表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

孤児シンシア 1

 シンシアは生まれて数日で孤児院に預けられた身寄りのない娘だった。同じような境遇の子供達と貧乏ゆえに毎日忙しく過ごしていたが、10歳になったある日、孤児院の楡の木に雷が落ち、その瞬間、前世の記憶が蘇った。


 自分はかつて、全く別の世界の女子高生であったこと、店を持つことを目標に商業過程の資格取得に励んでいたこと。そして、たくさん遊んだ乙ゲー……


 姿見の中のシンシアは水色のふわふわの髪の毛に金色の瞳。シンシアは自分の立ち位置を理解した。


(この当初の環境の不遇さ、パステル調の色彩、私ヒロインだよね。何のゲームかはわからないけど?)


 シンシアはいずれ来る「迎え」のために、勉強に努めた。幸い貧乏な孤児院ではあったが、親切な家庭教師のカレン先生がボランティアで週一指導してくれた。


「先生、私、多分、どっかの貴族の落とし胤で、そのうち迎え入れられると思うんだー。だからさ、勉強以外の貴族のマナーとか常識とか教えて?」


「ふーん?」


 優秀なカレン先生は一通りの礼義や処世術を勉強の合間に教えてくれた。悪戦苦闘したが、辛抱強く、カレン先生は付き合ってくれた。


 しかし……、乙ゲーの舞台になりそうな国立ミカエル学院の入学年齢は15歳というのに、14歳を迎えた今も何の迎えも来ない。シンシアが焦っていると、よく気がつくカレン先生が庶民も受験できる特待生制度なるものの制度を教えてくれ、シンシアの成績であれば合格できると太鼓判を押してくれた。


(そっちだったか!)


 シンシアは意気揚々と特待生入試を受け、サクッ?と合格し、15歳の春、晴れて乙ゲー的学院に入学した。



 ◇◇◇



 攻略対象はすぐにわかった。何とシンシアの学年は国を動かす超大物の令息オンパレードだった。

 金髪碧眼、第二王子ハンター殿下

 クールな王子の側近、侯爵令息アレキサンダー

 筆頭魔術師の息子、黒髪に金眼の気難しい天才セス

 冷酷無比な銀縁眼鏡に銀髪銀眼の宰相の息子、ロード。


 が、彼らは既に天使か?と見まごうばかりの婚約者がいたり、脇目も振らず勉強していたりとまるで隙がない。王子は婚約者はいなかったが二重三重に貴族の取り巻きが囲み、2メートル級のガタイのいいSP役の学生に守られていて、接触するどころか、ジャンプしても覗き見することすら叶わない。

 学院内は平等、なんて校則は全くの建前でしかなかった。


 自分を一目でも見てくれたらストーリーが始まるかもと、高貴なお方々が集まる中庭に突撃するも、最早馴染みのクマのようなSPに弾き飛ばされる。

 1年生が終わる頃、シンシアは現実を受け入れた。


 学校が休みになっても帰省する家もないシンシアを、気配り上手なカレン先生が訪ねてきた。カレン先生はシンシアを見ると、街で評判の喫茶店に連れて行き、宝石のようなケーキをごちそうしてくれた。切り詰めた生活のシンシアにとって、この世界でケーキは初めてだった。張り詰めた気持ちが一気に緩む。


「先生、私、主人公だと思ってた。自分は特別だから、きっと特別なんだから!と思って頑張ってきた。でもね、ただの孤児でしかなかったの」


 シンシアはポロリポロリと涙をこぼした。カレン先生はシンシアの涙が止まるまで、背中をさすり続け、手を握り、トントンと優しくリズムを取り、なだめてくれた。





 ◇◇◇



 それからのシンシアは水色の髪の毛を綺麗に編み込みボリュームを抑え、黒縁のメガネをかけ、ひたすらに勉強した。前世で唯一使える知識の簿記やそろばんを活かし、国の機関のどこかに文官として潜り込もうと思った。


