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魔法剣士になろう  作者: 白王
オレンガスト大陸編
11/54

第10話 ただいま

一ヶ月ぶりに初投稿です


 洞窟入り口。あたりはすっかり茜色に染まっている。アンジェリカは顔を上げ、ぼーっと茜色の木漏れ日を眺めていた。一通り泣き、もはや涙も何もかも枯れたかと思う程、今のアンジェリカは虚無(からっぽ)だった。


 ザッ


「ッ!」


 洞窟の奥から足音が聞こえる。奴が来る。

 アンジェリカは急いで立ち上がり、洞窟に向かって杖を構えた。


(私がやらないと……私が……)


 手も、脚も、心も震えた。怖い。対峙すれば、絶対に命はない。それでも、命を賭けてやらなくては。命を捨てて成し遂げなくては。

 それが、臆病者の自分にできるせめてもの罪滅ぼし。

 そう思って、出涸らしのような魔力を練り始めた。

 その時。


「そう言えば、コイツの名前決めないとなー」


「!?」


 悠斗の声。あり得ない。最初はそう思った。ヴェルドゲーデ(名も知らぬ悪魔)の罠だと。悪魔的な見た目をしていたのだから、声を真似る術などが使えてもなんらおかしくない。自分を油断させる罠かも知れない。アンジェリカは警戒の手を緩めなかった。


「カッコいい名前にしてあげないとね」


 愛梨の声。まさか、と。とある希望的観測がアンジェリカの頭をよぎる。しかしそんな都合のいいことなど起こるかと再び警戒する。悠斗が実は生きていて、愛梨と協力してアイツを倒した。確かに可能性として0ではない。しかし、希望的観測の域を出ない。ふと、足音が近付くに連れその音が複数であることに気付いた。疑心暗鬼の心は次第に解きほぐされていく。


「……む? アンジェリカよ。そこにおるのか?」


 サイガスの声。それでアンジェリカは確信した。

 全員生きていた。愛梨や悠斗に加えて、サイガスまでもが生きていたのだ。

 洞窟から現れた3人の姿で、確信は現実に変わった。


「生き、て……よかっ……」


 アンジェリカは糸の切れた人形のようにその場に座り込んだ。脚はまだ震えている。


「アンジェリカ! 大丈夫? 逃げずに待っててくれたの?」


 愛梨が震えるアンジェリカに駆け寄ろうとした。


「違う!」


 しかし、アンジェリカは悲痛な叫びを上げてそれを拒絶する。全員が驚いた表情でアンジェリカを見た。


「違う! 違うよ……」


「アンジェリカ……?」


 愛梨はおずおずとアンジェリカの顔を覗き込む。広い鍔の三角帽子で表情は見えない。


「私……動けなかったの。怖くなって、如何にもそれっぽいこと言って愛梨を置き去りにして。でも、村に戻るのがみんなにとって一番良くて、でも、ここで足が止まって。でも、でも……! ごめん、なさい……」


 アンジェリカは湿った声で謝ることしかるできなかった。悪いことをしたのだ。下手をすれば、否、高確率で今目の前にいる3人を失うであろう最低の行動を。アンジェリカには謝る以外にどうすればいいのか分からなかった。

 他の3人もそんなアンジェリカにどんな声をかけてやるべきかと考え、沈黙が漂った。

 最初に動いたのは、悠斗だった。


「アンジェリカ」


 悠斗がアンジェリカの肩にぽんと手を置く。アンジェリカはびくりと身を震わせ、恐る恐る悠斗を見上げた。

 キールの店で買った革の鎧は胸の部分が裂け、そこに大量の血が滲んでいる。サイガスに治してもらったのだろう、傷口は塞がっている。それでも、アンジェリカは悠斗が生きているという可能性を考えなかった。悠斗を信じることができなかった。

 それに、悠斗は愛梨のことが大好きだ。それくらい、この数日の様子を見ていれば誰でも分かる。そんな愛梨を、大好きな人を見捨てた自分を、悠斗はどうするつもりなのだろうか。許さない? 怒ってる? 嫌われる? 

