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ぼくも猫である  作者: 猫乃
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穴があったら入りたい

どのくらい眠ってたであろうか。

気付けば燦々と明るかった部屋は薄暗く、夕闇に満ちていた。

にゃーん…と鳴いてみる。返事はなかった。

今度はにゃおん…と言ってみた。やはり返事はない。代わりにブゥーンとエアコンの起動する音が耳についた。


ママ、いないんだ。


寝てる間に買い物でもいったのだろう。

「エアコン、タイマーで付くからね」

ママは部屋を出るとき、いつもそう言う。

おかげで壁の高い位置にある白い箱が、エアコンという物だとぼくは理解したんだ。


エアコン……あの上に乗ってみたいなぁ…。

ぼくは一人ごちる。

そう。ぼくは高い所が好きなんだ。

高い所から見下ろすと、何でも見える気がする。

あそこがベッド。

あそこはトイレ。

お昼寝用のクッションに、ぼくのご飯を保管してる箱。

おもちゃが散らかってるのはぼくのせい。

以前、タンスに上ってみせたら、ママは悲鳴をあげた。危ない!って騒いでたけど、ぼくはへっちゃらさ。ピョーンと飛んであとは見下ろしてればいい。下りるときちょっと怖いのは内緒だよ。


エアコンの上に乗ったら、タンスより高いんだろうなぁ。気持ちいいだろうなぁ。…でも確実に怒られる。解っているんだ。


ぼくはノソノソと起き上がり、ソファを下りた。

窓辺近くの陽に当たらない場所に、水の入った器がある。昼寝から覚めたぼくは喉が渇いていた。

ぴちゃぴちゃと水を飲みながら、ママはどこへ行ったんだろうと思った。

ぼくがお昼寝するのが日課なら、ママがどこかへ行くのも日課だ。ママがいないと解ると、ふっと寂しさが体をよぎる。

静まり返った部屋の中はぼくだけ。

水を飲む音が妙に空しく聞こえて、ぼくは器から口を離した。


猫は気楽でいい。

猫は気ままでクール。


ママが以前見ていたテレビから、そんな声が聞こえてたっけ。

あの時、ぼくは何だか腹立たしくなって、猛反論した。

猫だって寂しい。

猫だって色々考えてる。

そう。とりわけ当面の問題は、ママが猫じゃないかもってことだ。

にゃあにゃあ鳴くぼくに当惑したママはテレビを消し、ぼくと遊び始め、ぼくは満足した。


改めて部屋をぐるっと見回す。

低い小さな机の上に、ぼくのおもちゃに似たものが目についた。

ぼくのおもちゃは「猫じゃらし」っていうんだけど、ママのこれは何だろう?ママはこれを、粉につけて顔に塗ってる。ぼくは新しい猫じゃらしだと思い、はしゃいだら、ママは「メッ」と言った。

…まずはそれが何なのか見極めてみよう。


普段上ってはいけないとされてる机の上にヒョイと飛ぶ。何だか探偵みたいでワクワクした。

ふと見ると、例のおもちゃは一つだけではなかった。ママの猫じゃらしは四本ある。

コップのような容器に差されて入ってたそれは、みんなフワフワで先っぽに色がついてる。

ぼくは思わずかじってみた。


……………まずい。


やたら甘くて粉っぽい。

ママの匂いがふんだんにするけど、これはぼくの食べられるものじゃない。

あまりにまずくてパニックになったぼくは、ママの猫じゃらしをペッと吐き出した。

ガチャン!と音と共にコップが倒れ、ママの猫じゃらしは四本とも方々に転がった。

粉が微かに飛び散り、ぼくはその甘ったるい匂いにうんざりして、そこを後にした。


小さな机の上には他にもまだあった。

小さいチューブだ。

見たことある!

ぼくは咄嗟にそう思った。

チューブの中にはクリームがあるんだ。

ママはそのクリームを手に塗っていた。

クリームはぼくも大好きさ。たまにおやつでもらう。こってりして美味しいんだ。

ママがなぜこれを手に塗っているかわからないけど、お昼寝後で小腹が空いていたぼくは、こっそり拝借しようと決めた。

最近、乳歯から大人歯に変わったぼくは、きっと噛む力も強い。

獲物に狙いを定めると、自然とお尻がムズムズする。後ろ足を微妙に震わせながら、ぼくは勢いよくチューブに噛み付いた。

真新しいそれはプッと音を出しながらキャップを外し、中のクリームが机の上に、にゅるにゅると這い出てきた。

ぼくは自分で開けられたことに興奮し、嬉しくてクリームに顔を近付けた。


まずそう………!


舐めようとした瞬間、ぼくは突発的にそう思った。あまりに一瞬の閃きに、ぼくは舌を出したまま、今度は冷静にクリームに鼻を近付けた。


うっ………


これもぼくが食べられるものじゃない。

悟ったぼくは自分を褒めたい。

こんな甘ったるいもの、口に入れただけで吐いちゃう。

辟易したぼくは、やっと机から退散することにした。


窓辺に行き毛繕いを始める。

外から声が聞こえる。

ママでもなく、ぼくのでもない。

けどその声はママのものに近い。

ママではない誰かが喋っているんだ。

ぼくはあんな風に喋れない。


そうか。

ぼくとママは違う生き物なんだ。


ぼくはようやく悟った。


単純だった。ほんとはもっと前に気付いてたかもしれない。見た目も話し方違うのに、必死に同じだと思いたかったんだ。

恥ずかしくて穴があったら入りたいよ。


ふと見ると本当に穴があった。

ぼくはそこに潜り込むことにした。

狭い穴の中で目を閉じると落ち着く。

またウトウトとしてきた。

ママはもうすぐ帰って来る。

何だかとっても甘えたい。


ぼくは自分の手の上に顎を乗せ、そっと眠りに落ちた。

その穴はママの買ったばかりのバッグで、後に帰宅したママに大目玉食らったのは食らったのは言うまでもない。もちろん、机上の惨状も含めて!

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