第4話 死と覚悟
午後からは実際に魔法を使う訓練を始めた。
「ぐぬぬぬ……どうだ?」
悠斗は村の広場で座禅を組み、念じるように目を瞑っていた。
ちなみに、村人には悠斗と愛梨のことを、森で迷っていたところをアンジェリカに助けられた旅人であると説明してある。
「駄目ね。全然魔力を把握できてないわ」
アンジェリカは厳しく言い放つ。その双眸は六芒星の刻印のような光を放っている。
「魔視だっけか? おっかない見た目だよな」
「それには同意ね。けど、余計なこと考えてないでもっと集中しなさい。集中が魔法の基礎よ。魔力を瞬間的に練り上げる時に必要な瞬発集中力。設置型の魔法を維持する時なんかに必要な持久集中力。それぞれ得手不得手あるけど、伸ばして損はないでしょう? 頑張りなさい」
アンジェリカは厳しく、しかし正しく2人を指導した。生来の面倒見の良さも助けて、いい姉弟子へと昇華していた。
「難しい…………」
愛梨は目を閉じて自身に眠る魔力を把握しようとしていた。
「魔力とは体内マナを体外マナと結合し、爆発的に増大させて初めて発生するのじゃ。自分の内と外のマナを感じ取りなさい」
サイガスはアンジェリカより遠目から、3人を見つつ指導していた。椅子に腰掛け、胸の前で杖を突いて体を支えるポーズで悠斗達に呼びかける。
「んーなこと言ったって……マナとか分かんねえっつの」
悠斗はぶつくさ愚痴を零しながら目を瞑る。
「異世界にはマナが無いのかしら? ううん。2人からはちょっと異質だけど、確かにマナを感じるわ。マナという概念が無かっただけ。マナを有効活用してなかっただけ。魔力は絶対にあなた達の中に眠っているはずよ。諦めないで根気よくやりましょう」
アンジェリカが2人を激励すると、2人共頷いて静かに佇んだ。
(マナ、か。師匠曰く『この世の物質には全てマナが宿っている』だったな。それこそ新興宗教の触れ込みみたいだけど……っと、集中集中! 身体中の細胞から少しずつエネルギーを集めるイメージで……)
(魔法。使えるようになればきっと立花君の助けになるはず。頑張って覚えなきゃ。集中……!)
その日、魔力を精製する訓練は深夜まで続いた。それでも、2人は魔力の『ま』の字も掴めなかった。
☆
翌日。支度を終えた2人は訓練を再会した。サイガスから弟子の証である三角帽子とローブを貰い、それを着て訓練に励んだ。
「魔力掌握は容易ではない。一年経っても覚えられぬものと思い、精進を怠るでないぞ」
弟子の証を授けたサイガスは本格的な指導態勢に入っていた。
椅子には腰掛けたままだが、厳しさを増した声で檄を飛ばす。
「ちなみにアンジェリカはどれくらいでできるようになったんだ?」
「1日よ」
「いぃっ!? 師匠、言ってることと違うじゃん!」
悠斗は座ったままの姿勢で抗議する。
「アンジェリカは100万年に1人の才能を持っていただけじゃ。比べるだけ無駄じゃろう?」
「そ、そっすか……」
サイガスがきっぱりと言い放つと、悠斗は苦笑するしかなかった。
「お、アンタらが噂の旅人かい?」
修業を続けていると、筋肉隆々な壮年の男が話しかけてきた。手斧を肩に担ぎ、片手には薪を括った紐を握っている。
「おおバゼットか。ユート、アイリ。少し休憩にしよう」
サイガスは2人に修業の中断を指示し、男を紹介した。
「俺はバゼット・ランバージャック。ヘヘッ! 木こりなんて安直な名前で覚えやすいだろ? よろしくな!」
バゼットは手斧と薪を置いて手を差し出す。
「俺は立花悠斗。よろしく!」
「東風谷愛梨です。よろしくお願いします」
2人は順番に握手を交わした。
「にしてもすげぇ筋肉だな! バゼットのおっちゃんは木こりなのか?」
「おうよ! 産まれて初めて握らされたのが鉈と斧でい!」
バゼットはそう言って気前よく笑う。見た目通り豪快な性格らしい。
「ふむ。よく考えたら村の皆に挨拶がまだじゃったな。しばらくはここに留まることになるじゃろうし……バゼット。少し村を案内してくれんかの?」
サイガスは顎髭を撫でながらバゼットに頼んだ。
「お安い御用だ! ちょいと薪を置いてくるから待っててくんな!」
バゼットは快諾し、急ぎ足で家の方に走って行った。
「いい人みたいだね、バゼットさんって」
愛梨がアンジェリカに話題を振る。
「そうね。私はあのガハハ系なところちょっと苦手だけど、あの人自体は嫌いじゃないわ。意外と気が回るし、面白いし」
「しかし、魔法使いに木こり。なんだかいい感じに異世界ファンタジーっぽくなってきたな!」
悠斗達はバゼットが合流するまでしばらく談笑した。
☆
「では頼んだぞバゼット。お主の好きなところばかり連れ回るでないぞ?」
サイガスはバゼットに2人を頼み、ちゃっかり釘を刺した。
「わ、わーってるって! 酒場は、後回しだな」
バゼットはギクリと一瞬強張り、苦笑する。
(未成年を昼間からどこに連れてく気だったのよこのオッサン……?)