 アンジェリカは縋るような思いで悠斗を見た。悠斗は……


「ただいま」


 悠斗は笑っていた。そして、帰ってきてくれた。

 無事ではないだろう。あれだけの大怪我だ。今は平気な顔をしているが、かなり壮絶な闘いだったに違いない。それでも、笑顔で帰ってきてくれた。


「なん、で……? 怒ってないの? 私、アイリを置き去りに……」


「うーん……気絶してたから何とも言えないけど、アンジェリカは別に東風谷が嫌いでやった訳じゃないしな。俺でもそうしたかもしれないし……。とにかく皆無事だったんだしいいじゃん! さ、一緒に村に帰ろうぜ」


「……うん。うん!」


 アンジェリカは頷き、泣いた。また泣いた。先刻(さっき)より泣いた。枯れたはずの目尻が再び潤いだす。

 涙が止まらなかった。止まるはずもなかった。止まる理由など、どこにもなかった。


「ただいま、アンジェリカ」


 愛梨が優しく笑いかける。彼女もまた、置き去りにしたことを怒ってはいなかった。


「おかえり、なさい」


 アンジェリカは上ずった声で答える。

 許された。アンジェリカはその事実だけで心の底から安堵していた。後押しするように涙が次々と溢れてくる。


「な、泣き過ぎだって。へへっ! 俺のことそんなに心配してくれたの?」


「バ、バカ! アイリと師匠の分よ! ユートの為に流す涙なんて……涙なんて……うわあああん! 生きてて良かったああああ!」


 アンジェリカは悠斗にしがみついて泣いた。悠斗は微笑み、ただ黙ってそれを受け入れた。

 アンジェリカは18歳だ。まだ、18歳なのだ。悠斗達の基準ならまだまだ未成年。これほどの修羅場を大きな損失もなく突破できれば感極まっても無理はない。実際、悠斗と愛梨もアンジェリカの姿を見つけて強く安堵した。

 それから4人で歩き出したのは、陽が沈み始めてからだった。



 ☆



 夕刻。ゴルトマリーの村:村長の家。


「お婆ちゃん……」


 孫娘のニーナがニッキーの手を握る。その目には諦観と悲壮の色が強く浮かんでいた。


「今日が、預言の日」


 ニッキーはそう呟くと口と目を固く結び、握られたニーナの手を強く握り返した。

 預言。実はこの村の歴史に関する預言碑文(アカシック・レコード)が数年前に出土していた。碑文にはこう記されていた。

【帝暦452年。11の月満ちる時、香草の村は大いなる魔狼の襲撃によって滅びる】

 知っているのはニッキー、ニーナ、ニーナから話を聞いたサイガス。そして。


「…………」


 道具屋のキールだった。キールは遠い目をしながら無言で窓の外を眺めている。外はこの村の破滅を暗示するように、光を呑み込み、闇を吐き出し始めていた。

 碑文を発掘したのはキールだった。最初は戸惑った。このことを村の皆に伝えるのは、死刑宣告か移住を強制するようなものだろう。いっそ秘密にして預言の日(その時)まで黙っていようとも考えた。しかし、それはフォーチュン教の教えに背くことになる。


 一.運命とは大地の星(テラ・ステッラ)の大いなる意志。人は皆大地の星の導きに従うことこそが摂理

 一.運命を知り、それを成就させることが全ての生命の義務である。預言碑文に書かれていることは速やかに関係者に明示し、運命を現実にする努力を最大限行わなければならない。


 キールは敬虔なフォーチュン教徒というわけではないが、それでもフォーチュン教は絶対的な存在。それに背くのを是とする程彼も無神論者ではなかった。

 人類の繁栄、生命の営み、森羅万象の栄枯盛衰は全て【運命】の一言で片付いてしまう。キールはそれに為す術なく従うしかない。ひょっとしたら、キールが預言碑文を見つけ出すことすらも運命だったのかも知れない。そう考えると、なんとも遣る瀬無い気持ちが膨らんでくるのだ。


「キール。お主が責任や罪を感じることはない。元々村の人間ではないのじゃ。逃げても恨みはせんよ」


 ニッキーは優しい笑みで語りかける。しかし、キールは心外だと言わんばかりに苦笑し、2人の方を向いた。


「僕はもう何年もここにいる。村の人間でない僕を、野盗に追われて命からがら逃げてきた行商の僕を受け入れてくれたのはこの村だ。そして、人間不信に陥った僕に諦めず何度も話しかけてくれたのは、ニーナだ。この村を、ニーナを放って自分だけ生き延びるくらいなら彼女と共に死んだ方がマシだ。そう思っただけです。それに、僕はもうこの村の人間だと思ってたんですがね」


