第14話 集会場
「いらっしゃいませ!」
アンジェリカと愛梨が宿屋に入ると店主らしき男性の威勢のいい声が聞こえた。店の奥から小太りで口髭を蓄えた男が柔和な笑顔と共に駆け寄ってくる。
「部屋、空いてる? 2つか3つ」
「ええ! お客さん運がいい! 今朝ちょうど団体さんがお帰りになられまして。ご用意できる部屋が3つございます!」
「1泊いくら?」
「お一人様20ギルですが……3部屋ですと50ギルとなっております」
「良心的ね。じゃあとりあえず3泊分お願い」
アンジェリカはそう言って袋から銀貨を2枚取り出した。
店主はニコニコした顔で受け取り、5枚の青銅貨をアンジェリカに手渡す。
「しかし、お2人様で3部屋をご使用なさるので?」
「いえ、あと1人もうすぐ来るわ。その間にこの宿の使い方について詳しく教えてくれる?」
「かしこまりました。ではお食事の時間は…………」
こうしてトントン拍子の内に宿を取ることに成功した3人。悠斗が宿屋に入ってきたのは説明を終えてから数分後だった。
「ただいま……」
「やっと戻ってきたわね。って顔腫れてるじゃない! もう、無茶するんじゃ……」
「あんまり無茶しちゃ駄目だよ? 回復魔法が使えるからってまだ初歩だけだし、骨折とか治せないかも知れないからね」
アンジェリカに被せるようにして愛梨が諭す。回復魔法をかけようとしたが、あまり上手く行かずに途中で断念した。
「いや〜、喧嘩すんの久しぶりだったからつい」
悠斗は基本喧嘩っ早い。元の世界にいた時も言葉より拳が出ることが多かった。こちらに来てからは突っかかってくる人間もほとんどおらず、魔獣との戦闘は喧嘩とは別の生命の駆け引きと割り切っているため、喧嘩ができずフラストレーションが溜まっていたようだ。
「……で? あいつらどうしたのよ?」
「ぶっ飛ばしてその辺に置いてきた。もう絡んでこないように誓わせたからまたくることはないかもな」
「そう。ならいいけど……けどね! 私や師匠は喧嘩の為に魔法や戦闘技術を教えたわけじゃないってことを忘れないでよね!」
アンジェリカはビシッと人差し指を悠斗に突きつける。
「あー……ゴメン。こっちからは喧嘩売らないようにするよ」
「売るのも買うのも駄目っつってんのよバカユート!」
アンジェリカはビシッと言い放つ。悠斗はそれ以上何も言えず項垂れた。
「大丈夫だよアンジェリカ、悠斗君。次は私も加勢するからね」
「そう言うこと言ってんじゃ……ないのっ!」
「あいたっ!」
アンジェリカは愛梨の額にデコピンした。
「お、お待たせ致しました。お食事の用意が……」
気まずい顔で店主がおずおずと話しかけてきた。こうして3人の喧騒は一旦落ち着き、食堂へと案内される。
☆
同刻:居住区街
月の光が照らす煉瓦造りの街道は団欒の灯りと静寂に包まれていた。
「おいどこ行ったクソガキ!」
「あっちだ! あっちに逃げたぞ!」
しかしそれらは一瞬で破られる。男達の怒号が静かな街道に響き渡った。
「はぁ……はぁ……! まだ追ってきてるよ〜」
少年は息を荒げて家の陰から陰へと走り回っていた。
「なんでこんなことになっちゃったのかなあ? 早く帰りたいよ〜」
少年は切迫した状況にいるとは思えない程ゆったりした口調で呟く。
「いたぞ! こっちだ!」
「わわっ! 見つかっちゃった〜!」
少年は慌てて反対方向へ逃げ出した。オーレンの騒がしい夜は今日も過ぎていく。
☆
翌日。悠斗達はとある建物へと向かっていた。
「集会場?」
「そうよ。冒険者の集会場」
集会場。一般にそう呼ばれるのは冒険者の集会場のことである。
運命の車輪の発見から、世界各地の秘境へ旅する冒険者が爆発的に増加した。というのも、何も冒険者全員が運命の車輪を拝む為に探す敬虔なフォーチュン教徒というわけではない。冒険者の間で流れたとある噂のせいである。
運命の車輪を見つけたものは運命を変えることができる
預言碑文に記された不幸な運命。それをかつて回避した者がいたらしい。その者は『運命の車輪に選ばれた』と言っていたらしい。しかしその言葉が巡り巡って『運命の車輪を見たから』と歪曲し、そこから根も葉もない噂が冒険者の間で囁かれた。
