの対処法を前世の記憶から引っ張り出して、しばらく死んだふりを決め込んだ。




 ◇◇◇




 母国に戻り、着いた屋敷は騎士団長の公邸だった。


 シンシアが去った後の魔王の機嫌は最悪だったらしく、国の権力者の手によって、あっという間に婚姻が成立した。


 若くして聖女のために騎士団長に登りつめた若者と、自分の命を賭してその若者の命を救った聖女、消えた聖女を探し愛を乞う若者……という出来すぎた話は世界中に聖女ブームを巻き起こした。

 シンシア一人、ついていけない。


 でも、ずっと一人だったシンシアは一人でなくなった。レオの義理の両親も兄弟も、使用人の皆さんも、皆等しくシンシアを温かく、生命の危険を脱したようなホッとした表情で?迎えてくれた。

 そしてレオの、シンシアが全く気付いていなかった10年来の愛は暑苦しいほどだった。

 シンシアは戸惑いつつも、結局、嬉しかった。




「先生、私、知らない間に騎士団長攻略してました。でもある意味魔王も魔獣も攻略したし……どうやら最近の乙ゲーは複数の要素が絡み合ってるみたいだよ」


「ふーん?」

 レオの命で常にチューリップを中心に四季折々の花が咲き誇る屋敷の庭園に招かれて、お茶を味わっていたカレン先生は柔らかく微笑み、この国ではやはり珍しい水色のふわふわの髪の毛を優しく撫でた。








今回のテンプレ……聖女、光魔法、魔王


次の主人公は薬師の女の子です。

このような感じで、同じ時間軸の中で少しずつ関わり合いながら話が進んでいきます。

よろしければ、お付き合いください。


次の更新は日曜日予定です。

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