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魔法剣士になろう  作者: 白王
オレンガスト大陸編
4/54

第3話 魔法

投稿したと思っていたのに……。

「あででで! もっと優しくしてくれよ!」


 愛梨が風呂に入っている間、悠斗は腕の傷の手当てを受けていた。アンジェリカは薬草を潰して染み出した汁を傷口に塗り込む。


「我慢しなさい! 男でしょうが! はい、終わり!」


 アンジェリカは手当てを終え、景気良く悠斗の腕を叩いた。


「痛ってぇ! ったく……乱暴だなぁ」


 悠斗は傷口を撫でながらアンジェリカに恨めしそうな視線を遣る。


「何? とびきり沁みる薬が良かった?」


「なんでもないです。ありがとうございました」


 早速主導権を握られる悠斗。典型的な尻に敷かれるタイプである。


「……アンタそれ、魔狼にやられたのよね?」


 アンジェリカは悠斗の傷を訝しげに眺めて言った。


「ああ。近付いた時にガリッてな」


「そう。軽傷で済んでよかったわね」


(魔狼の爪でこの程度のダメージ……? 服の袖の裂け具合を見るに、腕にはかなり深く突き刺さるはずだけど)


 アンジェリカはそんなことを考えながら悠斗の腕を凝視する。


「あ、あのさ。アンジェリカはその、魔狼? と闘ったことあるのか? 結構手慣れてたよな?」


 悠斗はこちらを見つめるアンジェリカに気恥ずかしさを覚え、注意を逸らそうとする。


「ええ。ゴルト山の薬草を採りに師匠と山に入ったりするからね。群れると厄介だけど単体は雑魚も雑魚よ」


「スゲーな。やっぱ魔法でパパッと倒しちゃう感じか?」


「まあね。アンタが襲われてる時に使った道化師の火遊び(バーン・ジャグリング)とか、広範囲の攻撃魔法は得意なのよ」


「へえー! 良かったら俺にも教えてくれよ!」


 悠斗は興奮気味にアンジェリカに頼む。


「また明日ね。そうだ! ユートに魔法使いの素養があるか簡単に見てあげるわ」


 アンジェリカは思いついたように言うと、悠斗に顔を近付ける。


「え? 素養? 何?」


 悠斗は戸惑いつつもアンジェリカの顔を見た。

 宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。艶のある金髪。雪のように白い肌。

 悠斗は一瞬胸が高鳴り、思わず生唾を飲み込んでいた。


(待て待て! 俺には東風谷っていう心に決めた人が……でも、アンジェリカもかなりかわいい……いやいやいや!)


「……ふーん? 中々素養ありそうね」


 アンジェリカはパッと悠斗から離れる。


「わ、分かるのか?」


「少しだけね。得意な魔法もなんとなく分かるわよ。ユートは風と光が得意かしら。バランスいいわね」


「風と光……」


 悠斗はよく分からないままアンジェリカの言葉をおうむ返しする。


「私は火と水と、風も少し得意だって師匠が言ってたわね。詳しく知りたかったら明日師匠に教えてもらうといいわ」


ガチャ


「あ、上がったよ……」


 そんな会話をしていると、愛梨が浴室から出てきた。


「おう。じゃあ俺も…………!」


 悠斗は思わずカッと目を見開いた。

 愛梨はアンジェリカの服を借りて着ていた。ただ、それだけである。

 ところで、愛梨は女の子にしては身長が高い方だ。その辺の男子高校生なら愛梨より小さい生徒も少なくはない。

 対して、アンジェリカはそんな愛梨より目算10cmは背が低い。つまりどういうことか。

 そう、服のサイズが全く違うのだ。


「な、な……なん、だと……?」


 悠斗は目を奪われた。サイズがふた回りも小さい服を着ている愛梨に。

 上着は肩や腰のラインを際立たせ、腰回りの肌がチラチラと見えた。動きやすそうなショートパンツからは健康的な太ももが惜しみなく曝け出されている。


「あ、ぅ……」


(み、見られてる……)


 愛梨は悠斗の熱烈な視線に気付き、短い上着でもじもじと太ももを隠そうとする。しかし丈の短い服では全くサポートにならず、逆に押さえつけられた分、彼女の控えめな胸が強調された。


(こ、これは……俺は夢でも見ているのか? 東風谷の、こんなあられもない姿を見られる日が来るなんて……)


