公爵令嬢 カレン6
肌寒い季節になり、カレンが一人ホタテ祭りを開催し、漁から戻ると、シロちゃんが日当たりのいい自分専用の止まり木で待っていた。
「ごめんごめん、待った?」
「キュイ!」
シロちゃんの祭り参加を了承し、パカっとナイフでこじ開けた生のホタテをシロちゃんに差し出す。
そしてシロちゃんから手紙と小箱を受け取る。
箱の中身は小さな色とりどりのキャンディ。
「……かわいい」
手紙を広げる。頻度が高いため、文章は長くない。
ロードから、二人で出かけた前回の馬の遠駆けがいかに楽しかったか、そして雪が振る前にもう一度行きたいこと。このキャンディが今街で人気なこと。そして、年末の王家のパーティーは一緒に出て欲しいこと。最後にカレン様、お慕いしております、と〆られていた。
何度もパーティーや舞踏会の参加は断ってきたので、最近はロードも声をかけなくなっていたのだが……
カレンはキャンディーを一粒口に放り込む。甘い。
(どうしても……ということか)
年の瀬に一度、王の元にほとんど貴族が集うパーティー。
カレンはリチャードそっくりの現王パメルが大嫌いだ。神の御使という立場を盾に、これまでは不参加を貫いてきた。
しかし、今回も欠席すれば、キャメロンとラナの慶事に水をさすことになる。
そして婚約者がいるのに一人で参加という不名誉を、ロードにあたえることになる。
(浮世の義理か……)
◇◇◇
「カレン姉様!」
弟嫁になったラナが駆け寄り抱きついてくる。ラナがまだヨチヨチ歩きの頃からカレンは彼女と遊んできた。しかしぱっと見カレンが妹に見えるのはしょうがない。
「ラナ、ようやくホントの姉妹になれたわね。嬉しいわ」
「姉様ありがとう!でも、本当は王家のパーティーなど出たくはないのでしょう?姉様は人混みが嫌いだもの」
「よくわかってるわね、ラナ。今年だけよ、パーティーに参加するのは。他ならぬラナのためと……」
「私のためですよね」
ロードが静かに私の腰を抱く。
「ロード様!姉様、ロード様に恥をかかせないためですのね!ロード様、カレン姉様から御心を配られることがどれほど幸福なことかお分かりになっていて?」
「ラナ、大げさな」
ロードは私の手を取り、そっと口づける。
「もちろん」
人前でキスを受けることなど、一度もなかったカレンはまたしても真っ赤になる。それが指先であっても。
「まああ!ロード様!やりますわね!」
「ある程度やり手でなければ姉上をここまで追い詰めることなどできないよ」
「キャム!!!」
四人揃った。ギャロウェイ公爵は体調が悪く欠席。しかしキャメロンがいるので問題はない。
二組のカップルは、大勢の貴族の集う大広間に入った。
◇◇◇
順番がやってきて、王の前に四人立つ。
大嫌いな叔父である王は、リチャードというよりも、いつの間にかかなり太りリチャードの父王そっくりに変身していた。
甥夫婦の結婚を寿いだあと、カレンに視線を移す。
「カレン、長の務め、ご苦労であった」
カレンは黙って頭を下げる。
(あんたらに労われてもね。私が何を成してきたのか聞きもしないくせに。まあ、聞かれたところで答えられないけれど)
「ザナギスの息子と婚約とは、実にめでたい。何か望むものを祝いにやろう。申してみよ」
「それならば、ニ、うっ」
突然カレンはロードに脇腹をつねられた。
「ありがたき、幸せ。カレンと二人でじっくりと相談させていただきます」
ロードがカレンには見せない、外向きの微笑を浮かべ、その話を終わらせた。
「従兄弟どの、久しいな!」
人好きのする微笑みを浮かべ、皇太子ランスロットが手を差し伸べてきた。キャメロンが愛想よくその手を握り、握手する。ランスロットの隣には友好国より嫁いできた美しい皇太子妃がニコニコと微笑んでいる。
