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侯爵令嬢 ケイト

よろしくお願いします。

 ケイトはフォード侯爵家の次女として生を受けた。


 侯爵家の人々は貴族として常識的で、不和なわけでもなく、適度な距離を取りながら、それぞれに自分の力を粛々と果たして過ごしていた。

 両親は官僚としての仕事や社交に忙しい。姉は嫁いだ。跡取りである3歳上の兄は学生で寄宿舎生活。家ではケイトは一人ぼっち。しかし、そんなものだ。ケイトは優秀な家庭教師カレン先生による指導を受けて、貴族令嬢として必要な知識や技量を淡々と習得していった。


 やがてケイトには婚約者が出来た。二歳年上のディラン。伯爵家の跡取り。同じ派閥同士の円満な政略結婚だ。将来伯爵夫人になることが内定し、領地経営や、人材運営の勉強も増えた。致し方ないことだと努力した。


 ディランとは適切な距離を保ち、互いに側仕えと優秀な付添役でもあるカレン先生を横に置いて、月に一度、お茶を共にした。ありふれた、実に貴族の子女らしいお茶会で、結婚しても穏やかに過ぎていくように思えた。




 ◇◇◇




「ケイト!君との婚約は破棄させてもらう!私はこのライラック男爵令嬢を愛してしまったんだ!」


 ケイトが兄もディランも通う国立ミカエル学院に入学して、半年ほど過ぎた初秋、ケイトは唐突にディランに学校の中庭に呼び出された。


「ケイト様!ごめんなさい!私、ディラン様を愛してしまったの!」

 ピンクの綿菓子のような頭をした少女がディランにすがりつき、ウルウルと目を潤ませる。


 その少女を見るのも初めてなケイトにとって、まさしく青天の霹靂だった。

(なんなの?この状況……)


 公共の場、あっという間に遠巻きに大勢の生徒達が集まる。


「まあ……私、私の一存ではどうにも……どなたか最上級生の兄、アレキサンダーを呼んできてくださらない?」


「ケイト!自分のことも自分で決められないのか!」

「ですが、ディラン様、家同士の決め事ですわ」

「君は真面目なだけで、物分かりが悪いな!私とライラックの愛が認められないのか!」

「失礼を承知で言いますけど、ケイト様からはディラン様への愛が全く感じられません!冷たいわ!私はそんなディラン様がお気の毒でっ!いつのまにかお慕いして……」


「ライラック……」

「ディラン……」


 手を握り見つめ合う二人に、ケイトはただ呆然とした。

( 婚約者の前で……ありえないわ……)


「ケイト、面白いことになっているようだね」

「アレク兄様!まあ、ハンター殿下まで!」


 兄がケイトの肩に手を置き到着を告げ、ケイトはホッとすると同時に、兄に並び立つ第二王子に少し驚き膝を折る。略式の礼をとると、ハンターは手を挙げて面白そうに口の端を挙げた。


 次期侯爵であるアレキサンダーとハンター王子は年は同じで立場も最も近く、なるべくしてなった親友同士。ケイトも幼い頃より面識がある。


「ひょえー!一番推しの金髪碧眼王子とクールビューティーアレク、ココで来たーーー!やっぱり悪役令嬢を呼び出さないと、二人は登場しなかったんだあ!」

 ライラックがディランと握り合っていた手をスパンと払い、キラキラと目を輝かせてこちらにやってくる。

「え、?ライラック?」

 ディランの目が点になる。


「あの、ライラック様?」

(初対面で兄様を呼び捨て?目の前の殿下に敬称なし?ありえない……)


「はじめまして!私ライラックと申します!実は、私、ディラン様をちょっと慰めるだけなのに、ケイト様に意地悪されてしまって……うっうっ……」


(意地悪?存在も知らなかったのに?)

 ケイトが後ずさると兄にもたれる格好になる。

 アレキサンダーはケイトの腰を支え耳元で、

「ケイト?この女何言ってるんだ?」

「兄様、私も先ほどから半分しか聞き取れなくて……」


 眉間にシワを寄せて胡散臭そうにライラックとディラン見るアレキサンダーと対照的ににこやかに王子は笑ったまま。

「おや、ケイトが君に意地悪?ケイトは私にとっても身内同然でね。いつ、どのように?」


「ええと……おとといです!教科書、ビリビリに破られて……うっうっ……」

「ケイト、おとといは確か、母と?」

「はい、おとといは王妃殿下と、母はじめ妃殿下を敬愛する皆様とともに、離宮で陛下の即位記念のタペストリーを縫いこんでおりました」


「あ、他の日だったかも……えっと、そうだわ、私、珍しいお菓子を作りましたの!くっきいと言いますのよ?甘いものを摂るとお疲れが取れますわ!是非召し上がってください!」


 ライラックがバッグから取り出し箱ごと王子に差し出す。


「……ありがとう、後でいただくよ」

「やった!王子の好感度アップ!うわ、伯爵令息で手を打って早まったかなあ」


(王子に直接贈り物?側仕えを通すのがルールでしょ?)