アンジェリカはジトッとバゼットを睨んだ。
「師匠。やっぱ私も着いてった方がいいんじゃない? 正直不安よ」
「ほっほっほ。気持ちは分かるが、お主には頼みたいことがある。それに、バゼットはなんだかんだ言って誠実な男だと信じておる」
サイガスは褒めるフリをして更に釘を深く刺す。
「ま、まあなんだ。しっかり全部回るから安心してくれよ。さ、行こうぜ」
バゼットは居心地が悪くなってきたのを感じてそそくさと出発した。
「あ、待ってくれよ! んじゃ、行ってくるぜ師匠」
「行ってきます」
悠斗達はサイガスに手を振ってバゼットに続いた。
「……で? 頼みたいことってなんですか師匠?」
悠斗達の背中を見送ったアンジェリカはサイガスに向き直る。
「うむ……。少し、『荒療治』の準備を進めねばと思ってな」
「! ……分かった」
サイガスの言葉に、アンジェリカはハッとする。振り返り、バゼットと楽しそうに話す悠斗と愛梨を遠くに見た。
☆
「ここが村長の家だ。どうだ? デッケーだろ?」
バゼットは二棟連なっている大きな家を指す。
「確かにデッケーな。村長って一発で分かるぜ」
「さ、挨拶していきな。村長! 旅人さん連れてきたぜー!」
バゼットは軽くノックして扉を開けた。
「ようこそ旅のお方。バゼット、ご苦労じゃな」
一人の老婆が家の奥から現れた。穏やかな笑顔で悠斗達を歓迎する。
「立花悠斗です」
「東風谷愛梨です」
「このゴルトマリーの村で村長をしております、ニッキー・ゴルトウィンと申します。聞くところに依ると、夜の森で迷っていたそうな。どうか、疲れが取れるまでお寛ぎなされ」
「ありがとうございます。しばらく滞在させていただくことになりますので、よろしくお願いします」
「ます」
愛梨がそう言ってお辞儀をすると、悠斗もつられて頭を下げた。
「ええ。ご丁寧にどうも。さて、お茶でも……」
「ああそうだ! こいつらこれから村を見て回ることになってんだ。すぐにでも出発しねえと。ほら、次行こうぜ」
バゼットは戸棚に行こうとするとニッキーを止め、悠斗達を急かした。
「お、おいおいおっちゃん! そんなに急がなくても……」
「婆さんの話は長えんだよ。聞いてたら日が暮れちまうぜ」
バゼットは2人にこっそり耳打ちする。
「そうかい。そりゃ残念。また今度ゆっくり話を聞きにおいで下さいな」
ニッキーはそう言って笑顔で見送った。
☆
「ここが物売りの店屋だ」
バゼットが指し示した先には、小さな建物が一軒立っていた。店であることを示すように看板が立て掛けてある。
「随分小さいんだな」
「た、立花君! あんまりそういうこと言っちゃ……」
「ハッハッハ! いいってことよ! この村じゃ殆ど自給自足なんだ。基本は欲しいもの作ってる奴と物々交換よ。あの店を使う奴は王都から来る奴らと王都に行く奴くらいさ。年に一回くらいな」
「ふーん? なら店なんて構えずにその時期になったら出店とかにすればいいのに」
「そうもいかないさ」
会話に割り込むように男の声が聞こえた。
「サイガスさんやアンジェリカが山に行く時に買い物してくれるのさ。それに、不定期に魔獣討伐の依頼を出したりする時に利用客が出るからな。いちいち開いたり閉じたりするのも億劫だろ?」
悠斗は声の主を見た。一人の男が立っている。見た目は20代後半。長い茶髪を後ろで一つに縛り、目元に隈、口元に無精髭とへの字口がくっついている。
「おうキール! 相変わらず辛気臭えツラしてんな!」
「顔は放っておいてくれ。君達が例の旅人かい?」
悠斗達は各々自己紹介を済ます。
「僕はキール・マグヌス。そこの小さい店で道具屋をやってる。まあ稼ぎもほとんどないから普段は釣りとか狩りで自給自足だ。次の旅に行く時なんかは是非利用してくれると助かるよ」
キールはそれだけ言うと店の方へすたすたと歩き去ってしまった。
「相変わらずボヤくみてえに喋る奴だぜ。ま、ちっと変わり者だけど根はイイ奴だ! せいぜい仲良くしてやってくれよな!」
「おう! 道具屋かあ……後で見に行ってみようぜ!」
「うん! 薬草とか売ってるといいね!」
