公爵令嬢 カレン8
◇◇◇
親愛なる カレン
カレン、先日の王家主催のパーティーでの不手際、主催者として心よりお詫びする。
そして、神の御使である君が王の姪であることをいいことに、君の神秘性を利用してきた王家。その結果、国民の畏怖の対象になり、果てはバケモノなどと呼ばせてしまったこと、謝罪する。
先日も言ったけれど、君は私と共に王家の子供世代の長子だった。王になる私と、神の御使という立場の君、最近はすっかり疎遠ではあったけれど、同士と思っている。
ただし君は10歳にも満たない時からその使命のために身を滅して働き出した。
私はミカエル学院に通えたけれど、それすら叶わなかった。君の孤独は私の比ではないだろう。
君が人知れず、世界中を移動魔法で飛び回り、姿を変えて名を残さずに神の恩寵を授けて回っていることを、最低でも王と、私、そしてギャロウェイ公とキャメロンはわかっている。
君の最期の務めは、勇者シンジの救済だった。
先日君は城で去り際に異国の言葉をつぶやいた。シンシア嬢に尋ねたところ、
「リチャードと一緒だ」という意味だということ。
カレン、君は勇者サヨの生涯を神から聞いているんだね。我が王家によって、使い潰された悲劇の勇者。王家の負の歴史。
サヨのことは、統治に影響が出るから、王と将来の後継者にしか知らされない。
君が王家の血筋でありながら、私や王を苦々しい顔で見るのも、王宮に近付こうともしないのも納得できる。私は先王にそっくりらしいからね。
だが、これだけは伝えておきたい。ロードは決してリチャードと一緒ではない。リチャードの弁明をするつもりなどない。如何なる思いを胸に抱えていたとしても、サヨを切り捨て殺したのは事実。
しかし、ロードは自分の何もかもを捨ててでも、君を支えたいと思っている。
以前のロードを知らない君にはわからないだろう。ロードは決して感情を外に出さない男だ。それ故に君と出会い、変わっていくロードに我々はとても驚いた。そして彼をますます好ましく思った。
重ねて言う、ロードはリチャードではない。
彼の話を聞いてやってほしい。私は幼馴染の可愛い従姉妹に幸せになってほしい。
今回の騒動に関する賠償はまた別の機会に。
愛をこめて ランスロット
◇◇◇
「あーあ」
カレンの呟きが冬の空に解ける。
美しい従兄弟王子、ランスロットが目に浮かぶ。彼は常に品行方正で、成人するや否や美しい姫と結婚し、既にニ男一女をもうけ、王家は盤石。付け入る隙もない。
「何もかも知っていて、飲み込んで、自分の役割を果たしてるってとこかあ……」
足元の小石を蹴る。
「ムカつく」
(自分の卑小さが……いつまでも過去に囚われている自分が)
しかし、カレンの今回の転生はやり直して幸せになるための転生ではない。これ以上被害者を出さないために修正をするための転生。たまたま小夜の記憶を持って生まれたのではない。カレンは小夜そのものだ。ゆえに全てが過去ではなく、引っ張られるのはしょうがない、と思う。
便箋がもう一枚はらりと落ちる。父から『たまにでいいから顔を出すように』と震える文字で一言。
(心配してくれるお父様がいる……小夜にはいなかった。確かに小夜と全く同じじゃないか……)
クロちゃんが返事は?と首を傾げる。
「返事はないよ、書くことないの。思い浮かばない」
久しぶりに軽くなった脚を喜んで、クロちゃんはカレンの真上を旋回したあと、飛び去った。
◇◇◇
寒ブリ祭りは刺身からしゃぶしゃぶに移った。分厚い昆布がゲット出来たのだ。
王家の印が押してあれば、カレンはとりあえず手紙を受け取ると認識されたようで、ランスロットの手紙以降毎日のようにデカイハンコ模様の手紙が送りつけられる。
(王家の印ってこんなに連発して使っていいんかいな?)