「……ディラン、残念だ。君とならいい家族づきあいできると思っていたんだが。次期当主として婚約破棄認めよう。後ほど違約金、慰謝料、これまでの援助の返済を侍従を通して連絡する。ケイト、今日は早退だ。自宅に戻るぞ」

「兄様……」


 兄は婚約破棄を認めた。ケイトは目の前の全く理解できない女性に敗北したのだ。

(先祖代々守り抜いてきた侯爵家に……ドロを塗ってしまった……)

 グラリと身体が傾くケイトをアレキサンダーがすぐに反応し抱き上げ、ケイトの顔を自分の胸に隠す。



「違約…慰謝…あ、アレキサンダー様、わ、私、少しばかり、短慮が過ぎたかもしれません。ど、どうか、保留…」

 振り向いたアレキサンダーは氷の視線でディランを射抜くと立ち去った。



「何事も早いほうがいい。私が聞いた時点で国への報告は済んだことにしよう。さあみんな、美しき愛を実らせたディラン伯爵令息とライラック男爵令嬢に大きな拍手を!」


 殿下の音頭で白けた拍手がなり響いた。



 ◇◇◇



 翌日、ケイトが学校を休み、サンルームの長椅子でぼんやりと庭を見つめてお茶を飲んでいると、ハンター王子がお忍びで訪ねてきた。急いで立ち上がろうとするケイトをハンターが止めて、隣に腰を下ろす。


「ケイト、大丈夫かい?」

「殿下……」

「ディランが好きだったの?諦められない?」


 ケイトは静かに首を振る。

「いえ、ただ、役に立たなかった自分が情けないのです」


「侯爵や、夫人に詰られたのかい?」

「まさか。両親も兄も、私を責めたり致しません」

「では、元気出しなさい。ディランとは所詮縁がなかったんだ」

「いいえ、私が未熟だったのです。婚約者を心変わりさせるなど私に大いなる失陥があるんですわ」

「バカを言うな!ケイトに失陥などない!」

「でも、貴族の家を繋ぐ婚約の破棄など聞いたことありません!私は私はなんたる失態を犯してしまったの………なんて愚かな娘……ううう……」


 ケイトの涙が溢れ出る。

(なんてこと。殿下の前だというのに。こんなだから婚約破棄などされてしまうんだわ)


 ケイトは嗚咽を押し殺し、王子に背を向けて両手で顔を覆った。

 不意にケイトの腰に王子の両手がかかり、驚く間も無くケイトは王子の膝に横抱きにされていた。


「きゃっ!」


「ケイト、私のかわいいケイト!泣かないで!ああ、私以外にこんな可愛い泣き顔を見せてはいけないよ。」


 ハンターが親指でケイトの涙を拭う。


「かわいい、のは、ライラック様、ですわ!」

 ケイトは涙を堪え、スンスンと鼻をすする。

「どこが?婚約者のいる男に粉かける女なんて最悪としか思わないけど?」


「私は冷たくて、物分かりが悪くて……」

「ケイトはいつも私の心を温めてくれるけど?物分かり悪い?私のかわいいという言葉を素直に受け取ってくれない点はそうかもね?」


「私、殿方の好きな気の利いたお菓子など作れませんもの。殿下も喜んでおられたではないですか」

「ああ、アレなら捨てたよ。得体の知れない女の作った得体の知れないモノを口に入れる訳がない。お菓子くらい、努力家のケイトならすぐ作れるようになるだろうね。でもそうしたらコックの仕事を奪うから止めてあげて?それよりも私とこうしてのんびり過ごしてほしい。ケイトは癒しだ」


「あ、あの、殿下、下ろして、ください」

「どうして?ケイトを抱っこするのはいつものことだよ?」

「それは幼きころです!もう、16才です。重いですし、お立場をお考えください!」

「ちっとも重くない。立場?侯爵令嬢のケイトと私はかなり釣り合いが取れているよ?そうか16か。もう一人前の女性だね」


(一人前なら婚約破棄などされないわ!)

 ケイトの瞳からまた涙だ落ちる。見られまいと身体をよじると、


「ケイト、こちらを向きなさい。」

 優しいが、絶対逆らえない口調で命令される。

 ケイトは急ぎ手の甲で涙をぬぐい、ハンターに改めて向き合う。


「ケイト、私の腕の中はキライ?」

(好きとか嫌いの問題じゃないでしょ!)