 キールはそう言ってニッキーに意地悪く笑いかけた。


「キール……」


 ニーナが感極まり、口元を手で覆う。


「そうかい。それなら私から言うことは一つだ。ありがとうよ、キール。良かったねぇニーナ」


 ニッキーはニーナの肩を抱いてやる。キールはそれを見て慌ててニーナに駆け寄り、同じように肩を抱いた。


「ご、ごめん。本来ならコレは僕の役目だったね」


 キールは狼狽した様子で恐る恐るニーナの顔を覗き込む。


「ふふ、そうよ。貴方ったら最後まで鈍いんだから……」


 ニーナは涙を拭い、やや頬を紅くして微笑んだ。


「た、大変だ!」


 村に若い男の大きな叫び声が小さな村に(こだま)する。

 セドリックの声だ。


「いよいよだね……」


 ニッキーは立ち上がり、覚悟を決めた。ニーナとキールは眉を歪ませて顔を伏せる。


「ば、婆さん! 大変だ! 洞窟の奥でユートとアイリが……」


「なんと! あの2人までも……。運命とは残酷じゃな」


 村とは無関係の旅人すら巻き込む。ニッキーの心に、最後に禍根が残ってしまった。しかし、自分にはどうすることもできない。運命という強大な流れは、何人も変えることができないのだ。


「大いなる魔狼……か。あの2人には申し訳が立たないな。装備を売ってけしかけたのは僕だ」


「キールは悪くないわ! 悪いのは……悪いのは……」


 ニーナはその先が言えない。運が悪かった。ただそれだけなのだ。それだけの為に、偶然村に来た旅人は、この村は、滅びる。理不尽だ。遣る瀬無い。気持ちの行き場がない。ただ、泣くしかできなかった。


「とにかく大変なんだよ! 今すぐ王都に行って助けを呼ばないと」


「無駄じゃよセドリック。全て無駄なんじゃ……」


 ニッキーは進退窮まった顔で首を横に振った。


「なんでだよ!? 早くしねぇとこの村まで……」


「この村はどの道滅びる。お前さんも立ち会ったなら見たじゃろう? 大いなる魔狼を」


「見たけど、それがなんだってんだよ!? あんなんもうアンジェリカ達で倒したっつの! そしたらもっとヤバいのが出てきて……」


「分かった、分かった。セドリックや……もう全て終わったの……なんじゃと!? 」


 セドリックを宥めようとしていたニッキーは飛び跳ねた。


「セドリック。お主今、大いなる魔狼を『倒した』と。そう言ったのかい? 」


「あ、ああ。アンジェリカが魔法でバシューッてな」


 ニッキーは目を丸くしてセドリックを覗き込む。セドリックはたじろぎつつも肯定した。


「な、なんと……! つまり、預言は外れたということか……? 人類誕生以来、一度も外れたことのない預言が……いや」


 ニッキーは首を横に振る。

 預言碑文は絶対だ。外れたことなど一度もない。一度もだ。今回のことも、容易に預言が覆ったなどと図々しい結論に至るには早計だ。


「恐らく大いなる魔狼は来るじゃろう。アンジェリカが倒したのは一匹で、他に何匹かいるのやも知れん。やはりこの村は……」


「? 何言ってんだよ……? さっきから訳わかんねえよ! なんであのでっけぇ魔狼のことを……? やはりってどういうことだよ?」


 セドリックは首を傾げたままニーナとキールを見る。2人は訳知り顔で俯いた。


「実はな……この村は今日、滅びる。そう記された預言碑文が見つかってな。間違いないそうじゃ」


 預言碑文という単語を聞いてセドリックも事態を把握した。憎々しげな顔をしたが、どこに視線を飛ばせばいいか分からず俯いた。


「なんだよ……。じゃあ婆さん知ってたのか? ニーナもキールも、知っててサイガスの爺さんを洞窟にけしかけたのかよ!?」


「そうじゃ。預言に依れば【大いなる魔狼、老いた魔術師の手によって村へと導かれる】とあった。ワシがニーナに頼んでサイガスに大いなる魔狼を捜すように頼んだのじゃ」


 ニッキーは無表情に答える。


「……じゃあ、サイガスの爺さんが死ぬと分かってやったのか?」


 セドリックは息を整え、静かに怒りを燃やした。と同時に、真実を知り諦めのような感情が芽生え始めている。


「……預言にはサイガスがその後どうなったかまでは記されておらん。これはサイガスが生き残る可能性の大きい選択じゃったのじゃ」


「……そっか」


 セドリックはそれだけ言うと、家を出ていこうとする。


「どうする気じゃ? セドリック?」


「……どうもしねぇ。村の入り口で、アンジェリカが帰ってくるのを待つ」


(……アンジェリカ『達』をよ)


