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公爵令嬢 カレン12

 カレンはまっちゃんの正しい情報のおかげで、魔獣の巣にあっさりと乗り込むことが出来た。至近距離の薮の中にしゃがみこみ様子を伺う。


「はあ、なんじゃこりゃ……」


 魔獣は倍の倍で、十二匹気味が悪く蠢いていた。大型の魔獣達が何かを嬲っている。

 ここまで近づいたのは、小夜として討伐に明け暮れていたとき以来。

(もう、被害始まってる。一刻を争う事態だ)


 今のカレンのいでたちは、お取り寄せした小夜の着ていた黒い鎖帷子に刃を通さない黒いズボン。否が応でも小夜の想いと戦闘時の緊張感を思い出す。


 しかしカレンは小夜のように勇者でない。戦闘能力のない今回のカレンが戦う方法はただ一つ。



「いでよ!マシンガン!」



 シーン…………



「ちょっとー!マギ神、いい加減にしてよね。あの魔獣やっつけるにはそれしかないじゃん!あ、弾は満タンに装填しておいて?オートフォーカスよろしく!あ、ついでに弾から火が吹くようにしてもらえるとありがたい。全部燃やさなきゃ消滅にならなかったよね?」



 シーン…………


「これっきりでいいって。この討伐が終わったら、没収してくれていいから!」



 ぽわっと頭上が光り、ドサっとマシンガンが降ってきた。

「わ、結構重い!え?うそ⁉︎」

 これまで常に満タンだったお取り寄せ用のポイントが一気に半分に減った。

「ふーん、まあいいけど」


 そうこうしてる間に、魔獣達がユサユサと横に揺れだした。

(ヤバイ!増える兆候。頑張れ私!かわいいジャスティンを守るんだ!行くぜ!)


 カレンは立ち上がり、脚を踏ん張り、目標を定め、大きく息を吸い、吐いた。

 引き金を引く。

 ガガガガガガガガッ!!!!


 身体に降りかかる振動に耐えながら、体勢を維持し、間違いなく一匹ずつ仕留めていく。昔の知識を掘り起こし、急所を狙う。


 1、2、3、4、

 首と眉間を撃ち抜かれた巨大な魔獣が後方に倒れていく。


 ガガガガガガガガッ!!!


 5、6、7、8

 残った魔獣が暴れ出す。

(逃がすか!)

 ガガガガガガガガッ!!!


 9、10、11、

(ラスト!)

 カチッ……


「え?」

(弾切れ?)


 どす黒い巨体の魔獣の濁った赤い瞳が、カレンを射抜く。

「あと一匹だったのに……」


 魔獣は、カレンの様子をジッと伺う。そして、カレンが抵抗しない、抵抗できないとわかると、一気にジャンプして、飛びかかった!


(マギ神!弾!装填!ああ、間に合わない!)


 慌ただしかったカレンの生が脳裏を駆け巡る。

 最後の最後に掴んだ、穏やかな幸せ。


 重いマシンガンをドサリと地面に落とした。


(ママ、パパ、お父様……()()先に逝く不幸を許して……)


 カレンは目を閉じた。


「ロード……愛してる」








 ◇◇◇





「雷剛!!!」

「火炎弾!!!」


 聞いたことのある男達の声が辺りに響く!

 カレンのまぶたが一気に明るくなる。


 瞳を開くとすぐ目の前で、太い、もはや雷撃とは言えない光の柱がゾウ並の魔獣を貫いていた。そして、追い打ちをかけるように巨大な火の玉が、魔獣のいた周囲すべてを焼き尽くす。


 カレンがぼんやり、メラメラと魔獣が叫び声を上げながらチリになるのを眺めていると、


「せんせーい!」

 ガバリと柔らかな、消毒液の香りが染み付いた細く、儚げな女性にしがみつかれた。

「……キュア?」


 涙目のキュアがウエストポーチから小さな薬瓶を取り出し、きゅきゅっとフタを開ける。

「飲んでください!」

「キュア、ダメじゃない……そんな身体でこんなところに来たら」

「先生に言われたくありません!さあ、早く飲んで!」


 カレンはキュアの勢いにのまれて、得体の知れない薬をグイッと飲んだ。激マズだった。

「何これ?」

「先生がこれ以上、無茶なことしない薬です!」

 キュアが再び、カレンに抱きつく。


「先生にっ、ボーマンドが襲いかかるのを見たときっ、私達がどんな思いをしたかっ!わかりますかっ!うっうっ……」

 カレンはおずおずとキュアの背に手を回した。


「……先生、あなたは昔から、自分の命を粗末にし過ぎだ」

 カレンが頭をあげると随分と久しぶりの、以前よりガッチリとしたセスがいた。


「セス、なぜキュアをこんなところに連れてきたの」

「キュアが連れて行けと脅すので。薬しか頭にないこの人がキレることなんて滅多にありませんから」

「キュア……」


 先程の薬の効果か、カレンの疲労や睡眠不足が一気に抜ける。しかしキュアの薬は戦士ではないカレンには強力すぎて目眩がする。副作用か。


「コイツの連絡で私達は駆けつけました」


 セスが親指を立てて指差す後ろには、当然、ロードがいた。

 ロードは全身に電気をバチバチと纏い、眼鏡のブリッジに右手の中指を当てて……怒り狂っていた。


「あ…………」


「先生、私にもそしてレオにも覚えがあるんです。愛する人が自分のために身を投げだしたことに、気がつかないこと。後からわかって、それがどれだけ無力感に苛まれるか……そんなに自分は頼ってもらえないほどに不甲斐ないのかと 、どれだけ絶望に打ちひしがれるか。想像できますか?」