「……ってわけで、冒険者って言うのは人類の希望の可能性を見つける存在になりつつあるってわけ。それを笠に着て踏ん反り返る輩も多いから他の人からの評判はあんまり良くないけどね」
アンジェリカはスラスラと解説し、最後に少し眉根を寄せた。
「要するに強い奴らがたくさんいるんだな」
「ま、間違ってないと思うけど……。偉そうに振る舞う人もいるから気をつけなきゃってことなんじゃないかな?」
「2人の言う通りよ。戦闘技術に長けた奴も冒険者って肩書きに任せて威張り散らす奴もいるわ。くれぐれも争おうと思わないこと。いいわね?」
アンジェリカは悠斗を睨む。悠斗は分かってると言って縮こまった。
「集会場はただ冒険者が集まるだけじゃないわ。腕の立つ集団がいるところだから魔獣討伐や傭兵の依頼も来るのよ。腕を磨けて報酬も貰える。私達がすべきことはここで戦闘技能を磨いて、次の旅費を稼ぐことよ。それと、適正診断も受けておきましょう」
「適正診断?」
「例えば、悠斗は剣術と魔法を両方卒なく熟せるけど、愛梨は剣術寄りでしょ? 私は魔法の方が得意だし人によって得手不得手はあるの。そう言う偏りからそれぞれに適した役割を教えてくれるのが適正診断というわけ。時間はかかるけど受けといて損はないはずよ」
「へえー。アンジェリカはどんな結果だったの? 」
「そりゃあ魔法士よ。次点で盗賊か何かだったかしら」
「確かにちっこくてすばしっこいもんな」
「ふんっ!」
アンジェリカの肘打ちが悠斗の鳩尾にクリーンヒットした。悠斗は小さく呻いて悶絶する。
「さ、着いたわよ。ここが集会場」
そう言ってアンジェリカが指した先には、少し広い喫茶店か酒場のような建物があった。中は人で賑わっているようで、笑い声や話し声が聞こえる。微妙な酒の臭いも漂い、悠斗は思わず顔をしかめた。
「じゃあ入ろっか。悠斗君、大丈夫?」
「あ、ああ……なんとかな」
悠斗は勢いよく扉を開いて中に入った。
☆
集会場の中は様々な人で溢れかえっていた。
重厚な鎧に身を包む屈強な男。ローブと帽子に身を包み、杖を持った女。中にはコインやサイコロを持って派手な格好をした男や極端に露出の高い服を着て男の視線を集める女もいた。
しかしそんな連中も悠斗達が入ってくると一斉に視線をそちらへ向けた。悠斗と愛梨は一瞬固まるが、アンジェリカはどこ吹く風で受付まで一直線に向かった。
「ようこそ集会場へ。依頼の申し込みでしょうか?」
受付嬢はにこやかな営業スマイルでアンジェリカに話しかける。
「いえ、冒険者登録をお願いしたいのですけど」
「あ、これは失礼致しました。お連れ様もご登録なさいますか?」
受付嬢は一瞬目を見張ったが、すぐに平静を取り戻す。アンジェリカは頷き、2人を呼んだ。
冒険者登録の手続きは簡単だった。
名前、性別、生年月日、現住所が必須で、後は備考欄として自由記入。悠斗達は覚えて日の浅い言語でたどたどしく文字を書いた。
「それと、この2人の適正診断もお願いしたいのですが」
「かしこまりました。費用としてお一人様200ギル必要になりますので、400ギルのお支払いをお願いします」
アンジェリカは銀貨4枚を取り出し、受付嬢に渡した。悠斗はぼんやり見ているだけだったが、愛梨は宿代の10倍もの金額と知って適正診断というものの重要さを漠然と理解した。
「ありがとうございました。適正診断の日程は決まり次第ご記入された現住所へ通達いたします。冒険者の依頼受領について説明をお聞きになられますか?」
「お願いします。2人もちゃんと聞いておいてね」
アンジェリカの言葉に悠斗と愛梨は頷く。受付嬢ははきはきとした声で説明を始めた。
「かしこまりました。と申しましても、難しい処理や手続きは必要ありません。あちらの掲示板に貼られた依頼書を持って受付へ来て下されば受領は終わります。後はご依頼主様から依頼の完了証明を貰いこちらへ提出いただくか、納品の依頼であれば実物を持ってきて下されば依頼完了です。依頼不達成や受領を取りやめる場合は受付にお声掛け下さい。何かご質問はございますか?」
「いいえ。私は特に」
「私も大丈夫です」
「……うん。俺も無いや」
悠斗は少し考え込んだが、何も言わなかった。
こうして悠斗達3人は晴れて冒険者となった。元の世界へ帰るための一歩である。