 セドリックは独り言のように小さく呟き、扉を閉めた。



 ☆



「うーん……」


 ゴルト山:麓の森。

 悠斗は村へと歩を進めながら顎に手を当てて考え込んでいた。


「パックにしなさいよ! きっと賢い犬に育つわ!」


「ワシはゴンスケにした方がええと思うがの」


 アンジェリカとサイガスが口々に名前を提案する。

 やれ何代目皇帝の犬の名前だ歴史の偉人の名前だと理由を付けて名付け親になりたがっている。

 件の子狼はと言うと、悠斗の足元をくるくる走り回りながらついてきている。


「私は立花君が決めるのが一番だと思うな」


 愛梨は主張せず、悠斗に一任することに決めた。


「うーん……お前はどうしたい?」


 悠斗が足元の子狼に尋ねる。


「ウォフ!」


 子狼は尻尾を振りながら短く吠えた。『好きにしろ』と言っているようにも聞こえる。


「うーん……白……ハク……狼……」


 悠斗は子狼を見ながら次々と呟く。そして森の出口に近付いた頃、答えは出た。


「ウル。魔狼(ウルフ)だからウルだ」


「あ、安直……」


 アンジェリカが呆れたような声で言った。


「ふむ。まあユートがそう言うのならばそれで良いじゃろう」


 サイガスはしきりに頷きながら呟く。


「ウル……ウルちゃんだね! いいと思う!」


 愛梨も喜色満面で賛同した。


「決まりだな! ウル!」


「ワフ! ウォーン!」


 子狼も元気よく反応を返す。

 満足したように頷いた悠斗は、一路ゴルトマリーの村へと足を運んだ。



 ☆



 ゴルトマリーの村:入り口。


「…………」


 セドリックは村の入り口に立ち、腕を組んで仁王立ちしていた。目を閉じ、風に耳を傾けるように聴覚を研ぎ澄ませていた。


 ウォーン……


「!」


 魔狼の遠吠え。セドリックは目を開け、弓に矢を番えた。鏃にはセドリックが調合した麻痺毒が塗ってある。


(来るやら来やがれ! どんなに素早くたって、至近距離なら外さねえ!)


 自分を奮い立たせるセドリックだったが、弓矢を持つその手は震えていた。

 今は独りだ。悠斗も愛梨も、アンジェリカもいない。自分独りなのだ。独りで、あの大きな怪物を相手取らなくてはならない。そう思うだけで、額から滝のような汗が滴り落ち、息は荒くなった。


「よぉ。まあそんなに気ぃ張るな」


 ふと、肩に手が置かれる。振り向くとバゼットが立っていた。肩にはいつもの鉈ではなく大きな斧が担がれている。


「バゼットのおっさん!?」


「話は村長(婆さん)から聞いたぜ。何独りで無茶してやがる。こういう時は素直に俺たちを頼りゃいいんだよ。なあ? お前ら!」


 バゼットが背後に声をかける。セドリックがその声を目で追うと、その先には種々雑多に武装した村の男衆がいた。男達は「おう!」と力強く答える。


「みん、な……ヘヘッ! いっちょ派手に暴れてやろうぜ!」


 セドリックは熱くなった目頭を押さえ、笑顔で言った。

 自分は、独りじゃない。悠斗も愛梨もアンジェリカもいない。けれど、まだ村の皆がいる。それだけで、手の震えは不思議と止まった。


 ザッ ザッ ザッ


 雑踏が聞こえる。セドリックは目を凝らし、耳を澄ませて周りを見た。地面や落ちた枯れ葉を踏む音が徐々に大きくなる。そして、それが幾つか同時に聞こえてくるのをセドリックは聞き取った。


『他に何匹かいるのやも知れん』


 ニッキーの言葉が頭の中で木霊する。弓を握る手が汗で滑る。服の裾で拭き取り、呼吸を整えた。


(大丈夫、大丈夫だ。俺は独りじゃねえ!)