「はうぅ……」


 それに気付いた愛梨は真っ赤な顔で泣き出しそうになる。


「あ、じゃ、じゃあ俺、風呂入ってくる!」


 悠斗はこのままではいけないと本能的に察知し、我に返り、逃げるように浴室へ走った。戸の強く閉められる音だけが残る。


「ご、ゴメン。小さくて……」


 アンジェリカは自身の身体をナチュラルに貶められた気がして、複雑な表情を浮かべながら言った。


「えっと。私も、ごめんなさい……?」


 愛梨はどうしていいか分からず、とりあえず謝った。



 ☆



「……ありがとうございました」


 浴室の中で悠斗は小さく呟き、合掌した。

 どうでもいいが悠斗はその夜眠りに就いたのは空が白んでからだった。どうでもいいが。



 ☆



 朝。


「朝よ! ほら起きた起きた!」


 アンジェリカの声に悠斗と愛梨は目を覚ました。窓からは新鮮な光が射し込んでいる。


「おはよー」


「んー……もう朝か」


「服の洗濯は終わったわ。ご飯食べたら着替えちゃいなさい!」


 アンジェリカが壁に掛けられている2人の着ていた服を指差す。


「ありがとうアンジェリカ」


「おお! 破れたとこも直ってる! サンキュー!」


 悠斗は下ろしたての制服を嬉しそうに抱きしめる。


「なんだかアンジェリカ、お母さんみたい」


 愛梨がクスクスと笑う。


「そんなに歳とってないわ! まだ18よ!」


「うっそ!? 年上!?」


 悠斗が頓狂な声を上げた。


「ユートォ……全身火だるまの刑と溺死の刑、どっちがお好みかしら?」


 アンジェリカは右手に炎、左手に水の塊を創り出す。


「どっちも死ぬじゃん! つーか溺死って言っちゃってるじゃん!」


「いいからさっさとご飯食べちゃいなさい!」


「あははっ! はーい!」


 こうしてやや騒がしい朝のひと時が過ぎていった。



 ☆



 朝食と着替えを終えた悠斗達は、サイガスの家へと向かった。(悠斗は浴室で着替えた)

 サイガスの家は他の民家と同じ木造建築だった。


「おお、いらっしゃい。アンジェリカもご苦労じゃったな」


 サイガスは喜んで3人を招き入れる。

 デザインにこだわっていたアンジェリカと比べて、サイガスの内装は簡素かつ素朴な木造りの家具である。

 悠斗達は四角いテーブルに添えられた木製の椅子に座り卓を囲む。

 サイガスはいそいそと茶を淹れ始めた。


「じっちゃん嬉しそうだな」


 カップの用意をするサイガスは傍から見るとウキウキしているように見えた。


「師匠、客を招くの好きだからね。それに今回はアンタ達だから、尚更よ」


「「?」」


 悠斗と愛梨は顔を見合わせて首を傾げる。


「ささ、召し上がれ。ええと、昨日はどこまで話したんじゃったか……?」


 サイガスはカップをテーブルに置き、自分も座った。


「運命の車輪がどんなものか。までだったと思います」


「おおそうじゃった! では、運命の車輪に関してのとある伝説をお話ししましょう」


 サイガスはカップの茶を一口飲み、話し始めた。



 ☆



 運命の車輪ホイール・オブ・フォーチュン

 預言碑文に、まるでシンボルのように描かれた車輪のようなマークを研究者はそう呼び、世間に公表した。

 すると、預言碑文が出土した日から各地で運命の車輪の目撃情報が少しずつ寄せられるようになった。

 夢に出てきた者。森の奥深くで目撃した者。険しい山の頂上で見た者。

 そんな噂が相次ぐ中、大きな動きが起こった。

 龍脈と魔獣の発生である。

 龍脈とは、テラの各地に点在する魔力濃度が特別濃い地点で、世界地図の上で濃度順にそれらを辿るとまるで天に昇る龍のように南西から北東に繋がっていたので、観測者がそう呼称した。

 魔獣とは、龍脈の周辺に生息する動植物が高濃度の魔力に影響されて凶暴化した生物である。

 魔獣の発生に伴い、龍脈近辺に住む人々の生活は脅かされた。

 魔獣は凶暴な性格を持ち、高濃度の魔力による身体能力の強化や、中には魔法を使う魔獣まで出現した。各地で自警団や王都からの派兵による魔獣掃討が行われたが、果報が人々の耳に届くことはなかった。