「ダメッ!セス、止めて!私の先生をいじめるのなら、もう私、研究棟から出てこない!」


「ちっ!先生、あなたはロードを侮りすぎだ。ロードは国に絶対に必要な宰相の器の人間が他にいないから宰相に収まっているだけだ。魔術の質、量ともにオレの倍。正直シンジなんて比じゃない。使わないだけで、ロードはこの世界で無敵なんだよ。特に先生と出会ってからは、先生を守るためと言って、オレとレオ相手にこれまでになく鍛えてるからヤバイくらいに進化してるし」


(なんと……魔王(ラスボス)宰相(ロード)か……)


 セスがカレンからキュアをビリっと剥いで、小脇に抱えた。

「よく、お二人で話し合ってください」

「せ、せんせー!またねー!」


 プッと二人は消えた。



 残されたカレンにロードがゆっくりと近づき、目眩でふらつくのを知っているのかスマートに両腕に抱き上げる。

「ろ、ロード?」

「ここは空気が悪い。私達も戻りますよ」


 ロードが口笛を吹くと、クロちゃんシロちゃんまっちゃんがやってきて、ロードの肩に停まった。

「……、もう残党はいないそうです。まっちゃん偵察ありがとう」


そして、一瞬で崖の家に戻った。



 鳥達はバサバサと自分の寝ぐらに戻る。ロードはカレンを抱いたまま、雪のちらつく外のロッキングチェアに座る。


「ロード、あの、どうしてあの場所わかったの?」

「クロとシロとまっちゃんに聞いた。私と対の双子石はめ込んだ指輪のお陰で指標ドンピシャだった。指輪はめさせといてよかった」

(ど、どういうことなんだろう。聞いたはいいがさっぱりわからん。でもこれ以上、聞けない……)


「あのっ、ロード……」

「カレンがさっき、ボーマンドに殺されていたら、私は間違いなく後を追ったから」

「え?」


「そんな意外そうな顔をしないでよ。リリスもそうしただろ?」

「……何を言うの?」

「カレンがいなければ、生きていけない。カレンを不幸にしたこの世界になど、用はない」

「…………」


「リリス大伯母は異界から来た健気な小夜様を娘と思ってひたすら愛していた。国を動かす才はあっても自分の心に不器用なリリスの気持ちが今、完璧にわかった。……いかに大事に思っていても、全く伝わってないから死なせる。そして世界と自分に絶望して己も死ぬ」


 淡々と語るゆえに、ロードの言葉が嘘でないことがわかる。

 カレンは……ロードの重い愛に震えた。


「カレン、あれくらいの魔獣、私にとってはどうってことないって覚えておいて」


 カレンはただ頷く。


「私達は結婚を誓いあった仲。夫婦は如何なる時も支え合い、分かちあうものだろ?違う?」

「違いません」


 ロードはカタリと眼鏡を横のテーブルに置くと、後ろからカレンの肩に額を載せた。


「……二度と、無断で、私のそばから消えないで」


 ロードの声がくぐもり割れている。カレンの肩がシットリ濡れていく。


 セス曰く、この世界最強の男が、カレンの肩で泣いている。


(ああ……)

 カレンもうなだれる。


(誰よりも、残されるモノの気持ち、わかっていたはずなのに……)

 取り残されて、泣いていた小夜とロードが重なる。愚かな自分に吐き気がする。


(私はロードを壊すところだった……)

 小夜もあの当時、最強だったのだ。最強でも壊れた。


(どんなに高尚な理由があろうとも、訳も告げずに飛び立つのは、卑怯だった……)

 ロードを愛しく思うからこそ何も言わずに家を出た。でも残されたものにとって、それが如何に傲慢な考えか?カレンだけはわかっていなければならなかった。


(私は……なんて愚かなの)


 カレンは歯を食いしばり、涙を引っ込めた。勇気を出して、頭を上げて振り向いて、ロードの銀の瞳を覗き込んだ。


「ロード……私が間違ってた。今度から、一人で決断して突っ走ったりしない。全部ロードに相談する……ロードに頼っていい?……ロード……許してくれる?」


(こんなに私を必要としてくれる人を置いていったことを……私は最早一人のものではないのに、無断で私自身を粗末にしたことを……最愛のロードを侮る結果になったことを……許してくれる……?)


「……許すさ。今のままの、私欲のないカレンが好きなんだ。私はその都度追いかけるだけだ」

 ロードの涙がカレンの頰に落ちる。

「でも……私のために生きて……頼むよ……」

ロードが愛おしげにカレンの顔を両手で包む。


「ロード……ごめんね……愛してる……」

「カレン、出会う前から愛してる。私の全てはカレンのものだ。今も、これからも。二度と君を離さない」


 雪の舞い、波が砕ける音が響く自然そのものの荘厳な世界で、ロードは誓いのキスをした。ロードの魂の一部をカレンに刻み込むように、二度と見失わないように、何度も何度も。


 カレンの力が抜け、完全にカレンもロードのものになると、ロードはカレンの冷たい頰に自分のものを寄せて、二人の全身に浄化をかけ、膝の上のカレンを抱き上げ家に戻った。








残り1話です。お付き合いください。

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