 参考書や辞書を買うお金もないシンシアの居場所はそれらをタダで閲覧することが出来る図書室だ。お金持ちにはあまり必要性のないその部屋はほんの数人の静かな常連がいるだけ。彼らとともにひたすら机に向かう日々。


 シンシアの唯一の息抜きは中庭の花々をベンチに座って見ることだった。シンシアは中庭に行くと何故か他の生徒はいそいそと立ち去り、ボッチを痛感し苦しかったが、自分が独りぼっちなのは今に始まったことではない。産まれた時からなのだ。


 その日はそろそろ萩の花が見頃だろうかと、そこに向かうと、大勢の人間が集まり……王子や、侯爵兄妹が輪の中にいるようだ。


「おい!」

 王子のSPである焦げ茶の髪に焦げ茶の瞳のクマ……同じ学び舎で学ぶうちに名前はレオと知ったがやっぱりクマ……に声をかけられた。

 クマは恵まれた身体(マッチョ)を見込まれて騎士家系の貴族の養子に入った元平民で、貴族だらけのこの学院の中、クマは朴訥ではあるがその育ちゆえに気さくで、シンシアを見下さず、四年間の学院生活が終わろうとしている今、会話を交わせる稀有な存在になっていた。


「あれ何?」

「ちょっと……取り込み中だ。今日はこの場所は諦めろ」

「そう。がっかり」

「明日は……明日はきっと大丈夫だぞ?奥の方、紫の花が咲いていた」

「見たの?いいなあ」

「……シンシア……花繋がりで!聞くが!今度!好きな花を教えてくれないか?」

「え、チューリップだけど?」

「即答!?そ、そうか……サンキュー」


(即答って、別に躊躇なくチューリップでもいいじゃん)

 シンシアの孤児院はチューリップの球根を育てて販売していた。恩のある花なのだ。庶民じみていたのだろうか?


 翌日から秋の長雨となり、その年の萩をシンシアは見逃した。




 ◇◇◇




 シンシアは努力が実り、騎士団の事務方に就職できた。騎士団は荒くれ者も多く、裏方は肝の座った庶民の方がいいという、今のトップの考えと……少しは自分の処理能力を買ってくれたのだと信じたい。


 雑草魂で、時に嫌がらせやセクハラを受けながらも、前世の生物教師の真似をして、常に大きめの白衣を汚れ防止で制服のようにまとい、露出を抑えて身を守った。無遅刻無欠勤の仕事ぶりはやがて信頼を生み、最近少しずつ増えてきた女性騎士たちに懐かれ、その子達を女性の立場からサポートした。

 騎士団のアイドル的な女性騎士達の支持があるからか、シンシアが怖いからか、いつの頃からか、シンシアの周りに意地の悪い人はいなくなっていた。


「先生、私みたいな仕事ばっかりの女のこと、お局様って言うって知ってる?黒の眼鏡かけて、化粧にも服装にも構わず白衣引っ掛けてるだけ。若い頃思い浮かべてたお局さんに、まさしくなっちゃった」


 唯一自分をさらけ出せるカレン先生にたまにグチを聞いてもらう。

「ふーん?」

「あ、でも、それを言うなら先生もお局様だね!」


 カレン先生は眉間にシワを寄せ、黙ってシンシアの口に残りのチョコケーキを突っ込んだ。




 ◇◇◇




 何故か、気候が不安定で、数年前に現れた魔獣が増殖し、暴れる年となった。地方では屋敷よりも大きい魔獣が村ごと蹂躙しているという話を聞き、シンシアは震え上がった。


 騎士団は日々交代で、魔獣討伐に出る。騎士団の責任者であるハンター殿下は予算をたっぷりとぶんどってきてくれるので、防具や薬など消耗品が足りなくなることはないが……裏方はしっちゃかめっちゃかの忙しさだ。


 しかし、本当に魔獣と対峙している、騎士団の方々に比べれば、何てことはない。仲間である騎士達の無事を祈りつつ、今日も既に深夜となっていたが、シンシアは明日のために薬を小分けし、携行食の在庫をかぞえ、団ごとに振り分けていた。


