公爵令嬢 カレン13
「ラナーーー!しっかり!それ、ひっひっふー!」
「いたーい!はあ、はあ、ひっひっふー、ひっひっふー!」
「ラナ、ラナ、大丈夫か!どこ痛い!」
「キャメロン、邪魔!出てけ!ロードー!キャメロン放り出して!」
「はいはい」
「ラナーーーー!」
数時間後、キャメロンとラナに第二子となるカワイイ女の子が産まれた。カレンの初めての姪だ。
◇◇◇
カレンとロードは三年前に正式に結婚した。相変わらず床に臥せっているギャロウェイ公のために公爵家の庭の小さなガゼボで親族だけの簡素な挙式をした。
ロードの両親も遠い領地からやってきた。思ったよりもロードとの関係はこじれておらず、
(大人だなあ)
とカレンは感心した。
ザナギスの爵位はロードの弟が成人するやいなや、ロードはあっさりと引き渡した。ロードは現在かなり特殊なただの宰相閣下だ。
カレンとバージンロードを歩くために、必死で歩行訓練をした公爵は、痩せてヨボヨボとした足取りだったがとても晴れやかな顔をしており、カレンは前世今世を通じて初めて親孝行出来たのだとわかった。
(お父様……パパ……)
祭壇に着いたとき、既に涙目になっていたカレンをロードは優しく抱き寄せ、
「泣かないでカレン、世界一綺麗。愛してる」
と囁きなだめた。
二人がマギ神の前で愛を誓ったとき、真っ青な天空から無数の純白の羽が降りそそいだ。
その瞬間をロードの末の幼い弟が、
「真っ白な羽の神様がいっぱい空からやってきて、ロード兄様とカレンお姉様のお祝いをしたの」
と、何気なく友人に話してしまった。
カレンは伝説になった。
◇◇◇
事の発端はシンシアだ。
レオとシンシアが親しい者だけを集めたジャスティンのお披露目会で、セレブの隠れ家的産院を自慢げに話してしまったのだ。
「オーシャンビューで空気が良くって、食事も新鮮でヘルシー。適度な運動と、先生のカフェイン抜きのお茶とお菓子!わかりやすい出産と育児の本を先生と一緒に研究しながら読むの!そして、お産の間中、先生が手をトントンして、頭ナデナデして、先生のお膝に座っていた小さいときとおんなじように励ましてくれるの!幸せに浸りながら、ジャスティンを産んだわ!産んだ後、動けない間、赤ちゃんのお世話の仕方をキッチリレオに叩き込んでくれててねー!
今ではレオとジャスティン二人にしても、全く心配いらない。あんな楽なお産なら、あと10人いける!崖の家サイコー!!!」
「あと、10人……オレいけるのか?」
当然、出産適齢期の新婚女子は食いついた。
「カレン姉様、私もカレン姉様のところで里帰り出産したい!」
「はあ?まあギャロウェイ公爵家は母が死んじゃっていないから行き届いた世話が出来なくて申し訳ないけど、ラナにはフレデリック侯爵家という素晴らしい里帰り先があるでしょう?」
「姉様、なんでシンシア様はOKで私はダメなの?」
「ラナ、嘘泣きやめなさい。私はプロじゃないの。難しい出産だったらどうするの!ラナの子供は私の大事な甥か姪、危険はおかせません!」
「シンシア様は大丈夫だったでしょう!」
「シンシアは楽なお産だと確証があったの!そもそもフレデリック侯爵夫妻がお許しになるはずがない!」
「わかりました。楽な出産の確約と両親の許可があれば、問題ありませんわね?」
「お、おう」
翌日、聖女シンシアの安産祈願!と漢字で書かれた半紙と、フレデリック侯爵夫妻の丁寧なお手紙を携えて、ラナはスキップでカレンの元にやってきた。
それ以降、この二つの書面の提出がひな型となる。もう一枚男性用があるらしいがロードに任せている。
ラナは夏の暑い日に太陽のような元気な男の子、セドリックを産んだ。初孫を抱いた公爵は、庭に出るまでに回復した。
「先生、私も先生のもとで里帰り出産を……」
「ゴホッ!ケイトぉ!妃殿下あ!無理無理、王族になんかあったら私、死ぬし!」
「シンシア様の祈祷のお札と、ハンター殿下からロード様へ書状。そして私の実家の印、加えて陛下と皇太子殿下の印も揃えてございます」
「ぐはっ!」
桜に似た、ピンクの花びらが風に舞う春の日、崖の家で皇位継承権を持つまばゆい金髪のお姫様が産まれた。
眉毛を下げて、えんえんあんあん泣く顔は、少し泣き虫だったあの人に似ていた。
「先生!私もようやく妊娠しました!里帰りよろしくお願いします!」
「キュア…………あなたは薬師なんだから、お産がどんだけ危険かわかってるでしょうに」
「先生、書類はすべて揃っている。オレとしては今すぐ入院させてほしい。キュアは悪阻がキツイくせにまだ実験しようとするんだ。研究棟から引き離したい。頼む、先生、キュアの身体にこれ以上負担をかけたくない……」