 チラリと背後を見る。鎌や斧を持った村の男達が臨戦態勢に入っていた。セドリックもまた索敵に戻る。


「おい! 向こうから影が……」


 誰かの声にセドリックが振り向くと、夕闇の中で確かに動く黒い影を見つけた。形まではよく分からなかったが、それは確実にこちらに向かっている。いよいよか、とセドリックは覚悟を決め、弓を引き絞った。


「おおーい! みんなー!」


 しかし、張り詰めた弦は緊張の糸と共に緩んでいった。

 声。聞き慣れた、元気の良い少年の声。


「……ははっ! 半分、諦めてたんだけどな」


 セドリックは強がりを言った。彼が、彼らが生きているなどとは微塵も思っていなかった。自分を鼓舞する為に(から)の確率を信じるフリをしていた。けれど、その空は、嘘は、現実になった。セドリックの目にはその光景だけが強く焼き付いている。


「みんなー! ただいまー!」


 ユートが、力強く手を振っていた。



 ☆



 村は大騒ぎとなった。

 大魔狼の脅威はなくなり、運命が覆ったこと。

 下手をすれば大魔狼以上の脅威が村を襲っていたこと。

 そして、それらを悠斗達が退けたこと。


 酒場


「宴だーッ!」


「うおーッ!」


 バゼットの号令で、男衆は木製のジョッキを掲げた。中には村の地酒がなみなみと注がれている。悠斗、愛梨、アンジェリカ、セドリックは中央の席に寄せられ、同じようにジョッキを持たされている。


「うぇ……にが」


 悠斗はそれを少し舐めたが、渋い顔をしてテーブルに置いた。セドリックはそこそこに飲みながら男達の輪に溶け込んでいった。


「なによ情けない! 男ならこれくらいイッキに煽っちゃいなさいよ!」


 アンジェリカは少し赤くなった顔で空のジョッキを見せつける。心なしか目の焦点と足元がフラフラと覚束ない。一気に飲んだことで一気に酔ってしまったのだろう。


「情けなくて結構。つかお前も無理して飲んでんじゃねーよ! ホラ座れ」


 悠斗はため息混じりにアンジェリカを近くの椅子に座らせた。アンジェリカは小言のように何かブツブツ言っていたが、体は悠斗のなすがままだった。


「ったく。慣れねー飲み方するから……」


「まあそう言うなユート。アンジェリカはアンジェリカでそれなりに苦労が積み重なっておったのじゃ。今は無理にでも解放してやるのが良いじゃろ」


 サイガスも酒の匂いをぷんぷんさせながら話しかけてくる。


「じっちゃんまで……まあ、別にいいけどよ。ぶっ倒れるまで飲むんじゃねーぞ」


「ほっほっほ! 酒は飲んでも呑まれんよ」


「のあえんよー」


「早速呂律回ってねーじゃん! もう好きにしてくれ……」


 へべれけな2人に付き合いきれないとばかりに悠斗は席を立った。愛梨の方をチラリと見ると、カーラさんと楽しそうにお喋りしていたので邪魔しないようにしようと思った。


(外で待たせてあるウルと遊んでくるか……)


「よぉ勇者様! 村の恩人! 飲んでるかー! 飲んでるよなあ!? てか飲ます! 」


 酒場の出口に行こうとすると、バゼットがいきなり悠斗の口元にジョッキを押し当ててきた。


「うぶっ! やめてくれよおっちゃん! 俺はまだ未成年なの!」


「めでてぇ時に成年も未成年もあるか! さ、今日はぶっ倒れるまで飲むぞー!」


 バゼットは揚々とジョッキを掲げ、一気に煽る。


「コラ! またアンタは他人に無理矢理……!」


 カーラが肩を怒らせてバゼットの耳を引っ掴む。


「おいででで! いいじゃねえかよ今日ぐらい!」


「アンタが飲むのは勝手だよ! けど、嫌がってる人に飲ませんなって言ってんだよ! さ、ユートさん。ここは私に任せて、アンタはあの子をお願いね」


「あの子……? 」


 ヒュッ ガラン


 悠斗の目の前に何かが落下する。見ると、空のジョッキだった。


 ヒュッ ガラン


 再びジョッキが飛んでくる。悠斗は嫌な予感がしてジョッキが飛んできた方向を見た。村の男達が集まって騒いでいる。


「ぷはあーっ! もう一杯!」


「あぁ……。えぇ……?」


 悠斗は事態を理解し、直後に頭を抱えた。


「あ、悠斗ー! こっち来て一緒に飲もー!」


 ベロンベロンに酔っ払った愛梨が、悠斗にジョッキを差し出してきた。

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