 事態は深刻化し、強力な魔獣に滅ぼされた村が出てくる程に魔獣の存在は大きく、危険なものとなった。

 しかし、それから間もなく一人の男が市井を賑わせ始めた。

 男は自らを君臨者と名乗り、世界各地の魔獣被害を解決して回った。

 男の出自は一切不明。現在も子孫などの行方は全く分かっていない。

 分かっていることは、彼が自分は運命の車輪に選ばれたのだと言っていたこと。

 世界中の魔獣被害は鎮静化し、人々は彼を勇者と呼んだ。

 この話は実話を元にして童話や童謡になり、人々は何世代にも渡ってその男の勇姿を讃えていった。



 ☆



「……じゃから、運命の車輪に選ばれて異世界から来たあなた方を、勇者様の再来と断じた訳じゃ」


 サイガスはゆっくりと語り終え、またカップの中身を煽る。


「…………」


 悠斗は沈黙していたが、今度は真面目な表情で最後まで話を聞いていた。


「そんなことが……。魔獣って、まだ残ってるんですか? 昨日の魔狼みたいに」


 愛梨の問いに、アンジェリカとサイガスは頷く。


「魔獣はあくまで自然発生。龍脈の近くを生き物の住めない状態にでもしない限り、魔獣は狩っても生み出され続けるわ」


「勇者様も、それだけは嫌がったそうな。自然の形を歪めてまで、人の為に動きたくはないと。童話の中の台詞じゃから、脚色された美辞麗句かも知れんがな」


 そう言う2人は少しだけ翳りのある顔をする。


「……俺は」


 不意に悠斗が口を開いた。


「俺はその勇者って奴が本当に言ったんだと思う」


「立花君?」


「……ほう。何故、そう思いなさる?」


 サイガスが悠斗を促す。


「本当の姿は分かんないけど、でも、皆の為に必死で頑張らないと勇者なんて呼ばれないだろ? そういう奴って、なんつーか、本当に皆に優しいと思うんだ。人間だけじゃなく、魔獣にも。だから、ええと……ああクソッ! なんて言ったらいいかな……? とにかく、そんなスゲー奴なら本当にそうしたんだろうなって思って」


 悠斗は色々と考えながら必死に言葉を紡いだ。

 思いの丈をスラスラと言葉にできないことに苛立ちを覚えたが、それでもゆっくり、確実に心を伝えた。


「……立花君」


(それは、あの時のあなた自身なのかも知れないね)


 愛梨は悠斗の優しさを垣間見た時のことを思い出していた。



 ☆



 2年前。高校受験の試験会場。

 愛梨はやや緊張した面持ちで会場に到着した。席に座り、深呼吸を一つ。それから最後の復習を始めた。


 ガサガサガサ


 しばらくしてから、開け放たれた窓の外から大きな物音が聞こえた。愛梨と会場にいた受験生達が何事かと窓の外を見る。


「お、あった! あったぞ!」


(立花君だ。あんな土だらけになって何を……?)


 何かを見つけたらしい悠斗は嬉しそうに手に持ったそれを掲げる。それは、受験票だった。


「チッ! 騒がしい奴」


「アイツのせいで落ちたらどうしてくれるんだ?」


 生徒達が口々に悠斗を責めるが、愛梨もどちらかというと同じ気持ちだったので何も言えなかった。


(……あれ? どこ行くんだろう?)


 受験票を見つけた悠斗は、何故か会場の入り口とは逆方向に走って行った。

 その先には、女子生徒が1人。悠斗が受験票を渡すと、ペコペコと何度もお辞儀をしていた。


(あ……)


 愛梨は理解し、そして自然と笑顔になった。

 悠斗は他の生徒の受験票を探してあげていたのだ。多分、あちこち探し回っているあの子を放っておけなかったのだろう。嬉しさの余り大声を上げてしまうのがなんとも悠斗らしい。

 時計を見ると、試験開始5分前だった。

 悠斗と女子生徒は試験官に急き立てられて教室に入っていった。


(立花君、一生懸命になると周りが見えなくなっちゃうタイプなんだ)


 悠斗の一面を知り、なんだか嬉しく思う愛梨であった。



 ☆



(変わらないんだね、優しいところは)


 愛梨は無意識の内にあの時と同じ笑顔を悠斗に向ける。


(ほう。この2人……)