差し出し人はキャメロン、ラナ、シンシア、ケイト、ハンター。みんなカレンを気遣い、短慮な真似をしないように、心が落ち着いたら会いたいと切々と書いてくれている。
キャメロンによると、ロードはギャロウェイ公爵家に日参し、病床の父公爵に殴られたそうだ。
痩せ細った手で、殴らなければならなかった父と、かわせるのに敢えて力のない拳を受けざるをえないロード。その情景を想像して、カレンの胸はキリキリと痛んだ。
ロードの手紙はシロちゃんが運んでくる。そして解かれることなくそのまま帰っていく。ロードもクロちゃんのハンコ手紙の中に手紙を混ぜ込んでくるかな、と思っていたが、ロードの几帳面な文字はそこにはない。
やがてシロちゃんは来なくなった。
カレンは気がつくと森の奥から白いハヤブサが飛んでこないかと探していた。
「勝手だね」
(自分がはねつけておきながら、便りがなければないで寂しがるなんて)
(これだから恋愛はイヤなんだ……)
そう思った瞬間カレンはハッとした。
(ウソ……ロードのこと好きになってるってこと?ダメ!無理!やめなきゃ!)
小夜の時、リチャードを思って泣き暮らした日々を思い出す。訪ねてくれないリチャードにしびれをきらし、王宮に行こうとすると、衛兵に閉じ込められ、ドアの前で座り込んで、開けてくれとドアを叩き……寒くて、苦しくて……絶望した。
(私をコントロールするのは私だけ。決して心を左右されない!それがマイルールでしょ!!)
カレンは冬の海にドボンと飛び込んだ。
◇◇◇
山盛りの原点回帰ウニ祭りと引き換えに、カレンは風邪を引いた。
布団に入り、面倒くさくてお取り寄せしたクイックチャージのゼリー飲料と頓服薬を飲む。寝て、汗をかいて、着替えて、薬を飲んで、寝る。
『ママ……』
病気の時はしょうがないと、カレンは自分が泣くのを許す。ママは小夜が熱を出すと、仕事を休んでずっと側にいてくれた。りんごを向いて、ママの大事な高級チョコを一粒口に入れてくれた。
『ママ……』
ママ、ママ言って、パパを呼ばない自分に笑った。
(だってパパは医者のくせに、こういう時丸っきり役に立たないもの)
こんな寒い日に、コタツで三人、みかんを食べながら七並べをしている夢をみて、涙を流しながら目を覚ましたカレンは、ボンヤリと、窓の外を見た。
猛獣の森の方から、何か白いものが向かってくる。一瞬シロちゃん?と思ったが訂正する。シロちゃんはハヤブサ、もっと速い。
白い点はゆっくりゆっくり近ずいてくる。ボンヤリした頭には、やはりシロちゃんにしか見えない。
(何あのスピード。森でピューマかなんかに襲われて怪我しちゃった?)
ようやく森を抜けたシロちゃんはなぜかカレンの家に来ないで、そこに留まりホバリングする。
熱のせいで身体中が痛むが、なんとかカレンは枕を背に座り、頭痛に顔を歪めながらシロちゃんの動向を見守った。
猛獣の森から一人の人間が脱出した。
「うそ……」
シロちゃんがそれを見届けるとキュイっと一鳴きして、一直線にカレンの家に飛んできた。
そして……ロードもその後を追って、全力で走ってきて……ガラガラっと玄関の引き戸が開いた!
「カレン!カレン?カレン!!!」
傷だらけホコリだらけ泥だらけのロードがカレンのベッドに駆け寄って、カレンの額に手を当てた。
「なんて熱だ……ああ、カレン……病気だったの?ああ……泣いてる。すまない!つらかったね」
ロードは両手をカレンの後ろに回し、ぎゅっと抱きしめた。
「カレン、やっぱり愛している。色々言いたかったけれど、こんな弱っているあなたを見たら、何も言えないじゃないか!!」
(あい……してる?)
ロードは呆気にとられた顔のまま、涙を流し続けるカレンの目元を親指で拭った。
「カレン、カレンも辛かった?」
カレンは小さく頷いた。ただただ辛かったのは、本当。
ロードは瞳を潤ませて、カレンの唇にそっとキスをした。