悠斗達はアレコレ話しながら次へ向かった。
☆
「さて、後は酒場くれぇだが……酒場は夜来ねえとな!」
悠斗達は村の真ん中近くにある建物に着いた。看板に樽のような木製のジョッキがでかでかと描かれている。
「俺たち未成年だし、酒はちょっと……」
「つれねぇこと言うなよ! 出発の前にゃパーっと送らせてくれよな!」
バゼットはそういってジョッキを煽るジェスチャーをした。
「パーっと、なんだって?」
バゼットの背後から凄まじい殺気が放たれる。
「うひぃ!? カーチャン!?」
バゼットは背後にいた女性に驚く。
「旅人さんらに村を紹介するとか言っといて、やっぱりここかい! 挙げ句旅人さんを昼間から酒場に誘うなんて。随分といい身分になったじゃないか?」
女性の殺気は右肩上がりにヒートアップしていく。
「ま、待ってくれよカーチャン! 俺はちゃんとこいつらを……」
「言い訳無用! 酒場に連れ込もうとしたのは本当のことだろう!?」
「う、ぐ。そりゃあまあ……」
バゼットは塩をかけられた青菜のように萎縮してしまった。
「さて。アンタらかい。こんな辺境に来た旅人さんてのは?」
ガラッと態度が変わり、2人はまごつきながらも自己紹介をした。
「よろしくね。私はカーラ・ランバージャック。このバゼットの女房です」
「ああ! カーチャンってそういう」
「通りでお若いと思いました」
二人は納得して頷く。
「やだねえ若いだなんて! 褒めても何も出やしないよ!」
カーラは照れてバゼットの背中をバシバシと叩く。
「いででで! なんで俺を叩くんだよ!?」
「ちょうど叩きやすいとこにアンタの背中があるからだよ! ユートさん、アイリさん。このろくでなしに付き合うのはこの辺にしときな。この村の酒場は小さいからね。常連が騒ぐ場所でしかないんだよ」
「分かった。俺たち酒飲めねえしな」
「うん! バゼットさん! カーラさん! 色々とありがとうございました!」
2人は礼を言ってバゼット達と別れた。去り際に見たバゼットの顔は、なんというか、気の毒であった。
☆
夕方。日も落ちてきて空に赤と紫が混同し始めた頃、悠斗達はサイガスの家に戻ってきた。
「ただいま、師匠!」
「ただいま帰りました」
「おお、帰ったか。どうじゃった? ゴルトマリーの村は?」
サイガスは優しい眼差しで尋ねる。その様は帰ってきた孫の話を聞く祖父そのものだった。
「小さいけど、いい村だな! 人はあったかいし物も皆で分け合って暮らしてるし」
「色々とこの世界の勉強になりました」
「重畳重畳。気に入ってくれたなら何よりじゃ。さ、今日はもう帰りなさい」
サイガスは心から嬉しそうに何度も頷いた。
「おう! アンジェリカ……って、アンジェリカは何処だ?」
悠斗はアンジェリカの姿がないことに気付く。
「アンジェリカは先に帰ったよ。今頃夕飯を作って待っておるじゃろう」
「やった! 早く帰ろうぜ東風谷!」
「う、うん! それじゃ師匠、また明日」
悠斗が勢いよく家を出て行くのにつられ、愛梨も急ぎ足で家を出た。
「うむ。また明日」
(明日、か……)
サイガスは2人が出て行った後、寂しげな目線を窓の外に送った。
空は、紫から黒へと変わっていく。
☆
「アンジェリカ、ただいま!」
悠斗は家の戸を勢いよく開ける。
「ハァ……ハァ……」
しかし悠斗達の目に飛び込んできたのは、床に倒れ込むアンジェリカの姿であった。椅子が倒れているのを見るに、椅子から転げ落ちたようだ。
「アンジェリカ! 大丈夫!?」
愛梨はアンジェリカの姿を見つけるや否や駆け寄った。悠斗は家の中を観察しつつアンジェリカに近寄る。
「ユート、アイリ……おかえり。ゴメンねこんな状態で」
アンジェリカは肩で息をしながら弱々しく笑った。
「そ、そんなのいいから! ほら!」
愛梨はアンジェリカに肩を貸して立ち上がり、ベッドに寝かせた。
「な、何があったんだよ!? 強盗? 病気? まさか両方!?」
悠斗は動揺を隠しきれないままアンジェリカに訊いた。
「あはは……。大丈夫。魔力の使い過ぎで、一時的に弱ってるだけだから。少しすればすぐ元気になるの。安心して」