 急に真っ暗な外が騒がしくなり、窓から覗くと、血まみれの騎士が仲間に担がれて戻ってきた。

 シンシアは慌てて医務室に医者を呼びに行くが、時間が時間だけに帰宅している。とりあえず、消毒の道具を揃えて待ち構えているとドタドタと足音が聞こえドアがバーンと開き、女性がまず転がり込み、続く血まみれのローブ姿の男性がもっと血まみれの騎士をベッドに転がした。


 仲間と思われる小さな女性も男性も……どこかで顔を見たことがある……学院だっただろうか?、に早口で声をかけられる。

「ドクターは?」

「ごめんなさい。いないの。今ベルは鳴らした。とりあえず私が消毒だけ……え?」


 ベッドで意識のない男は、クマのレオだった。

 左手首がバッサリ切られ……皮一枚でぶら下がっていた。

 同じ騎士団に所属するものの、お互い忙しく、なかなか会う機会はなかった。時折食堂でハイタッチし、飲みに行こうと空約束するだけ。

 しかし、シンシアの、珍しく気を許している、仕事ぶりを認めている、たった一人の、男。

 真面目な、信頼できる、孤児であるシンシアを馬鹿にしたことのない、多分思いやりのある、男。


 連れてきたおそらく魔術士がどこかに行こうとする。

「待って!どこに行くの!」

「俺は戻る。まだデカイのが死んでないんだよ!後は任せた!」

 彼は足を引きずりながら去っていった。


 シンシアが呆然としていると、学院の後輩と思しき女性はウエストポーチから数本の薬瓶を取り出し、シンシアに持たせた。


「これ、痛み止めと体力回復のポーションです。私薬師でして。婚約者様がいらしてよかった!まだ私も助けるべき人がいるので戻ります。後はよろしく!」


 女性もヨロヨロと壁にぶつかりながら、真っ暗な世界に戻っていった。


「うそ……」


 レオを見下ろす。傷口を見て、込み上げる吐き気を何とかやり過ごす。


 ここにはシンシアしかもはやいない。覚悟を決めて、マネキンだと思って、泣きながら、切断面を必死に消毒し、腕を引っ付けてみる。ひっつくわけがない。血が止まらない。


「縫えばいいの?わ、私にできるわけないじゃん……ブラック○ックじゃないっつーの!うっうっ、レオ、ごめん……だって、私、ただの、孤児で、文官で……、うっうっ……」


 既にレオの血で血まみれの両手でレオの腕を繋ぎ合わせ抑える。涙がドバドバと流れ、レオの腕に落ちる。


「血、絶対、流れすぎてるっ!何で、何で、こんな目に遭うの?私もレオも悪いこと、何もしてない……地味に生きてる……だけなのに……」


 シンシアは天井の向こうを見上げた。


「神さま、お願い……私みたいな、何で転生したかわかんない、無力な女より……レオを……助けてよおーー!わーーーああああ!」


 レオの手首にすがりつく。

「繋がってー!お願いー!!!」


 突如、シンシアの両手から真っ白な光が放出され、レオの切断しそうな腕を包み込んだ光は細かな糸のように絡まり、レオの腕を細胞、神経単位で結び直し……数分後、光が収まったとき、レオの腕は新品のように美しく光輝いていた。


 ピクピクと指先が動いている。動作にも支障はないようだ。


 涙を流しながら……奇跡に呆然としていると、真っ青だった顔にうっすら赤みが戻ったレオが顔をしかめ、ゆっくりと目を開けた。

「ん……ん?あれ?シンシアか?お前、何、泣いてる……」


 先ほどまでぶら下がっていたレオの手がゆっくりと動き、シンシアの瞳の涙を拭う。

「な、何でもない!私、行くね、ゆっくり休んで!」


「お、おい!」


 シンシアは泣きながら駆け出し騎士団を後にした。






今回のテンプレ……異世界転生、孤児、チート無し、魔獣、騎士団

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