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公爵令嬢 カレン10

 ロードが崖の家に住みだしてから、三ヶ月ほど経った。


 いわゆる同棲状態で、この世界の未婚男女の常識から、大胆に外れている。ロードの評判に傷がつくとカレンは反対したのだが、


「カレンさえ誰にも言わなければ、絶対バレないよ」


 確かに他人から見れば、ロードは一人、自分の小さな家に帰り、翌朝その小さい家から出勤し、たまの休みは家に引きこもり謹慎しているようにしか見えない。


 実際は帰宅するや否やカレンの崖の家に飛び、水着で海の中にいるカレンの元に大慌てで駆けつけ、お湯を沸かし、風呂に入れ、カレンがあったまったところで説教し、夕ご飯を食べて消灯。翌朝、寝ているカレンの頰にキスして、自宅経由で出勤している。


 貴族のロードは当然自分で料理したことも、自分で食材を狩ったことも、捌いたこともなかったわけだが、カレンの唆され、発奮して参加するようになり、生魚を食べるというカルチャーショックも乗り越えた。


 ロードは使用人のいない、自分達で完結する生活にかなりの抵抗を感じた。しかし、カレンと二人、誰にも邪魔されない空間、お互いのために調理し、洗濯してとりこむこと、ささやかな幸せはじんわりとロードを温めた。もうこれまでの生活には戻れない。


「ロード、せっかくのマダイ祭りなのに焦げてる!鯛は色が大事!」

「わっ!ごめん!」




 ◇◇◇




 カレンと縁が切れて、真っ青な顔をしていたロードの肌ツヤがよくなったのに、目ざとく気がついたのはシンシアだ。ロードとシンシアは学院の同級生。遠慮なくズケズケとロードに家まで付きまとい、カレンとの詳細を自白させた。


 そして、


「せんせー!」


「シンシア!走っちゃダメ!」


 大きなお腹のシンシア、しかめっ面のレオ、そしてプラス二人の移動魔法でグッタリしているロードがやってきた。


「私、ここで里帰り出産するって決めたから!」

 シンシアは拳を振り上げて宣言した。


「だって、私孤児だし、義理のお母さん達いい人だけど、気を使うし、この世で1番()()()()なの、カレン先生だし。ここには私と先生が昔、えーと旅した?国の使いやすい道具が山ほどあるもの!」


「シンシア……心細い気持ちはわかるけど、私、流石にお産は素人よ?プロに任せなさい?」


 前世の父の診療所を思い出す。夜中の分娩、手が足りず、小夜も母と一緒に何度か手伝った。


「やだ、先生じゃなきゃ。お産はね、これでも聖女だから大丈夫なのわかってるから!先生に責任取らせたりしない!ただ先生に、いつもみたいに手を握ってトントンしてて貰いたいの。ダメ?」


 シンシアは最早レオの時のような大きな奇跡は起こせないが、カンは働くので『お告げ』をしたり、『祝福』という小さな幸運を授けるなど、小さい奇跡を施すことはできる。きっと転生者なのに聖女などという重荷を負わせたマギ神のお詫びだ。


「先生、悪い!もうこいつの中で決定事項見たいで止められない。頼むよ、先生!」

 レオがためらいもなく土下座する。


 ロードに聞けば、そもそもこの世界はお産は家庭で行うもので、異常があるときだけ医者を呼ぶスタイルだそうだ。


 カレンは可愛い教え子達に折れた。そして二人の生活に水を差され、ロードはガックリした。

「レオ、ここで見聞きした他国の物品とカレン様の……お姿やご様子は一切口外禁止だ。ここに一筆書け。破ったら……わかってるな?」

「お、おう……」



 そして予定日の一カ月前より里帰り生活、結局レオも押しかけて期間限定の四人の生活が始まった。小さな崖の家は突然人でいっぱいになり、プライバシーが欲しい人のために、外にテントも用意する。


 カレンはシンシアのための『たま◯クラ◯』をお取り寄せし、二人でハッハッフーとラマーズ法の勉強をする。オッパイが出ないときに備えて哺乳瓶と粉ミルクも取り寄せる。


(せっかく我が家を里帰り出産先に選んだんだから、私だからこそできる恩恵をビシバシ与えるもんねー!)