ランスロットはリチャードそのものだった。ハンターと違い、皇太子の正装を着た彼は完璧にリチャードだった。
(本気で頭が痛い……)
「カレン、久しぶり!何処かに篭っているんだって?たまには顔を見せに来てくれ。カレンと私はたくさんの従兄弟の中で唯一の同い年。これからも国を支えて欲しいんだ。っと言ってもそんなにかわいいままのカレンに言っても信憑性ないね」
カレンは小さく、殿下の御心のままに、と囁くのが精一杯だった。
◇◇◇
王族への挨拶という一大仕事を終え、カレンはロードに連れられて、壁沿いの椅子に腰かけた。次期公爵夫妻であるキャメロンとラナの元にはたくさんの貴族が結婚祝いを一言述べるために列をなしている。
「カレン、大丈夫?」
ロードは突然、カレンを呼び捨てにし、フランクな話し方になった。
カレンが首を傾げると、ロードは頰を薄っすら染めた。
「ダメですか?」
場の雰囲気を読み、婚約者同士ならばそのほうがいいと思ったのだろう。
「構わないわ。色々と気を遣わせてごめんなさい」
カレンもナチュラルな話し方に変えた。
「いえ……そうそう、先程は陛下に何を強請ろうとしたのですか?嫌な予感がして遮ってしまいました」
「二度と王族に会わないでいい権利」
ロードは目を見開いた。
「止めてよかった……なんて思いきったことを」
「ダメ?呆れた?」
「ひょっとして私にも、会いたくないとお思いですか」
カレンはマジマジとロードを見つめる。
(目も、鼻も口も耳もどこもリチャードのヤツに似ていない。ロードはリリスと同じ、銀の瞳……)
ロードが急に両手で顔を覆った。
「あれ、ロード、どうかした?」
カレンがロードの手をひっぺがすと、ゆでダコのように赤くなり、眼鏡の奥の長い銀のまつげを伏せていた。
「か、カレン、返事は?」
「うん。ロードは大丈夫。ずっと一緒でも問題なし!」
「よ、良かった。私もカレンとずっと居たいので」
ロードがカレンの手を包んだ。
(剣ではなくて、ペンを持つ手ね)
カレンは安心して微笑んだ。
「ああ、そんな笑みを見せてはダメだ。いっそさっきの願い、穏便な言葉に直して叶えてもらおうか。カレンを誰にも見せたくない」
「え、上手くやれそうならお願い。私、本気で隠居したいの」
「はあ、とりあえず務めです。周囲がだんだんと煩わしくなってきた。クリーム色のドレスはとても慎み深いのに何故か魅惑的で……速やかに一曲踊って帰りましょう。私としたことがあなたの影響力を侮っていた」
ロードとのダンスは二度目。前回よりもリラックスして回る。
ロードはカレンの頭一つ上から、眩しそうにカレンを見つめ、優しく優しくリードする。
「カレン、やはりダンスは嫌い?」
カレンは前回自分がそう言ったのを思い出し、しばし考える。
ロードと音楽に乗って身体を動かすのは……嫌いじゃない。しかし、嫌な思い出がビッシリ詰まっているこの場、周りのヒソヒソ声、視界に入るアイツと似たような顔。
「ここは嫌。どこか静かな、ロードと二人きりの場所ならいいけど」
珍しくロードが脚を取られた。おっと、とカレンが支える。
「カレン、あなたって人は、どこまで私を翻弄すれば……」
「このワルツ、音を取りにくいよね。一緒にカウント取ってみる?」
「いいですよ。カレンと一緒ならなんでも」
「じゃあ、ワンツースリーワンツースリー……」
ゆっくりとカウントすることと、ロードと呼吸を合わせることに夢中になったカレンは久しぶりに大勢の人々の中にいるというのに、穏やかな気持ちになっていた。
パシャッ!!!
赤ワインを、よりによってクリーム色のドレスにかけられるまでは……