 そう言いたかったが当然言えない。

「キライなどあり得ません」

「じゃあ好き?」

 好きかキライか二択であれば好きだ。幼いころより、兄と一緒に可愛がってくれた。畏れ多いが第二の兄のように思っている。

「もちろん好きです」

「ふふふ、即答すぎるね。まあでもスタートは親愛からでいいよ、ケイト?」

「へ?あ……」


 唇が唇で塞がれた。一度外して今度は喰むように何度も何度も何度も………


「ハンター殿下ーーーあああ!!!キサマあーーー!」


 ケイトは気がつけばアレキサンダーによって引き剥がされていた。

「てめえ、家族不在のとき、ケイトに何してやがる!それもケイトが傷ついている時に!」

「アレク、遅い。もう誓約のキスを交わした。今度こそケイトは私のものだ。もう前回のように邪魔はさせないよ」

「寝ぼけるな!ケイトは絶対に王家になど出さない!アリエッタ姉様が王弟殿下に嫁いでどれだけ苦労されているか!魑魅魍魎の根城にかわいいケイトを差し出すわけない!」

「だから前回は私の動く寸前にディランと婚約させたんだよね。同派閥の伯爵家は御し易いだろうと。しかしその結果ケイトを深く傷つけた。私ならそんな真似はしない。ケイトを愛しているからね。魑魅魍魎の根城であっても守り抜ける」


「王族にウチから二人も嫁がせるのはまずいってことくらいわかるだろ!」

「私が力を見せて押さえつければいいだけだろう?」


「あ、あの?」

「ケイト?ケイトが婚約破棄されて苦しんでるというのに悪いね。私は天にも上る気持ちだ。諦めていたケイトが手に入るのだから。幼い頃より見守ってきたケイト以外に私は信頼できる女はいない。そして、努力を重ね、婚家のために研鑽を惜しまず、ドンドン美しくなるケイト。愛している。私と結婚してください」


「ハンター殿下……」

「ごめんね。もう返事はハイしか受けられない。さっき誓約のキスを済ませたからね。護衛がしっかり確認し、記録してる」


「誓約?」

「ケイトが私に好きだと言って、私がそれを受け入れキスしただろう?王族は嵌められないように、キチンと第三者の前で証拠を残すのだ。仮ではあるが婚約が成立したんだよ」


「そんな……」


「好きな花の名を聞く定番のプロポーズも考えたけど、それはディランに先を越されてるだろうし、やっぱり確実なものにしたかったからね」


「殿下!汚ねえ!」

「汚いのはどっちだ。また同派閥から適当な男を見繕うつもりだったんだろう?」

「まさか!ケイトはもう嫁にはやらん!今回で我々も学んだ。愛するケイトはうちでゆったりのんびり過ごすことが家族会議で決定してるんだ!」


「俺が幸せにするって言ってっだろぉ!?」

「毎日毒仕込まれてるやつのところに妹、嫁がせるか!?おい、言葉乱れてるぞ。ケイト、王子は怖いねえ」

「ケイト、大事な君を怖がらせるものは全て排除するから!ケイト、安心していい!」




 ◇◇◇




 ケイトは、今まで、色々と間違った認識をしてきたことに気がついた。

 これからは一人で努力するのではなく、いろんな人の意見を聞いて、視野を広く持ったほうがいい。


 規則上はなんだかハンター王子と婚約してしまったらしいが、前回のように不本意な結末にならないように、コミュニケーションを取って、異なる意見も参考にして……


 今夜もフォード家で王子と兄による王子に嫁ぐのは幸か不幸か、熱い舌戦が繰り広げられている。

 その議論を今日も付添役を務めるカレン先生と、ティーカップ片手に聞きながら、ケイトはゆったりと自分の気持ちに向きあう。


 ケイトは結果的にあの婚約破棄で成長した。

 あの摩訶不思議なライラック嬢は忽然と消えたらしい。王子も兄も歯切れ悪そうにそう語った。


「カレン先生、彼女は私に()()()を与えるために現れた何かの化身だったのかしら……とも思うの。あちこちでこのような世直しをされているのかしら?なんだかお話の主人公のようね……」


「ふーん」


 ケイトはそっと手を組み()()()()に感謝の祈りを捧げた。







お読みいただきありがとうございます。

サクサク進む予定です。


今回のテンプレ挑戦……悪役令嬢、婚約破棄、軽めざまぁ、腹黒王子

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[気になる点] 「では、元気出しなさい。ディランは君にはもったいなかったんだ」 ディランには君は の間違いのように思えますが・・・
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