公爵令嬢 カレン11
カレンは口笛を吹き、まっちゃんを呼び出す。世界の何処かでおかしな動きが発生していないか見てきてほしいと願うと、ピヨッとさえずり飛んでいった。
何も手につかず数時間、季節外れの雪の中、外でぼんやりと待っていると、まっちゃんが帰ってきた。手のひらに呼び、頭をそっと撫でて、目の奥を見つめる。
「……嘘でしょ……」
この世界の反対側の国で、愚かな貴族が前回殺しそびれた魔獣を一匹飼っていた。政敵にでもけしかけようと思ったのか?そして、それはあちこちにある闇気を吸い三匹に数を増やし……抑えがきかなくなり……その貴族を殺し、屋敷からのそりと這い出てきた。
「こんなの出現したら、そりゃ、大気も荒れて雪も降るよ……」
打ちつける雪でしっとり濡れて、カレンはノロノロと家の中に入る。
(生きていれば誰でも闇気は吐く。外の世界は闇気放題。早く手を打たないと倍々に増えてしまう)
(シンジを呼ぶ?無理よ!あんなに穏やかに笑ってるのに!)
小さく頭を横に振る。
(じゃあ、レオ?ダメ!ジャスティンが泣いちゃう!セスは?いかん、キュアがまだ弱ってる)
(マギ神!もう!何見逃してんのよっ!)
カレンがパニックに陥ろうとしたとき、床が光り、ロードが帰宅した。
「ただいま、カレン。あれ、どうしたの?」
「あ……あの、ごめん、なんか今日、ボーっとしちゃって。ああっ!まだ、夕食の準備何もしてない」
「大丈夫!でもちょうどよかった。陛下とお父上に結婚の許可をいただきに行ったら、とても喜んでもらえてね。たくさん手土産を持たされた。ほら!」
ロードの持ち帰った袋には、美しいデコレーションケーキやパンが山ほど入っていた。
「今日はこれを食べよう。では汗を流してくるね」
「うん」
カレンはケーキを切り分けて、器に盛り、ロードの好きなワインを開けた。公爵家のコックが作ったケーキはカレンの好きなフルーツばかり挟んであり、当然美味しい。
「公爵様、結婚の話を聞いた途端、とっても顔色が良くなってね。キャメロン様がお父様をベッドから脱出させるために、是非とも式は公爵家でしてほしいと言っておいでだった」
「そう」
「陛下への挨拶のあと、ハンター殿下に捕まってね。随分と冷やかされた。まさかこの国至高の姫をお前が落とすとはなって!私は粘り勝ちだよって答えた」
「そう」
「ケイト妃殿下が是非、内内にお祝いをって。喜んで伺いますって答えた」
「うん」
「ごめんカレン、私、少し、浮かれているよね?」
「そんなことない」
「そうだ、これ」
ロードがポケットから柔らかい布に包まれた、何かを取り出した。そっと開けると、二つのプラチナの指輪。
「セスとキュアが夫婦の証だってお揃いの指輪をしてるのが羨ましくて……カレン、私たちも、いい?」
「……うん。これ、何が刻んであるの?」
「古代文字で死が二人を別つまで、共に歩むことを誓う、と。えっと」
「薬指で」
ロードがカレンの左手を取り、薬指に指輪を滑らせる。
自分で自分のものをはめようとするとロードを制して、カレンも同じようにロードの骨ばった指に滑らせた。ロードはすぐにカレンの手を握りなおし、カレンの指輪の上にキスを落とし、柔らかく微笑む。
「カレン、ありがとう」
「こちらこそ、ロード……とっても素敵」
(私の人生で、男性に指輪をもらうことが、あるなんて……)
神秘的な文字の凹凸をなぞり……心臓がギュッと切なく縮む。
「ああ!カレン!私はとっても幸せだ!こんな日が来るなんて!マギ神よ、感謝いたします!」
◇◇◇
珍しくワインを大目に飲んだロードはグッスリと眠っている。カレンはそのベッドに腰掛けロードの寝顔を見つめる。
銀縁の眼鏡を外し、いつもオールバックに上げている銀の髪はサラサラと前に下され、その表情は少年のようだ。
父親が引退して、新しい宰相に任命され数ヶ月、新人の割に臆することなく冷徹な仕事っぷりらしい。
そんなロードだがカレンにはひたすらに甘い。そして、カレンへの態度は揺るがない。カレンを第一に考えてくれる。一緒に過ごす時は積極的に賑やかに。カレンが静かに物思いにふけっているときは、そっと、距離を置いて、見守ってくれる。
「こんな男とは思わなかった……噂なんて、当てにならないものね」
ロードの目にかかるシルクのような髪をかきあげてみる。
「う……ん……」
上向きに投げ出されたロードの手のひらには小さな切り傷やヤケドの跡。ここに来た当初、必死に魚を捌き、コーヒーを淹れてくれた時のもの。カレンのために。今では漁師のように手早くなった。この世界にないコーヒーの淹れ方も、なにやらこだわりを見つけてしまったようだ。
そして、その薬指にはプラチナの指輪。白銀に輝く様は、清らかなロードそのもの。
「私、こんなに近く、長く、他人を受け入れることって初めてなのよ。知ってた?」
カレンは神の御使として、自立が早かった。そのため、父親とも、実弟キャメロンとも、埋まらない距離がある。
「まさかあなたのそばにいることが……居心地よくなるなんてね……」
短くも濃い、ロードとの日々を振り返る。
「前回は、置いていかれた。置いて行く方にまわるのは初めてだわ」
ロードの頰に、触れる。
「……置いていくほうも……案外辛いのね……」
ロードの頰の感触を、手のひらに刻み込む。
「ロード……」
薄い唇を、人差し指でなぞる。
「私も……あなたに会えたこと……感謝してる……」
カレンはロードの額にキスをした。ハラハラと涙が出た。ロードの顔に落ちないように、手の甲で拭う。
「大好きよ……」
(リチャードも……泣いたね、きっと。だって優しい人、だったもの……)
恨みのせいで、押しやられていた、リチャードとの温かい思い出が蘇る。
「さよなら……私の救いの……銀の冷徹?宰相さま……」
そして、飛んだ。