 毎日漁に出て、新鮮な魚をシンシアに食べさせる。そんなカレンにシンシアは大ウケし、マタニティスイミングだと言って、自分も海でジャブジャブ泳ぐ。

「先生、竿の仕掛けは何?アジはサビキがいいんじゃ?私もこの前まで海で生活してたから、ココ、馴染むわー!」


 仕事帰りのレオはその姿を見るや否や、真っ青な顔になり、服も脱がずに飛び込む………



 マタニティブルーでシクシク泣くシンシアを、生まれたら何とかなる。私も手伝うと言って背中をさすって励まし、前世の子守り歌を歌って休ませる。


 そして、シンシアに十分な睡眠を取らせている間に、取り寄せた産婦人科医の専門書を読み込み、ロードに手伝ってもらってあらゆるシュミレーションをする。そして、いよいよ自分の手に負えない時のために、1番近い街の医者に話をつけて、ロードがその医院との間に移動魔法の準備をした。





 満月の満潮の夜、丸1日陣痛に苦しんだ割には、最後にはスルッと、シンシアは出産を()()()!レオそっくりの大きな男の子だった。


 カレンは後産を済ませて、シンシアと赤ちゃんを清め、室内にレオと三人にしてあげる。




(パパ……終わりました……)

 星を見上げ、きっと見守ってくれていた前世の父に祈る。


 ここ数日、男性二人の居住区だった、庭のテントに、カレンは二人ぶんのコーヒーを持って行く。ロッキングチェアーに座ったロードはカレンを見て微笑み、コーヒーを受け取って、傍の、レオがざっくり日曜大工で作った木製のテーブルに乗せると、カレンを自分の膝に抱き上げた。


「カレン、お疲れさま」

「うん、疲れた。ようやく肩の荷が下りた」


 ロードがカレンの肩を揉む。

「小さくて可愛かったね」

「ロード、アレ小さくない。5000gあった。おっきかった。最後の一カ月、シンシアに食べさせすぎちゃったみたい。まあでも無事産まれてシンシアも元気。結果オーライ!」


 二人、ゆったりと、満月を見つめる。

 後ろからロードの顎がカレンの肩に載った。


「……カレン」

「ん?」

「私もいつか、カレンとの赤ちゃんが欲しい」

「え……?」

「カレン、結婚して?」


 カレンが慌てて振り向くと、月明かりの中、真剣な、切に願った顔をした、ロードがいた。

「カレン、あなたの好きな花は何?」


「……このままの私でいいの?」

「このままのカレンが好きだ」


「引きこもりなのに?」

「カレンと引きこもるの、悪くない」




 カレンは周囲を見渡した。前世通学路に咲いていた。この異世界の浜辺にも強く、凛と立っている。

「水仙が好き」


 ロードはカレンを膝から下ろすと立ち上がり、潮風に揺れる水仙を摘んだ。

 そして、一緒の立ち上がったカレンの前で跪き、愛を乞う。


 カレンは両手で満月に光る白い花を受け取り、前屈みになって、そっと、初めて自分から自分を、ロードに捧げた。


 キスに込められた意味に気がついたロードは涙を浮かべ、立ち上がって愛する人を胸に包み込んだ。


「レオの赤ちゃん、キューピットだな。感謝」

「赤ちゃん……よかった……おめでとう……ありがとう」

「シンシアと赤ちゃんとレオ、ありがとう……」


 二人は感謝を呟きながら、月明かりの下で、静かに、抱き合った。




 ◇◇◇




 シンシアと赤ちゃんは一カ月滞在した。赤ちゃんの名前はジャスティンだった。

「うふふ、昔、大好きだったんだー!」

 とシンシアがカレンに言うのを聞いて、レオが荒れた。


 シンシアは産後の肥立ちもよく、赤ちゃんも『ひ◯こク◯ブ』を見る限り順調な成長っぷりでカレンはホッとした。


 親子三人はまた来るよー!とジジババ扱いのカレンとロードに手を振って去った。

 手を振り返すカレンの傍で、ロードは俯いて、ハンカチで眼鏡を拭いていた。


(ジャスティンいなくなると、そりゃ寂しいよね……)

 改めて二人きりになり、ジャスティンの声が聞こえずしょんぼりしているロードをカレンは横から抱きしめた。


 シンシアは、不在の間、とあるセレブな産院に入院していたことになっているらしい。

(セレブ産院?嫌な予感しかしない)



 季節はとっくに春だというのに、ここ数日震えるほど寒い。

 カレンが一人で大量の洗濯をしていると、可愛らしいジャスティンの靴下が片方ポタリと落ちた。忘れ物だ。


(ちっちゃいなあ……ふふ。こんな小さなあんよなのに、いっちょ前に爪が伸びてたよねー……え?)


 カレンの胸が変な音を立てる。そっと自分の両手を目の前に持ち上げる。

 爪が、短い。


(私……バタバタしてて、シンシアのお産から、爪、切ってない…………)


 カレンの成長は、再び止まっていた。


 雲が太陽を覆い、雪が降り出した。










妊娠、出産に関する文章はあくまでフィクションです。ご了承ください。


もう……カタカナの名前、思いつかない……

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