アンジェリカは額に汗を滲ませながら深呼吸をする。
「大丈夫じゃないよ!」
愛梨が大声で叫ぶ。二人は聞き慣れない愛梨の大声に面食らう。
「あ、ゴメン大声出して」
愛梨は我に返って思わず手で口を覆った。
「でも、今はとにかく休んで。アンジェリカに何かあったら、私……」
愛梨は俯き、声が湿り気を帯び始めた。
(東風谷……)
「アンジェリカ」
悠斗は何事か言いたかったが、愛梨が言ってくれたと思い、視線だけ飛ばす。アンジェリカも頷いて体の力を抜き、ベッドに完全に体を委ねた。
「……馬鹿ね、私。右も左も分からない異世界の人間に心配かけちゃって」
「う、ううん! 私の方こそ居候の癖に偉そうなこと言っちゃってゴメンね」
愛梨はそう言って居心地悪そうに目を逸らす。
「ふふっ。ありがと、アイリ。今日は休んで、明日詳しいことを話すわ。……けどね」
アンジェリカはベッドから上半身を起こし、2人を見た。
「今日の内に覚悟しておいて欲しいの」
「覚悟?」
悠斗はアンジェリカと目が合う。弱々しく光を放つそれは、様々な色を含んでいるように見えた。
「死んでも、魔法を覚える覚悟よ」
「「!」」
アンジェリカの口から飛び出した言葉に、2人は絶句する。
死。漠然とした存在が、こちらに一歩歩み寄った感覚。悠斗は気が付いたら自分の胸を掴んで心臓の鼓動を確かめていた。愛梨はアンジェリカの次の言葉を待った。
「その覚悟があるなら、明日詳しく説明する。今日は、もう休むね……」
アンジェリカは最後に笑顔を見せると、気絶するようにベッドに寝そべった。
☆
「…………」
「…………」
夜。家の中はアンジェリカの寝息だけが僅かに聞こえる。悠斗と愛梨はテーブルを挟んで向かい合って座っている。
(死んでも、か……。死ぬのは、嫌だな)
悠斗は先刻のアンジェリカの言葉を反芻していた。
(危険な方法なんだよね、きっと。アンジェリカはそれが分かってて提案してくれた。私は……)
「あ、あのさ!」
「あ、あのね!」
悠斗と愛梨は同時に話を切り出した。
「あ、こ、東風谷から先に」
「立花君から……」
2人は顔を見合わせて譲り合う。しばらく沈黙して、悠斗が話し始めた。
「……俺たち、訳分かんない内にここに来ちゃったからさ、もしもの時のこと、色々決めとかないとなって思ってさ」
「うん。私も、同じ話……」
2人はそれぞれ視線を落とす。そこから先は、中々切り出せないでいた。
「もし、もしさ」
悠斗の声に、愛梨が顔を上げる。悠斗の肩が小刻みに震えている。
「もし、俺がこっちで死んだら……東風谷だけでも、必ず元の世界に帰って欲しい」
悠斗は喉から声を絞り出した。言った後、全力疾走したような疲労とストレスがのしかかる。
「……うん。もし私が死んでも、そうして欲しい」
愛梨は悠斗の顔を真っ直ぐに見つめ、力強く言い放った。
(強いな。東風谷は)
悠斗は愛梨の覚悟を感じ取り、少し嫉妬した。
「分かった。それとさ」
「?」
「料理当番……どうする? 」
ぐぅぅ〜 ぐぅぅ〜
悠斗の腹の虫が声を上げる。愛梨のもそれに続いた。
「……ふふっ」
「……へへっ」
2人は立ち上がり、食材のある戸棚に向かった。
☆
やや遅くなった夕食を、2人で作った。悠斗がメインを作り、愛梨がサラダなどの付け合わせを担当した。火は壁掛け松明から貰い、アンジェリカが使っているキッチンを借りて作った。
「すごい! 美味しい!」
愛梨は悠斗の作ったご飯を食べ、感嘆の声を上げる。
「アンジェリカの見様見真似だけどな。味付けも適当」
悠斗はそう言いながらぱくぱくと食べ進める。クックの肉をハーブとスパイスで炒めたものだが、アンジェリカのものとは味付けが異なっている。
「でも、料理してる時の手つきが手慣れてたよね? いつも料理してるの?」
「まあな。ウチ、両親が共働きで遅いから、俺が弟と妹に飯作ってやってんの。味はあいつらのお墨付きだぜ」
悠斗は得意げに胸を張る。
(弟と妹、か。芳佳はしっかりしてるからいいけど、陽太は寂しくて泣いてるかもな……。早く帰らないと!)