「……お前ら、私達夫婦の時間を奪ってるって自覚あるのか?」
ロードがセスのスネを蹴った。
秋刀魚祭り開催中に、予定より早く産気づいたキュアは、小さいけれど食いしん坊な男の子を産んだ。
そしてシンシアが男女の双子を産み 、今回ラナが公爵家のお姫様を産んだ。
カレンはお姫様を抱いて、ユラユラ揺れて、優しくあやす。
「ふふ、カレン姉様に似ています!」
二人目で余裕のラナがベッドの上から母の微笑みを浮かべる。
「だめよそんなの。私になんて似たら、苦労するわ」
「……そうかもしれません。でも私達家族は今のささやかな幸せがカレン姉様あってのものだとわかっています。敬愛するカレン姉様、この子にも祝福を授けてください」
カレンはリクエストを受けて、姪の幸せを願い、額にキスをした。
「姉上……はあ、我が姉ながら神々しい。姉上は相変わらず自分の価値に無頓着だ。ロード、苦労するなあ」
キャメロンが、兄になった幼いセドリックと遊んでやりながら、カレンを見つめるロードに声をかける。
年上の義弟の言葉にロードは苦笑した。
◇◇◇
弟一家が家を占領しているために、カレンとロードはしばらくテント住まいだ。忙しくて伸び放題の髪を手ぐしで整えポニーテールにしながらロードの隣に座り、ロードの淹れたコーヒーを口にする。
「なんか……毎度毎度ごめんね?」
「さすがにもう慣れた。私は昼間は仕事だし、夜はこうしてテントだとカレンのひっついていられるから問題ないよ」
ロードがカレンの腰に手を回し、優しく引き寄せる。
「カレン……」
「何?」
「実は、こんなこと頼める義理じゃないんだけど……レイチェルがここでお産したいって」
「なんと……えっと、おめでとう。でも、嫌いな私なんかの手で触られたくないんじゃない?」
「いや、本人が言い出したらしい。私達に自分達がいかに幸せか、見せつけたいらしい」
「ふーん……いいよ。でも先生のマタニティ講座は厳しいぞって伝えといてね」
「よかった。ありがとう」
ロードはホッとしたのか、表情を緩め、カレンの頰にキスをする。
「今日皇太子殿下にお会いして、私の従姉妹姫は幸せか?と聞かれたよ」
皇太子殿下も国王陛下も、あれ以来、カレンを無理に王宮に引っ張り出そうとしない。
「ふーん。……じゃあ今度、二人で訪ねましょうか。私達がいかに幸せか、見せつけに!」
一緒にいてくれるこの最高の男のお陰で、リチャードへのわだかまりは思い出すことも稀になった。
昔、そんなことがあった。辛く悲しいものだったけれど、あの試練で、小夜であるカレンはしなやかになった。それだけ。
カレンのこれまでの葛藤をそばで見てきたロードは大きく目を見開いて、切なげに笑った。
「そうだね」
ロードはカレンを上向かせると、味わうようにキスをした。愛おしく思いすぎてカレンのすべてを食べ尽くしたいという、熱烈な視線をカレンに落とす。愛する女を手に入れて、公私ともに充実したロードは大人の自信も余裕も手に入れて、ますます男っぷりが上がっている。
そんなロードに甘やかされて、カレンはとっくに骨抜きだ。
「あなたは常にたおやかなまま、新しくなる。こんなに私を翻弄して……悪い人だ」
ロードはそう言ってカレンの唇をペロリと舐めた。
「はあ……何それ……とにかくロード……ありがとう」
「……何が?」
「ん……全部?」
「じゃあカレンを全部ちょうだい?」
「何を今更……ふふっ、いいよ」
ロードがギラリと目を獰猛に光らせ、カレンをギュッと抱きしめたとき、
「うわーーーんあんあんあん、うわーーーーん!」
「ねえさーん!セドリックが隠れて紅白まんじゅう口に詰め込んで吐いたー!助けてーー」
「ふにゃーん!あんあんあん!ひにゃーん!」
「姉様ー!姫まで目が覚めちゃったー!助けてー!」
「……宰相閣下、あなたの善良な食い意地のはった民が泣いてるわ」
「はあ、神の御使様に助けを求めておいでです。参りましょうか」
ロードがいつかの舞踏会のように、カレンの足元に跪き、手を差し出す。
カレンはそのペンダコのある大好きな手に、安心して自分の手を託す。
空は満天の星。
二人は優雅に立ち上がり、見つめあって母屋に向かった。
白い羽がひらりと天空から落ちてきた。
異世界でセレブな産院開きました!
〈完〉
もとい、
カレン先生と役割を知らぬ人々
〈完〉
物語終了時の年齢
カレン 34(見た目22)
ランスロット34
キャメロン 32
ロード シンシア ハンター セス レオ アレク 29
キュア 28
ラナ 27
ケイト 26
本編終了です。この後番外編1話続きます。
テンプレへの挑戦……どうしても内政を入れられなかった……




