公爵令嬢 カレン5
公爵邸のサンルームにカレンはロードを招いた。
「カレン様とお茶を共にできるなんて感激です。カレン様の入れるお茶もお茶受けもそれは素晴らしいと伺っておりましたので」
清潔感のあるグレーのスーツは一目で力がなければ買うことの出来ないオーダーの高級品だとわかったが、レンズの向こうのロードの瞳は少年のようにキラキラ輝いている。
「……誰に?」
「ハンター殿下のとこで、ケイト妃殿下だったか、セスのところのキュアだったかな?」
「あなた方、卒業してだいぶ経つけれど……まあまあ交流があるのね」
「まあ、悪友ですが……助けられております」
「ふーん」
ロードはニコニコとお茶を味わう。
「ところで、インゴッドの処遇に悩んだからといって、私に婚約を申し込むなんてロード様ほどのお方が浅はかすぎます。これからの人生に影響を及ぼしたらどうされるおつもりですか?」
「カレン様への婚約申し込み、我がザナギス侯爵家は全員一致で賛成してくれました。皆、討ち死にしたら骨は拾うと!」
(真面目なリリスの子孫の割には……調子いい?)
「私はザナギス侯爵夫人にはなれません。素養も覚悟もやる気もありません。ロード様はザナギスを背負わなければならないでしょう?」
「我が家には出来た弟が二人もおりますので、彼らが家督は継いでくれます。別に爵位がなくても首を切られることがないくらいには仕事が出来ると自負しておりますのでご安心を。カレン様も、公爵令嬢という肩書きにさして執着はないでしょう?」
(大した自信だわ……まあ事実なんでしょうけど。はあ)
「ロード様は今、25歳?私は30です。見た目は少女、中身はおばさんなのよ?わかってる?」
「何度も聞きました。承知しています。信用できないのなら、カレン先生の時の容貌に変身してください。それで私がお慕いしていることをわかっていただけると思います」
「ロード様。私が5つも年下の男、子供にしか見えないの」
「それは……お付き合いしていくなかで、私が決して子供ではないことをお伝えしていきますよ」
ロードが足を組み、カレンの瞳をじっと見つめる。
(……瞬時に色っぽくもなるのか……反則だ)
「ロード様、あなたはまだ小夜に囚われているのではなくて?小夜のいない今、贖罪の対象に私を選んだのではないの?」
「カレン様を小夜様の代わりになど、どちらのお方にとってもそんな畏れ多いことできるわけがない。カレン様は先日おっしゃった。もう忘れていいと。私はそのまま素直に受け取らせていただきました。そして、ただのカレン様になら恋心をぶつけていいかと思いまして。あの手この手で頑張っております」
ロードは真っ直ぐに熱意をぶつけてくる。
(この人、シンシアの言葉を借りれば冷酷無比な宰相閣下じゃなかったっけ?)
「なんというか……正直言うとね、私はもう、隠居したいの。神の御使として、結構働いたのよ?これでも。もう疲れたの。これ以上人付き合いなどしたくない。一人でぼんやり海を見て過ごしたいの。まして結婚なんて絶対嫌。これは父にも伝えてあります。ロード様、申し訳ありません。」
「先程公爵閣下にはご挨拶させていただきました。くれぐれもカレン様をよろしく、カレン様は大変な使命を果たされてお疲れでいらっしゃるので、優しくしてやってほしいとおっしゃいました。私は誠心誠意、カレン様をお癒しいたしますと約束いたしました」
(おやじー!ってか、ロード、親から落としてきたか……)
「カレン様、先程キャメロン様にお聞きしたところ、今現在カレン様には48件の見合いの打診が来ているそうです」
「はあ?なんで?空前の年上ブーム?」
「ふふ、ただ単にお可愛らしいからと思いますが……まあいい。カレン様は静かにお過ごしになりたいご様子。如何でしょう。仮に私を婚約者に据えてみては?私がその立ち位置につけば、あっという間にカレン様の周りは静かになりますよ?私はカレン様が静かに快適に過ごせるように、力を尽くさせていただきます」
「それではロード様のメリットがまるでないわ」
「カレン様の誰よりも側に居て、カレン様に少しでも私の気持ちが伝わるように努力させていただきます!」
「姉上!素晴らしい提案ではありませんか!」
「キャム!」
オープンスペースのサンルームにいつのまにかキャメロンがやってきていて、カレンの後ろに回り、装飾のない地味なキャラメル色のドレスに身を包んだカレンの肩を揉む。カレンは思わずふんわり微笑んで、肩に乗ったキャメロンの手をポンポンと叩く。
キャメロンはロードの発言に食いついた!