悠斗は元の世界に置いてきた妹と弟のことを思い、決意を固め始める。
「本当。私より上手なのはちょっと複雑だけど……」
愛梨は自分の作ったサラダを見る。野菜を洗って食べやすい大きさに千切っただけの簡素なものだ。
(う、そっか。自分より料理上手い男って女子からしたら嫌なのかも……)
「こ、東風谷のも美味いぜ」
「野菜の味だよ……」
(はい逆効果ー!)
悠斗のフォローも虚しく、会話は途切れた。しばらく食器の擦れる音だけが響く。
☆
「……東風谷」
食事を終え、食器を片付けながら悠斗は呟いた。
「何?」
愛梨もそれを手伝いながら答える。
「俺、決めたよ」
悠斗は愛梨を真っ直ぐ見た。先刻、愛梨が悠斗に向けた視線と同じ、強い目。
「? 何を決めたの?」
愛梨は思わずたじろいだ。悠斗は気付いてないが、2人の距離はかなり近い。
「俺は……ッ! 俺は!」
悠斗は感情が昂る余り、愛梨の両肩をガシッと掴んだ。
「う、うん!」
(た、立花君がこんな近くに……。何だろう? ドキドキしてきた)
愛梨は興奮気味の悠斗に気圧されて思考回路がオーバーヒート寸前だった。
「東風谷に、これだけは言っておきたいんだ」
悠斗は目を閉じ、意を決したように見開いた。
(私に言いたいこと? 何だろう? まさか、ここ、告白とか!?)
『俺と付き合ってくれないか? 愛梨?』
愛梨の脳内に告白する悠斗(かなり美化)の姿が映し出される。
「あうあうー!」
(どうしよどうしよ!? 私今めちゃくちゃ顔赤くなってるよね!? まだ心の準備が……)
「俺、絶対に死なねえから!」
「……え?」
悠斗の予想外の言葉に、愛梨の思考は急速冷却される。
「さっきの約束。あれは確かに決めておいた方がいい。でも、それでも、俺は絶対に死なない。死にたくない。何が何でも生き残って、元の世界に帰るんだ!」
(それに、死んだら東風谷を守れねーしな)
悠斗はそう言って、笑う。力強く。
「立花君……。やっぱり強いね、立花君は」
「え?」
(私、立花君に頼ってばっかりだ。森で魔狼に襲われた時も、ご飯も、今だって……)
愛梨は情けない自分を省みて、自嘲気味に笑う。
「何言ってんだ? 俺は東風谷のが強いと思うぜ」
「え……?」
「だって、森にいた時だって冷静に次の行動を決めてたし、さっきだって、倒れてるアンジェリカに迷わず駆け寄ってたしな。つーか、東風谷がいなかったら俺がそうしてたかも」
(立花君……そっか。私、立花君の支えになれてたんだ)
悠斗は優しく微笑んで言った。愛梨の心の隙間が、悠斗の声に埋め尽くされていく。
「俺がやりたいこと、やらなきゃいけないこと、できないこと。東風谷がやってくれるお陰で、俺は余裕を持つことができたんだ。ありがとな、東風谷」
「立花君……。ありがとう!」
愛梨は目一杯笑って見せた。いつだって自分を勇気付けてくれる悠斗に、精一杯恩返しをしようと決意した。
「あ、ああ! さ、次は風呂を沸かさないとな!」
(やべ。つい勢いで色々言っちまった。女子に依存する情けない男とか思われたかな? でもやっぱかわいい……)
悠斗はしばらく愛梨の顔が見れないくらいにやけていた。