公爵令嬢 カレン9
ロードは魔法で一気に身綺麗になると、甲斐甲斐しくカレンを看病した。
時折カレンが目を覚ますと、見慣れない、カレンの地球からのお取り寄せをおっかなびっくり触っている。着替えようと、身体を起こすと、さっと駆け寄り、背中を支えてくれて……顔を真っ赤にする。
「カレン……何その格好」
パーカーを脱いだカレンの格好は、白Tに紺の短パンだ。
「汗、吸うから綿がいいかなって……引き出しに替えがあるから取ってくれる?」
ロードはカレンの背中にクッションをあてがうと、いそいそと引き出しを開け、
「グハッ!」
と叫び、恐る恐る、目的物を探した。
「カレン、ここに、私以外が尋ねてきたことある?」
ロードが俯いて、メガネをハンカチでゴシゴシ拭きながら尋ねる。顔がますます赤い。
「ないよ。誰も来れないように、ここを棲家にしたんだもの」
「カレンの今の格好、誰にも見せていないよね?」
「うん」
「誓って?」
「誓って。そういえば、ロードはどうやってここにたどり着いたの?」
「シロちゃんにお願いして、私のペースに合わせてもらって、何とかついてきた」
「猛獣の森、突っ切ってきたの?」
「まあ、私もそこそこ戦えるんだよ」
(シロちゃん飼いならしたのか……一体何を餌に貢いだんだろ?)
「じゃあ、外に出てるから。着替え終わったら声かけて」
「はーい」
「はあ……心臓に悪い。熱のせいだとわかっていても、潤んだ瞳で、あんなしどけない姿見せられて……なんだよあの、タンスの中の美しくも繊細な下着は……けしからん。これは私へのお仕置きなのか……」
(ロードって案外独り言多いなあ)
カレンは回らぬ頭でボンヤリと思った。
(ロードはこの猛獣の森を、超えてきた)
Tシャツを脱ぐ。
(わざわざこの森を超えなくても、もっと簡単に攻略できる上等な女、ロードならいくらでもいるだろうに……)
カレンがざわつく心臓を抑えていると、外から声がかかる。
「終わったー?」
「ご、ごめん、まだー!」
(でも、来てくれた)
◇◇◇
数日後、ロードのおかげで、カレンの体調はほぼ元にもどった。
何故発熱したか聞かれたが、真冬の海に潜ったと正直に言ってはいけないことくらい、病み上がりのカレンにもわかり、モジモジしていると、ガバリとロードに抱き込まれた。そのままロードの膝の上を跨ぐ格好で、正面に顔を合わせる形で座らされる。
(た、短パンだから、いいっちゃ、いいけど……)
「カレン、私の話、聞いてくれますか?」
思わず身をよじったが、ロードはギュッとカレンの腰に手を回し、逃がさない。
「お願いです。少しだけ、あなたの時間を私にください。
レイチェルは、私の家と懇意にしているトリガー伯爵家のご息女で、私よりも8歳年下、17歳です。母親同士が学院時代の友人ということで、昔から我が家によく遊びに来ていました。大人達が真面目な会話に入ると、私はレイチェルに本を読んであげたり、庭に連れ出してあげたり、お守りをしていました。8歳も離れていますからね。そりゃあ可愛い女の子でしたが、恋愛感情など持ったことはありません。当然二人きりであったこともありませんしね」
「しかし、侯爵家と伯爵家の思惑は違ったのでしょう。私達が仲良く散歩する様子を見て、お似合いだと思ったそうです。幼女相手に大人気ない態度などとるわけないのに、馬鹿らしい。釣り合いも取れ政治的な問題もない。レイチェルを次期侯爵夫人に迎えたいと口約束していたそうです。私が学院に行っている、私の預かり知らぬところで」
「成長してからはレイチェルとは年に数度しか会っていないというのに、彼女は私をすっかり理想の夫と偶像化してしまったようで、必死に花嫁修行をしていたそうです。そんなこと知る由もない。 私は当面、仕事にしか興味がなかった。友人達が何人も魔獣討伐に駆り出され、大怪我を追って戻ってくる。私はせめて、国を安定させて報いようと必死に父の片腕として働いていた」
「そんな中、カレン様を知った。王の姪という晴れがましい立場であるのに、決して表舞台に出ず、裏で画策し、1番苦しい思いをしそうな人々に手を差し伸べ、さりげなく救いの道へと進ませる、神の御使。リリス大伯母から伝えられている、小夜様の生き様と重なった。自分を滅し、ただこの世の安寧にだけ心を注ぐ、美しくも悲しい人」
「……それはちょっと、大げさよ」
ロードは首を振る。