「お願いです。ただでさえ父上がベッドの上で、仕事が溜まる一方だというのに、毎日毎日、どっかの貴族のボンボンの使いがやってきて、姉上に会わせろだなんだとせっついて……」
「そ、それは、ごめんなさい……」
「神の御使として姉上が過酷な使命を果たされて、疲れ果てて休息中のうちは、婚礼などもってのほかと、ラナが我が家に嫁ぐことを承諾してくれない……」
「は?キャムがまだラナと婚姻していないの私のせいってこと?ご、ごめんなさい……」
ラナはキャメロンの幼い頃からの許嫁。しっかり者の、今後の公爵家を支えられる素晴らしい女性だ。そんなラナもとっくに二十歳は過ぎているはずだ。
(いかん、可愛いラナが嫁ぎ遅れと揶揄られる!)
「キャム、私のことはいいからとっととラナを掻っ攫って来なさい!」
「姉上、よかった、納得していただけたようで。ではロード様、婚約整いました。ザナギス侯爵はじめ皆様と、良き関係を続けたく思います」
「こちらこそ、キャメロン様。末永くよろしくお願いいたします」
「…………」
(弟まで根回し済みとか……ロードやりおる)
宰相補佐官でありハンター王子の側近であるロード・ザナギス侯爵令息と神の御使として神の恩寵を一身に受けていると噂されるカレン・ギャロウェイ公爵令嬢の婚約は速やかに受諾された。
◇◇◇
婚約者となったロードはマメである。毎日毎日、手紙や小さなプレゼントを公爵邸に届ける。それは崖の家に再配達されるのだが、配送の仕分けに飽き飽きしたキャメロンがキレて、直送便を育てる羽目になった。
猛獣の森で見つけ、チヌ祭りで余った内臓で育てた真っ白なハヤブサのシロちゃん。どこにいても、崖の家に戻れるように訓練した。
(お取り寄せの醤油の味を知ってしまったシロちゃん、もう私から逃げられないよっ!)
カレンはシロちゃんをロードに馴染ませるために、ロードの元を訪れた。
ロードは侯爵邸ではなくて、勤め先の王宮に近い、小さな一軒家に住んでいた。肩にシロちゃんを乗せて約束の時間に尋ねると、ロード自ら両手を広げて出迎えた。
(自宅では、眼鏡してないんだ。裸眼だと、とんがった感じがなくなるなあ……)
「カレン様、この度は私のためにご面倒をおかけしました。ああ、でもなんと可愛らしい。白きハヤブサ。カレン様に愛を乞うメッセンジャーとしてピッタリです」
ロードは思いがけないタイミングで甘い言葉を吐いてくる。カレンは免疫がなく俯くしかない。
「シロちゃん、ロード様の匂いを嗅いで覚えて」
シロちゃんがロードに向かうと、ロードは慣れた様子でシロちゃんの足に腕を差し出した。
シロちゃんが頭を擦り付けるのをくすぐったそうに我慢している。そして、何か小さいものを咥えさせた。シロちゃんが美味しそうに咀嚼する。
(シロちゃんへのソフトな仕草、見かけよりもウンと優しい人だよね……)
「ロード様、それではシロちゃんのこの邸での居場所を提供してほしいのですが」
「ああ、わかってる」
二階に上がり、連れて行かれたのはどう見てもロードの私室。ベッドサイドの窓のすぐ下に直径1Mほどの茶色いクッションが置かれていた。
「この平たいクッションでどうかな。鳥の巣のイメージで作らせたんだけど」
シロちゃんは早速クッションで丸くなる。
「ロード様、クッションは申し分ありませんが、ここでは……うるさくて眠れませんよ?シロちゃん案外さえずります」
「それでいいのです。カレン様からの文はシロちゃんが届けてくれたらすぐに手に入れたいんだ。シロちゃん、私が寝ていたら起こしてね」
「キュイ!」
ロードの今日一番の最高の笑みに、カレンは再び赤くなった。
猛獣の森で、シロちゃんが遊んでいたお気に入りの小枝を数本クッションの上に撒く。シロちゃんが一気に落ち着き目を閉じる。
「シロちゃん、これからよろしくね」
ロードが頭を撫でても嫌がらない。先程何で餌付けされたのか、既にシロちゃんもロードに落ちた。
あらすじを再び修正しました。
ブクマ300!相変わらず地味な話なのに、お付き合いくださる全ての皆様ありがとうございます!
テンプレいっぱい入れたら女性好みの華やかな話になると思ったのに、全く……もはや病気……