 サイガスはそんな悠斗と愛梨を見ていた。

 自分の信じる正義を必死に言葉にしようとする悠斗。その側で寄り添う愛梨。


「あなた達、いや、君達になら教えても構わんじゃろう」


「じっちゃん……?」


「ワシの魔法、習ってはみんか?」


「「!」」


 悠斗と愛梨は驚く。

 魔法。確かにこの世界に来てアンジェリカのものを幾つか見てきた。その体験のどれもが不思議で、素敵で、魅力的だった。


「い、いいのかじっちゃん!? 是非頼むよ!」


「わ、私もお願いします! 精一杯頑張ります」


 そんな魔法を、自分達も使える。

 そう思うと、2人の心は段々とワクワクで満たされていった。


「よろしい。では今日から2人はワシの生徒じゃ。姉弟子のアンジェリカに倣い、ワシのことは師匠と呼びなさい」


「オス! 師匠!」


「はい! 師匠!」


「うむ、いい返事じゃ。アンジェリカ、協力してくれるな?」


「もちろんよ! 師匠に教わったこと、バッチリ教えてあげるわ!」


 アンジェリカも張り切って立ち上がり、自分の胸を叩いた。


「ではまず……」


「何々? 手から火の玉? 水の玉?」


「魔法とは何かについての講義を始めようか」


「……え゛」


 講義という単語に悠斗は固まった。


「まず、魔法の出で立ちから」


「な、なあ師匠。そんなんいいから魔法の使い方教えてくれよー」


 悠斗がブーブー言っていると、サイガスが鋭い視線を悠斗に投げかけた。先刻までの穏やかで物腰柔らかな老人のものとは到底思えない程鋭い。


「ユートよ。ワシの弟子になったからには師匠の言うことは絶対。いいな?」


「は、はーい……」


 悠斗はサイガスに気圧されて渋々座り直す。


「よろしい。アイリもそれで構わんかな?」


「はい師匠! よろしくお願いします!」


 愛梨は背筋を伸ばしてサイガスの話を聞く姿勢をとる。


「ほっほっほ。物分かりの良い子はすぐ伸びる。逆もまた然りじゃ。例外はあるがのう? アンジェリカ?」


「う。どうせ物分かりの悪いワガママ娘ですよーだ」


 アンジェリカは痛いところを突かれたと言わんばかりに開き直った。


「ほっほっほっほ!」


 サイガスは大きく笑い、それから講義を開始した。



 ☆



 魔法という存在が誕生したのは1000年以上も前。ヒトが誕生し、集い、徒党を組み、他の組織を支配しようと争う。そうした歴史を何度も繰り返す中で、兵器として開発されたのが魔法だった。

 この魔法を巧みに使い、戦乱に勝利した国があった。

 武帝アルス率いるロランツ帝国。

 初代皇帝のアルス・カエサル・ウィザードリィは戦乱に苦しむ民に心を痛めていた。そして武力による天下統一を目指し、あらゆる技術を取り込んだ。

 魔法の研究には特に力を入れた。魔法専用の大規模な研究施設を作り、新魔法の開発をどこよりも早く行った。

 結果として、世界中の国を腕っ節一つで纏め上げたのだった。

 アルスの魔法研究は、何も兵器用だけではない。兵糧を効率良く生産する為の魔法。風土病や不衛生からくる感染症に対する解毒魔法。重い荷物を運ぶ魔法。

 それらの多くは戦乱の後に人々の生活に溶け込む形で普及していった。



 ☆



「つまり、現存する魔法とは多くの犠牲や先人の試行錯誤の結晶であり、尊いものなのじゃ」


「…………スヤァ」


「……アンジェリカ」


「はーい! 水の霊魂4柱! 飛沫を上げて弾け飛べ! 水連弾(アクア・マシンガン)!」


 アンジェリカの周りに小さな水の球体が現れ、詠唱を終えると同時に高速で悠斗に向かって飛んでいった。


「……ん〜?」


 悠斗は後頭部に連続した衝撃を感じ、目を覚ました。


「目、が、覚、め、た?」


 アンジェリカが笑顔で、しかし尋常ではない殺気を放ちながら悠斗に迫る。


「スンマセンデシタ」


 悠斗はびしょ濡れになりながら平謝りをした。


(魔法って、私達の世界の科学と同じなんだ……)


 愛梨は黙々と講義内容を吸収していた。

 悠斗のことは、諦めた。

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