「憧れのあなたに会って、恋をしました。あなたは案外ズボラで抜けていて可愛くて、お金には全く心を動かされず、ひょうひょうとされていて……でも時折ひどく切ない顔をされて、その悲しみをキスで全て拭ってしまいたいと思っていた。カレンと踊ったあのとき、私は天国にいると思いました。なんとか、このままカレンに私のことを気に入ってもらいたい!側にいさせてほしい!そう思った矢先、地獄に突き落とされた。あなたの瞳が私を写していないとわかり、心が潰れると思った」
「……」
「……結論を申しますと、トリガー伯爵家は子爵に格下げになりました。カレン様は王の姪で公爵令嬢。そして、この二十年、たった一人で魔獣大量発生に伴う民草の不幸を打破すべく戦ってきたカレン様への仕打ち、王が激怒されました。そして我が侯爵家は謹慎。父は私に爵位を譲り、母と二人、領地に戻りました。王はもっと大きな処罰を考えられましたが、キャメロン様が断られました。カレン様にこれ以上負担をかけてくれるなと。ただ、これ以上カレン様を傷つるものには公爵家は容赦しないと」
母は死に、父は病弱、姉は不在で役立たず。キャメロンは一人公爵家の矢面に立ち、戦ってくれている。
(優しい子なのに……ごめんねキャム……)
「両親は私がカレン様に縁談を申し込むと話したとき、単純に喜んでいました。ただトリガー家への義理を欠いた。婚約は口約束だったこともあり、あの話はなかったことにしようと、ただ宣言したのです。傲慢にも。伯爵家が侯爵家に口を出せるわけがなく」
「……まあ、そんなとこだろうと、思ってた。ロードはどう思ってるの」
「本当は、私には全く関係ない!足を引っ張りやがって!と叫びたい。でも、私は侯爵家の跡取りというよりも、一人の大人として自分の周りに気を配らなければならなかったのです。母からは何度も結婚しろ、いい人がいなければ勝手に見繕うとよく言われていました。私は煩わしくて、生返事していました。私にも、あなたを傷つけた、責任は、あります」
「……私も同意だわ。私、女の子を傷つける男、大嫌いなの」
ロードが顔の色を無くす。
「レイチェルは今、学院の学生です。未成年の彼女が不利益を被らないように、出来る範囲で手助けするつもりです。そして、あなたをバケモノだなどと言う輩は私の手で一掃します!」
「え、そんな物騒なことしないでいいよ。もうそんな人達と会うつもりないから」
「私が嫌なのです!愛するカレンが侮辱されるなんて……ハラワタが煮えくりかえる!」
「……」
「カレン」
「……」
ロードがカレンの腰に回る腕にギュッと力を込めて、カレンの意識を自分に確実に向けさせる。
「愛しています」
「……」
「どうか、私に、一度だけ、チャンスをください」
ロードはコンッとカレンの肩に顔を落とした。
「あなた無しでは……私はもう……」
カレンの鼻先に、ロードの輝く銀の髪がさらりと触れる。カレンの愛用する青リンゴのシャンプーの香り。
「はあ……」
カレンはロードの頭をそっと撫でた。撫でたかったから。この美しい銀の糸に指を絡めたかったから。
つまりはそういうこと。
結局のところカレンの頭の中は、ここ最近、ロードのことしかないのだから。
(私はまた、恋をしてしまったんだ……)
今回の騒動について、ロード個人への怒りなどもはやない。
あの状況が、ただただ苦しかっただけ。
「ロード……」
「はい」
「私も……ロードが好きよ、多分。賢いとこ、真面目なとこ、一途なとこ、私を支えようとしてくれるとこ」
「カレン!!!」
ロードが勢いよく頭を上げる!
「でもね、私、怖いの」
「……小夜様のように、裏切られることが?ですか?」
「……色々ね。だから、私はここを動かない。ここだけが私の手に入れた小さな平安なの。もう、よく知らない大勢の人々に晒されるとこなど行く気はない。私はここで生きていく。臆病でしょう?だから……ごめんなさい」
「私も、ここに住んでもいいのであれば、問題ありません」
「……無理でしょ?宰相閣下?」
「大抵のことは、愛さえあれば乗り越えられます」
ロードはカレンをひしっと抱きしめたまま立ち上がり、足元に陣を発動させた。カレンは慌ててロードの首にしがみつく。
(移動魔法!ロードも使えるの⁉︎)
移動魔法は膨大な魔力を消費する。この世界で使えるのはセスの一族と自分ぐらいだと高を括っていた。
(私を、抱いたまま⁉︎)
一瞬で二人は王宮そばのロードの一軒家にいた。そしてここでもロードは足元に陣を書き発動させる。
「きゃっ!」
崖の家に戻った。
「地点登録完了です。これで私は毎日ここから出勤できます。先程も言いましたが私もセス程ではありませんが、ほどほどに魔法を使いこなせるのですよ?」
「ふ、ふーん……」
カレンは神のチートによる感覚で魔法を使っており、理論で使ってるわけではないので、ロードの説明はサッパリわからなかった。




