幕間 サイガスの闘い
捕捉的な蛇足
悠斗達が魔力掌握に悪戦苦闘していた頃。サイガスは大魔狼と激闘を繰り広げていた。
「ガルルルァ!」
大魔狼が咆哮し、サイガス目掛けて突進する。
「土の恵みよ 我が身を護る盾となれ 地盾」
サイガスが冷静に詠唱を終えると、目の前に巨大な岩の壁が現れた。
「ガウ!」
大魔狼は突如目前に現れた岩壁に怯むことなく、四つ脚で岩壁を蹴って宙返りする。すぐさま体勢を整え、サイガスを鼻で追う。
(やりおるわい。さて、次は……)
「風の恵みよ 疾風の鎧となりて我が身に宿れ 風護陣」
サイガスは攻撃を防いだ隙に次なる詠唱を終えた。渦巻く風がサイガスを覆うように広がっていく。風圧によってサイガスは脚を使わずして移動可能となったのだった。自身の匂いを吹き飛ばすことにより、大魔狼の追跡にも僅かながら影を刺す。
「さて、お主には悪いが人々の生活を脅かす可能性は潰しておかねばならぬのでな。次で決め……!?」
サイガスは岩壁の陰から出た瞬間、恐ろしいものを見た。
魔視が捉えた、凄まじい魔力。大魔狼の背後にある更に奥へと続く穴。その奥からドス黒い魔力が顔を出していた。
(なん、という……)
サイガスは絶句し、大魔狼への意識が逸れた。しかしそんな致命的な隙を、大魔狼は突けないでいた。大魔狼もサイガスと同じく奥の穴へと意識を遣っていたからだ。
いや、意識などというものではない。
「ガルルルル…………」
殺意。獣だからこそ出せる、純粋な、剥き出しの殺意。強い怨みと憎しみが唸り声となって大魔狼から漏れ出した。
「うるせぇなあ犬っころ。気持ちよく寝てんのによ」
穴の奥から声が響く。声の主は姿を現さなかったが、サイガスはその声に異常なまでの恐怖を感じ取った。
(イカン! 大魔狼などとは比べ物にもならん程の凶悪さと強大さ。ワシが全力で魔法を放って仕留められるかどうか……その上で大魔狼を相手取るのはほぼ不可能! どう切り抜ける!?)
サイガスは岩壁を魔法で崩し、騒音に紛れてそこから簡易的なゴーレムを1体造り出した。
「水の恵みよ 風と交わりて光を惑わす霧となれ 擬態霧」
サイガスは小さな声で詠唱する。泉から目に見えぬ程の小さな水滴が集まり、ゴーレムの体を覆い尽くした。水滴は霧となり、その姿をサイガスと瓜二つに再現して見せた。
「また勝手に暴れやがったな? 獣臭ぇんだよ犬っころ!」
声の主、ヴェルドゲーデが洞窟全体を震わすような大声で大魔狼に怒りをぶつける。辺りには魔兎を食い散らかした跡が残っており、それで大魔狼が音を立てていたのだと思い込んだ。
(此奴……声に魔力を!?)
直後、ヴェルドゲーデを中心に爆風のような風が広がった。大魔狼は地に爪を突き刺して堪え、サイガスは風護陣にて身を守りつつ風圧を利用して瞬時に泉の近くの物陰に隠れた。魔視されぬよう魔力を極限まで下げる。
「次はねえぞクソ犬が! ガキ共と同じ目に遭いたくなかったら大人しくしてやがれ」
ヴェルドゲーデは釘を刺すように言うと、欠伸をしながら再び奥へと戻っていった。大魔狼はその様子を睨むように見つめていた。
(人の言葉を話すのか。魔獣、というには知能が高すぎるのう。もしや、奴は伝説でしか語られなかった魔人という存在では……?)
サイガスはとある可能性を思いつくが、すぐに次の行動を考える。
(奴が何者にせよ、このままではマズい。かと言って魔法士のワシが単独で行っても返り討ちにあう可能性が高い。一先ずはこの大魔狼を……)
「水の恵みよ 風に乗りて彼の者を深き眠りへ誘え 眠りの霧」
サイガスはヴェルドゲーデに感知されぬよう慎重に魔力を編む。一条の霧の束が大魔狼に向かってゆっくりと伸びる。鼻先に到達し、しばらくすると大魔狼はその場に伏せて眠り込んだ。
(流石に上級魔法の連発は疲れるの。離脱したいところじゃが、体が重い。奴らの監視も兼ねて、ここで少し休息に……)
決めるが早いか、サイガスは眠りに落ちた。先刻の眠りの霧の運用は針の穴に糸を通すような精密な魔力コントロールを要求される。達人であるサイガスと言えども、神経を著しく消耗する技術だった。
こうしてゴルト山炭鉱跡地に暫しの間、安らかな静寂が訪れた。
☆
「……で? そっから俺たちが来るまでずーーーーっと寝てたってことかよ?」
村の危機が去ってから数日後。
事の顛末を聞いた悠斗達はサイガスにジトッと視線を飛ばす。
「歳を取ると魔力の回復が遅くなるんじゃ。仕方ないじゃろう」
サイガスは悪びれるでもなく(というか『ワシ悪くないもーん』みたいなムカツク顔をして)きっぱりと言い放った。
(こ、このジジイは……)
悠斗は呆れ返って何も言えなくなった。サイガスの言うことは正しいのだが、なんだか釈然としない悠斗達であった
「「」」みたいに異口同音の演出ってOKなんでしょうか?
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